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83話 思わぬ空白

 年が明け、俺は28才になった。



 スミナが去年産んだ女の子はリナ、キアラがこの年の初夏に産んだ女の子はパーソロン風にイーマと名付けられた。


 これで俺の子は3男3女、バランスが実に良いと思う。


 リナは黒目黒髪だが、イーマの毛は赤い。

 2人ともに元気が良く、一安心と言った所だ。


 余談ではあるが、スミナの胸はバインバインなのに、相変わらず母乳は少ないらしい。

 逆に慎ましいキアラの胸からは、放っておけば滲み出るほど豊富に出ると言うのだから女体とは不思議なものである。




………………




 子供が産まれたとはいえ、状況が待ってくれる訳ではない。



 俺は新たな戦に備えて軍備を整えるように配下の騎士家に通達し、自らの装備も整えた。


 先ずは鎧である。

 俺の祖父が使っていた鎧は10年以上使っているうちに損傷もあり、思いきって新調することにした。


 鎧は非常に高価なものであり、俺の個人の支出としては最大級のモノになる。


 祖父の鎧は念入りにメンテナンスされ、以前のように保管することにした。



 鎖帷子のメンテナンスは大変である。


 先ずは目の荒い砂が入った容器に鎖帷子を入れ、洗濯機のように棒でグルグルと回転させる。


 もちろん人力だ。


 ただでさえ凄まじい重労働だが、俺の鎧はさらに特別製で2重の鎖で編んであるために倍の重量がある。

 誰もが嫌がる仕事だ。


 次は研磨剤(天然石を細かく砕いたもの)を使って細かな錆を落としていく。

 これも気の遠くなる作業だ。


 裂けたり損傷の激しい部分は新しい鎖と交換し、仕上げに油を塗って錆止めとする。



 仕上がった祖父の鎧はピカピカに輝いている。


「さすがだな、新しい鎧を新調するのが惜しくなってきた」

「本当です。アンセルムさんの所は見習いも筋が良い」


 俺の言葉にロロが続く。

 鎖帷子の手入れは重労働であり、鎖の縫い合わせ以外は見習いがすることが多い。


「おいおい、もうサイズ調整以外はできてんだぞ。キャンセルは聞かねえよ」


 アンセルムが苦々しい顔を見せながら奥の工房から現れた。


 下働きの少年奴隷が「ふうふう」と息を切らせながら2人がかりで新品の鎧を運んでくる。


「こいつだ、見てくれ。元の鎧を参考にした」



 それは祖父の鎧と同じ、2重に編み込まれた鎖帷子だ。


「お、割りと重いな」


 持つとズッシリと重い。

 祖父の鎧よりもしっかりとした重みを感じる。


「ああ、胸と腹の部分に鉄の小札ラメラーを張り付けた。手入れの手間は増えるがな」


 見れば体の正中線を守るように小札が縫い付けられている。


 持参した鎧下ガンベソンを羽織り、新しい鎧を身に付ける。


 肩に負担を感じるが、腰の帯をギュッと締めると負担が分散されて楽になった。


「前よりも重いが、何とでもなる」


 俺がピョンピョンと跳ねると鎧はガチャガチャと賑やかに鳴った。


「その鎧はウチの小僧じゃ2人懸かりでやっと運ぶんだがな」


 アンセルムは苦笑いし「次はコイツだ」と 兜と面頬を取り出した。


 兜は前にグッと突き出る2本の角付き、黒い塗料が塗られ艶々(つやつや)と輝いている。

 面頬は赤い塗料で着色しており、いかにも恐ろしげだ。

 顔面真っ赤って感じで怖さが増した気がする。


 この上に革鎧を身に付け、さらにパーソロン族風に毛皮の陣羽織を身に付けた。


 腰にフォールチョンを佩き、愛用の特大メイスを持てば完成だ。


「どう?」

「俺なら会った瞬間、すっ飛んで逃げるな」


 俺が尋ねると、アンセルムが苦笑いした。


 奴隷の少年が「怖いな」と呟くとアンセルムがガッツリと少年の尻を抱き寄せ「我慢しな」と(ささや)いた。

 少年は恥ずかしそうに(うつむ)いて身をくねらす。


 アンセルムは最近はコッチの道にも明るいらしい。

 どうでもいいけど、彼は教会に訴えられたら一発アウト間違いなしの背徳の権化だ。


「サイズ調整の必要はなさそうだ」

「ああ、ピッタリだ、気に入ったよ。後はコイツを研究してくれ」


 俺はフォールチョンを外してアンセルムに渡した。

 数本買ったので予備はまだある。


「こいつが言ってた曲刀か……職人街には腕の良い刀鍛冶も増えた。そいつらに見せてみるか」

「頼むよ。急がないからな」


 アンセルムは少年を抱いたまま「任せとけ」と頼もしく請け負った。


 俺はフォールチョンを見てから、どうしようもなく「日本刀」が欲しくなり、アンセルムに依頼したのだ。

 やはり男としては日本刀にロマンを感じるのだ。


 俺は「また来るよ」とアンセルムに声をかけ、その場を後にした。

 鎧は着たままだ。


 祖父の鎧は箱に収められ、ロロが担ぐ。


「バリアン様……その格好で帰るのですか?」

「ああ、少しでも慣らしておきたいんだ」


 ロロは何かを言いかけたが言葉を飲み込み「まあ、分かりますけど」と呟きながら馬に跨がった。



 俺の行く先々で女は小さく悲鳴を上げ、子供が泣き、犬は吠える。


 威嚇効果はバッチリである。


 いつの間にかロロが離れた場所に居たが、あまり気にしないようにしよう。




………………




 そして、初夏の頃。



 ルドルフからの手紙が届いた。


 届けてくれたのはロナの夫であるトマだ。

 彼は商人としての嗅覚で「王都にいては危ない」と感じ、俺が勧めるままに疎開してきたそうだ。

 土地や市民権の無い自由民はこう言うときに身軽である。


 俺は挨拶もそこそこに早速ルドルフからの手紙に目を通した。



『リュシエンヌが怖いし、息子が威張ってる家に帰りたくない。

 俺は新国王に雇われて客将になる。

 戦で手柄を立てて領地を貰うつもりだ。

 でも愛する女と子供が心配だから送る。

 世話をしろ、手を出すな、ちゃんと返せよ。

 追伸、鎧がないから送れ』



 要約するとこんな感じだ。

 何と言うか……父はまだまだ元気らしい。



 俺はリオンクール伯爵に相応しい軍装をと考え、頭頂部に山鳥の羽をあしらった兜と鎖帷子、鍛えの良い長剣と盾を贈る事にした。

 毛皮の陣羽織と面頬も添えておく。


 客将とは言え、見てくれは大事だ。


 山鳥の羽をあしらった兜はパーソロン族の男たちが騎士に扮したときのモノで、非常に珍しいデザインである。

 面頬と毛皮も相まって、ルドルフは新王の陣に有っても群を抜いて目立つだろう。


 ……ひょっとしたら、大手柄を立てるかもしれないな……


 俺はリオンクールの鷹と呼ばれた父ルドルフの姿を思い出す。

 思い出の中で少々美化されているかもしれないが、ルドルフなら活躍するかも知れないと淡い期待を抱いた。



 トマに連れられてきたルドルフの愛人たちは4人、俺の弟は5人、妹は2人だ。


 彼らはルドルフから認知されているので俺の弟妹として認められる。

 婚外子、庶子と言うやつだ。


 庶子と言うのは身分制度の特別枠だ。

 この場合は伯爵であるルドルフが認知をしているために、彼らは伯爵の子「貴族」として扱われる。

 認知されなければ奴隷の子「奴隷」だ。


 当然、母親の身分も大事なので、貴族であり正室であるリュシエンヌから産まれた俺とは同等の扱いにはならない。


 半分は奴隷の子である弟らは俺の家来となり、妹らは家臣へ降嫁すれば御の字だ。

 運が悪ければは厄介者として「不審の事故」に逢うか……俺の庶兄のユーグのように外に追い出されるか、そんな所だ。


 普通はここまで極端な身分差があれば認知はされず、生活の面倒を見るくらいが関の山だが……ルドルフは身分の低い女を好む性癖があり、奴隷女に産ました子供を認知してしまうのだ。

 これは相続問題が難しい貴族にあって、奇人変人の(たぐ)いとすら言える。


 俺も親父が認知している以上は弟たちに無体をする気はない。


 彼らはリュシエンヌと相談して開拓地ベイスンの屋敷で生活してもらうことにした。


 1番上の弟は8才だ。

 下は……不思議なことに翌年産まれた。


 ルドルフの愛人たちはさすがの美形揃いで……俺もつい何周か摘まみ食いをしてしまい、不覚にも6人目の弟と3人目の妹が増えてしまったのだ……まあ、これは仕方あるまい。

 自分で言うのも何だが、俺に女の世話をさせる方が間違っているのだ。


 ちなみにアモロスでは人は貴重であり、兄が死んだ後に未亡人となった兄嫁を弟が娶ることも珍しくない。

 これもその延長みたいなモンだ。気にすることは無い。


 さすがに産み月の不自然さはリュシエンヌも気づいていた筈だが、俺が新しい弟妹たちも「ルドルフの庶子」として扱う分には文句は言われなかった。


 ちゃんと全員面倒は見るつもりである。


 この量産型の弟妹たちにも教育を施し、次代を支えるリオンクールの戦力になって貰いたい。



 そして、トマだ。

 こちらも大変であった。


 何せ店の使用人やら親戚やら何やら合わせて40人近くになるのだ。


 さすがに領都に全員を収める空き家はなく、タンカレーに無理を言って、開拓地ベイスンに彼らの屋敷を大至急用意した。


 トマは花嫁街道の開通を知り、新たな商機であると大喜びをし、ベイスンで店を開くことになった。

 土地に縛られぬ遍歴商人の逞しさには驚かされる。


 有力な商家が増えることはリオンクール領としても嬉しいことである。


 残念ながらロナと話す機会は無かった。

 多少の挨拶はしたが、さすがにロナの立場を考えれば、家人の前で幼馴染み面をして馴れ馴れしく話しかけるわけにはいかない。


 またロロと2人でゆっくり会いに行きたいものだ。


「バリアン様……姉ちゃんは駄目ですよ。旦那さんもいて幸せに暮らしてるんです」


 ロロが不安げに釘を刺してくるが心外である。

 確かにロナは可愛いが、手を出すなら20年前に手を出している。


 やはり身分とは大切なことで、あまりかけ離れた恋愛は社会的には認められない。

 ルドルフが良い見本だ。


「ロロ、その時は兄と呼んでも良いからな」


 俺が冗談を口にすると「それはいけません」と真顔で怒られた。




………………




 俺は政変が起こるならば、この年だと予想していたのだが、意外にも俺の28才は穏やかに終わる。


 恐らく王弟派も水面下で準備を進めているに違いない。

 念入りに爪を研ぎ、必勝の体制で勝負に臨む積りなのだ。



 俺も軍備を整え、新たな弟妹たちを受け入れたりと忙しくしているうちに時は過ぎていく。



 王都では王子アンリ・ド・アモロスが12代目のアモロス王として即位。

 しかし、南部諸侯の承認を得られず、波乱含みの治世のスタートであった。


 後にアンリ2世と呼ばれた人物である。



 この空白期間はリオンクールにとって十分な軍備を整えることに繋がり、俺は同胞団から精鋭を選び抜いて30騎の騎兵隊を設立した。


 かつてルドルフが率いた騎兵隊のような練度は無いが、打撃力は歩兵の比ではない。


 コストも比べ物にならないが、強力な戦力になる筈である。



 そして、激動の年が明ける。

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