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82話 王の死(地図追加)

アモロス地方


概念図に近い精度の設定です。



挿絵(By みてみん)





 旅から帰った年の暮れ、1通のルドルフからの手紙が俺のもとに届く。



 それは王の死を報せるものであった。



 アモロス王国11代国王、ジャマル・ド・アモロス。

 ジャマル善良王と呼ばれた彼の治世は、地方で反乱が頻発する不安定なものではあったが、文治を好み穏健な統治であったとされる。

 享年は64才、在位29年に渡る長い治世は改革や外征とは無縁の地味なものであった。



 ルドルフの手紙は王の死で『国が乱れる』と予想し『王都の儀礼はこちらに任せ、軍備を整えよ』と注意を促すものであった。


 ……これは、一大事だ……


 正直、この時期に王都に行かなくて済むのは助かる。


 君主制に後継争いは付き物だ。

 王都で葬儀や新王の即位式などの儀礼の参加中に反乱などの変事が起きては迅速に対応ができない。

 領地で軍と共に待機できるのは大きなアドバンテージだ。


 俺はすぐに東北部の諸侯や、兄のユーグにも王の死を伝える急使を放った。


 ユーグにも父から報せは届いているだろうが「変事があれば協力したい」と添えて書いた。


 ユーグが身を寄せるフーリエ侯爵は西の有力者だ。

 中央で何かが起きたときに、東西から挟み撃ちにできれば最高である。


 ……まあ、そんなに上手くは行かないだろうが……


 とりあえず打てる手は何でも打つのが大切だ。

 数打ちゃ当たる。当たれば儲けものだ。


 俺はこのニュースを発表するために家臣を集めた。




………………




 俺が主だった家臣らに王の死を伝えるや、大きなざわめきが起こる。



 王の死……これは大事件だ。



 まず、リオンクール家は「国王派」つまり国王の庇護の下にある。

 王の死はそれだけで派閥の弱体化を招くだろう。


 そして、嫡子である王子には極めて強力な対抗馬が存在する。


 王弟マティアス。


 若い頃から野心家で王位を求めて何度も反乱を起こした曰く付きだ。


 正直、俺は何度も反乱に失敗した王弟の軍事・政治力は評価していないが、本人のカリスマは凄い。

 エネルギッシュで野心家、体も大きく、何とも言えない力感に溢れている。


 正直、日陰で育った茄子みたいな王子と並べば王弟を選びたくなるのが人情だ。


 ジャマル善良王の最大の失策は王弟を殺さなかったことだろう。


 たとえ「弟殺し」の汚名を着ようとも、王弟の支援者が反旗を翻す結果になろうとも、王弟を殺すべきだった。


 小さなリスクを恐れて大きな危機を招いたのだ。



『国を割る大乱になる』



 この予感は家臣たちを動揺させるのに十分なインパクトをもたらした。


 俺たちのような地方貴族にも無縁ではいられない。

 王の死とはそれほどの大事件なのだ。


 ざわざわとした落ち着かない雰囲気で会議はスタートした。


 集まった家臣の中にジャンとアンドレはいない。

 冬の間は雪で花嫁街道が使えないためである。


 ちなみに北東部諸侯に手紙を運んだのはキアラに付いてきたパーソロン族の男たちだ。

 山の民である彼らのみが冬山を越えることができる。


「むう、兄上からの手紙か……荒れるな」


 叔父であるロドリグが「ふう」と、大きなため息をついた。

 この苦労性の叔父はリオンクールの宰相格の重臣だ。

 まだ40代のはずだが、頭髪は既に真っ白になり、顔に刻まれたような深い(しわ)は老人のそれである……苦労かけて申し訳ない。


「ですが、我々から積極的に動く必要はありません。下手な動きを見せては政争に巻き込まれます」


 ジョゼが重々しく意見を述べる。

 新参者やスパイと揶揄されることもあるが、有能で真面目なジョゼは俺の寵臣の1人だ。


「しかし、事があれば迅速に対応できるように軍備は整える必要はあるだろう、長期の動員も視野にいれ念入りな準備が必要になります」


 ポンセロが軍備について意見を述べた。


 確かに後継者争いが長びく可能性もある。

 席は1つ、候補は2人、相手が諦めるまで叩きのめす必要があるのだ。


「そうだな……タンカレー、ベイスンからも兵を出せるか?」


 俺が声をかけると、タンカレーは「長期となると……100人はなんとか。ですが元は貧農ですから武具はありません」と答えた。


「良し、陣笠と革鎧を貸与しよう。得物は自分に合ったものを使わせろ」

「はい、盾と棍棒くらいは持たせます」


 俺は「良し」と頷いた。


 武具は高価であり、貧農が持っているものではない。

 実際に貧農だったタンカレー自らも、拾った薪割り斧で戦っていた。

 防具は貸与の形だが、戦後に略奪品と交換で下げ渡しても良いだろう。


「できれば投石紐(スリング)は持たせてやれ。使い方は……そうだな、ロランド・コーシーを派遣しよう。交代で訓練をつけてもらえ」

「はい、彼らは平民の三男四男ですから兵役を喜びますよ。一人前の男として認められたって」


 そう、平民の三男四男は家畜のように農地を耕して、生活が苦しくなれば真っ先に都市に捨てられる存在だ。

 ベイスンへの入植者はそのような食い詰め者の次男以下ばかりである。

 農地を持ち、家長として堂々と兵役に出る父や兄の姿に憧れもあったはずだ。


 ……タンカレーは元は貧農だからな……彼らの気持ちがよく分かるのだろう……


 俺は「良し、頼むぞ」と頷いた。


 ロランド・コーシーは母の愛人だが、たまには外で働いて貰おう。

 元は腕の良い従士だったコーシーは経験も豊富、訓練教官にはうってつけだ。


 さすがに腰振ってるだけでは給料は出せん。


「北東部の情勢はどんな案配で? 味方になるんですかね?」

「元々、北東部はドレーヌ子爵がウチとの関係で国王派だっただけで、後は隣との関係で王弟派になったり国王派になったりと忙しくしていたようだ。今ならば3家ともに味方になるだろう」


 ジローの質問には俺が答えた。


 元々、派閥抗争に熱心な一部を除けば「敵対してるアイツが国王派なら俺は王弟派」的な主義主張もない適当な層が大半である。

 とりあえず、気に入らないヤツの陣営から見て反対派に属せれば攻める口実ができる……大体はこの程度の認識なのだ。


 現時点ではリオンクール伯爵家とドレーヌ子爵家が国王派。

 ベニュロ男爵家はウチと婚姻の約束があり、アルボー男爵と俺は個人的に友達だ。


 少なくとも積極的に敵対はしないだろう。



 俺は少し間を置き、周囲を見渡した。

 相談したい問題はまだある。



 父であるルドルフの処遇だ。



「皆の意見が聞きたい。父上、ルドルフ伯爵だが……乱が起こる前に王都から呼び戻そうと思うのだが、どうだろうか?」


 そう、現伯爵が無防備に王都にいれば人質にされる可能性も否めない。


 しかし、ルドルフが帰還すれば、実質リオンクールを治める俺とルドルフの間で問題が起こる可能性は高いだろう。

 大袈裟に言えば家を割る可能性もある。


 息子だからと1人で判断するような問題ではない。


「兄上か……確かに人質にされては不味いな」

「しかし、領内に2人の主君がいては……伯爵様と義兄(あに)上の間で無用の争いが起きるやもしれません」


 叔父ロドリグと義弟のピエールくんが懸念を口にする。


 やはり皆も心配するところは同じだ。


 だが、これと言った解決策は無い。


 連れ戻すべき、連れ戻さぬべき……侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が交わされる。

 やや連れ戻す派の意見が優勢のようだ。


「なあ、ロロはどう思う?」


 俺の影のように寄り添うロロに俺は尋ねた。

 ロロはこう言う議論にはあまり参加しない……遠慮と言うか、奴隷出身という身の程を考えての事らしい。


 ここにいる全員がロロの働きを知っており、遠慮の必要は無いのだが、彼なりのケジメのようなモノのようだ。


「簡単です」


 ロロはさらりと口にする。


 あまりの言い種に皆の視線がロロに集中した。


「分からぬ事は分かる人に聞けば良いのです。私には伯爵様の事は分かりません。お袋様に尋ねるのがよろしいかと」


 俺は「うっ」と息を飲んだ。

 ロロの意見はさすがロロとでも言うべき冷静さだが……問題が1つ。


 ……母上に父上のことを尋ねるのかよ!?


 これである。

 リュシエンヌは夫ルドルフを嫌悪しきっており、彼女の前でルドルフの話題を出すのは恐ろしく勇気がいる。


「俺が聞くのか?」

「私が聞くのですか?」


 俺の疑問にロロが苦笑しながら疑問で返した。


 ……そりゃそうだ……俺以外が聞ける筈がない……


「……ちょっと待ってて、聞いてくるから」


 俺は皆を残し、とぼとぼと広間を出てリュシエンヌの部屋に向かった。




………………




「知りません」


 リュシエンヌは無表情のまま俺の問いに答える。


 ……だよなあ、母上に父上の事を聞いてもな……


 俺は落胆しつつも納得し、仕方ないと自分を慰めた。


 しかし、リュシエンヌが続けた言葉は意外なモノであった。


「あの人は追放されたのでは無く、自ら出ていったのですよ。帰る意思があるかは本人にしか分かりません」

「あ、そうか」


 俺は目から鱗が落ちた。

 こちらが連れ戻すとかの話では無かったのである。


「手紙でも書きなさい」

「はい、そうします」


 俺は素直に頭を下げた。

 初めから見当違いだったわけだ。


 いつの間にか俺は偉くなったつもりで「親父をどうするか」とか皆の前で……何か恥ずかしくなってきたぞ。


「どうしたの?」

「いえ、さすが母上です」


 俺はリュシエンヌに抱きつこうかと思ったが、何だかコーシーに悪い気もして止めておいた。

 あれだけ息子の俺や嫡孫ロベールにべったりだったリュシエンヌだが、最近は割と素っ気ないのはコーシーと無関係ではないと思う。


 ……まぁ、母上も元気だってことだ……


 俺は複雑な気分になりながらリュシエンヌの元を離れた。



 早速、同じ内容の手紙を3通ほどルドルフ宛に書き、それぞれ別の部下に届けさせた。


 これは混乱の中で手紙が失われる可能性を加味してのことだ。

 通信の未熟なアモロスでは、大切な手紙は複数送るのが一般的である。



 集まった家臣にもルドルフには意思を確認する手紙を送る旨を伝え、帰還するようならばルドルフと俺で命令系統が混乱しない取り決めを行うことが決まった。


 大半は俺を支持するだろうが、常勝だったリオンクールの鷹には未だに根強い人気があるのだ。

 適当にはできない部分だろう。



 今回、リオンクール領で待機をする俺たちに出来ることは多くはない。

 北東部の諸侯と連絡を密にし、軍備を進めつつ陣触れを待つ……この程度だ。



 王が死んだ。



 王弟を残して。



 俺は10年前の王都での日々を思いだし、複雑な気分になった。


 ……そうだ、ロナは、大丈夫だろうか?


 俺はロロに確認し、ロナの夫であるトマに「王都が戦禍に巻き込まれる前に家族と共にリオンクールに疎開しろ」と手紙を書いた。


 王国の継承問題である以上、王都の周辺での戦闘は予想できるし、王弟が優勢になれば王都が攻められるかもしれない。

 そうなれば財産のあるトマは危険に晒されるだろう。


 ロロも心配していたらしく、俺の申し出を喜んでくれた。



 この争いは、アモロスに住むものであれば大なり小なり無関係ではいられない。


 アモロス王国に、大きな時代の転換期が訪れようとしていた。



地図は自作です!

あーてぃ様に協力を仰ぎなんとか完成しました!

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