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81話 肉食女子

 俺たちはベニュロ城ではなく、エーメ城に向かった。


 本来ならばベニュロ城に向かう予定ではあったのだが、山がちなベニュロ城に向かうのは大変だろうと先方からの打診があり、急遽エーメ城での対面となったのだ。

 これは先方の気遣いかも知れないし、本拠に俺たちを入れたくなかったのかも知れない……その辺はよく分からない。


 エーメ城は城郭都市である。

 規模は然程でもなく400戸程であるが、北東部の中心に位置しており非常に交通の便が良い。


 商業の町であり、城壁さえ無ければさらに拡大するであろうポテンシャルを秘めている。

 事実、貧民は城壁の外に小屋を作っているようだ。


 ……だけど、城壁と言うのが難しい。


 城壁は1部だけ改修して拡げる、と言うのは難しいのだ。

 壁の位置が変われば櫓や見張り塔の配置も変えねばならないし、建造物としてのバランスもある。

 やはりある程度は壊して作り直す必要があるだろう。


 そうなると、改修中の防衛や、工事の費用が……となり負担も増える。

 中々に悩ましい問題なのだ。


 俺がブツブツとエーメ城を眺めながら呟いていると、浮かない顔をしているジョゼが話しかけてきた。


「あの……私が同席しても宜しいのでしょうか、私はベニュロを出奔しゅっぽんした身ですし……」

「ん? お前、出奔してたの? 」


 俺はいきなりの衝撃発言に驚いた。

 ジョゼは出奔……つまり家出をしていたらしい。


 ……円満退社じゃなかったのか……というか、俺はスパイだと思ってたんだけど……それって客観的に見れば俺が同盟相手から親族を引き抜いたことになるのか?


 俺は首を捻る。


 違法ではないが、褒められた行いでは無いのは間違いない。


「うーん、面頬と兜を貸してやるから付けとけ」

「は、はあ」


 真面目なジョゼは俺の命令には逆らえず、それらを装着した。

 お洒落な服との違和感が凄い。


「逆に目立つな……止めとくか」

「……そうですね。ちゃんと父と話し合います」


 俺も「それがいい」と苦笑いして面頬を受け取った。


 ……仮面の騎士みたいになるかと思ったが……実際にいたらただの変態だな……


 何となく俺が受け取った面頬と兜を装着してみると、子供たちが微妙な顔をしながらこちらを見てヒソヒソ話をしていた。


 たぶん普段着に面頬と兜が変なのだろうけど、エマなどは露骨に嫌がっているようだ。


「また父上が……」

「あれでベニュロ男爵と会うのかしら? 嫌だわ」

「一緒に歩くと恥ずかしいかも」


 子供たちは容赦が無い。


 一緒にいたくないとか、わりと傷つくんですけど。



 要領の良いジョゼは「私は無関係です」って顔でいつの間にか離れていた。




………………




 城兵に案内された俺たちは広場でベニュロ男爵一家と顔を合わせた。

 さすがの俺も面頬や兜は付けていない。


 ベニュロ男爵家は男爵夫妻、息子さん、孫のアルベールくんだけである。

 息子さんの奥さん、つまりアルベールくんの母親は若くして他界しているそうだ。


 俺たちは互いに挨拶を交わす。

 アルベールくんとエマは緊張しているのが伝わってきた。

 なんとも可愛らしい2人である。


 アルベールくんは11才、体格が大きい我が家の子供たちとは違い、少し小柄で華奢な印象だ。

 身長も9才のシモンと変わりがない。


 だが、豪奢なプラチナブロンドに青い瞳……顔立ちも悪くなく、少なくとも並のイケメン以上の顔つきにはなるであろう。


 俺はしゃがんで正面からアルベールくんの顔を見据えた。


 彼は少し緊張したのか目を伏せて逸らしたが、これは仕方あるまい。

 串刺しバリアンと視線を合わせたら大抵の者は視線を逸らすのだ。


「アルベールくん、エマと仲良くしてやってくれるか?」


 俺がそう声を掛けると、彼は少し戸惑いながら「あ、はい」と答えた。


「エマはどうだ?」

「え、うん……その」


 俺がエマに話を振ると、お転婆なエマには珍しくモジモジとしている。


 ……やはり、男は顔だな……


 俺はクスリと笑い、エマを見つめる。


「良かったな、好みのタイプだろ?」

「な、変なこと言わないでよっ!! ……あっ」


 俺がからかうとエマが大きな声を出し、慌てて口を押さえた。

 大声を出すのは淑女としては相応しい行いでは無いからだ。


「バリアン、いい加減になさい。エマが可哀想ですよ」


 見かねたリュシエンヌが俺を(たしな)め、エマにも「はしたない」と小言を言っていた。


 しかし、エマは悪びれず、アルベールくんと視線を合わせ「やっちゃったわ」と言いながらウインクして舌を出した。


 所謂いわゆる「てへぺろ」である。

 あざといものではなく、7才女子の天然物だ。


 これが効いたらしく、アルベールくんは顔を赤くしていた。


 ……やるな、エマ……


 俺はそこに娘が見せた「女の計算」が垣間見えた気がして複雑な気持ちになった。


 ちなみにエマは年のわりには背が高く、アルベールくんと10センチくらいしか違わない。

 小柄なアルベールくんとエマが並べば丁度良いくらいのバランスだ。これは互いに意識しても仕方あるまい。


「ふっふっふ、初対面の印象とは大切なもの……2人は上手くいきそうだ」

「はい、中々にお似合いかと」


 ベニュロ男爵と息子さんが頷き合っている。


「あとは若い2人に任せましょう」

「そうでした。邪魔者はこちらに」


 俺が世話焼きオバさんみたいなセリフを口にすると、ベニュロ男爵も気を効かせてその場はお開きとなった。


 アルベールくんは中々の紳士であり、エマを喜ばすために色々な話をしながらエスコートしている。


 エマは完全にやられたようで、漫画なら目がハートになってそうだ。


 ……はあ、わが娘ながらチョロ過ぎるぞ……


 俺は苦笑し、その場を離れた。


 ……エマも我が家の遺伝として性欲……もとい異性への興味が強めなのだろうか……


 俺は「うーむ」と考えた。



 自分の娘がチョロインってのは、なんとも複雑な気持ちである。




………………




 宴会の席では、やはりジョゼが所在無げにしていた。


 出奔したのであれば自業自得ではあるが、気の毒にも思った俺はベニュロ男爵に声をかけた。


「男爵、知らぬこととはいえ、出奔したジョゼをかくまう形になっていたこと……深くお詫びします」


 俺が詫びると、宴席は少しどよめいた。


 リオンクール家の家来は「新参者が主君に恥をかかせた」と苦々しい顔をし、ベニュロ男爵の家来は「よく面を出せたもんだ」と嘲笑っている様にも見える。


 だが、これくらいは辛抱してもらわねばならない。


 皆の前で「ジョゼは俺の家臣」とアピールをしなければ、ジョゼはいつまでも微妙な立場のままである。


「ふむ、愚息がご迷惑を掛けているようですな……全く、こちらも人手が足らぬと言うのに困ったヤツでしてな」


 男爵がジョゼを責めるような口調となり、彼はますます小さくなっているようだ。


「リオンクール卿には音に聞こえた家臣も多い、愚息は我が家にお戻しください」

「いえ、腕が2本あるからと片手を人に渡すものはおりません。ジョゼ・ド・ベニュロは我が右腕とも頼む家臣です。その儀ばかりはご容赦ください」


 俺はジョゼを庇う形をとる。


 男爵も無理矢理ジョゼを帰還させても上手く行かないくらいは分かっているだろう。


 これは遠回しに俺から対価を求めているのだ。


「されど我が家とベニュロ男爵家は新たな(よしみ)を結んだばかり、関係を壊したくはありません」


 俺も遠回しに「何か代わりに欲しいものは?」と尋ねたわけだ。


 ジョゼはスパイと疑っていても使いたくなるほど真面目で有能だ。

 よほどの無理でなければ聞き入れたい所である。


「ふむ、やはり我が家は人手不足。人材をお願いしたい」

「うーん、そればかりは本人の意志も有りますし」


 俺は腕を組んで目をつぶる。


 この場で同胞団に「ベニュロ男爵に仕えたい者は」と聞けば、同胞団員が「新参者のジョゼより軽んじられた」と憤るのは目に見えている。


 人材のトレードは難しい。


「ならば、エルワーニェの傭兵を雇えるように取り計らっていただけませんか? 異形の彼らを雇えれば領内への影響は大きい……それと、交易路です」


 男爵の要望はコカース城とベニュロ城を結ぶ交易路の整備である。

 これをリオンクール側が受け持つことを求めてきたのだ。


 ジョゼ1人のために……と思うかも知れないが、リオンクールがジョゼを抱えればベニュロ男爵領の地形や城塞の位置関係まで筒抜けになる。

 万が一、両家が戦になればこのアドバンテージは大きい。


 それに交易路の拡大はリオンクールにとっても益があり、元々予定されていた計画だ。

 多少の負担増は仕方あるまい。


「街道の件は承知しました。エルワーニェに関しましても話を通させて頂きます。男爵からも改めて使者を派遣して下さい」


 男爵は頷き「それと」と口を開く。


 俺はベニュロ男爵の言葉にピクリと反応した。


 ……まだ何かあるのか?


 俺はまだ何か無理難題が来るのかと身構えた。


「愚息めは妻子を置いていっておりましてな……引き取るように愚息めにお命じ下さい」


 思わぬ男爵の言葉に俺は驚いた。


 妻子を置いて出奔と言うのもアレだが、ベニュロ男爵はジョゼに対し人質足り得る妻子を引き渡すと言うのだ。


「ジョゼ、妻子を置いて出奔したのか?」


 ジョゼは「はい」と短く答えた。

 彼の緊張が伝わってくるようだ。


 無理もない。


 スパイを他領に送り込む場合、裏切りを警戒してスパイから人質をとるのは良くあることだ。


 ジョゼがスパイであれば、男爵がジョゼから妻子を人質にとるのは当たり前であるし、ジョゼも妻子を任務に連れていくより安全な場所で保護して欲しいと願っただろう。


 つまり妻子を残していたと言うのは「スパイだった」という疑いが強まるのだ。


 この場でそれを言うとはベニュロ男爵も意地悪なことである。


 だが、これがスパイである証拠にはならない。

 現段階での俺の見立てではスパイだった可能性は半々って所だ。


「ジョゼ、家族を大切にしろ。俺は家族を捨てるような行いは好まないぞ。あと……些細なことで俺の信頼は揺るがない。気にするな」


 ジョゼは頭を下げて「は」と短く答えた。

 周囲が少しざわめく。


「寛容なことですな。リオンクール卿はもっと猛々しい武人かと想像しておりましたが」


 男爵が嫌味がましいことを口にしたが、俺の心は変わらない。

 いちいちそんなことで部下に対して態度を変えていてはキリがないのだ。


「ええ、信じられないならば用いない、1度信じたならば疑わない……当たり前の事です」


 俺の言葉に家来たちが喜んで頷いている。


『主君は新参者でさえ部下を疑わない。ならば譜代の俺たちへの信頼もさぞや』


 彼らはこう感じたのだ。 

 元々、俺は部下を大事にするタイプだと思われているのも大きい。


「ジョゼ、男爵と良く語り合え。命令だ」


 俺はそう言ってその場を離れた。


 あとは身内で語り合って欲しい。




………………




 しばらくすると、いつの間にか宴席にも賑やかさが戻ってきた。



 ふと、広間の隅に目を向けると子供たちが騒いでいるようだ。

 エマがシモンとアルベールくんの間に立ち、シモンに何やら抗議をしているようだ。


 どうやらシモンがアルベールくんに絡んだのだろう。

 そして、エマがシモンに食って掛かってるのだ。


 ロベールがなにやら所在無げにキョロキョロしている。


 ……子供のやることに口出しはできんよな……


 俺はクスリと笑って男爵を見た。


 いつの間にかアルベールくんの父親も交えて語り合っているようだ。

 険悪な雰囲気ではなく、少しほっとした。



 この後、リオンクールに名実ともに仕えたジョゼはベニュロ男爵家の別流としてリオンクールで新たなベニュロ家を興す。


 彼の子供は7才であり、この後、ロベールの学友の1人として加わることになった。




………………




 帰りの花嫁街道はすでに秋の装いだった。

 春の雪解けを待って出発した旅程も終わりを迎える。


 今回の旅の目的である交易路の整備は各領主と確認し、特に問題はない。

 すでに整備が始まった街道もあるし、利に聡い遍歴職人は動き始めている。


 エマの婚約者であるアルベールくんの顔も見た。

 彼は中々のハンサムくんで、我慢のできなくなったエマが押し倒し気味に唇を奪ったそうだが……そこはまだ子供だ。

 被害はベロチューくらいで済んだ筈である。


 エマは誰に似たんだか肉食系である……うん、言ってみただけだ。



 アルボー男爵という新しい友達も出来たし、タコの干物は新しい食材として交易品になる可能性もある。

 クロスボウを始め、武器の輸出も決まった。


 リュシエンヌは相変わらず帰りもパーソロンの集落で虫に悲鳴をあげていたが、ロランド・コーシーに抱きつきながら「ああっ恐ろしいわ」とかやっていた。

 相変わらずのヒロイン体質らしい。



 スミナは女の子を産み、キアラも新たな命を宿した。



 俺の27才はこうして過ぎていく。



 この平和な時間を破るのは、年の暮れにもたらされたルドルフからの知らせであった。



ちょうど1区切りです。


次の展開は考えてあるのですが、少々仕事が忙しいので執筆が遅れています。

申し訳ありませんが、1~2日お休みを頂きたいと思います。


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[一言] ヒロイン体質の母、チョロインで積極的な娘... 何だこの家系...(困惑)
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