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74話 失われた出逢い

 バシュロ騎士領はカタがついた。


 俺は800人の兵を率いてエーメ子爵領に向かう。


 負傷者を含め、多数の兵を残したのはバシュロ騎士領の維持のためだ。


 デコスは兵の取りまとめのために残るが、これはジャンの監督も兼ねている。

 ジャンの頭を押さえることができるのは、俺とロロを除けばベテランのデコス以外には考えられない。


 デコスならば巧くジャンの舵をとり、反乱の芽を見逃さないだろう。



 騎士バシュロの娘と結婚して共同統治者となったジャンは法的にも問題の無い相続人であるが、人間には感情がある。

 未だに騎士バシュロを慕う者が反乱などの色気を出さぬように多数の兵を残したのだ。


 しかし、何も起こらないと俺は見ている。


 ジャンが率いるエルワーニェの兵士たちや、デコスの働きぶりを見て尚も反乱を企てる者がいたならば、俺が同胞団に加えたいくらいだ。


 領主としてジャンのキャリアはこうして始まったのである。




………………




 俺たちはエーメ子爵領を適当に略奪し、ドレーヌ子爵と合流した。


 ドレーヌ子爵は1000人ほどを率いてエーメ子爵とやりあっていたが、エーメ子爵軍を粉砕。

 現在は破竹の勢いでエーメ子爵領を蚕食している。


 これはドレーヌ子爵とエーメ子爵が争っている間にアルボー男爵、ベニュロ男爵がエーメ子爵領の後背を襲い、エーメ子爵軍の士気が崩壊したためである。



 リオンクール軍は、ドレーヌ子爵の軍を発見し、合流を果たした。


 俺は僅かな側近と共にドレーヌ子爵の本陣を訪れる。


 これは謝罪のためだ。


「やあ、バリアン殿! お久しぶりです」

「ドレーヌ子爵……この度は大変なご迷惑をお掛けして……」


 俺は素直に頭を下げる。

 今回のドレーヌ子爵は完全に俺のとばっちりを受けた形だ。

 同盟者のリオンクール家が突然近隣と交戦を始めたために巻き込まれたのだ。


 完全に俺が悪い。


「いや、お気になさらず。私もバリアン殿のお陰で領地が増えそうでしてね……ふふ」


 ドレーヌ子爵は家来に命じ、羊皮紙を取り寄せた。


「まあ、見てくださいよ……これは王都に送ったものの写しになります」

「む? 拝見します」


 俺は羊皮紙を広げて眺める。


 ……なになに、エーメ子爵は悪魔信仰を広め、近隣を脅かし……なんだこりゃ?


 それはエーメ子爵の悪魔信仰を暴きたて、聖光の教えを冒涜する子爵に対して聖戦を呼び掛ける檄文だ。

 ご丁寧にドレーヌ子爵と男爵コンビ他、聖職者らしき名が8人分も並べられている。


「わかりませんか? おぞましき異端信仰を広めるエーメ子爵に対して、我ら北東部諸侯は力を合わせて立ち上がったのですよ……占領地は正しき聖光の道に戻さねばなりません」

「は、はあ……なるほど」


 俺は呆気にとられた。

 正直「何を言ってるの?」って感じだ。

 土地を奪うには「大義名分」が必要とは言え、これは酷い。

 100%の言いがかりだ。


「大義ですよ。我々がエーメ子爵の領地を切り取って我が物にするには正当性が必要でしょう? 異端に汚染された地域を救うために『やむなく』我々が管理することにしました……正しき道に戻れば相続者に返還しますとも」

「なるほど、それは100年先になるかも知れませんね……険しき道のりです」


 俺が肩を(すく)めると、子爵は「あっはっは」と楽しげに笑った。

 100年も経てば相続者など散り散りに分散して訳が分からなくなるだろう。


「本来ならば、王都からの返信を待たねばなりませんが、事態は一刻も争いますからね」

「なるほど、一大事です」


 俺は子爵の芝居に乗っかることにした。


 多少……というか、かなり強引でも、周囲の貴族や聖職者と協力すれば無理が通ってしまうらしい。


 ……無理が通れば道理が引っ込むとは、よく言ったもんだ……


 エーメ子爵には気の毒だが「赤信号、皆で渡れば怖くない」だ。

 さすがに王都も北東部の諸侯を全て罰しようと思えば大事件になる。

 見て見ぬふりになるか、形だけ注意するか……その程度だろう。


 時に『みんなやってますよ?』という理屈は法をしのぐのである。

 これは、先の連合軍(9章参照)に負けたリオンクールの姿でもあったろう。



「バシュロ騎士領は我が配下のジャン・ド・グロートが『相続』しました。つきましては交易を考えてドレーヌ子爵と領地を接する形にしたいと思います」

「それは大事ですね。エーメ城などよりも」


 そう、他人の土地を奪って統治を始め、利益を生むのは大変な手間がかかる。

 それならば交易の方が簡単で儲かるのだ。


「この城を落としたら南下しましょう……ここの城主は中々頑張りましてね」


 ドレーヌ子爵は敵城を眺めた。


 土塁ではあるが、高低差を巧く活かした中々の堅城である。


「バリアン殿ならどう攻めますか?」

「力攻めなら大した手はありません。我らが同時に攻めるか、それとも交互に攻めたて城内を疲弊させるか……」


 そう、守備側としては変な小細工よりも我武者羅(がむしゃら)な攻めの方が嫌なものだ。


「ならば一息に攻めます」

「承知しました。我らは城壁からの攻めを受け持ちます」


 俺はそう言い残し、ドレーヌ子爵の陣を退出した。


 自陣に戻り、自らの目で攻め口を確認する。

 偵察だ何だと言うが、結局は自分の目で見るのが確実なのだ。


「ポンセロ、ロロ、ピエールくん、何か意見はあるか?」


 俺が問いかけるが皆が「うーん」と唸り声を上げた。


 それはそうだ。


 明らかな構造上の弱点があればドレーヌ子爵が攻めていないはずがない。


 俺たちには城を陥落させるような妙案や新兵器などは無い。

 奇策で城がどうにかなるのは歴史に残るくらいの珍事であり、滅多に有ることではないのだ。


「まあ、そりゃそうだな。ポンセロ、被害覚悟の力攻めだ。頼むぞ」

「はい、お任せください」


 すぐにポンセロは陣中を引き締め、攻撃に備える。


 いつの間にかポンセロは頼れる部将となった……普段から分け隔てなく兵に接することで兵は彼を畏敬し、手足のごとく命に従うのだ。

 部隊運用ならば俺やジャンの及ぶ所ではない。


 後はドレーヌ子爵の攻撃に合わせて攻めるだけだ。



 じりじりとして時を待つリオンクール軍にもたらされたのは攻撃の合図では無かった。



 にわかに城門は開け放たれ、数名の騎士がゆっくりとドレーヌ子爵の陣に向かった。


「どうやら降参ですね」


 俺の隣でロロが呟いた。


「なるほど、俺たちが来たから守りきれないと踏んだか」

「そうですね。抵抗したあとに開城。城の売り時としては間違えていません」


 城主は先ず頑強に抵抗して「無理に攻めたら被害が増えるぞ」と印象づけ、降参の値打ちを高めたらしい。

 なかなかやり手の城主のようだ。


 ドレーヌ子爵の陣から使者がこちらに向かってくるのが確認できた。


「残念ですか?」


 ロロが悪戯っぽく俺に話しかけてきた。


「何でだよ?」

「今回の戦いでは女を捕まえていませんからね」


 これには周囲からも笑いが漏れた。

 俺が女に弱いのは周知の事実である。


「うるさいな、そんなこと言われても出逢いが無いんだからしょうがないだろ?」


 俺はモテない独身サラリーマンのような言い訳を口にした。


 堪らずロロが「ブフォ」と吹き出す。


「なんだよ?」

「出逢いって……ぶふっ……今まで散々に……うくくっ」


 どうやらツボに入ったらしい。

 暫くそっとしておこう。


 ……はあ、変な女を捕まえると母上に怒られるしなあ……


 俺はため息をついた。

 母親であるリュシエンヌは下淫を極端に嫌悪しており、俺が平民以下の女を妾にしたら怒り狂うのは目に見えている。 


 ここらで城主の嫁さんなり娘なりを捕まえたかったところではあるが、降参されては仕方ない。

 開城した相手に無体を働いては次から俺に降参する者はいなくなるだろう。


 しかし、辛いものは辛い。

 俺はこの戦役が始まって数ヶ月も禁欲生活が続いているのだ。


 ……いい加減、自家発電もなあ……


 俺は恨めしげに城を眺めた。




………………




 それからの攻略は極めて順調であった。


 男爵コンビがエーメ城を攻略したのである。


 エーメ城は僅か400戸程であるが城郭都市であった。

 城域は大きく、エーメ子爵は僅かな兵では守りきれぬと抗戦を諦め、一戦も交えずに家族と落ち延びたらしい。


 怖じ気づいたとも言えるが、的確な状況判断とも言えるだろう。

 この辺の評価は難しい。


 領主ならば城に籠り誇りを示すべきと罵る人もいるし、領民を苦しめなかった英断だと誉める人もいる。


 ちなみに俺なら逃げただろう。

 生きていれば再起の目も……無きにしも非ず。


 可能性は低くてもゼロでは無いのだ。


 エーメ子爵も、これ以後は王都で政治運動をしたり、諸侯を頼り兵を借りるなりと動くだろうが……いずれにしても険しい道が待っているだろう。



 兎にも角にも、本城が陥落しては他の拠点が支えることは不可能だ。

 俺たちが軍を進める先から敵は降参し、無事にドレーヌ子爵領とバシュロ騎士領の連結は完了した。


 ドレーヌ子爵領は妙に長細い形となったが問題は有るまい。




………………




 戦後



 エーメ子爵領は分割され、そこそこ揉めつつも新しい境界線も定められた。


 エーメ城は同盟を主導したベニュロ男爵が管理するところとなり、男爵コンビが占領していた支城は俺が「買い取る」形でバシュロ騎士領に返還された。

 これは男爵コンビの領内で俺たちが略奪した物資の補填という意味もある。

 男爵コンビも変な位置に飛び地があっても困るのであっさりと同意し、支城を買い戻すことには成功した。



 こうして俺が巻き起こした戦乱は思わぬ形で決着し、新しい秩序が生まれた。


 以後、リオンクール伯爵家は王国北東部で影響力を強め、王国東部の旗頭のような存在になるのである。


昨日、ご相談したタイトルの件ですが、活動報告にまとめました。

皆さんのご意見、大変参考になりました。

本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なかなかに続きが気になる展開 [気になる点] この時点で田中というか日本人要素はほぼ無くなってるし、中世あんまりだという割にはあっさり蛮族精神に順応してしまったから、なんかタイトルとずれて…
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