75話 バリアン昔ばなし
勢力図です
北東部の戦役は一先ず決着が着き、各勢力は新しく得た土地の境界を定め、掌握することに大わらわである。
特にベニュロ男爵はエーメ城を手にし、明らかに男爵という爵位を超えた勢力を保持することになった。
王都で猟官運動を行えば直ぐにでも子爵になれそうである。
俺はと言えば、コカース城に滞在していた。
軍は解散したものの事後処理は多く、リオンクールに戻る前に形をつけておきたいのだ。
とは言え、実際の領主はアンドレやジャンであり、俺は彼らが纏めたものを裁可したり、各勢力から来る使者の相手をするだけである。
これだけの事だが、俺が領都に戻れば無駄に早馬を往復させることになるだろう。不便な時代なのである。
やはり、まだ帰るわけにはいかない。
……正直、暇だ。
ロロは嫁さんが5人目の子供を産んだと言うので先に帰し、俺は話し相手にも事欠く有り様だ。
ロロやジャンがいないと、俺は完全にボッチとなる。
友達が欲しい。
やることもないので、俺は退屈しのぎにコカース城で瓦を作ったり、縄をなったり、土を運んだりしていた。
幸いと言うべきか、コカース城は建設中であり仕事はいくらでもある。
……もっとも、伯爵代理の仕事とは言いがたいが……
「バリアン様、今日はアルボー男爵家の使者がお見えになります」
瓦をせっせと作る俺にジョゼ・ド・ベニュロが声を掛けてきた。
戦争が終わっても彼は実家に戻らず、俺の秘書のような真似事をしている。
ベニュロ男爵領は拡大し、人手不足が考えられるが、彼は「庶子として弟や甥に顎で使われるよりはバリアン様に仕えたい」として、リオンクール家に残ったのだ。
正直、スパイという線も十分に考えられるが、俺はそれでも良いかと本人の好きにさせていた。
事実、彼は有能だったからだ。
ちなみにロジェはリオンクール家とベニュロ家の婚約が成立したために帰還している。
「アルボー男爵か……用件は?」
「恐らく交易に関する話かと」
俺は「わかった」と手短に答え、瓦作りに戻る。
泥を捏ねて、型に入れる。
それを崩さぬように並べ、乾燥させる。
並べた瓦は捏ねかたが甘ければひび割れてしまい、台無しだ。
瓦の焼成は大きな窯で専用の職人が頑張っている……是非とも体験したいものだ。
……全く、面白い。
この単純な作業の奥深さに触れ、俺は時間を忘れた。
「……い、聞いているのか!」
……ん? 俺か?
俺が顔を上げると、偉そうな態度の騎士が従者を連れて立っていた。
「何か用ですか?」
俺が尋ねると、従者は明からさまに不機嫌そうな顔をして「チッ」と舌打ちした。
「お前に用があるはず無いだろう! リオンクール卿に用があるのだ! 早く取り次げ!」
俺は「おや」と思ったが、そう言えばジョゼが来客があると言っていた。
……しまったな、忘れてた……
俺は顔をしかめて立ち上がると、従者は俺の体格に驚きギョッとした顔を見せた。
「窺いましょう」
俺が騎士に向かうと、彼は明らかに戸惑った顔をした。
やたら体格の良い瓦焼き職人が訳の分からないことを言い出した、と言った風情である。
……しかし、まあ、無理もないか……
俺は泥まみれの自らを見て苦笑した。
これで貴族だと気付くものがいるはずがない。
「無礼者! この方は……」
従者が顔を真っ赤にして俺を叱りつける。
どうやら俺が騎士を侮辱したと思ったらしい。
「バリアン様! こちらでしたか! 今アルボー男爵からの使者が……」
アンドレとジョゼが慌てた様子で走り寄ってきた。
そしてアルボー男爵からの使者を見て驚き、俺と使者を見比べている。
明らかに2人とも状況を把握していない。
「すまんな、直ぐに着替えるよ」
俺は答えながらも少し悪戯心を刺激され「申し遅れました、バリアン・ド・リオンクールです」と名乗った。
従者は真っ赤だった顔を青くし、俺は大笑いした。
余りにも出来すぎた話だ……この話は使者本人も笑い話にし、すぐに広まった。
そして、1つのエピソードが生まれることになる。
………………
『貴族とバリアン』
昔々のこと、とある貴族がバリアンの屋敷を訪ねてきました。
「ここはバリアン様のお屋敷だと聞いているが、取り次いでもらいたい」
この貴族が下男だと思い声をかけたのはバリアンでした。
バリアンは屋敷の前で縄をなっていましたが、手を止めて貴族に尋ねました。
「何かバリアンに御用かな?」
貴族は縄をなう粗末な服を着た者がバリアンだと気づきません。
「お前に用はない! 早くバリアン様に取り次げ!」
横柄にバリアンを怒鳴り付けました。
バリアンは仕方無しに立派な身なりに着替え、貴族に挨拶をしました。
貴族はバリアンが先程の下男だと気がつきません。
立派な服しか見ていなかったのです。
それを見ていたバリアンは上着を脱ぎ捨てました。
「なぜ上着を捨てられたのですか?」
驚いた貴族はバリアンに尋ねました。
バリアンは一言だけ
「あなたにとってバリアンとはこの上着だろう? さあ用件を告げたまえ」
………………
どうだろうか?
これが先程のやり取りから生まれたエピソードだ。
実際は、使者の来訪を忘れていた俺が失礼な身なりをしていただけなのだが……エピソードの中では上から目線で貴族をやりこめる感じになっている。
こんなの判る筈がない……ただの苛めだと思うのだが……
だが、これは俺の「美談」なのである。
俺は節制や勤勉を心がけ、日々信仰を磨いており、贅沢三昧の豚貴族には俺の信仰の輝きが見抜けなかったという感じらしい。
正直……どうなんだと思うが……教会勢力は基本的に俺と仲が良く、このエピソードを清貧のモデルケースとして紹介したのだ。
教会にとっては高位貴族でありながら慎ましい服装をし、職人らと共に汗を流す俺を好ましく思っているらしい。
実際に普段の俺の生活は貴族としては質素である。
これは父であるルドルフが従士と生活を共にする事をポリシーとしており、俺もそれを引き継いでいるからだ。
服装だけなら伊達男のジョゼの方が俺より余程、洒落たものを着ている。
このエピソードは有名になり、世間では俺のイメージは複雑化していく。
父や兄と争う不徳の者であり、悍馬の様に気難しく、串刺しを好む残虐性の持ち主。
勇猛果敢かつ比類のない戦士であり、異民族すら征服した勝利者。
そして清らかな信仰を持ち、清貧を常とする働き者。文化人としても評価が高く、詩人としても有名。
……どうだろうか? ここから連想するとすれば『異常者』だ。
極端に思い込みが激しく、残虐で気性の荒い……歌を口ずさむ狂信的なマッチョだろうか?
俺ならそんな奴とは絶対にお近づきになりたくない。
だが、俺が微妙だと感じるエピソードも、世間ではイメージアップに繋がったようだ。
信仰心は美徳なのである。
余談だが、我が家で俺以外で有名なのはキアラであり、彼女にも有名なエピソードは存在する。
エキゾチックな姫様には恋物語と冒険譚が付き物で、悪い魔法使いに拐われたり、悪しき魔法で石にされたり、異国の騎士(俺だけど)と恋に落ちたり、祈りで霧を晴らしたり……波乱万丈な人生を歩んでいるらしい。
まあ、本人は良く分かっておらず、俺の子供たちと豚舎で豚を苛めたり、池で蛙を捕まえたりしているが……
機会があればキアラのエピソードも紹介するとしよう。
………………
それはさておき、北東部の諸侯と貿易の協定は結んだ。
漁港を擁するドレーヌ子爵領は何と言っても海産物である。
例え干物や塩漬けでも海産物は珍しく、海では貧民の食べ物もリオンクールでは高級品に早変わりなのだ。
魚醤もあるし、たまに鯨油なども扱うようだ。
また、平地も多く、農耕も盛んである。
実に羨ましい土地だ……俺の中で勝手に「食の都」と呼んでいる。
ベニュロ男爵領は意外にも塩だ。
実はアモロスでは塩は岩塩がメインである。
海の塩もないでも無いが、海水を煮詰めて塩にするよりも岩塩を掘った方が遥かにコストが安いためである。
ベニュロ男爵領は良質な塩鉱山を抱えており、かなりの量を産出しているそうだ。
征服しとけば良かった。
パッとしないのはアルボー男爵領である。
こちらも漁港を抱えており、海産物がメインなのだろうが……いかんせんドレーヌ子爵領と被っている。
同じモノであれば親戚のドレーヌ子爵から買いたくなるのが人情ってものだ。
だが、リオンクールの砂糖や鉄の消費地でもあり、大切な交易相手ではある。
俺はアルボー男爵の使者と交易品などの情報を交換していたが、いまいちパッとせず、少し失望していた。
「あまりお気に召しませんか?」
「いや、そんなことはありません。海産物はリオンクールではそれだけで貴重……飛ぶように売れますよ」
使者の心配を俺はにこやかに誤魔化した。
……いかんいかん、顔に出ていたか……
俺は気を引き締め直し、交渉を続けた。
「我が領は羊なども多いですが……羊毛は」
「うーん、難しいですね。リオンクールにも羊は……」
何度か似たようなやり取りをした後に使者が「これはどうでしょうか?」と従者に持たせていた小壺を差し出した。
蓋を開けると油で満たされている。
「油……?」
「いえ、油漬けにしているのです」
取り出した物は俺も見知った物であった。
「牡蠣か!」
「ご存じでしたか。これは特別に燻製にした後に油漬けにした牡蠣です……我が領では牡蠣は強精剤として珍重され……」
使者はニヤリと笑いながら「お1つどうぞ」と俺に勧める。
俺は指で摘まんで口に含んだ。
「む、旨い!」
久し振りに口にした牡蠣は……例えようもなく旨かった。
「これは旨いな! ……でもお高いんでしょう?」
「いえ、とんでもない。今回は交易品として特別にこちらのサンプルを……」
こうして特産品としてアルボー男爵領からは牡蠣の油漬けが交易品に加わることになった。
目が飛び出るような高級品だが「若さを保つ」としてリオンクールの上流階級に大いに珍重され、リュシエンヌなども「薬」として愛用したようだ。
ちなみに強精剤としても抜群であり、リオンクールに帰った俺は1発でスミナに命中させた。
こうして、それぞれの領地が交易で潤い、新たな経済圏が生まれた。
これはバシュラールに荷止めをされる度に飢えていたリオンクールとしては革命的な出来事であり、リオンクール伯爵領は徐々に豊かになっていく。
新たな経済活動は雇用を生み、貧民が職を得、納税者が増える。
急に流通するようになった珍しい産物は領民の物欲を刺激し、庶民の間で貨幣経済も浸透していく。
たまに破産する者も現れたが、それらは仕方のないことだ。
それらを教訓とし、皆で金の使い方を学んで欲しい。
……問題は冬で閉ざされることかな……
山道であるために雪には弱いが、それでも苦労して道を拓いた意味は十分以上にあったと言える。
……1度、母上を連れてドレーヌ子爵を訪ねよう……母上はリオンクールに嫁いで30年以上も帰っていない筈だ……
俺は成果に満足し、領都に戻る。
軍が往復したために花嫁街道はさらに整備が進んだようだ。
いつの間にか季節はめぐり、冬が来る。
俺は久しぶりの家路を急ぎ、馬をせめたてた。
地図はあーてぃ様からの頂き物です。
いつもありがとうございます。
子供の運動会のため、明日は更新お休みします。





