65話 天神との交信
文中でバリアンが朦朧とし、不思議なビジョンを見ますが、これは祈祷師によるシャーマニズムの秘儀であり天神との交信です。
現代社会におけるあらゆる違法な薬物とは一切の関りが無いことを明記します。
俺たちはパーソロン族の案内で山に踏み入った。
同行者は案内人を除き、ロロと同胞団、俺を含めて総勢6人だ。
「……本当に険しいな」
俺はつい愚痴をこぼす。
藪を抜け、つづら折りの坂を登り、丸木橋を渡り、沢を飛び越える。
パーソロン族の案内人はわざと険しい道を選んでいるのではないかと思うほどに厳しい道程だ。
1日では目的地に到達できず、簡単なキャンプで一晩を明かした。
正直、1人で帰れと言われたら絶対に迷う。
「着いた」
案内人は短く告げた。
そこは切り立った岩壁である。
「どこだ?」
俺は首を傾げる。
バカには見えない国とか言われたらどうしようかと悩んでいると、案内人が無言で岩の裂け目を指で差し示した。
……洞穴? パーソロン族は洞穴に住んでいるのか……
なるほど、蛮族らしいと俺は妙に感心した。
俺は岩の裂目の前で少し躊躇する。
……なんだこりゃ……本当に真っ暗だな、パーソロン族ってのはコウモリみたいなヤツらだな……
本当に真っ暗である……目が慣れるまで少し待ち、右手を岩肌に添えながら慎重に進む。
……む、明るいな……
緩いS字になった洞穴を進むと広場に出た。
そこは不思議な空間だった。
洞穴の天井が崩れたような、周囲を岩肌に囲まれた歪な楕円形の空間。
頭上には空が広がっていた。
竪穴式住居のような小屋が建ち並んでいる。
ざっと見で20~30軒程だろうか?
畑や目立つ果樹は無いようだ。
「……凄い! 正に隠れ里だな!」
俺は思わず声を上げた。
ロロや同胞団の面々も驚きを隠しきれない様子だ。
「こっちだ」
案内人は隠れ里の一番奥、大きな住居に案内した。
ここが恐らくはニアールの屋敷なのだろう。
俺たちが屋敷に入ると、夏だと言うのに中央で数名の男たちが囲炉裏を囲んでいた。
……暑いな……
俺は不快感で顔をしかめた。
「よく来たなバリアン、どれくらい時間がかかった?」
「1日半だよ。ニアール」
俺が答えるとニアールは「ゆっくりし過ぎだ」と苦笑した。
どうやらパーソロン基準では随分と遅かったらしい。
「そう言うな、初めての土地だからな……これは手土産だ」
俺たちは担いでいたライ麦の袋をどさりと並べた。
囲炉裏を囲む男たちの顔が明るくなるのが見てとれた。
「穀物は助かる。これが返礼だ」
ニアールが指示をすると、後ろで控えていた女が3人、前に進み出た。
「俺の従妹、妹、娘だ。好きなのをやろう」
ニアールはニヤリと笑った。
女たちは従妹が年嵩のようで20才を過ぎたくらいか……ニアールの娘はまだ幼く、12~13才くらいに見えた。
皆が赤毛だ。一様に痩せており、毛皮を身に付けている。
顔のペイントは男性より控え目で、鼻柱や頬に少し塗っているだけだ。
「他の男たちにも女は抱いてもらうがな、まあ俺の身内はバリアンだけだ。子種を蒔いてくれ」
ニアールが笑う。
恐らくパーソロン族は閉鎖された空間に住み続け、近親婚が進んでいる。
本能的にパーソロン族はこの危険を察しており、こうして外から客人が来れば子種を貰う習慣となったようだ。
「そうか、うん。皆が美しいのですぐには選べんな……また後で話をさせてくれ」
「ははっ、そうだな。女を抱く前に天神と話をした方がいい……おいっ、外に行け」
ニアールは俺と老爺を残し、全員を屋敷から追い出した。
ロロやニアール自身も例外ではない。
ニアールの行動は突飛であり、もう少し説明が欲しいが……恐らくはこの老爺が祈祷師なのだろう。
ガリガリに痩せた老爺だ。
白い毛皮を纏っている。
頭に何やら動物の頭蓋骨を乗せているが、何の動物の骨かは分からない。
中々に個性的なファッションセンスである。
「××××、ベイスン××」
何やら知らない言葉で語られたが全く分からない。
恐らくは山岳民族の言語だろう。
ベイスンだけ聞き取れた。
「すまん、俺にはパーソロンの言葉は分からない」
俺が答えると、老爺は頷き、何やら囲炉裏に草をくべ、もくもくと煙を立たせた。
「げほっ、げほっ」
俺が煙に噎せると、老爺はジスチャーで深呼吸しろと伝えてきた。
……マジか、おかしなモノじゃないだろうな……
少しずつ煙を吸うと、体がズンと重くなった気がした。
徐々に後頭部が痺れてくる。
初めてタバコを吸ったときの感覚に近い。
朦朧としてくる俺に老爺は動物の頭蓋骨で作られた器を差し出してきた。
中には赤いドロドロとした嫌な液体が満たされている。
……まさか、飲めと言うのか?
俺は受け取った器を無言で見つめた……恐らくは何かの血液……怪しげな固形物も浮いたり沈んだりしている。
俺が躊躇していると、老爺が同じモノをグイと飲み干した。
ごくごくと喉が動いているのが見てとれる。
……あ、飲んだ……
俺がじっと老爺を観察していると、プルプル震えだし、目をクワッと見開いた。
「キャーッ! フォッフオッフォ!!」
老爺が突然叫び立ち上がった。
俺はついビクッと身構えた。
「ケラフォッフオッフ!!」
手を叩いて叫び回る老爺。
明らかにマトモでは無い。
『アカン! これはアカンやつや!?』
何故か、きよし師匠のイメージが俺に警鐘を鳴らす。
たぶん煙もダメなヤツだったっぽい。
「××××! ××ッ!」
老爺が俺をガクガクと揺すり「早く飲め」と急かす。
言葉は分からないけど、意思は痛いほどに伝わった。
……ぐ……南無三だっ!
なるべく味が分からないように飲むが、固形物が喉を通らない。
こうなればヤケクソだ。
俺は一気にグイっと飲み干した。
一気に視界がグラグラと揺れる。
俺の手からカランと骨の器が落ちた音がした。
「「キャーッ! フォッフオッフォ!!」」
老爺の声が四方から聞こえる……俺は立っているのか、座っているのか、倒れているのかすら分からない。
脳内にイメージが奔流のように押し寄せてきた。
………………
始めはパーソロン族のイメージだ。
見覚えのある山々……肘川……エルワーニェはリオンクール盆地で狩猟と採取を主とする平和な社会を営んでいた。
しかし、黒い髪の侵略者が平和な社会を破壊した。
鉄の武器を操る戦闘部族にエルワーニェたちは成す術も無く駆逐され、山へ逃げた。
辛く、貧しい暮らしが続く。
飢えや寒さに仲間が倒れるうちに、エルワーニェも分裂し、いくつかの氏族に別れていった。
パーソロン族もその内の1つだ。
侵略者であるリオンクール人も、時の流れの中で征服され、アモロス人がリオンクール盆地を支配した。
体の大きな騎士が斧でリオンクール人を殺しまくる。
多分、俺のご先祖様だな……
『あれはアカンやつや』
きよし師匠ありがとうございます。
………………
次のイメージは俺の記憶。
俺は田中の人生を改めて体験していく。
……生まれ育った寺……土地……小学校……
兄貴と取り合ったテレビゲーム。
隠れて吸ったタバコ。
無理矢理やらされてる内にレギュラーになった部活動。
チャラついた大学時代。
由美子と出会ったバイト先……できちゃった時に親御さんに挨拶に行ったのは緊張したなあ。
……新卒半年で由美子の実家に転職して……改めて考えると前の会社には迷惑かけたな……申し訳ないことをした。
……子供が2人産まれ、成長し……
俺は死んだ。
バリアンの人生を見守る人々、俺が犯した女、殺した人たち、笑う俺。
幸せだった家庭と崩壊。
奪わなければ奪われる。
殺さなければ殺される。
そうだ、俺は正しい。
新たに道を拓き、新たな土地で奪うのだ。
『欲しければ奪え』
……何かが、俺に微笑みかけた気がした……
………………
……ここは、何処だ?
俺は見知らぬ部屋で目覚めた。
喉がカラカラだ。
……そうだ、ニアールの屋敷で、変な煙を……
思い出すと強烈な吐き気に襲われ、俺は胃の中身をぶちまけた。
猛烈に気持ち悪い。
……なんで、裸なんだ……?
俺は全裸だ。
見れば隣にニアールの娘が全裸で寝ていた。
……え? この娘? 朝チュン?
見れば娘の下半身には血の跡がある。
……なんで?
俺がじっと娘を見ていると、娘が気づいたようだ。
「××、××××……」
ニアールの娘はおずおずとこちらを見て話しかけてきた。
赤い髪、緑の瞳。
まだ幼さの残る痩せた体つき……なんだか「やっちゃった感」が半端無い。
「あー、その……名前は?」
「××……××××」
どうやら娘はアモロス人の言葉が話せないらしい。
ニアールはあんな見た目だがバイリンガルだったようだ……侮れない。
俺は自分を指差して「バリアン」と伝えた。
娘が首を捻る様子が可愛らしい。
……小動物みたいだな……
俺はクスリと笑い、再度「バリアン」と教えた。
次は娘を指で差す。
娘はピンと来たようで「キアラ」と答えた。
「バリアン」
「キアラ」
俺たちは互いを指で差し、名前を呼び合う。
何が面白いのか、キアラはクスクスと笑い、俺もつられて笑う。
すると、何やら人影が室内に入ってきた。
ニアールだ。
「睦まじくて何よりだな」
ニアールがズカズカと近寄ってくるが、キアラは全裸でも気にならないようだ。
俺は少し恥ずかしい。
「ニアール、昨日は何があった? よく覚えていないんだ」
「昨日、お前と祈祷師は天神と語らった。お前を静めるために、娘がお前に抱かれた。猛るお前に怯まなかったのはキアラだけだ。それだけだ」
……それだけだ……って言われてもな……判るような……判らないような……
ニアールの説明を聞いた俺は納得するしかないと諦めた。
異文化コミュニケーションは諦めも大事だ。
俺が小さくため息を着くと、キアラが不安そうな顔でこちらを見ていた。
「あー、ニアール……キアラは何才なんだ?」
ニアールは「ふむ?」と考えて何やらキアラに確認している。
「14才だ。たぶんな」
「そうか、俺は23才だと伝えてくれるか?」
ニアールが何やらキアラに話しかけ、キアラがピョンと俺に抱きついた。
途端にムクムクと反応してしまう。
「バリアン、キアラはお前のものだ。たくさん子供を産ませてくれ」
ニアールは喜んでいるらしい。
領都に連れていくのはアレなので、取り敢えずキアラはパーソロン族の集落に住んで貰おうと思う。
まあ、この辺の感覚についてアレコレやりあっても仕方がない。
取り敢えずは了承してもらい、俺の通い婚と相成った。
ニアールは更に言葉を続ける。
「祈祷師が目を覚ましてな……お前の中には2つ分の人生があると驚いていたぜ」
俺はニアールの言葉にドキリとした。
「……どう言う、意味なんだ?」
俺が恐る恐る確認すると、ニアールは首を振り「わかんねえよ」と答えた。
「でもな、天神の祝福はあったそうだ。お前も感じたか?」
「……うーん、何かが、微笑みかけてきたような……」
ニアールは目を見開いて驚き、何やらブツブツと呟いた。
「……そうか。ならば問題は無い。道を拓こう」
俺はニアールの言葉に強く頷いた。
先ずはこの地まで道を拓き、更に北へ伸ばす。
このパーソロン族の集落を交易の中間地点として旅人を休ませる。
そうすれば人も金も物も集まり、パーソロン族の懐は潤う。
アモロスやリオンクールの産物に触れ、便利になり、徐々にパーソロン族の日常や価値観は変化していくだろう。
長い時間をかけて同化していけば良い……それこそ100年かけても良い。
「なあ、悪いけど……ちょっと席を外してくれるか?」
俺の言葉にニアールが怪訝そうな顔をする。
「親父に見られていてはな」
俺がぐっとキアラを抱き寄せると、ニアールは苦笑し、背を向けて立ち上がった。
キアラはうっとりとした顔で俺の成すがままだ。
先ずは、ここから同化するとするか。
俺はキアラの小さな唇に吸い付いた。





