66話 虫食らいの姫様
道を拓く、正確に言えば拡げるわけだが、これが一筋縄ではいかない。
交易をするからには最低限ロバが荷を背負って歩けるほどの道幅は必要だが、それには全面的な拡張工事が必要だった。
これが気の遠くなる作業量だ。
俺は日本の道路事情とは気の遠くなるような労力と予算の結晶なのだと思い知らされた。
なにせ、藪を切り開くだけでも一苦労だ。
掘り起こした木の根や石をどかし、空いた穴に土を埋めて突き固める……これを山の向こうまで続けるとなると気が滅入る。
いちいち開拓地まで戻るのも非効率なので、俺たちは道の半ばを中継基地とし、簡単な土塁を築いて拠点を設け工事の起点とした。
リオンクール領内で雇われた人足たちが基地に物資を運び、工事を行う。
同胞団は作業の警備だ。
パーソロン族と敵対しているマーリージャ族が散発的に襲撃を仕掛けてくるためだ。
彼らからすれば俺たちは敵対するパーソロン族が引き入れた怪しい奴らである。
端から交渉の余地は無い。
ジャンが主体となり、50人の同胞団を率いてマーリージャ族と戦っている。
マーリージャはパーソロンを圧しているとはいえニアールの情報によれば人口300人足らず。
襲撃の規模も精々が10人程だ。
50人の完全武装の同胞団の敵では無く、もう何人も討ち取り串刺しにして晒している。
同胞団にとっては慣れない山岳部の戦いとなったが、ジャンの工夫とパーソロン族の援護によりすぐに対応し、危なげない戦いを重ねていった。
木々が生い茂り、起伏の激しい山中では歩兵は戦列を組むことができない。
ジャンは同胞団の軍制を整え、戦列を組むのでは無く5人を一組とし「伍」という単位を定めた。
伍を纏めるリーダーは「伍長」だ。
5人が1組となった同胞団はニアール率いるパーソロン族と連携し、個々人が散発的に戦うマーリージャ族を追い詰めていった。
山の民であるパーソロン族が索敵・警戒し、重武装の同胞団が仕留めていく。
それは戦と呼ぶよりも狩りに近かった。
しかし、この手の戦いに俺の出番は無い。
「ジャン、俺は何すればいい?」
「ああん? あっちで砂でも運んでろ」
正直、伍にも入れて貰えない俺に仕事は無く、完全に「いらん子」扱いをされていた。
どうも前回の戦いで死にかけたのが尾を引いていて、俺を前に出させまいとする意図を感じる。
いつも一緒のロロは中継基地の補給の責任者という仕事があり、物資や負傷者の護送に大忙しである。
「大人しく基地で座ってるのがバリアン様の仕事ですよ」
ロロは笑い、俺を追い返す。
責任者がドンと座り動かなくても回る組織とはある意味で理想的な仕組みなのかもしれないが、仲間外れにされれば辛いものがある。
これには俺が「友達」と呼べるのはジャンとロロくらいしかいない寂しい現実もあるわけで……
俺が「はあー」とため息をつくと、誰かに鎖帷子を引っ張られた。
見ればキアラである。
「キアラ、こんなとこに来たら危ないぞ」
俺は面頬を外しながらキアラに話し掛けた。
初めてパーソロン族の前で武装した時は、面頬にかなり驚かれたものだが……そのわりにキアラは平気な様子である。
「バリアン、××××」
キアラはもじもじと俺にくっついた。
どうも彼女はどこにでも俺に着いてきてしまう。
これはこれで可愛いが、中継基地はマーリージャ族も現れるので一人歩きはして欲しくない。
「キアラ、ここは危ないぞ? パーソロン族の里に戻れ」
「××バリアン、××!」
キアラは嬉しそうにピョンと俺に抱きつきニコニコと笑う……どうも意志の疎通ができていない。
やはり言葉が通じないのは不便ではある。
「ま、いいか」
俺はこうしていつもキアラと中継基地でお留守番することになる。
「後でニアールと一緒に帰るんだぞ」
キアラは恥ずかしげに頷き、服を脱ぎ始めた。
やはり意志の疎通は無いが……
「ま、いいか」
俺はキアラを抱えて兵舎に籠った。
ここは同化政策を進めよう。
意外と、リオンクールとパーソロンのハーフが産まれる日は近いかもしれない。
………………
「バリアン、お前の戦士たちは狼のようだな」
中継基地に戻ってきたニアールが仏頂面で話しかけてきた。
「どうした?」
「狼は群れで熊を殺す……見ろ」
ニアールの示す先を見ると、団員が体の大きなマーリージャの男を串刺しにしていた。
串刺しにされた死体は数日もすれば動物に食い散らかされて無惨な姿となる。
回りには他の串刺しも疎らに連なっている。
中継基地の側で串刺しを設置するのは「近づくと殺すぞ」という警告でもあるのだが、マーリージャ族は何度も襲撃を繰り返していた。
「あいつはマーリージャの勇士だ。それが槍を投げる間もなく不思議な弓で殺られていた」
「気に入らんか?」
俺が尋ねると、ニアールは「ああ」と答えた。
ニアールは感情を隠そうとはしないが、事の是非は分かる男だ。
マーリージャの勇士がクロスボウに蜂の巣にされるのも串刺しにされるのも嫌悪感が有るようだが、決して「やめろ」とは言わない。
「バリアン、マーリージャは弱っている。やつらの国を攻めたい」
ニアールは決意を込めた目で口にした。
「マーリージャの国とは近いのか?」
「隣だ……我らの国からベイスンよりは近いだろう」
俺は頷き、ジャンら同胞団を集めた。
ニアールらパーソロン族の意見を聞きながらジャンは計画を練っていく。
先ずは作戦目標を決め、細かな内容を話し合う。
ニアールは「マーリージャを攻撃する」と言っていたが、これでは曖昧だ。
ジャンは「マーリージャの集落を占領」を目標に設定した。
彼らは大きな集落と小さな集落、合わせて2つ持っているそうだ。
狙うのは大きな集落だ。
マーリージャ族を屈服させれば他の部族も従うだろう。
別にエルワーニェを征服したいわけでは無いが、新しく拓く道の安全は確保したい。
同胞団はジャンを含め40人、パーソロン族の戦士が17人、それに俺とロロ、ニアールを加えたと60人と陣容が決まった。
パーソロン族の戦士が揃い次第出撃だ。
同胞団は全員がリュックサック装備、約半数がクロスボウを装備している。
「飯を食っていけよ」
「ああ、すまんな」
作戦会議の後、俺はニアールら数名のパーソロン族の男たちに食事を振る舞った。
ちなみにキアラは終止俺にくっついているものの、ニアールの前ではイチャつこうとはしない。
今は男たちへの配膳を手伝っている。
ヤギの乳とカチカチになったライ麦パン、それに多少の具が入っただけのパン粥だが、彼らは旨そうに食べていた。
彼らにとっては硬くなったパンを再利用した粥とは言え、穀物は貴重なのだ。
俺はパーソロン族の集落ではあまり食事をとらない……何故か?
それは俺の「食わず嫌い」に起因している。
端的に言えば食文化の違いだ。
パーソロン族は昆虫を常食としており、炒めたセミや何かの幼虫が出てきたときはゾッとした。
別に昆虫食を否定する訳では無いし、パーソロン族の文化を貶す訳でもない。
日本の山間部でも貴重なタンパク源として昆虫食が存在しているのは知っている。
だが、俺には食えない。
そう、これは俺の好き嫌いの問題だ。
あの可愛らしいキアラも手掴みでセミをパクつくのだ……思い出したらキスをするのが少し怖くなる。
……歯の隙間に虫の足とか挟まっていても愛せるだろうか?
この問いに答えはまだ出ていない。
俺が昆虫食について想いを巡らせていると、不意にニアールが口を開いた。
「バリアン、お前たちはパーソロンのために命懸けで戦い、穀物をくれる……お前にとって道を拡げるのは、そこまで大切なことなのか?」
「ああ、俺はまだまだ遠くに行きたい。多くのものが欲しい。もっと豊かな国をつくりたい」
そう、欲しいものを奪いに行くのだ。
俺の言葉を聞いたニアールは首を振り、苦笑した。
「俺たちから見ればベイスンは豊かだ。飢えたとき襲いたくなるほどに」
ニアールが穏やかでは無いことを呟くが、エルワーニェは稀に山を下りてリオンクールで略奪や盗みを働くことがある。
彼らは神出鬼没で俺も大いに手を焼いた。
今、マーリージャ族に対して優勢に戦いを進めているのもニアールたち、パーソロン族のお陰だ。
彼らが居なければ山に潜むマーリージャ族を見つけ出すのは難しい。
「そう言えば、山の向こう側には略奪はしないのか?」
俺は山の向こう側の様子は知らない。
だが、ニアールの言葉ではリオンクールに略奪を働くことばかりで、向こう側の様子は聞かない。
「あっちは人里が山から遠い。それだけだ」
「それだけか、なるほどな」
俺は苦笑した。
彼らのシンプルな理屈は時にユーモラスですらある。
だが、人里が遠いのならば好都合……山を下りた先にも中継基地を造りたい。
「××××バリアン、××」
俺たちの会話の蚊帳の外にいたキアラが何やら呟いた。
「ああ、すまんなキアラ。今日からはしばらくパーソロンの集落で待っていてくれ。明日から戦に出る」
「××××ッ!」
キアラが嬉しげにパッと顔を上げた。
俺とキアラのやり取りを聞いていたニアールが「がっはっは」と笑い出した。
「どうしたんだ?」
「よくそれで通じてるもんだ! がーっはっは」
ニアールは大笑いし、キアラはキョトンとしていた。
マンガならば頭上に「?」が浮いていそうな表情だ。
「何て言っていたんだ?」
「やめとけやめとけ、がっはっは」
ニアールはしばらく笑い続けていた。
………………
翌日、パーソロン族の集落からマーリージャ族の集落に向け、俺たちは出撃する。
「おいジャンよ、俺にも何かさせてくれよ?」
「ああ、集落に突入するんだ。滅茶苦茶に暴れてやれよ、ただし合図は俺が出す」
ジャンの言葉に俺は満足し、ロロは肩を竦めた。
団員から「全員が揃いました」と報告を受け、俺は全員の前に立つ。
ざわつきが治まり、全員が聞く姿勢になるまで暫し待つ。
「聞けっ!! リオンクールの同胞たちよ! パーソロンの友人たちよ!」
俺が同胞団だけでなく、パーソロン族に語りかけたことで、パーソロン族の男たちがピクリと反応した。
全員に言葉が通じるわけでは無いが、そこは構わない。
「長きに渡る争いの時は終わり、我らは共に生きる道を選んだ! ……だが! 我らの平和を侵す者がいる!!」
俺は全員を見渡し「それは誰だ!?」と問い掛けた。
「マーリージャだ!!」
ロロが応じて叫ぶ。
これは仕込みではあるが、釣られて何人もが「マーリージャ族だ」と叫び始めた。
「そうだっ!! マーリージャは悪いやつらだ! 殺せっ!! 皆殺しだッ!!」
俺は脇に置いてある木箱を殴り付け、破壊した。
同胞団とパーソロン族は数瞬の間の後に、雄叫びを上げた。
男たちは歯を剥き出し、盾を叩き、地を踏み鳴らす。
雄叫びを上げ槍を振りかざすパーソロン族、彼らにも熱が伝わり集団は1つとなった。
「出撃だ!!」
俺は半壊した木箱にトドメの一撃を加え、命じた。
ちなみにバラバラになった木箱もロロの仕込みである。
全軍わずか60人の軍隊。
だが、士気は天を焦がすほどに高い。
同胞団は勝利の味を知っている。
略奪、強姦、破壊……それらの歓びを。
兵士の士気を高めるには欲を満たすことだ。
彼らは勝利の後の「ご褒美」のために全力を尽くすだろう。
俺たちは勝利を目指し、山を進んだ。





