38話 16歳の悩み
「かかれっ!」
「「ウオオオオォォ」」
俺の号令で同胞団が演習用の土塁によじ登る。
団員は陣笠、革鎧の者が多い。リュックサックも背負っている。
別にユニフォームでは無いが、自弁で立派な装備が揃えられない者には支給したのだ。
武器は自分の得物を使う。
「あっはっは、ダメだダメだ!」
「ロロは右を! ここは俺が!!」
ジャンがよじ登る団員たちを棒で楽しそうに押し返した。
アンドレとロロは必死で広範囲をカバーしている。
彼らは防戦を担当しているのだ。
訓練なのでルールとして、棒で押し返されたら下がることになっている。
「よし、それまで! 次は道具を使え!」
これはケース練習だ。
先程は武器のみで何も装備がない状態での城攻めを想定していた。
次は装備がある状態だ。
団員たちは盾を組み合わせて足場を作り、あっと言う間に土塁を乗り越えた。
「良し! 最後に全員で越えて終わりだ!」
最後に誰も守っていない土塁を全員で何度か乗り越えた。
乗り越えるだけならば皆が楽々こなしていく。
……これなら十分だ。
俺は「よしよし」と頷いた。
演習用の土塁も増設され、今では2メートル近くの高さがあるモノもある。
これなら実戦でも期待できそうだ。
皆の装備も新しくなった。
ロロは鎖帷子に水滴型の兜、それに面頬だ。
金持ちの商家に婿入りしたロロは装備もしっかりしている。
武器も立派な盾や剣を持ち、その辺の貧乏騎士が羨むほどだろう。
ジャンは水滴型の兜に面頬を着けているが革鎧だ。
イチイの弓を使うが、矢が凶悪だ。彼が工夫を重ねた矢は鎖帷子を貫くように長く細い矢尻を持つ。
アンドレは陣笠に革鎧、槍に盾というオーソドックスなスタイル。
タンカレーも陣笠に革鎧だ。武器に至っては薪割り斧のままだ。
彼は貧しく、少し援助してやりたいが依怙贔屓はできない。
活躍したら武器をやろうと思っている。
それぞれが成長し、ロロもジャンも大きくなった。
俺の身長はどうやら止まったようだ。
190センチ台の半ばくらいか。
体は不思議なくらいムキムキだ……ゴリラみたいな腸内菌でも飼ってるのかな?
凄まじい怪力で、遊び半分に盗賊をアイアンクローしたら泡吹いて死んでしまった。
頭蓋骨は無事だったのでショック死だろうか……鉄の爪と呼ばれたプロレスラーみたいな握力だ。
俺は16才になった。
城代に就任してから1年数ヶ月、季節は春を迎えようとしている。
この1年ほどは盗賊を野ざらしにしたり、山岳民族を追っ払ったりしながら、従士たちと訓練を重ねていた。
それなりに成果は上げているが、山岳民族には手を焼いている。
エルワーニェと呼ばれる山岳民族は厄介な奴等だ。
普段は未開の山地に引っ込んでいるのだが、たまに下りてきて交易や略奪を行う。
どこから現れて、どこに去るのか分からないので対処の仕様がない。
聖天の教えを知らず、人を食らうとして村によっては交易であっても入村を拒むほどだ。
そんなこんなで忙しく過ごした俺だがプライベートも充実しており、昨年スミナと結婚した。
伯爵の子としてはかなりのジミ婚であったが……これは次男である俺が目立たぬように配慮したのだ。
今は城代の部屋で妹のカティアと同居している。
もちろん寝室は別だ。
ロロも娘が産まれアルバンを喜ばせた。
全ては順調なのだろう。
だが、平和は長くは続かない、俺は今年に何事かあるのは知っている。
ベルジェ伯爵の討伐令が下るのだ。
………………
領都
「バリアン、バシュラールの動向はどうだ? 前回の轍を踏むわけにはいかぬぞ」
ルドルフが俺に現状の確認をする。
前回の遠征ではバシュラール子爵に不意打ちを受け、苦しい戦いをするはめになった。
ルドルフとしては気になるところだろう。
「そうですね……バシュラールには余裕は無いでしょう。食を求めて略奪に来る賊は後を絶ちません。様子見を兼ね、たまにこちらから略奪を働いてみても、ほとんど金目のモノはありません……ただ、バシュラールは王弟派ですからそちらから援助を受け挙兵することは考えられます」
俺の言葉に一同が頷く。
最近では俺も会議に参加するようになった。
会議は親族である叔父のロドリグや兄のロベール、そしてアルベールやデコスなどの重臣を加えて10名ほどが参加している。
ルドルフやロドリグは俺を妙に評価していて一人前扱いをしてくれる……それは嬉しいが、俺は内心では不安だ。
次男である俺が目立つのは良くないと思う。
「うむ、バリアンの言葉は聞くべき所がある。留守の軍は残すべきだ」
「そうだな……要塞都市ポルトゥの留守を守るのはバリアン様が適任だろう」
アルベールとデコスが口を開いた。
俺も留守番が良いと思う。
そもそも城代とはそういう仕事だし、遠征軍で武功を稼ぐ積もりはない。
父のルドルフは40才を過ぎ、兄のロベールは21才である……代替わりが終わるまでは大人しくするのが無難だ。
「いや……留守はロドリグに任せよう。バリアンは共に遠征軍に加われ」
俺は驚きでルドルフを見つめた。
……バカな、父上は俺と兄上を競争させるつもりか!?
俺は内心で舌打ちした。
ルドルフは負け知らずの優れた軍人だが、どうも政治家としての状況判断は得意では無いようだ。
前回は軍事的に見れば果断にも軍を即時撤退させ、返す刀でバシュラールを粉砕した。
しかし、反面で根回しをせずに軍を引き返したことで今回の無駄な遠征に繋がった。
ルドルフを結果論で責めるのは良くないが、軍事よりも政治が苦手なのは疑いようもない。
そして今度は後継者争いを招こうと言うのか。
「ルドルフ! 貴様正気か!? ロベールとバリアンを比べる気かっ!!」
アルベールが机をドンと叩いた。
その顔には殺気にも似た迫力がある。
「兄上、ロベールには実績もあり、長男もおります。不足は何もありません」
叔父のロドリグもロベールを庇う。
ロベールは去年息子が産まれた。
俺とロベールは無言だ。
ロベールがどの様な表情をしているか気になるが、とてもそちらを見る気にはなれない。
「いや、後継者はロベールだ、これは何があっても変わらん」
ルドルフはあっさりと「後継者はロベール」と口にするが、領内……特に俺を取り巻くリオンクール人の雰囲気を感じ取っていないのかも知れない。
彼は俺の微妙な気持ちには気づかずに言葉を続けた。
「遠征軍を1500人に抑えて留守を固めよう、バリアンよポルトゥで500人ほど集めて率いよ。軍を分けるのは下策だが、狙いが分かるか?」
ルドルフが俺に質問する。
軍を分けるのだから目標が2つあるか、囮だろう。
「囮ですか?」
「うむ、ドレーヌ子爵や騎士ドレルムから援軍が来る手筈となっている。合流前に各個撃破されたくない」
ドレーヌ子爵家は母であるリュシエンヌの実家。ドレルム家は義姉のフロリーアの実家だ。
妙に似ていて紛らわしい名字であるが、別に親戚ではない。
……まあ、食料などのロスを考えれば現地集合なのは仕方ないか。
俺はルドルフの言葉に頷いた。
どれだけ計画を練りあげ、気を付けていても遭遇戦はある。
戦場は常に流動的であり、霧がかかっているように先行きは読めない。
通信の無い時代、互いに敵の動きを予測して動くのだ……バッタリと友軍が合流前に敵の主力と鉢合わせになれば悲惨だ。
そうならぬように俺は先行し、目立つように暴れ、敵の目を友軍から引き離す。
味方の軍勢が合流すればお役御免、それまで逃げ回るのが仕事だ。
「バリアンは偉躯で、あの軍装だ。敵の目を引くだろう」
ルドルフが楽しげに笑った。
彼は基本的に子煩悩で、3人の息子をそれぞれに大切に思ってくれているのは分かる。
しかし、子供たちの気持ちを汲み取るような繊細さはない……俺はロベールの心中を思えば穏やかでは無い。
「確かにその役は俺には出来んな」
ロドリグが苦笑した。
確かにこの叔父は地味だ……囮には向かないだろう。
「しかし、バリアン様には軍を率いた経験が乏しい。誰かが補佐する必要があります」
「うむ、バリアンならこなしそうではあるが、経験が必要だろう」
デコスとアルベールが頷きあった。
2人とも俺の補佐をする腹積もりらしい。
こちらを見てニヤニヤしている。
コイツらは基本的に脳筋思考だ……俺と行けば楽しめそうだとか考えているはずだ。
もちろん楽しむのは殺しと略奪である。
アルベールは60才近いはずだが元気だ。
まだまだ戦に行きたいらしい。
「良し、アルベールに任せよう。デコスはロベールを補佐しろ」
ルドルフが即決し、会議はいくつか細々としたやり取りの後に解散した。
決断力に富むルドルフは何事も悩まない。即断即決だ。
結果がどうなるかは別にしても、強いリーダーとして人望がある。
……基本的には優れた人なんだ……だけど、完璧じゃない……まあ、あたりまえか……
俺はルドルフを微妙な心持ちで眺めていた。
………………
会議が終わった後に、俺はルドルフとロベールに駆け寄り、話しかけた。
絶対に伝えなければならない事がある。
「父上、兄上、聞いて欲しい……俺が次の戦で活躍したら領地をくれ。周りが騒ぎだす前に」
俺の提案に2人は目を円くした。
土地を授かるというのは、臣下になり、別家を立てるということでもある。
明確に後継者レースから離れることになるはずだ。
しかし、2人は顔を見合せ、大笑いした。
「あっはっは! バリアン、戦に出る前から褒美をねだるヤツがいるか!?」
「うむ、こいつは傑作だ! がっはっは!」
ロベールとルドルフは無邪気に笑う。
彼らにとっては弟息子(一番下の男子)が調子に乗ってるように見えてるのかも知れない。
まだ残っていた家来たちも笑っている。
俺は「臣下に下りたい」と全員の前で宣言した積もりだったが、イマイチ伝わっていない。
笑っていないのはロドリグとアルベールだけだ。
……能天気な……どうなっても知らんぞ……
俺は舌打ちをした。
それがまたルドルフを刺激したらしく笑いだす。
生意気盛りの弟息子が不貞腐れているように見えているのだ。どれだけデカくなろうが、彼にとっては可愛い息子なのだ。
……まあいい、活躍して土地を貰おう。そうすれば意図は伝わるだろう。
俺はため息を飲み込んだ。





