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27話 初陣

 領都を出発した俺たちだが、やはり軍の歩みは遅い。


 俺はその間に叔父のロドリグから色々な事情を聞いていた。


「そもそも、今回の反乱騒ぎから不審だ。戦上手の兄上をリオンクールから引き離したのだろう」


 叔父は苦々しそうに吐き捨てた。


「父上は王弟とやらに恨まれているのですか?」

「いや、兄上は爵位をついでから一貫して国王陛下に誠実に仕えている……国王派だと思われているのだ」


 なるほど、国王と王弟が派閥抗争しているのかと俺は納得した。


 父のルドルフからは貴族的な権力闘争など想像しづらいが、やることはやっていたのである。


「南で騒ぎを起こし、兄上と遠征軍を引き離したところで王弟派のバシュラールが挙兵した。バシュラールが国王陛下からの動員令を無視しているのが証拠さ、これは謀反だよ」


 リオンクール家とバシュラール家は仲が悪い。

 リオンクールが国王派ならばバシュラールは王弟派に属し、対抗するのは自然な流れなのかもしれない。


「バシュラール軍の数はどれくらいになるでしょうか」

「そうだな……2000は無いな。兄上の遠征軍が慌てて引き返すかもしれん。全軍をこちらに向けることは出来まい……1500と言ったところか」


 1500か……こちらは400人、要塞都市ポルトゥで何人が合流するかは分からないが、倍になったとしても800人。敵の半分しかいない。


 ……厳しい戦いになりそうだ。


 2日以上をかけて軍はポルトゥにたどり着いた。




………………




 ポルトゥではアンドレがすでに待っており、無事に俺たちと合流した。

 アンドレにも革鎧と陣笠は持たせており、彼はリュックサックも着けてきていた。


「うおっ!? バリアン様……ですよね?」


 アンドレは面頬を見て少し驚いたらしい。

 というか、周りにジャンもロロもいるのだから分かりそうなモノだが、まあアンドレらしいと言えばアンドレらしい。


 俺が「そうだよ」と笑うとリュックサックからゴソゴソと何かを取り出している。


「バリアン様、スミナからこれを預かっています」

「布?」


 俺はアンドレが取り出した布を受けとり広げてみると、なんと女性の肌着(シミーズ)であった。


「へっ? 何で?」


 俺は何となく匂いを嗅いでしまう。

 くんかくんかしていると、周りの微妙な反応に気づき、ハッとした。


 ……みんなドン引きしてるじゃないか……


 ジャンはゲラゲラ笑い、ロロは悲しいものを見る目でこちらを見ている。

 ユーグも側にいたが視線を外しているらしい。


 他の兵たちも俺の行為に引いているようだ……しかたないだろ? 無意識にしちゃったんだから。


 ちなみにリュックサックの革の臭いしかしなかった。


「あの、バリアン様……」


 アンドレが気まずそうにこちらを伺う。


「うん、スミナが何でこれを?」


 俺が尋ねると、アンドレが「わかるんですか!?」と大袈裟に驚き、周りがざわついた気がする……うん、お前がスミナからって言ったんだよ?


 俺が「ゴホン」と咳払いをすると、アンドレが我に返った。


「あ、それはですね、スミナが『私を敵に渡すな』と伝言して……」

「……そうか、分かった」


 それだけで俺はスミナの真意が分かった。


 要塞都市ポルトゥが落ちればリオンクールは徹底的に略奪されるだろう。

 財は奪われ、男は奴隷となり、女は犯される。


 スミナは『私を守って』と激励してくれたのだ。


 リオンクール人の気性は荒く、女も例外ではない。


 出陣の時も何人かの女が上半身をはだけさせ「バシュラールに負けたら私たちが盗られるんだよ!」と兵士たちを発奮させていた。


 スミナもリオンクールの女なのだ。


 俺は15才の少女の健気な気持ちに涙が出そうになった。


「アンドレ、俺は勝つぞ。敵の兵士が倍ならば、1人が2人殺せばいいだけだ」


 俺の言葉を聞いた周りの兵も頷いている。



 要塞都市ポルトゥで合流した兵は300人、100人がポルトゥの守備につき、600人で出撃する。


 叔父の読みが当たれば1500対600の戦いだ……圧倒的に不利である。


「俺は負けんっ!!」


 俺が叫ぶと、周りの兵も呼応して雄叫びを上げた。


 凄まじい士気である。


 少し高いところに叔父とヤニックが立ち、何事か言葉を交わしながら、こちらを見て頷いていた。




………………




 2日後



 俺たちは会敵した。


 バシュラール軍はおよそ1400人、騎兵はいるが少ないようだ。


 対するリオンクール軍は600人、こちらもほぼ歩兵である。


 俺たち4人も歩兵として出撃した……これはヤニックが「乱戦になるぞ」と教えてくれたためだ。

 乱戦で足を止めては騎兵は狙われるだけなのである。



 今は叔父が敵の指揮官を激しく罵っている。

 もはや言葉合戦と言うより、ただの悪口である。


「オカンとヤってろ!! 腐れバシュラールどもっ!!」


 叔父がどこかで聞いた言葉を口にし、開戦となった。


 俺は兵士として戦えば良いと言われているので指揮はとらない。

 仲間たちに指示をする程度だ。


 先ずは遠距離から弓を射ちながらジリジリと距離を詰める。


 俺とジャンも矢を放ち、その俺たちをロロとアンドレが盾で守っている。


 周囲から「ぎゃ!」「ぐっ」「クソっ!!」などと悲鳴が聞こえる。

 やはり数が少なければ射撃では不利になるだけだ。


「ジャン、ロロ、アンドレ! 少し早いが突っ込むぞ!!」


 俺は盾を構えて走り出した。


 アドレナリンがじゃぶじゃぶと分泌されているのだろう。

 俺を狙って矢が飛ぶが全く恐怖を感じない。


 俺に向かって投げ槍が飛んできた、これを盾で防ぐ。

 槍が刺さり使い物にならなくなった盾を投げ捨てた。


 俺は勢いを止めずに走り続ける。

 肩に矢が刺さるが何も感じない。


 敵が近づいた。


 すると、目の前で敵が悲鳴を上げて倒れこんだ。

 矢だ、矢が突き刺さっている。

 恐らくはジャンが倒したのだ。

 ジャンは走りながらでも自在に弓を操ることができる。


 ……隙間が空いた! 突っ込こめ!!


「ウオォォォォォ!!」


 俺はジャンが倒した敵兵の隙間から突進した。


 盾を構えた兵士にショルダーチャージの要領で肩から勢いよくぶつかっていく。

 俺の体格はかなり大きく、鎧兜の重量もある。

 まともに食らった敵兵は後ろを巻き込みながら吹っ飛んだ。


「死ねえっ!! 死ねえっ!!」


 俺は敵陣に突っ込んで滅茶苦茶に剣を振るう。

 剣は突くものだと知っているが、もはや理屈など知ったことか。


 アルベールからは多数との戦い方も仕込まれている。

 とにかく滅茶苦茶に暴れるのだ。

 手練れの兵であっても、暴れまわる狂人に手を焼くことがある。


 敵兵は同士討ちが気になり無暗には攻撃し難い。

 こちらは四方が敵、心置きなく暴れることができる。

 少数の利を生かすのだ。


 バットのフルスイングのように敵の頭を横からぶち割ってやった。


 敵の槍が何度も体に刺さるが、祖父の鎧には通じない。


「ガアアアオォォ!!」


 獣のような声が口から出た。

 これが俺の声かと少し驚く。


 周りを見ればロロが俺の左後ろを守ってくれていた。


 右利きの者はどうしても左後ろは死角になりやすい。

 何も言わなくてもロロはしっかりと俺をカバーしてくれている。


 ジャンは至近距離から弓で敵を倒しているようだ。

 こちらにはアンドレが護衛についており、アンドレは必死で槍を振り回し、敵を牽制している。


 ……勝てる! 仲間がいれば!


 俺は新たな敵に目をつけ、剣で殴り付けた。

 盾で防がれたが、何度も盾の上から殴り付け、最後は蹴飛ばして倒した。

 すかさず蹴り倒した敵にロロが馬乗りとなり、剣で止めを刺す。


 俺は無防備になったロロが狙われないように周りを牽制する。


「次はお前かあァァッ!!」


 俺は目の前の敵に襲いかかり、逃げ腰になった敵の腹に剣を突き刺した。


「何だあれは!?」

「化け物がいるぞ!」

「槍が通じねえ!!」


 恐らくは面頬の威嚇効果もあるのだろう、敵が恐怖から崩れ始めた。


 俺はノコギリのように刃こぼれした剣を捨て、落ちていた棍棒を拾い敵を殴る。

 俺が殴りつければ、肩だろうが腕だろうが骨を砕き、敵を倒す。


「バリアン様、あっちだ! 味方が崩されてるぞ!!」


 ジャンが叫んだ。


 見れば味方が敵に押されている。


 俺は落ちている槍を拾い、駆け出した。


「ついてこい! 敵を後ろから崩すぞっ!!」


 俺は返事も聞かずに駆け出した。


 ロロの顔が血で染まっている。アンドレも肩をやられたようだ。

 俺も鎖帷子が無いところは細かく傷がついている。



 だが、構うものか、俺は今……最高にハイってヤツなんだッ!!



 俺は槍を振り回し、敵を追い散らしながら味方の方に向かう。


「怯むなっ! 臆病者から死ぬぞ!!」


 俺は崩されていた仲間を叱咤し、敵兵を後ろから槍で突き刺した。


「バリアン様だっ!」

「味方が来たぞ!!」


 崩されていた味方が思わぬ援軍に声を上げた。


 俺は味方の兵に止めを刺そうとしていた敵に槍を投げつける。

 槍は盾で防がれたが、明らかに敵は怯んだようだ。

 その隙に味方の兵は難を逃れた。



 パプォォォォォ

 パプォォォォォ

 パプォォォォォ



 角笛が響いた。退却の合図だ。


 ……負けたのか……


 俺は味方を叱咤し、纏まったまま引き上げる。

 俺も、ロロも、アンドレも傷ついている。


 特にロロの傷が深そうだ。

 ロロの陣笠はひしゃげており、顔面から血を流している。


 纏まって引き上げる俺たちの様子を見た敵からの追撃は無く、痛み分けのような形で双方兵を引いた。



 俺の初陣はこうして終わる。


 味方は傷つき、倒れた。

 それは手痛い敗戦だった。

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