26話 祖父の鎧
14才、この年は大変な年だった。
春先に稽留熱と呼ばれる疫病が流行した。
これは何週間も高熱が続く熱病で、湿疹を伴う。
貧民地区から発生し、感染は領都の住民に何千人規模で拡大した。
やはり栄養状態が悪い貧民を中心に数百人も死んだらしい。
俺はジャンやロロに感染者や汚染地域には近づかないように強く言いつけた。
それが幸いしたのか、俺たちは感染を免れた。
しかし、父の第2夫人のジゼルや、腹違いの兄のユーグは罹患してしまったそうだ。
特にジゼルは重症化し、一時期は坊さんを呼んで末期のミサを行ったほどだと聞いた。
その後、一命をとりとめたが、体調を崩してしまい何ヶ月も床に臥したらしい。
なんとか数ヶ月で疫病は収束をしたものの、悪いことは続くものである。
このタイミングで王都から陣触れが届いたのだ。
また王弟とやらが勢力基盤である王国南部で兵を集め、キナ臭い動きをしているらしい。
王と封建領主は契約関係である。
戦争の時にはこれだけの兵を出しますと予め決まっているのだ。
王は契約外のことは家臣に強制できないし、家臣も契約に叛くことはできない。
もし、王が契約外のことを家臣に強いれば「暴君」と呼ばれ家臣が独立したり他国に仕えても文句は言えないし、逆に家臣が契約を守らなければ謀反である。
ルドルフとロベールは2000人ほどの兵を集め、南西に向かい出立した。
しかし、苦難とは連続しておこるものである。
ルドルフたちが出立した一月後、バシュラール子爵がリオンクール伯爵領に宣戦布告してきたのだ。
………………
「このままでは兵が集まらず、不味いことになるそうだ」
俺はロロ、ジャン、アンドレを前にして現状を語る。
俺の情報は留守番役の叔父のロドリグや執事であるアルベールから聞いた話である。
精度は高いだろう。
「ならば伯爵様が帰られるまで城塞都市ポルトゥで籠城ですか?」
アンドレが心配気に尋ねてきた。
彼の兄は遠征軍に参加している……動向は気になるだろう。
「いや、疫病に加えて遠征軍だ。もうリオンクールに余力が無い」
そう、災難続きのリオンクール領には長期間の籠城を支える物資が不足しているらしい。
追加で徴兵しても、兵糧も装備も足りないのだ。
疫病で減収し、遠征軍が持っていき、バシュラール子爵が物資を止めている。
領内から徴発する手もあるが、それは本当に最後の手段だろう。
「だから、俺たちも戦に出るぞ。俺たちは装備があるからな。4人は大きいぞ」
俺はハッキリと参戦を伝えた。
決して「行けるか?」とは聞かない。
俺たちは仲間だ。1人だけ参戦をするなどとは口が裂けても言えるものか。
「やったぜ! ようやく戦に行けるのかよ!」
ジャンが喜色を隠さずにガッツポーズをする。
「もちろんです。バリアン様、我らならば十分に戦えるはず」
ロロが落ち着いた風情で不敵に笑う。
「よしっ、俺だって戦えますよ! ……まあ、初めてですけども。あはは」
アンドレは19才だが戦の経験は無いらしい。
今までは親父さんや兄貴が戦に行き、留守を守っていたようだ。
本当に頼もしい仲間たちだ。
思わぬ初陣に怯むどころか闘志を見せて笑っている。
「よし、叔父さんとアルベールが兵を集めているはずだ。装備を整えて参加するぞ!」
俺は勢いよく立ち上がり、屋敷に帰る。
皆もそれぞれに装備を整えるはずだ。
「アンドレ、間に合わなければポルトゥで会おう!」
「わかりました!」
アンドレも急いで村まで戻ったようだ。
俺は急いで部屋に戻り、いつぞやの革鎧を身に付け、短剣を腰に吊るした。
弓と盾も問題なし。
面頬(面頬)と陣笠を装着すれば準備万端だ。
面頬は試作品が1つだけなので俺が持っていた。
……よしっ、後は……
俺が支度を整え、振り替えるとそこには人影があった。
「バリアン、母に何も告げずに行くつもりですか?」
母のリュシエンヌだ。
厳しい表情をしている。
「……母上……」
俺は少しばつが悪くなり、言葉が出ない。
「着いてきなさい」
リュシエンヌは反論を許さぬ厳しさで俺を誘った。
着いていくと、そこは武器庫である。
リュシエンヌと武器庫のイメージが結び付かず、俺は首を傾げた。
そんな俺には構いもせずにリュシエンヌは「ここです」と俺に告げて武器庫に入る。
「これを見なさい、バリアン」
リュシエンヌが示した先には立派な鎖帷子と兜が用意されていた。
「これは貴方のお爺様が使われていた鎧です……お父様が常に手入れをされていました。リオンクール伯爵の息子がみすぼらしい姿で戦に出るなどあってはなりません、これを使いなさい」
俺は祖父の鎧を穴が開くほどに見つめた。
……凄い、鎖帷子が二重に編み込んである……俺の爺ちゃんは大きい人だったんだな……
「さあ、母も手伝いましょう」
俺はリュシエンヌに促され、キルティングになった鎧下を身に付け、鎖帷子を身に付ける。
二重の鎖帷子はズッシリと肩に重いが、ベルトを締めると負担が分散されて楽になった。
俺の身長は既に平均よりもかなり高いが、それでもこの鎖帷子は少しサイズが大きい。
「少し大きいかな? お爺さんは大男だったんですね」
「ええ、あなたも負けないくらい大きくなるわ……この鎧が守ってくれる。お爺様が守ってくれるわ」
リュシエンヌが祈るように言葉を続けた。
「本当は私が鎧下を縫ってあげたかったのだけど……」
リュシエンヌの顔が曇る。
俺の身長は母をとっくに追い越していたが、まだまだ子供が心配なのだ。
面頬を着け、兜を被る。
鎖帷子の上には革鎧を重ね着した。
水滴型の兜には鼻をガードするパーツがあり、面頬に当たるかなと心配したのだが、絶妙な角度で当たらなかった。
恐らくは鍛冶屋の親方がそのように設計してくれたのだろう。
「ああ、なんと凛々しい」
リュシエンヌが惚れ惚れと俺を見つめ、立派な長剣と盾を渡してくれた。
盾を背負い、剣を佩く。
「叙任式もできなかったわね……許してバリアン」
「いえ、母上に見ていただければ十分です。ありがとう母上……この度の戦、勝たねば生きて戻りません」
今回は防衛戦だ。
伯爵の一族である俺が負けましたと帰るわけにはいかない……領主一族はいざと言うときには真っ先に死ぬ。
そのために普段は贅沢をし、旨いものが食える。
今回は文字通り、死ぬ気で戦うのだ。
俺が決意を告げると、リュシエンヌは「おおぉ」と嗚咽を漏らして泣き崩れてしまった。
「行きます……スミナを頼みます」
俺は矢筒と弓を持ち、武器庫から出た。
広場に行くと既にかなりの数が集まっており、叔父のロドリグが整理をしていた。
既に叔父も武装している。
俺が近づくと、ロドリグはギョッとした顔でこちらを見た。
「ち、父上……? まさか!?」
叔父は祖父の鎧兜を見て驚いたようだ。
そりゃそうかと俺は面頬の下で苦笑いをした。
「叔父さん、俺です、バリアンですよ。」
「ああ、バリアンか……驚いたよ、仮面を着けていたのか」
ロドリグは「ほっ」と息をついた。
アモロス地方の人々は信心深い。戦のために祖父が泉下から帰ってきたと思ったのかもしれない。
「母から授かりました」
「そうか……バリアンは大きいものな。その鎧は俺には重すぎてな」
ロドリグは「はは」と笑う。
決定的に不利な戦場に行くというのに、この叔父は自然体である……経験の少ない俺には頼もしい存在だ。
すると、叔父と話す俺の姿を見つけたか、恐い顔をした執事がヌッと現れた。
「うむ、その鎧ならば敵の槍は決して貫けぬ。守りは鎧に任せて存分に戦うと良い」
アルベールも叔父と並んで懐かしそうに鎧を眺めた。
「今回は助っ人も用意したぞ……おいっ! 何してやがる!?」
「喧しいわ、耳が遠くなると声が大きくなるのは本当だな」
アルベールと喧嘩をしながら現れた人影には見覚えがある。
「ジローの!」
「ヤニックじゃ。覚えていてくれたか?」
何とアルベールが用意した助っ人とはジローの親父さんのヤニックだった。
彼は凄い傷跡の残るインパクトのある面構えをしている……なかなか忘れられる顔では無い。
「儂は留守を指揮せねばならんからな。このオイボレをこきつかえ」
「オイボレにオイボレ呼ばわりされる筋合いは無いわ!」
アルベールとヤニックはギャアギャアと喧嘩している。
ひょっとしたら、何だかんだで仲が良いのかも知れない。
「アルベールが留守を守り、ジローの親父さんが一緒なら何も恐れることは無い。ヤニックさん、アルベール、ありがとう」
俺が礼を述べると2人の老人は迫力のある笑いを見せた。
「うおっ、バリアン様スゲー鎧だなっ! ズルいぜ!」
見ればジャンとロロも寄って来ていた。
2人とも陣笠に革鎧の足軽スタイルである。
遠征では無いので、リュックサックは着けていない。
俺たちが賑やかにしていると、ジャンの後ろからスラリとした若武者が現れた。
若武者はジャンとロロの陣笠を興味深げに眺め「変わった形の兜ですね」と呟いた。
これは腹違いの兄、ユーグだ。
彼は遠征軍に参加予定だったが、稽留熱に罹患し参加できなかったのだ。
彼は硬革を使った鎧を身に付け、古びた水滴型の兜を被っている。
指揮官としては少し心許ない装備だが、裸みたいな格好をしている兵士と比べれば立派な装備である。
「ブラール卿……」
「ユーグとお呼びください。戦場では悠長な礼は不用、私もバリアンと呼びます」
ユーグは手を差し出し、俺はそれを固く握った。
「ユーグ、改めて宜しくお願いします」
「こちらこそバリアン」
俺たちは頷き合った。
ユーグは線が細く頼りない印象だが、忍耐と知性がある。
この非常時に喧嘩する意味は無いと判断したのだろう。
これで彼のわだかまりが無くなったわけではないだろうが、この場はこれで良い。
広場を見ればすでに400人に近い兵が集まっている。
若く装備の良い者は遠征軍に参加しているために老人や碌な装備の無いものも目立つ。
だが、自らが生活する土地を守るために集まった勇士だ。
士気は天を焦がすほどに高い。
叔父が物資を積んだ荷車の上に立ち、兵士たちと向かい合った。
どうやら集まった兵士たちに向かい、演説をするようだ。
「皆、良く集まってくれた! 知っての通り、バシュラールが我らがリオンクールを狙って軍を動かした!!」
兵士たちが一斉にブーイングを始めた。
皆がバシュラール子爵を憎んでいる。
「我らは疫病で弱り、遠征軍もいない! だが、このような卑劣な奴らを許すなっ!!」
叔父が兵士を焚き付け、広場に闘志が充満するのが見えるようだ。
「勝てっ!! 卑劣な盗賊を許すなっ!!」
叔父が拳を天に突き上げた。
「「ウオォオワアァァァ!!」」
兵士たちが怒号のような雄叫びを上げ、盾を叩き、足踏みをして叔父に応える。
その勢いのまま、俺たちは領都を出た。
故郷を守るために。
疫病は腸チフスをイメージしてます。





