25話 ライ麦畑で捕まえて
13才、俺の身長は大人の背丈と変わらなくなったが、まだまだ止まる様子はない。
ありがたい事だと思う。
やっぱり身長は高い方が良い。
今日の俺たちは馬の稽古に励んでいた。
アルベールの特訓は実戦的で、馬の稽古と言っても様々である。
単純に早駆けをすることもあれば、馬上で槍を構えて的に突撃することもある。
今日は馬に乗ったまま川を泳がせる水練だ。
意外とロロが上手い。
逆に1番下手なのはアンドレだが、彼は何をやらせても下手なりに着いてくる。
俺たちは馬を泳がせている時も川の流れにだけ集中するわけにはいかない。
矢が飛んでくるのだ。
岸からはアルベールが矢を容赦なく射ってくる。
これを防ぐのが大変なのだ。
矢尻が付いていないとは言え、食らえば痛いので皆が必死に盾を構え、防ぎながら川を渡る。
「ぐっふっふ、やるようになったわ。馬泳はできぬと死ぬぞ。川に追い詰められたく無ければ身に付けよ、もう1度だ」
今度は後ろから矢を射られながらも馬を泳がせる。
馬も疲労するので、浅瀬を選んだり、流れを読みながら川を渡る。
上半身を捻るように後方を警戒するので非常に辛い姿勢である。
2度ほど飛んできた矢を盾で防ぎ、渡りきった。
「ロロが1番か……チッ、次は負けないぜ」
「ジャンは川の深い位置を渡りましたからね。腕の差じゃ無いですよ」
俺が渡り切る頃には、すでにジャンとロロは世間話をしていた。
「2人とも速かったな、全然追い付けなかったよ」
俺がやれやれと馬を下り、2人の輪に加わるころにはアンドレも到着したようだ。
彼は矢が当たったらしく、脇腹を押さえている。
「くそっ……後ろからの矢を防ぐなんて……」
アンドレはそれなりに馬術に自信があったようだが、俺たちの中では味噌っかす扱いである。
アンドレは……まあ、こう言っちゃ何だが普通だ。
剣も弓も馬も無難。読み書きも一応。体格も普通。
アルベールの課す試練は彼にしてみれば非常に厳しいものらしい。
そのアルベールも俺たち全員が渡りきるのを確認し、馬を泳がせて追いついた。
実はアルベールが一番上手いのでは無かろうか。
「今回はアンドレが死んだな。退却中は敵に勢いがある。後ろからの攻撃は防げるようにしておけ」
アルベールは「今日はこれまでだ」と言って全員で領都へ帰る。
帰路でもアルベールは「あそこには兵が潜める」とか「森から鳥が飛んだら伏兵がいる」などと繰り返し教えてくれる。
いつもいつも繰り返し聞くことで、俺も自然と危険な場所や有利なポジションがわかるようになってきた。
アルベールの教えは実戦的であり、領都を見れば都市の攻め方を教えてくれる徹底ぶりだ……次男の俺が領都を攻めるって嫌な予感しかしないけど、アルベールはお構い無しだ。
俺たちは屋敷に戻り解散となる。
ジャンとアルベールは自宅へ帰り、ロロは馬の世話に厩舎へ向かった。
俺は一息ついていたアンドレを急いで捕まえた。
「アンドレ、ちょっと話があるんだがいいかな?」
「はい構いませんよ」
俺はアンドレに声をかけ、庭石に座るように彼を促す。
「あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど……アンドレの村で、空き家があれば貸してほしいんだ」
「空き家ですか? うーん、あったかな?」
アンドレは顎を触りながら「えーっと」と呟いている。
「あ、いや……空き家と言うか、村外れの納屋みたいなもので良いんだ。ちょっと休憩できればな」
ちなみに納屋とは物置小屋の事だ。
アンドレは「はて」と首を傾げる。
「納屋ならば……しかし、休むならば我が家で……」
「いや、その、俺もスミナと2人で会いたい時もある。その……まあ、わかってくれ」
俺の言葉にアンドレは微妙な顔をした。
彼は「お前の妹とセックスしたいから場所を作れ」と言われているのだ……思うところもあるだろう。
「まあ、納屋ならば……その、休憩ができるように少し手を加えればなんとか」
「ああ、暖房はストーブを持っていくから馬を繋げることができて、ちょっとした広さがあればそれで良い……頼むぞ。できれば目立たぬようにしてくれ」
誤解しないでほしい。
実はこれは甜菜の研究に使おうと思っているのだ。
誰かが俺を不審に思い調べても、スミナと逢い引きしていればその秘密を知って満足してくれるだろう。
その先にある甜菜の研究には辿り着かないはずだ。
もちろん、ラブホテルとしても使わせて貰えば良い。
「その程度ならすぐにできますよ、2~3日お待ちください」
「頼むぞ、目立たない村外れが良い」
この「目立たない」と言うのも、逢い引きと言う理由があってこそだ。
………………
結果を言えば、甜菜から砂糖を取り出すのは簡単であった。
細かくした甜菜を煮詰めてシロップを作り、甜菜を取り出す。
ある程度の固さまでシロップを煮詰めた後に乾燥させ、結晶化させるのだ。
しかし、できた砂糖は茶色く、結晶も荒い。
良く言えばコクと独特の味わいがある。
悪く言えばクセと雑味だ。
……品質を上げる研究は続けるべきだな……とりあえず、煮出す温度の調整からか……
俺はできた砂糖はとりあえず保管し、更なる研究を続けることにした。
この状態でも十分に売れるだろうが、信用できる商人と取引したい。
候補としてはミレットの実家かロナの嫁ぎ先になるだろうか……ロナの旦那さんが信用できるならばそれで良いと思う。
旦那さんもロナのコネで砂糖が扱えるようになれば彼女を無下にはできまい。
これは余談だが、ついでに木灰が大量に出来たので石鹸作りにもチャレンジをすることにした。
木灰からアルカリ性の灰汁をつくるのだ。
石鹸は油脂をアルカリ剤で煮ると出来たはずだ。
この辺は妻の由美子がカルチャーセンターで手作り石鹸を作っていたので知っている。
俺もインターネットで作り方を調べたものだ。
しかし、こちらは見事に失敗した。
乳化しないのだ。
アルカリの値が弱いのかもしれないが、俺はその手の科学知識は弱い。
石鹸は「できたら儲けもの」くらいで良いだろう。
木の種類とかでも変わるのかもしれない。
もちろん、スミナとの「休憩」も欠かさずにしていた。
俺が納屋に馬を繋ぐと、彼女は恥ずかしそうに姿を現すのだ。
一応、用心のために供も付いてくるのだが、これはまあ仕方が無いだろう。
万が一、俺以外の男が納屋にいて可愛いスミナが誘拐でもされたら堪らない。
お供も俺を確認したらすぐに引っ込むから、それで良いのだろう。
俺たちの逢い引きは村中の「公然の秘密」であり、たまに誰かが覗きにくるほどだ。
その影に隠れた俺の研究に疑問を感じた者はいない。
一応、スミナには「薬学の研究」と伝えてある。
医学書を読みまくった俺は、この時代の医学に関しては医者よりも詳しく知っているので普通の村娘のスミナの質問くらいではボロは出ない。
怪しまれずに研究ができる施設を手に入れたので、アンドレには感謝である。
彼はスミナの兄でもあるし、俺が領地を得れば重く用いられるであろう人物の1人である。
………………
夏が来た。
今日もアルベールの訓練が終わった後に俺は村を訪れた。
スミナは村の娘たち数人とキャアキャア言いながら藁で縄をなっているようだ。
キャピキャピとした雰囲気が遠くからでも伝わってくる。
彼女は豊かではあるものの平民の娘だ。
このような農作業は普段から手伝っているのだろう。
俺が遠くから眺めていると村娘の1人が気がついたようで、こちらを確認しながらスミナに話しかけている。
実に姦しい。
スミナは14才、その年頃の娘たちは色恋沙汰が大好物なのだ。
村娘たちにからかわれながらスミナはこちらに小走りしてきた。
俺も馬から下り、スミナを迎える。
「バリアン様っ、もうっ、皆が見てるから恥ずかしかった」
スミナが可愛らしく抗議をした。
女子高生が友達の前で彼氏が迎えに来た感覚だろうか?
嬉しそうだが、チラチラと娘たちの方も気にしている。
俺は彼女に跪き、手の甲にキスをした。
観客へのサービスである。
アモロス王国に来たばかりのころは、この手の仕草は恥ずかしくて仕様が無かったが、もう慣れた。
娘たちからキャアキャアと黄色い声が聞こえたが、俺はそのままスミナを前に乗せ、馬で走り去った。
彼女たちからは俺がスミナを拐いに来たように見えたはずだ。
「バリアン様、恥ずかしいよっ」
「うん、俺も恥ずかしかった」
俺たちは顔を見合わせてクスリと笑う。
「このまま遠くに行こうか?」
俺はスミナと近くの丘を駆け上がる。
村が一望できるロケーションだ。
アルベールの教えのせいで「ここに陣取れば村を攻めるのは容易い」などと考えてしまう。
俺も大分と毒されてきたようだ。
「……良い眺め」
スミナが髪を掻き上げながら村を見つめた。
今日は髪を編まず、背中に垂らしていたために髪の乱れが気になったのだろう。
女の子だなあ、と思う仕草だ。
「あ、スミナ、あそこ見てみろよ」
俺は麦畑を指差す。
そこには一組の男女が絡みあっているのが確認できる。
これは農村では「当たり前」の光景だ。
農家の作りは、スミナの家のような名主階級ならまだしも、普通の農民の家は寝室が無かったり、一間しか無い場合が多い。
当然、そうなれば家族のブライバシーなどは無く、家の中で「秘め事」はできない。
そもそも全裸で寝るので、皆が肌を見せ合う状態である。
そうなれば若い男女はどこで愛を営むのだろうか?
その答は簡単である。
屋外でするのだ。
楡の木陰や乾し草に隠れ、あるいは麦畑の中で。
麦は現代の改良された品種よりも背が高く、麦畑の中で屈めば周りから見えることは無い。
ちなみに「麦畑に行く」と言えばセックスの隠語でもある。
「あっ、あそこでもしてるな。真っ裸になるとは大胆だ」
「ちょっと、バリアン様、その」
スミナはすっかりと恥ずかしがってゴニョゴニョと何か言っている。
この時代の農村部では、屋内でする俺たちが圧倒的な少数派だ。
一応俺は伯爵の子供で、名主の娘と婚前交渉するのは憚られるために隠れてしているのである。
「今日はここでしようか?」
「だめだよ……村から見えちゃう」
俺とスミナも何だかんだで屋外で揉み合いになった。
後に聞いたところでは、丘の上は丸見えに近かったらしい。
俺の13才はそれなりに忙しくも穏やかに過ぎて行った。
このまま、年を取ってスミナと穏やかに暮らすのも悪くない……この時の俺は、心の底からそう願っていた。





