24話 ロケットストーブ
この冬、ついに完成した。
ロケットストーブである。
本体を鍛冶屋に頼んだために総鉄製となり、断熱材には砂を使っているが、構造的には正しくロケットストーブである。
サイズはペール缶を縦に2個積んだ位のサイズだ。
天辺の煙突部には五徳も設置し、鍋で煮炊きが出来るようにした。
この辺は俺が田中だった頃に自作した物を参考にしている。
しかし、早速問題が発生した。
この総鉄製のロケットストーブ、やたら重いのだ。
以前作った時は本体はステンレス製、断熱材は軽石のようなナントカライトって素材だった。
しかし、鉄に砂となると、結構な重さである。
俺とロロはヒイヒイ言いながらやっとの思いで屋敷の広場まで運んだ。
メチャクチャ重いぞコレ。
この時点で「小さくすれば持ち運び簡単」と言う利点は消えた。
このサイズでこの重量では気軽に運ぶわけにはいかない。
「重かったですね……これが囲炉裏になるんですか?」
「ああ、鉄と砂の塊だから重いな……少し試してみよう」
俺は細かい薪を投入口に突っ込み、台所から借りてきた火で引火した。
燃え始めこそ煙は出るものの、非常に熱効率が良いためにすぐに煙は殆ど出なくなる。
ロケットストーブ特有の「ゴウゥー」という燃焼音が頼もしい。
試しにお湯を沸かすと、問題無く沸いたようだ。
折角だから何か焼いてみようと言うことで、ロロに食い物を探してもらうと『白ビーツの根っこ』が見つかった。
鉄鍋に白ビーツの根と石を入れて『石焼き白ビーツ』にしてみた。
これも問題無く焼けたようだ。
石焼きのコツは面倒くさがらずに、小さい石をたくさん集めることだと思う。
「焼けたけど……食うか?」
「はい、白ビーツって何か懐かしいですね」
俺とロロは焼いた白ビーツを無言で噛じる。
きっとロロもロナのことを思い出しているのだろう。
先日、ロナからの手紙に「来年の春に結婚する」と書いてあった。
来年には彼女も16才だ……結婚適齢期なのである。
相手は早くに妻を亡くした自由民の商人で、ロナは後添えに入るらしい。
あまり商売の規模は大きくないが、王都のリオンクールの屋敷に出入りしている真面目な商人のようだ。
読み書きや計算のできるロナは屋敷で商人とのやり取りも担当しており、そこで見初められたのだとか。
ロロもそうだが、識字率の低い時代に読み書き計算ができれば商人に目をつけられても不思議では無い。
しかも、ロナは可愛いし、売れ残るはずがないのだ。
……それにしても、ロナが結婚とはな……
これは先方からキチンとした形でリオンクール家に申し込まれた話であり、俺が口出しすることでは無い。
俺は何とも言えない気持ちになりながら、焼いた白ビーツを噛じる。
この苦さは白ビーツのせいだけではあるまい。
ちなみに白ビーツの根は煮るより焼いた方が旨い。
「焼いた方が臭みが少なくて甘さを感じるな」
「ええ……でも汁物にすると嵩が増えますからね」
うーん、味より量だもんなあ。仕方ないか。
「結構な甘さだなあ、もう少しクセが無ければ砂糖みたいに……」
瞬間、俺の脳裏に稲妻が走った。
……これ、砂糖ダイコン……甜菜だ……
俺は目を見開いて白ビーツを見つめた。
製法は分からないが、甜菜ならば砂糖が精製できるはずだ。
確か戦後のモノが無い時代、家庭で砂糖を作ることもあったと聞いたことがある。
ならば、俺にだって十分に作れるはずだ。
製法を研究し、より糖度の高い品種を栽培する。
……できるぞ、砂糖を作ればいくらでも富が手に入る、金があれば……
俺はごくりと唾を飲んだ。
アモロス地方で甘味料と言えば蜂蜜だ。それでさえ庶民の口には滅多に入らない高級品である。
俺はアモロス王国に来てから砂糖はロベールの結婚式でしか口にしたことがない。
砂糖は海外から僅かに輸入される超高級品なのだ。
比喩ではなく金より価値があり、庶民には一生縁の無い品物なのである。
「ロロ、お前さ……いや、その……ロナの結婚祝いを買いに行かないか」
「ええっ!? そんなのいけません!」
ロロは驚いて声を上げた。
危なかった。
つい「ミレットの実家に砂糖の値段を聞いてくれ」と言いそうになった。
先程から俺とロロがロケットストーブで火を焚いているので、珍しがって人が寄ってきている。
迂闊に口にして砂糖の秘密を嗅ぎ付けられては目も当てられない。
俺なら砂糖の製法を知る者がいれば拷問してでも情報を引き出すだろう。
それだけの金を生み出すはずである。
慎重に慎重を重ねる必要がある
「姉ちゃんは、その……奴隷だし、嫁ぐわけだから……」
「なんだ? 俺がロナの幸せを邪魔するはずがないだろ。亜麻布の反物とかどうかな?」
ロロが「高価すぎます!」と必死に首を振る。
確かに変に高級品を贈っては迷惑するかもしれない。
亜麻布は高級生地である。
「俺にとってさ、ロナは大事な友達なんだ。何かしてやりたいけど、スミナに相談は……できないよなぁ」
別に下心があるわけでも疚しいことがあるわけでも無いが、さすがにスミナに相談するのはデリカシーが無さすぎる。
俺が悩んでいると、ロロが「ミレットに相談しときますよ」と照れ臭そうに頭を掻いた。
この姉弟は照れた顔がよく似ている。
後日の事になるが、俺たちは「洗濯板」と「双六盤」を自作して贈った。
色気は無いが、思い出の品を贈ると言うミレットのアイデアを採用した結果だ。
そして、添えた手紙には最後の便りにする旨を記した。
人妻と文通するのは色々と障りがある。
少し寂しいが、これで良かったと思う。
俺とスミナとの経緯を考えれば、もしロナが側にいれば、俺は確実に押し倒していただろう。
……そしてロナも恐らくは受け入れた……
そうなればロナは一生日陰の身だ。
彼女はひっそりと望まれぬ子を産み、父と名乗れぬ親子が生まれただろう。
これで良かったのだ。
……話が逸れた。ロケットストーブに戻ろう。
俺たちがダラダラと世間話をしている内に連続使用していたロケットストーブに異変が起きた。
薪の投入口と煙突部が熱を持ち、鉄が赤色に焼けたのだ。
乾いた小枝を近づけたら、それだけで引火した……600度くらいはありそうだ。
アモロス地方の屋内は、床に枯草を敷き詰めたりと可燃性の物はいくらでもある。
そうなると、火災が恐い。
俺は以前……田中の頃はアウトドアで使用していたために気にならなかったが、今回は屋内で使いたいのだ。
少し改良が必要かも知れない。
それと、ロケットストーブは素晴らしく温かいのだが、燃焼時間が短い。
これは構造上の問題なので仕方の無いことではある。
マメに燃料を足すしかあるまい。
皆がいつの間にか集まり口々に「スゴい」とか「焚き火より温かい」などと感想を口にしてくれた。
概ね好評のようである。
しかし、ルドルフへのプレゼンの結果は思わしくなかった。
「バリアン、確かにこれは優れたものだ。しかし、広間に置くわけにはいかぬ」
ルドルフが言うには従士たちと「囲炉裏を囲む」ことが大事なことなのだとか。
『コミュニケーションが大事なのは理解できるが、他でカバーすれば良い』
俺ならこう考える。
しかし、薄々感じていたがこのアモロス王国は極端な慣習主義、前例主義である。
新しい事を「便利である」と受け入れる土壌が無いのだ。
実は便利なものを便利だからと素直に受け入れて使う合理的な思考は中世には無い。
この中世的な伝統・慣習主義は『永遠の昨日』と呼ばれるほどに頑迷なものである。
つまり状況や環境の変化に合わせていくよりも「昨日はいい日だった、今日も同じことをしよう」という考えの方が強いのだ。
結局、このロケットストーブは火力が強くて燃費の良い、ついでに煙も少ない便利な竈として受け入れられた。
これだって大変な進歩・変化なのだが、ルドルフからすれば「せっかく息子が作ったのだし」と言った程度である。
家臣たちも「伯爵様のお屋敷では竈が鉄でできている。お金持ちだな」くらいの認識らしい。
正直ガッカリだ。
リオンクール伯爵領内の鉱山都市フェールからは鉄を産出するが、それでも鉄は高価なものである。
鉄製のロケットストーブはコスト故に普及すらしなかったのだ。
これは俺にとって衝撃だった。
便利なものを作れば勝手に広まると思っていたからだ。
……そう言えば、洗濯板も普及しなかったな……
俺は改めて王都での生活を思い出し、ため息をついた。
試作ロケットストーブの問題点は以下だ。
・鉄製でコストが高い
・燃焼時間が短い
・連続使用時に火災の危険がある
・今までの生活様式からかけ離れており、受け入れづらい
……これだけの問題をクリアするのは容易ではない。
結局、ロケットストーブの普及・改良を進めるよりは、俺が偉くなって命令するのが近道なのだろう。
「俺が使いたいからお前らも使え」
アモロスでの生活を変えていくには、このくらいの強引さが必要かもしれない。
始めは恨まれるだろうが、結果が出れば問題は無いのだ。
使えば確実に良さは伝わる。
偉くなるには武功だ。
戦争で活躍するために明日から己を鍛え直そう。
俺は偉くなるのだ。
そして甜菜から砂糖を取り出す研究もある……これは人目に付かぬように行う必要がある。
先ずは場所探しからだ。
ロナは再登場の予定があります。一応。





