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123話 王様は裸だ

「思わぬ不覚をとり、面目次第もございません」

「陛下のお手を(わずら)わせ……」


 目の前ではアルベールくんとゲが(ひざまづ)き、俺に謝罪をした。


 彼らは数で劣る敵に翻弄され、本陣であるリオンクール軍への攻撃を許した。

 これは言い訳の出来ない失態である。



 今は陥落させたカンベール城の砦に諸将が集まり、軍議の最中だ。

 皆の前で働きの良かったものは褒め、失敗したものは叱る、これは大切なことではある。


 だが、初陣のアルベールくんに過度の叱責は必要ないし、俺は罰を与える積もりもなかった。


「ああ、確かに油断があったのかも知れんな」


 俺が苦笑すると、ベニュロ子爵家の老臣が「恐れながら、私め不覚にて」と割り込んできた。

 初陣のアルベールくんをかばおうと言うのだろう。


「控えろ! お前ごときの出る幕ではないっ!!」


 しかし、アルベールくんがそれを許さず、老臣を叱りつけた。


 ベニュロの老臣はあくまでも陪臣ばいしん(家来の家来)である。たしかに俺と諸公のやりとりに口出しするのは無礼だ。

 アルベールくんが老臣を叱らなければ俺が罰する形となり、ベニュロ家は無駄に家臣を失うことになるかも知れない場面である(そんなことはしないが)。アルベールくんは老臣を叱ることで部下を守ったのだ。


 若い彼が自分を庇う老臣を叱るのは中々出来ることではない。


「家臣が主君を庇い、主君が家臣を守る。立派な行いだ」


 俺はアルベールの立派な態度に感心し、ニッコリと笑った。


「アルベールくんは初陣だと聞いたが、立派な戦いだった。最後に突破されたのはラミール・ド・コクトーがさらに上手だっただけのことだ。強敵との戦いは騎士の誉れ、何ら恥じることはない」


 この言葉にアルベールくんは「ほっ」と息をつき、老臣は(うつむ)いて顔を隠した。

 ひょっとすれば彼らの間に打ち合わせがあったのかも知れないが、それは俺が気にすることではない。


「兎も角も、砦は皆の働きで陥落した……特にドレーヌ伯爵の進退の見事さには感服しました、伯爵に先陣を任せたのは正解でしたね」


 ドレーヌ伯爵は母の甥、俺の年長の従兄弟であり、リオンクール家と古くからの同盟者だ。


 伯爵に限らず、王になる前からの同盟者であるアルボー子爵やベニュロ子爵にも遠慮はあり、つい口調も丁寧なものになってしまう。

 代を重ねれば明確な主従関係になるのだろうが、今はまだ従属的な同盟関係に近い。あまりぞんざいな扱いをして良い間柄では無いのだ。


 俺が褒めると伯爵は「恐縮です」と穏やかに応えた。

 実にダンディだ。


「しかし陛下、最早カンベール城は死に体です。ここは一気に攻め落とすも良し、水を向ければ降参も受け入れるでしょう」


 ドレーヌ伯爵はあくまでも穏やかに、視線をカンベール城の方に向けた。

 実に貴族的なスマートな身のこなしで、いかにも『伯爵(ル・コント)』って感じだ。


「うーん、ハッキリ言って攻め落とすのは容易い……しかし、完全に滅ぼしては後の統治が難しくなるし、かと言ってここまで意地を張る男爵が俺に頭を下げるでしょうか?」


 実際に武力で制圧するのは可能である。


 だが、旧バシュラール領のように民にソッポを向かれては税が上手く回収できずに採算が合わない。

 事実、遠征費を別にしても今年のバシュラールの経営はトントンか……やや赤字だ。

 将来的には黒字化するだろうが、現時点でこれ以上の赤字部門は増やしたくない。


「ならば降参の条件を軽めにし、降参をうながしては如何いかがでしょうか? 当主の交代とリオンクール王国への編入、領地は一部割譲でよろしいのでは? 伯爵のご意見は……」

「そうだな、領地はジュメル市……あそこと、城を幾つか割譲くらいが妥当か」


 アルボー子爵とドレーヌ伯爵がなにやら意見を纏めてくれているが、この2人は経験豊富な政治家である。

 俺が口を挟むより彼らの意見を採用するのが賢いだろう。


 俺は民政の分野はわりと自信があるが、この手の外交的な駆け引きはハッキリ言って面倒くさくて嫌いだ。


 外交はアルベールくんの祖父であるベニュロ子爵の得意分野ではあるが、彼は残念ながら老齢のために体調を悪くして今回の戦には加わっておらず、子爵の軍は嫡孫アルベールくんが率いている。

 元気なら外務大臣的なポジションに着いて欲しいところだが、病気だけはどうにもならない。

 このアモロスで60代は十分な長寿である。大事にして欲しいものだ。


「……以上で如何でしょうか陛下」


 ドレーヌ伯爵とアルボー子爵らは数名で意見を出しあっていたが、それなりに纏まったようだ。

 条件としては人質の提出などが追加されたようだが、この辺は交渉の流れもあるから適当で良い。

 要はコクトー男爵領を支配下に置ければ良いのだ。


「細部は任せよう。使者は……」


 俺はここでふと考えた。


 ……正直、誰でも良いな……


 俺は左右を見渡し「やりたい人!」と声を上げた。


 しかし、無反応だ。

 皆が「え?」みたいな表情で固まっている。

 どうやら意図が伝わらなかったらしい。

 場がシンと静まり返ってしまった。


「いや、使者になりたい人を聞いたんだけど……」

「そんなん分かってるよ、だけど和平の使者で『やりたい人』は()えだろ。真面目にやれよ、1つ違えば戦は終わらねえんだぞ」


 何故かジャンに怒られてしまった。

 どうでも良いが、こいつにだけは言われたくない気がする。何か良くわからないけど俺のハートは傷ついた。


「俺は真面目だ。やりたい人がやるのが良いんだよ」

「明らかに適当だったじゃねえか、さっきの話も途中から聞いてなかったの知ってんぞ」


 俺とジャンはぎゃあぎゃあとやり合い「じゃあお前がやれよ!」「おー、やってやんよ!」みたいな感じで使者はジャンに決まる。

 こいつに使者が務まるのか心配ではあるが、売り言葉に買い言葉である。

 補佐として実兄のモーリスが付くことになった……要はお目付け役ってやつだ。


 周囲は俺とジャンの喧嘩にハラハラしていたらしいが、このように気兼ねがないのも幼馴染ゆえである。

 ジャンは親戚でもあり、諸公でもある。ある意味で俺とも対等な関係なのだ。


「へっ、お前みたいな暴れん坊に軍使なんか勤まるかよっ! 出来たら全裸で謁見してやるわ!!」

「バーカ、バーカ、絶対やれよ!! 嘘ついたらお袋さまに言いつけるからな!」


 ジャンは小学生レベルの悪態をつきながらモーリスと共に山上の城に向かっていった。


「バリアン様……あまり変なことは言わない方が」

「そうですよ、ジャンはあれで中々(なかなか)器用ですからね」


 アンドレとロロが心配げに声を掛けてくるが、俺は「ふん」とソッポを向いた。

 内心では『ヤバイかも』と思っているが、言った言葉は引っ込める事はできない。


 上手く行って欲しいと思いつつ、上手く行って欲しくない……複雑な気持ちで俺は山上を見上げた。




………………




 半日後



 ジャンとモーリスはコクトー男爵の息子2人と共に男爵の書状を携えて帰還した。


「む……戻ったか」

「おら、ちゃんと読めよ」


 ジャンは俺に素っ気なく書状を渡すと、ニヤニヤとした顔つきを見せた。


 ……ちっ、上手くやりやがったか……どれどれ……


 俺はコクトー男爵の書状を確認する。その書状には、ほぼこちらの要求を受け入れる旨が記してあった。



 1、コクトー男爵家はリオンクール王国への忠誠を誓う

 2、現男爵は引退し、再び位に着かない

 3、現男爵夫妻は人質となりリオンクール国内にて余生を過ごす。その待遇は男爵に相応しいものであること

 4、ジュメル市、並びにゲ男爵領との境界の2城をリオンクール王国へ割譲する

 5、リオンクール王国は今後、コクトー男爵家を保護する

 6、現当主は今後もリオンクール王に忠誠を誓わず、ゲ男爵に謝罪をしない


 内容は以上である。


 ……ほう、面白いな……


 6番目が実に面白い。

 ジャンはコクトー男爵のプライドを守ることで上手く交渉を纏めたらしい。

 コクトー男爵本人ではなく、息子たちが現れた理由も納得である。


 ジャンの意外なセンスを見た気がし、俺は感心した。



「良し、十分だ……その息子さんたちはどちらが次の男爵になるんだ?」


 俺はくるくると書状を巻き、側に控えるロロに渡した。


 ジャンが連れてきた男爵の息子は2人である。共同統治も無きにしも非ず……だが、この場合は違うだろう。

 恐らく片方は人質では有るまいか。


「は、私です」


 年長と思わしき青年が前に進み、(ひざまづ)く。


「うん、分かった。そちらの弟は人質ではなく俺の家臣として取り立てよう。後ほど正式にコレーを行おう、別家を立てるが良い」


 俺の言葉に兄弟は喜び、礼を述べた。

 これらは降伏としては非常に寛大な処置ではある。

 彼らはリオンクール傘下の諸公になるのだ……変に酷に扱うより「優しくされた」と思って貰えるくらいでちょうど良いだろう。


 ちなみに、割譲された城はピエールくんのプニエ家とベリ家に1つづつ与えた。

 彼らは男爵家としては領地が極端に少ないからだ……男爵ともなれば色々と格式的な出費も多く、加増してやりたいと思っていたので丁度いい。

 新たな領地は飛び地になるが、バシュラールとコクトーは近く、街道を整備すれば何とでもなるだろう。


 これらの処置は、仲違いしたゲとコクトーの領地を距離的に引き離す意図もある。

 境界に緩衝地帯を設けて領地が接しないようにしたのだ。

 こまでやった以上、これ以上コクトーと揉めたらゲもお灸では済まない。

 その時は呼び出して俺のメイスでゴツンだ。



 部下同士の戦争は基本的には不介入がルールである。

 余程の事情がなければ君主は和平の仲立ちをするくらいしかできないのだ……変に介入すれば『依怙贔屓えこひいき』と取られて部下への信用を無くしてしまう。


 仲の悪い部下同士の領地が接していると(ろく)な結果にはならないだろう。

 ここは引き離すに限る。


 ……しかし、その辺も規制してかなきゃいかんだろうな……


 俺は新たな法整備の必要を感じた。

 部下が戦争していてはいざと言う時に兵が集まらない。

 揉め事を減らす仕組みがあった方が良いだろう。



 そして、引退したコクトー男爵の身柄だが……これは男爵と縁の出来たジャンの領地に預けることにした。

 ジャンと男爵はどうやら意気投合したらしく、友人となったらしい。それならば、いっそジャンに預けてしまった方が良いと判断したのだ。

 男爵も気心の知れた相手の元の方が気楽であろうし、快適ならば逃亡の考えも薄れるだろう。


 ……まあ、逃亡の結果は息子たちに返るからな……先ずは逃げんだろう……


 俺はうんうんと頷いて、和平成立の宴を準備させた。

 その席で改めてコクトー男爵家はリオンクール王国へ忠誠の誓いを立て、戦争は終結した。



 その宴席で、俺が全裸であったかどうかはご想像にお任せしたい。

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