124話 伯爵あらわる
コクトー男爵とゲ男爵の紛争は決着を見た。
俺たちはすぐさま軍を返し、一路北へ向かう。
目指すはバシュラール城、そしてその先のダルモン伯爵領だ。
……とは言え、のんびりしたもんだよなぁ……
俺は周囲の様子を見て苦笑した。
やはり、6000人に近い軍勢の歩みは遅い。
擬音語をつけるなら「のたりのたり」であろうか。
あまりにも退屈なので諸公を集め、行軍がてら会議をすることにした。
帰路は敵対勢力がいないので安全なのだ。部将が離れても何とでもなるだろう。
馬に乗りながらの会議とはいかにも軍陣らしくて悪くない。
俺は馬上から周囲に指示を出し、諸公に集合を命じた。
………………
「……と言うわけで、ダルモン伯爵の援軍要請があり、今から伯爵領に攻め入ります。準備をしておくように」
俺が諸公に告げると皆がポカンと口を開けた……ちょっと面白い。
「いやいや待てよ、攻めるのは良いけどよ、肝心の伯爵に受け入れの態勢はあるのか? 援軍に行ったは良いが攻撃されたり干上がるのは御免だぜ」
ジャンが疑問を口にするが、ハッキリ言って愚問である。
先ず軍を入れるのが大事なのだ。
領地に入ってしまえば食料は徴発すれば良いし、微妙な反応するやつは攻撃すればいい。
向こうの意向など二の次だ
「知らん」
「知らんって何だよ! こちとら部下を食わせなきゃならねえんだよ!!」
俺とジャンがぎゃあぎゃあと騒いでいると、アルボー子爵が「少しよろしいですか」と間に割って入ってきた。
できる男である子爵は俺とジャンのやりとりにも既に慣れたらしい。
「もう少し詳しくお話を聞きたいのですが……ダルモン伯爵が他領に援軍を要請してまで戦う敵対勢力とは何者ですか?」
「ああ、えーっと……ダルモン伯爵はあまり権力が無いらしく、弟と支持者たちに当主を交代させられそうなんですよ(99話参照)。それで助ける見返りにリオンクール傘下に加わる約束なのです」
俺の言葉にアルボー子爵は「実弟と権臣が結び付いた……なるほど」と頷く。
「我ら北東部の領主とダルモン伯爵は数年前にアモロスの王位を巡っての内紛で同陣したことがあります。彼が窮地に立たされているのならば助けることに否やはありません」
「左様、それにダルモン伯爵領を通り抜ける事ができれば帰りは楽になる」
アルボー子爵の言葉にドレーヌ伯爵が続いた。
確かにアモロスの内紛ではダルモン伯爵は俺たちと同じ陣営に属していた。
本戦に参加していた北東部諸公は肩を並べて共に戦った仲でもある。
この『戦友』と言う絆は深いものだ。
それにドレーヌ伯爵の言う通り、ダルモン伯爵領と北東部は地理的に近い。リオンクールから険しい花嫁街道を使うより行軍は楽だろう。
……成る程、ダルモン伯爵領は西と戦う時の策源地としてピッタリなのか……
俺はドレーヌ伯爵の目の付け所に舌を巻いた。
さすがの見識である。
それにしても、アルボー子爵はあくまでも『人情』で助けたいと口にし、ドレーヌ伯爵は『実利』を説いた。
なかなか面白い意見だと思う。
場合によってはいきなり大軍で乱入して伯爵領を荒らし回り占領する腹積もりだったが、今後の策源地とするならば話は別だ。
ここは伯爵の意向を無視して軍を入れるような真似は控え、先ずは使者を派遣して連携を確認するのが無難だろう。
「そうだな、ジャンの言うとおりだ。こちらからも使者を発し、ダルモン伯爵と連携を密にしよう」
「お? なんだか素直だな。裸にならないのか?」
ジャンはイチイチ突っ掛かってくる……まあ、こいつらしいと言えばらしいだろう。
どうでも良いけど、俺は人前で裸になるのは嫌でなかったりする……むしろムキムキの体を見せたいくらいだ。
ボディビルの基本8ポーズは普段から無意味に練習して嫁さんたちに見せたりしてる。
キアラはわり好きらしく腕にぶら下がったりして喜んでくれるし、意外とベルも筋肉好きみたいでチラ見してくるのを俺は知っている。
ベルのお好みのポーズはサイドトライセップス。上腕の筋肉が好きらしい。
「ああ、それも悪くないがな。どうせならダルモン伯爵の弟とやらの嫁か娘を取っ捕まえてから裸になりたいもんだな」
「あっはっは! そりゃいいや!」
ジャンが呵呵と笑うと皆が釣られて顔を綻ばせた。
浮かない顔をしているのはアルベールくんとゲだけだ。
「アルベールくん、ゲ男爵、汚名返上の機会は与える。戦いの前に憂い顔は不吉だぞ」
俺が声を掛けるとアルベールくんは無言で頷き、ゲは「ご配慮に感謝します」と礼を述べた。
ゲはまだしも、アルベールくんは随分と思い詰めているようだ。
俺は初陣での失敗は悪いことばかりでも無いと思うのだが、本人はそうも言ってられないのだろう。
「あまり深刻になるなよ、失敗は今後の糧にすれば良いさ。俺やジャンの初陣なんて初戦にボロ負けしたんだぞ、なあ」
「そうだった! 初陣は悲惨でなー、倍以上も敵がいてさ。ロロもアンドレも血まみれにされるし、ジローの親父は討ち死にしたし、最後はバリアン様もぶっ倒れて担いで帰ったんだ」
ジャンが俺の意図を汲んで話を合わせてくれた。
俺たちの初陣は最終的に勝利で終わったのだが、そこは言う必要はない。
「天下無敵の陛下が、ですか? とても信じられません」
俺が負けたと聞いて、アルベール君が驚きで目を丸くした。
彼にとって俺は天下無敵の豪傑らしい。
……まあ、それはそれで嬉しいけども……
俺は照れ隠しに鼻をポリポリ掻きながら話を続ける。
「ああ、戦なんてそんなもんだ。勝ったり負けたりして経験を積むんだ……初陣が終わってアルベールくんは生きてる。それが大事さ」
俺はアルベールくんを励まし「シモンなんて何にも出来なかったって泣いてたぞ」とコッソリ小声で教えると、これにも衝撃を受けたようだ。
「そうか、カスタ子爵も……」
アルベールくんは何やら感じるところが有ったようで手綱を操る拳に力が入っていた。
……まあ、シモンは泣いてないけどな……多少の誇張は許してくれ……
俺は未来の婿殿とのコミュニケーションを楽しみ、賑やかにバシュラール城への道を進んだ。
何故かこの会話内容を聞き付けたシモンが「泣いてないだろ!」と猛抗議してきたが、これは別の話である。可愛い息子だ。
………………
バシュラール城に帰ると、留守番のジョゼが困惑した表情で出迎えてくれた。
彼は挨拶もそこそこに「ご相談したい事が」と告げ、俺を連れ出した……どうやら聞かれたくない案件らしい。
「お客様がお見えです」
「そうか、会おう。軍には休憩を指示しといてくれ」
俺は誰が訪ねてきたのか聞くのも忘れ、無防備に客間に足を踏み入れた。
正直、油断していた。
「やあ、おかえり」
するとそこで驚きの人物が出迎えてくれた……ダルモン伯爵、その人である。
「ダルモン伯爵!? 一体なぜ?」
俺が驚きの声を上げると、伯爵は「敵を誘い出せと書いてあったからな」と何事も無かったかのように告げた。
……いや、意味わからんし……
俺は戸惑いを隠しきれない。
どうもこの男とは噛み合わないのだ。
「もう少し説明して頂けると……」
「む、そうだな。リオンクール王からの書簡には『敵を誘い出せ』と有っただろう?」
俺はダルモン伯爵の言葉に頷く。
ここまでは問題ない。
「今の伯爵領は俺に対する不満が高まり、無理やり抑え込んでいた状況だった。かなり不満が溜まっていてね、俺や息子の暗殺未遂も何度かあったほどさ。そこで俺が不意に『リオンクール王に会いに行く』と領外に出た……隙を見せたわけだ」
「なるほど、それで敵の挙兵はありましたか?」
俺が重ねて訊ねると彼は「あったさ」とニヤリと笑う。
「こんな見え見えの罠に引っ掛かったのは2人、兄と弟だ。俺は兄を差し置いて伯爵位を継いだんだが……やっぱり薄鈍だな。こんな見え見えの誘いに乗るとは……今頃は俺の妻子を捕らえて勝った気でいるだろうな」
「えっ、妻子って……それは不味いのでは」
先程から俺は伯爵に驚かれっぱなしである。
肝心の伯爵の妻子を人質にされては話が終わってしまう。
「何故だ? 妻子を連れて出ては誘いにならないだろう?」
「まあ、そうかも」
確かにその通りではある。
妻子を逃がしては罠だとバレバレだ。
「まあ、俺も若いしな。子供はまた作れば良いさ。リオンクール王の妹か娘を頂戴したい」
「いや……我が家に適齢期の者は……」
伯爵はあくまでドライだ。
ある意味、君主としては正しい姿である。
しかし、いくら政略結婚だろうが、ここまで割り切れるものだろうか……俺は伯爵の表情を窺うが、何も読み取ることは出来なかった。
「たしかリオンクール王には庶妹が沢山いただろう?」
「いや、腹違いの妹は1番年上でも10才ですし、母の身分が低すぎますよ」
そう、俺の量産型弟妹は、庶兄のユーグに分けたこともあり1番上でも10才だ。
俺と同年代の伯爵とは年が合わないし、何より奴隷の子である。さすがに伯爵に嫁がせるのは失礼だ。
「母の身分など気にしないさ、リオンクール王の妹だと言うことが大事だ。10才なら数年もすれば子も成せるだろう、決まりだな」
決まってしまった。
「幹部を集めてくれ、早速軍議に入ろう。時間を掛けると敵に防備を固められるぞ」
「あ、はい」
何だかペースが狂いっぱなしだ。
「急げ義兄よ」
「いや、まずは奥さんの救出を……」
このマイペースな男が部下になるのか……そう考えると胃が痛くなる気がした。
これで正月の書き溜めは終了です。
また中1~2日くらいでお届けします。





