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116話 次の時代

やっと建国祭が終わります。

 シモンの結婚式も無事に終わり建国の式典も後半に向かう。


 結婚式では立会人同士が殴り合う風習があるのだが、皆が王である俺を殴るのを躊躇い、何故か俺が居並ぶ立会人たちを順番に殴る形となった……まあ、変な絵面ではあるが大した話ではない。


 これは誓いを忘れぬように、痛みで体に刻み込むための打撃である。

 本気で殴るのがならいであるため、俺も手加減抜きで順に立会人たちをビンタしたのだが……花嫁の父であるブルノーに良いのが入り、完全に伸びてしまい少し騒ぎになった。


 なんだか闘魂注入みたいな感じになってしまったが、元気があれば何でもできる。許して欲しい。


 ブルノーは隠居の条件として僧籍に入っており、剃髪しているので騎士ブルノーとは呼ばれない。修道士ブルノーである。

 修道士とは言え、彼は世俗に身を置き、今はシモンのアドバイザーのような立ち位置だ。

 正に黒衣の宰相……カッコいい。伸びてるけど。



 ブルノーが運び出された後はお決まりの宴会だ。


 今日はシモンの披露宴なので俺は少し離れた所で若者たちが騒ぐのを見守っていた。


 シモンは何だかんだで人気がある。

 リオンクール人は元々勇者を尊ぶが、俺が外征に勝利したことでこの傾向が強まった気がする。

 戦で少なくない武勲を上げ、競技会で活躍したシモンの人気が高いのは必然だ。


 いずれは嫡男ロベールにも目立った武功を立てさせる必要があるだろう。


「やあ、何を黄昏(たそがれ)てるんだ?」


 兄のユーグが声をかけてきた。

 常に数名の同胞団に警護されている俺に気安く声を掛けてくれる存在は貴重である。実にありがたい。


 この兄はリオンクールにいた頃は物静かで取っ付きにくい印象であったが、再会した時には気さくなオジさんみたいになっていた。


 ユーグも異国でやっていく内にコミュニケーション能力が磨かれたのだろう。

 今の人当たりの良さは彼が長い年月を掛けて練り上げた人格なのだ。


 それこそ、上流にあるゴツゴツとした石がぶつかり合い、磨り減り、下流につく頃には(かど)が削られ丸くなるように……ユーグも世間に揉まれて丸くなったのだ。


 ……苦労したんだろうなあ……


 俺はユーグの苦労を想像し、少ししんみりしてしまう。


「どうした? 変な顔して」


 ユーグは俺の気も知らずに失礼なことを言う。

 変な顔ちゃうわ。


「いや、兄上の結婚式を思い出していたんだ」

「ん? ロベールのか……」


 俺の言葉にユーグは少し微妙な顔をした。

 彼は長兄であるロベールと折り合いが悪かった……あまり良い思い出では無いのだろう。


「うん、あの頃は父上とドレルムのとっつあんがいて……アルベールもいたな。懐かしい話さ」

「そうだな。ドレルム卿は昨年亡くなった……知ってたか?」


 ユーグの言葉を聞いて、俺は「そうか」と呟いた。

 不死身と言われたピエロ・ド・ドレルムだが、恐らくは60才を越えていただろう。寿命を迎えても何らおかしくはない。


「ドレルム騎士家は王都とカステラ公爵に挟まれて難しい舵取りを迫られているな。当代は王都に与するようだが……」


 聞けばドレルム騎士家の現状はかなり厳しいらしい。

 大勢力の抗争に挟まれた小勢力は常に存亡の危機だ。


 ユーグはドレルムの紹介でフーリエ侯爵に仕えた経緯があり、ドレルム騎士家の苦難に心を痛めているのが見てとれる。


「そうか、ドレルム騎士家は大変だな……ユーグ、思うところはあると思うが、あそこには甥のトリスタンがいるはずだ。逃げてきたら助けてやってくれよ」


 そう、ドレルム騎士家には長兄ロベールの子トリスタンがいるはずだ。

 今さらリオンクールに逃げ込んできても彼を擁立するような動きは無いとは思うが、さすがに一悶着あった俺の庇護は受けづらいだろう。

 ならば疎遠とは言え叔父のユーグを頼ることは十分に考えられることだ。


「ああ、でもフーリエには父上がいるし……ウチよりもバリアンを頼るんじゃないかな?」


 ユーグが突然おかしなことを言い出し、俺は「へあぁっ!?」と変な声が出てしまった。

 無駄に注目を集めてしまい、少し恥ずかしい。


「変な声だすなよ」

「いや、すまん……え? 父上ってフーリエにいるの?」


 俺の疑問にユーグが「え? 知らないのか!?」と疑問で返す。こちらも相当に驚いている。


「いや、全然知らんぞ? 死んだと思ってた。皆も知らんはずだ」

「ええ……僕には『自分で安否は知らせた』とか言ってたから……」


 ユーグも困惑している。

 実際にルドルフが手紙を書いて、配達中に失われた可能性もあるが……


「わざとだな」

「うん、わざとだ」


 兄弟の意見は見事に一致した。

 ルドルフは恐らくは故意に連絡を怠ったのだ。


 俺たちは顔を見合わせて笑った。

 全く、とんでもない不良親父だ。


 聞けばルドルフはフーリエ侯爵の食客となっており、かの地でも子種をばら蒔いているそうだ。

 既に俺の弟は2人増えたらしい……しかもアニエス人とのハーフだ。


 ……なるほど、連絡をしないわけだ……


 俺は苦笑いをし、納得した。


「しかし、父上は60近い筈だが……」

「いや、まあ……うん、お元気でな。去年は戦にもでたぞ……実は僕には娘しか居なくてさ、産まれた弟を1人養子にしたんだよ。まだまだ幼いけど、成人すれば下の娘と一緒にさせようかと思ってる」


 血縁としては叔父と姪の結婚になるが、無い話ではない。

 いかに養子でも赤の他人よりも血統的に近い方が受け入れやすいのは人情と言うものだろう。

 そして、女性の相続は認められているとは言え、男性後継者の方が望ましいのは言うまでもない。


「ウチにも王都で産まれた弟やら妹やらがたくさんいるぞ。それなりに鍛えて皆が優秀だ、何人か連れてくか?」

「助かるよ。僕には譜代の家来がいないし、ありがたい申し出だ……だけど、本人らの意思を確認しなきゃな」


 正直、俺の弟ではあるが身分の低い母を持つ弟たちの扱いは微妙である。

 ユーグはユーグで他国の地で頼れる身内がおらず、血の繋がりのある弟を迎えるのは大歓迎だろう。


 結局、ユーグは弟2人と妹1人を連れてフーリエ侯領に戻るのだが、後に弟たちはユーグを助けて大いに活躍したようだ。


 俺も『お土産』としてフーリエ侯宛の親書を預け、リオンクール王国とフーリエ侯領の同盟は締結された。

 この功績によりユーグは大いに面目を施し、少し後の話にはなるがフーリエ侯領で領地を授かり名実共にブラール騎士家を興した。



 そして、後のリオンクール王国には「ルドルフ伯爵の子」を名乗る者が度々に現れて庇護を乞うようになり、数十年に渡り王国を悩ませ続け、そのあまりの数の多さに1つの笑い話が生まれることとなる。



『伯爵の子』


「腹が減っただって? 何で『伯爵の子』だと名乗りでないんだ? この国では『伯爵の子』だと名乗れば王様が飯を食わせてくれるのさ。俺も『伯爵の子』だし、向こうの鍛冶屋も『伯爵の子』さ。確かその息子も『伯爵の子』だぜ。肉屋の双子は片方だけが『伯爵の子』だな。……ん? 伯爵が誰だって? バカだな、誰もそんなこと知らねえよ」




………………




 翌日



 俺は宴席を離れ、アルボー男爵主従に領内の様子を見学してもらっていた。


 これは本来タンカレーに任せる予定だったのだが、彼は肺を病み、今回の式典も欠席していた。


 恐らくは若い頃に受けた胸の戦傷が原因だろう……無理せずに養生していれば良かったのかも知れないが、働き者の彼は日々の激務で完全に体調を崩してしまった様子だ。

 心配だが、アモロスの医療では十分に栄養をとって休むくらいしかできないのが現実である。大事にして欲しい。


「陛下、申し訳ありません。ご子息のハレの日に……」


 アルボー男爵が申し訳なさそうに頭を下げた。

 シモンの結婚式は終えたが、披露宴的な宴席は日を(また)いで行われている。


「いえ、結婚式には出てますし……それに今日の主役は私ではない。息子に任せる良い機会です」


 披露宴とは言うものの毎日の宴席の続きのような雰囲気であるし、アルコールを控えたい俺としてはアルボー男爵の領内見学を口実にして宴席から離れたい事情もあった。

 これはシモンやマリエルにも伝えて了承済みだ。


 むしろマリエルなどは俺の体を心配してくれて……何と言うか、年甲斐もなくキュンと来てしまった。

 息子(シモン)と喧嘩したら100%味方してやろうと思う。


 ……それでマリエルが『義父さまが夫だったら良かったのに』とか言いながら抱きついてきて……シモンには悪いが全然いけるな……


 俺が楽しい想像をしながら「えっへっへ」と笑うと男爵主従が(いぶか)しげな顔をした。



 男爵主従は実に熱心に領都を見て回り、ロケットストーブ、踏み車、警察署がわりの同胞団の宿舎、豚舎、決められたゴミ捨て場、新しい農具など、様々な施政に衝撃を受けたようだ。


 普通の領主ならこうはいかない。

 アルボー男爵家は開明的な君主の薫陶により、家来たちも新しいものに対する忌避感は薄いようだ。

 しかも、これらはリオンクールと言うテストケースで成功したモノなのである……貪欲に「吸収してやろう」と言う彼らの意欲を感じる。


 今も『はねくり備中』を数人でいじくり回して「あーでもない、こーでもない」と難しい顔をしており、その熱心さに俺は好感を抱いた。


「これは素晴らしい発明ですね、是非とも我が領で取り入れたいところですが……コストの問題もあります」


 男爵は(くわ)を眺めて難しい顔をした。

 恐らくは鉄製でそれなりに部品も多い構造を気にしているのだ。

 確かに鉄が豊富なリオンクールとは違い、男爵の領地で作ろうと思えばコストは跳ね上がるだろう。

 そればかりは仕方がない。


「見本として数本はお譲りしますよ、これよりも回転式脱穀機の方が作りやすいかもしれませんね」

「ありがとうございます、しかし……あの複雑な機械を我が領の職人が作れるのでしょうか?」


 俺は男爵たちに脱穀機の構造を伝え、彼らは熱心に頷いている。


 アルボー男爵はリオンクール王国の構成員だ。

 彼らが力を着ければそれはリオンクールの国力となる。頑張って欲しい。



「衛兵の拠点を町に作るのは直ぐにできるな」

「それより、あの鉄の(かまど)(ロケットストーブのこと)の火力を見たか? あれなら薪の量が……」

「いや、先ずは踏み車からだろう。あれが有れば西の荒れ地を……」


 彼らは見学が終わってからも飽きることなく意見を交換している。

 その内容は見学したものを「どう思うか」では無く「どう活かすか」であり、実に頼もしい。



 アルボー男爵は実に優れた人物である。


 勤勉で、開明的な思想を持ち、戦も上手い。

 そして何よりも家臣の統率に優れている。


 リオンクールの場合は俺が無理矢理に実力行使で改革を推し進めたが、アルボー男爵はその人格で家臣らを導き無理なく新しいものを取り入れようとしている。


 彼は地味ではあるが、リオンクール王国の諸公の中では実力派だ。

 いずれはもっと大きな舞台……例えば王国の大臣などで腕を振るって欲しいと思っている。


 人柄も穏やかで、申し分ない。


 ……それこそ、王国宰相とかな……そんな制度は無いけど作るのは訳もない……


 俺はアルボー男爵の能力を再確認し、ニンマリと笑った。




………………




 かくして賑やかであった建国の式典は終わりを迎え、改めてリオンクール王国は発足する。


 後夜祭にてリオンクール王国の諸公も陞爵(しょうしゃく)も発表された。


 ドレーヌ子爵は伯爵に。

 ベニュロ、アルボー両男爵は子爵に。

 バシュロ騎士家(ジャン)とゲ騎士家は男爵に。


 つまり、1段階だけ引き上げたわけだ。

 別に侯爵や公爵にしても良かったのだが、そこは今後を考えて控えておいた。

 今後、功績を上げたときに上の位が無いと困ってしまうからな……まあ、その時は勝手に爵位を作っても良いんだけども。


 ちなみにエルワーニェ王は伯爵待遇、配下の族長は騎士待遇である。



 ついでと言っては何だが、家来の叙爵(じょしゃく)も紹介しよう。


 叔父ロドリグは子爵に……以後、リオンクール子爵家と呼ばれることになる。

 シモンのカスタ家も子爵だ。


 ピエールくん、モーリス、そしてベリ家は男爵に。

 ベリ家はニコラの子が絶えたために弟が継いだようだ。この叙爵はニコラとトゥーサンの働きに報いた形である。


 アンドレ、ポンセロ、ジョゼ、アントルモン家は準男爵だ。

 準男爵とは一代限りの男爵待遇である。

 アンドレは男爵にしようかとも思ったが全体のバランスを考えてこうなった。


 ジョゼは領地が無かったので旧バシュラール領で城を1つ与えた。


 エンゾは騎士に。

 リオンクールに2村の領地を与えた。


 タンカレー、ドーミエ、ロランド・コーシー、その他の古参は勲爵(くんしゃく)だ。

 これは一代限りの騎士待遇である。


 タンカレーなんかは騎士にしてやりたいが、如何(いかん)せん療養中だ。元気になったら考えてやりたい。


 母の愛人、ロランド・コーシーはリュシエンヌの猛プッシュによりこの位置に。

 始めは「男爵にしろ」と捩じ込んできたのだが、それはさすがに遠慮してもらった。

 これでもかなり無理をしたのだが、リュシエンヌはお(かんむり)である……いや、ドーミエと同格だよ?


 他にも同胞団の古参や、功績のあった領内の平民なども勲爵に叙爵された。



 ジロー、ロロ、デコスは叙爵を辞退した。

 まあ、ジローとロロは予想の範囲内だが、デコスは意外だった。

 彼はなんと隠居して旧バシュラール領で食堂を営むのだとか。


 デコス曰く「食堂や酒場には情報があつまりますからね。まあ、何か有ればお知らせしますよ」とのことだ。

 俺はせめてもの(はなむけ)にと石板に『親父は怖いが飯は旨いデコス食堂。バリアンもびっくり』と刻んでプレゼントした。

 デコスはこれを非常に喜び、店の壁面の目立つところに埋め込んだらしい。



 ほとんどの者が加増は僅かばかりで無い者も多く、叙爵と言う『名誉』のみを与えた訳だが、全員が喜んでくれた。


 同じ爵位でも、諸侯と家来では……例えばベリ家とジャンでは領地の規模が全然違うが、そこはそれだ。

 席の序列とは大切なことであり、これを巡り戦争をする者もいる……やはり身分の貴賤を問わず、名誉を尊ぶ気風があるのだ。




………………




 かくして、統一王国であった『大アモロス』時代は終わりを告げた。


 古き巨木が倒れ、朽ちた巨木を養分とした新しい芽が生まれるかのように、アモロス地方は1つの時代が終わりを告げ、新たな始まりを迎える。


 これはアモロス王国8代アンリ1世の統一より61年後のことであった。

分かりずらいですが、アモロス王国は成立して220年以上になります。

統一から60年くらいです。


準男爵、勲爵の扱いはモデルなどがあるわけでなく、独自設定です。

家来を一気に偉くするのが嫌だったので採用しました。


リオンクール家は成立から90年くらいです。

既出ですが纏めると

初代グエンダル 高祖父の兄

二代目 高祖父

……略

五代 ルドルフ 父

六代 バリアン

となっています。

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