115話 祝福された敗北
式典8日目
俺は連日の酒宴に胃を痛めたようで、今日は大人しく競技会を観戦している。
競技会は以前の剣術、馬術、弓術、レスリングに加えて槍投げとマラソンも追加した。
これはエルワーニェの男たちにも参加してもらうためである。
これらを2日に分けて競うわけだ。
1人で何種目も掛け持ちしても良いが、現実的な所で1日1種目だろう。
意外と諸公やその家来の参加も多く、彼らとリオンクールの者たちの力比べも楽しみの1つだ。
ここ、来賓席では諸公や俺の家族、その他の要人がまばらに座り、観戦している。
「父上! 兄上はまだですか?」
「ああ、勝ち抜き戦だからな。もう少し先になるぞ」
俺はロベールやレイモンらと剣術の試合を見物していた。キアラも一緒だ。
剣術もレスリング同様、平民以上の参加は自由。負けるか負傷するまでの勝ち抜き戦である。
勝ち抜いた数で優勝を決めるわけだ。
ルールは極めて簡単、持っている木剣で十分な有効打を食らわせた方の勝ちだ。
盾や鎧は自由、剣術と言うよりは総合格闘術に近いかもしれない。
以前は硬い木剣を使っていたが、負傷者が多いので薄いキルトで包み、更に革の袋を被せた棒を使用している。
これでも殴られれば相当痛いのだが、皆は「試合に丁度良い」と喜んでいるらしい。
竹が有れば竹刀を作るのだが、残念ながらアモロスに竹は無いようだ。
「あっ! 兄上だ!!」
レイモンが大声で「がんばれー」と声援を送っている。
10才になったロベールは少し照れが有るらしくあまり騒いでいない。
「キアラ、分かるか? あの棒で叩いて勝負を決めるのさ」
「分かるよ、私も剣術は好き」
キアラがニッと歯を見せた。
彼女は剣術ごっこが好きで、たまにレイモンの訓練に混ざって遊んでいる……山育ちの姫君は町暮らしが退屈なのだ。
しかし、あくまでも遊んでいるだけであり、傅役のエンゾを困らせているらしい。
「イーマは侍女に預けてきたのか?」
「そうだよ」
キアラは3才になる娘のイーマの育児には熱心ではない。
別に育児放棄とかでは無いのだが、パーソロン族は「子供は集落全員で育てるもの」らしく、平気でその辺の人に預けてしまうのだ。
彼女がベルの子であるレイモンを可愛がるのも、そうした文化と無縁ではないだろう。
そう、文化が違うのだ。
ちなみに屋敷の者たちは「王女さまとはこうしたものなのだ」くらいの認識で何も疑問を感じないらしい。
俺がぼんやりとキアラを眺めていると、彼女は「きゃーっ」と歓声を上げた。
見ればシモンが相手を打ち負かしたらしい。
「父上! 今の見た?」
「おう、凄かったな」
俺は全然見てなかったが、適当にレイモンの話に相槌を打つ。
シモンは強い。
弱冠13才ではあるが、背は既に並の大人より高く、体つきもギリシャ彫刻のようにムッキムキのキレッキレである。
思い返せば父ルドルフも凄い体をしていた(13話参照)。
ひょっとしたら我が家はミオスタチン関係の遺伝子に異常があるのかもしれない。
確かミオスタチンと言うのは筋肉が付き過ぎないように抑制する働きのある物質だ。
俺も詳しい訳じゃないが、生まれつきに筋肉が異様に発達した赤ちゃんのニュースは強いインパクトがあり記憶に残っている。
あれも代々の力持ちか何かだったはずだ……
我が家の遺伝子にはこれの分泌か受容に異常があるのかもしれない……ウチの家系には俺も含め、体格や筋肉の付き方が半端じゃないのが多い気がするのだ。
ちなみに長女のエマもアスリートみたいな体格をしており、腹筋も割れている。
……まあ、そうだとしても、どうしようもないけどな……
筋肉が付き過ぎても特に問題はない。
確かに燃費が悪くなり食事量は異常に増えるが、デメリットはそのくらいだ。
農家とかなら冬に餓死するかもしれないが、我が家は有り難いことに領主である。
身体能力と言うメリットの方がはるかに大きいのだ。
どうでも良いけど『ミオスタチン』って他に使いようの無い単語が妙に頭に残ってるのは不思議としか言いようがない。
じゅげむじゅげむとか般若心経とか全部覚えてるし……人の記憶って変だと思う。
「やった! 兄上ー!」
「きゃーっ! 勝った勝った!」
レイモンとキアラがぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
シモンがまた勝ったらしい。これで4連勝だ。
水滴型の兜と鎖帷子を身に付けたシモンが観客席に向かい木剣を掲げた……こちらにではなく、少し離れた位置にいる婚約者のマリエルに向けてのものだ。
「あーあ、兄上は全然こっち見ないなあ」
「仕方ないさ、シモンは明後日に結婚するんだ。マリエルを愛しているのさ」
俺の言葉にレイモンは「でもさー」と不満顔だ。
「お前も好きな人ができたらわかるだろ」
「俺はキアラちゃんと結婚する!」
レイモンはキアラにペタッと張り付き、甘えている。
この息子も、もう8才だが相変わらずキアラにベッタリなのだ。
キアラも満更でも無さそうに「よしよし」と頭を撫でている……羨ましい。
「どけっ、キアラは俺のだっ! 俺もよしよししてもらう!」
「やだよっ! うわっ!!」
俺は聞き分けの無いレイモンの襟を捕まえ、ぽいっと投げ捨てた。
「バリアン、レイモンに乱暴しちゃダメ!」
キアラが慌ててレイモンに駆け寄り、ズル賢い息子はこちらに向かって「べー」と舌を出した。
ムカついたので頭にマシンガンのように拳骨を食らわせてやる。木魚を叩く動きだ。
「痛いよー!」
「バリアン! ダメ! 嫌い!」
息子と妻に俺はすっかり悪役にされ、観客席の注目を集めていた。
ロベールが「何やってんだよ」とため息をつき、シモンは5人目の敵をやっつけた。
………………
結局、シモンは7人目に当たった騎士ゲに敗れ、6人抜きだった。
これは立派な成績だが、僅かに表彰には及ばない。
騎士ゲはシモンを破った後にかなりの実力を見せ、見事9人抜きで優勝した。
長身を活かしたカマキリのような印象の剣術……意外にも彼は優秀な剣士だったのだ。
試合の後にシモンと騎士ゲは友情が芽生えたらしく、その後の宴席では何やら親しげに話し込んでいた……まあ、領地も近いし仲良くして欲しいものである。
弓術はリオンクール勢としてはドーミエが善戦したが、ジャンの率いるバシュロ騎士家が表彰台を総なめだ。
マラソンはニアール率いるエルワーニェの独壇場。
標高の高い所で生活しているから心肺機能が強いのだろうか? 揃いも揃って凄まじい脚力だ。
取り敢えず3競技のみ行い、槍投げ、レスリング、馬術は翌日である。
その後の宴席ではジャンが「どうだ」とドヤ顔を見せてきてウザかった。息が酷く酒臭い。
いや、凄いけどな、酒飲んでない時に酔っぱらいの相手をするのってキツいんだよな。
「ジャンの従士隊は全員弓の達者ですね」
「おう、毎日鍛えてるんだ。後ろから見張っててな、的を外すと尻をナイフで刺すんだよ……こんな感じさ」
ロロとジャンがゲラゲラ笑いながら楽しそうにしている。
俺は胃が痛くて、今日はアルコールを控えて蜂蜜水を飲んでいた……久しぶりに友達と話して楽しいんだけど、1人だけ飲んでないとテンションにズレがあり、少し寂しい。
また、胃がぐぐっと動いた気がした……少し吐き気を感じて「うぷっ」と変な声が出る。
……胃痛とか、癖になったら嫌だなあ……
俺は胃の辺りを擦り、ため息をついた。
胃の病気には、良いイメージが無い。
………………
翌日の競技も非常に盛り上りを見せた。
9日目の競技会は槍投げから始まったが、これはエルワーニェたちの独壇場だ。
スピアスローワーを使わずともバンバン記録を伸ばし、パーソロン副王キリアンが見事優勝した。
彼はマラソンと合わせて見事2冠に輝いた……この結果を受け、エルワーニェ傭兵の需要は大いに高まるに違いない。
そして、レスリング……これはかなり面白かった。
俺が初出場してより早20余年……当時は熊の力比べのようだったレスリングはかなり洗練され、明らかに技術で勝つ者が現れたのだ。
投げ技、関節技、絞め技……巧みな者は小兵であっても大男を倒し、会場を沸かせている。
今もシモンの従士、ネルス・シャロピンがアニエス人の巨漢を関節技で仕留めた。
変則的だがアームロックに近い見事な技だ。
ちなみにアニエス人はアモロス人と良く似ているが、長く伸ばした髪を登頂部で縛る独特のヘアスタイルのために良く分かる。
……よし、俺も行くか……
俺は出場者の列に割り込み「すまんが入らせてくれ」と声を掛ける……出場者たちは王の出現に驚き、順番を譲ってくれた。
まあ、王様だしこのくらいの我が儘は許して欲しい。
審判とネルスが突然現れた俺の姿を確認し、驚きの表情を見せた。
当たり前だが、普通は主催者は参加しない。
「へ、陛下が参加なさるのですか?」
審判が恐る恐る確認してきた……こんなに遠慮されたらやりづらい、覆面を着ければ良かった。
「ああ、絶対に特別扱いするなよ」
俺の言葉に審判は頷きネルスにも何やら確認している。
会場がざわつき出したが、審判は「始めっ!」と開始の合図を出した。
巨漢の俺は「何処からでも懸かってこい」と両手を大きく広げ、ネルスを迎え撃つ。
ネルスは身を低くしてタックルを狙っているようだ。
……ふん、その狙いは悪くないがな……
俺はわざと右足を半歩前に出し誘いに掛けた……するとすかさずネルスが片足タックルを仕掛けてくる。
なかなか鋭い動きだ。
……だが、所詮は小手先のテクニックよ……
俺はネルスを上から思いっきり地面に押し付けた。「ぐひ」と変な声を出してネルスのタックルは潰される。
そのまま俺は上からネルスの胴体を抱え込み、後ろへ力任せに放り投げた。
これは俵投げ、カレリンズリフトと呼ばれる荒技だ。
そのままネルスは受け身を取れずに失神、レスリングでは非常に珍しいKO勝利だ。
会場は一瞬シンと静まり返り、爆発したように大喚声が巻き起こった。
「「バリアン! バリアン!」」
「「バリアン! バリアン!」」
俺はバリアンコールに応え、右手の人差し指を天に向けて突き出した。
「「うおおおぉぉぉ!!」」
踏み鳴らした足音と喚声が会場を揺らす。
次の対戦相手が顔面蒼白で会場に姿を現した。
その後、俺は無敵の快進撃を続けた。
多少体格が良かろうが、テクニックがあろうが、俺の相手ではない。
次々に投げ飛ばし、関節を極め、抑え込んで勝利を重ねる。
最早、俺に挑む者も居なくなったと思われたその時……18人目の挑戦者として「そいつ」は現れた。
エンゾだ。
「エンゾか、組み合うのは久しぶりだな」
「はい、ロベール様と磨き、それを20年練り続けました。この技を試したい」
エンゾは不敵に笑う。
彼の言うロベールとは、俺の息子ではなく、兄のことだ。
エンゾ・ぺサールは兄の従士としてレスリングを研鑽し、若い頃の俺を苦しめた好敵手でもある。
今は子供たちの傅役として一線を退いているが、一流の戦士だ。
……エンゾか、これは楽しみだ……
俺はニヤリと笑い、両手を大きく広げる構えを取った。
エンゾは身を低くして距離を測っているようだ。
「始め!!」
審判の合図と共にエンゾが低い姿勢で飛び出した。
鋭くはあるが驚くほどではない。
……タックルか? 甘いぜ!
俺はネルス同様に上から押さえ付けようとした……が、その時、エンゾが変化した。
低い姿勢から伸び上がるような動きでの肘打ち。
相撲で言うところのかち上げに近い。こいつが俺の顎に見事に決まった。
ラフファイトではあるが、打撃は反則ではない。食らった俺が悪いのだ。
……しまっ、やばい……
綺麗に入った顎への一撃、これが脳を揺する。
意識はハッキリしているのに、俺の体はぐらつき、棒立ちになってしまった。
そのままエンゾは朽ち木倒しのような動きで俺を突飛ばし、抑え込みに掛かる。
俺は膝で地を蹴り、エビのような動きで必死に逃れようとするも、それを許すエンゾではない。
完全に抑え込まれ、躊躇いがちに審判がエンゾの勝利を告げた。
会場は水を打ったように静まり返っている。
「さすがだ、完全にやられた」
「いえ、2度は通じない手ですよ」
エンゾは謙遜しながら俺に手を貸してくれた。
確かにこの手の奇襲は2度通じないかもしれない。
だが、戦場ではその1度で命を落とすのだ……何の慰めにもならない。完敗だった。
「完敗だ! エンゾ・ぺサールは当代随一のレスリング巧者だ!!」
俺はエンゾの手を取り、大きく突き上げる。
一瞬の戸惑いの後に、会場は大喚声に包まれた。
「「うわあああああぁぁ!!」」
「「エンゾ! エンゾ!」」
「「エンゾ! エンゾ!」」
「「おおわあぁぁぁぁ!!」」
大喚声の中、敗れた俺は静かに会場を後にした。
悔しさはある。
だが、それ以上に俺は嬉しかった。
レスリングの『技術』で俺が敗れたのだ。
俺が蒔いた種が20年以上の時を経て、しっかりと根付き、成長し、ついに俺を倒したのだ。
……これが嬉しくないはずがあるかよ……
俺は自分のやって来たことが無駄ではなかったと祝福されたような気がした。
左目から涙が溢れるが、これは嬉し涙だ。
レスリングの成績は17人抜きで俺のダントツだったが、そこはさすがに辞退した。
優勝の栄冠は8人抜きのエンゾだ。
この勝者を俺は心から称賛した。
そして、馬術はシモンが見事に優勝を果たす。
少々、接待の気配も感じたが……それはそれ、お約束である。
こうして競技会も無事に終了。
国内外が落ち着いたら定期的に競技会を開いても良いかもしれない。
余談だが、泣いてた俺を慰めるためにキアラがよしよししてくれた事を付け加えておく……やったぜ。
筋肉つくと身長伸びないは迷信です。念のため。





