113話 再会の宴
4日目、諸公会談
諸公会談なんて言うとサミットみたいなのを想像してしまいそうになるが、実態は親睦会だ。
屋敷に偉いさん方をお招きしての宴会……これが大事なのである。
外交や何だと難しく考えていても、結局は貴族同士の個人的な関係であることが多い時代なのだ。
極端な事を言えば「あいつは友達だから援軍を出そう」とか「あいつは気に入らないから関税は倍にしてやれ」と言う理屈が普通に通用している世の中だ。顔繋ぎはこれ以上ない程に大切なのである。
領内の名士や周辺諸公がお供を連れて続々と集まってきた。
彼らは当然、前もって領都に滞在して俺に挨拶をしている者も多いが、改めて「本日はお忙しいところを」などと挨拶をする……なんだか誰に挨拶したんだか分からなくなってきた。なんともややこしい。
俺はスミナとロベールを連れてにこやかに客を迎え入れる。
今回の諸公らの反応は大きく分けて3パターン。
1つ目は当主、もしくはそれに準ずる者が直接来場……これは俺の同盟者であるパターンだ。
ドレーヌ子爵ら北東部諸公がこれに当たり、俺の即位後はリオンクール王国の構成員になる可能性が高い。
2つ目は名代の派遣……これは様子見だ。
フーリエ侯爵やカステラ公爵も名代を派遣してくるらしい。
ちなみに、密約のあるダルモン伯爵も名代が来ている……こちらは領内のゴタゴタで伯爵本人が領地を離れられないと連絡があった。
そして、意外にもヴァーブル侯爵家からは名代としてルイ・ド・ベシーが来てくれた。
一応、ウチとヴァーブル侯爵家は休戦協定を結んだ友好的な関係なので、来てもおかしくは無いのだが……国王を支えるヴァーブル家が謀反人の俺を祝うとは意外なことである。
ルイ・ド・ベシーはヴァーブル家の騎士で、俺とも面識がある(60話参照)。
3つ目は無視だ……これは敵対的な勢力である。
王都やヴァーブル侯爵を除く南部勢力がこれだ。
問責の使者くらい来るかと思ったのだが、そこまではしないらしい。
北西の雄ベネトー公爵も不参である。
「エルワーニェの王、ニアール・ド・パーソロン陛下! 並びに副王キリアン・ド・パーソロン殿下!」
受付のモーリスが声を張り上げてパーソロン族の来場を告げた。
周囲がざわりと響く。
ニアールらの出で立ちは毛皮の服に石のアクセサリー、顔には青いペイント……アモロス人とはかけ離れたモノである。
やはり山岳民族であるエルワーニェは『蛮族』と言ったイメージが強く、特に他領の者にはインパクトがあるようだ。
スミナも少したじろいでいるのが伝わってくる。
「バリアン、王になるのか。お前ほどの男がまだ王で無いとは驚きだ」
「ニアール! 良く来てくれた! となりの若者を紹介してくれよ」
俺は大袈裟に喜び、ニアールと抱き合った。
彼の言う『王』とは族長とほぼ同義であり、彼の中で俺は初対面の時からリオンクールの王だったのだ。
副王は確かキアラの従兄妹か何かだ。俺は面識があるが、ここは皆にも紹介したい。
「うむ、キリアンは俺の甥だ。1番の戦士だぞ。パーソロンは1番の戦士が王になるのだ」
ニアールが言うようにキリアンは逞しい20代半ばの赤毛の若者だ。
背は大男であるニアールよりも低いが、その肉体はしなやかで逞しく、肉食獣のような雰囲気がある。
どうやら副王とは次の王を意味するようだ。
ただ、アモロスの言葉はあまり得意でないようで、その挨拶は辿々(たどたど)しいものだった。
パーソロン族の王位は選抜制である。
ニアールは息子がいるが、やはり厳しい山岳地帯では優れた者がリーダーになるのが合理的なのだろう。
「俺も年でな、そろそろ狩りができなくなる。そうなれば交代だ」
ニアールは嬉しげにキリアンの肩を叩いた。
彼も、もう40才前後だろう。
燃えるようだった赤い髪は白いものも混ざり始めている。
「ニアール、隠居したら娘とここに住むか?」
「バカ言うな。俺がベイスンに住めるものか」
俺の言葉に蛮族の王は「がっはっは」と腹を抱えて笑った。
「孫の顔を見てやってくれ」
「ああ、楽しみだ」
ニアールは黄色い歯をニイッと見せてキアラの方に向かって歩みだした。
「……キアラ様の父上って……その、凄い方なのね」
スミナがポツリと呟いたのが印象的だった。
彼女は前回の家族旅行(11章参照)に同行しておらず、ニアールとは初対面であった……ちなみに、面識のあるはずのロベールもかなりビビってた様ではある。
他に珍しいところでは騎士ゲ本人が現れた所か。
彼とは先のバシュラール戦役で対立し、正式な和平は結ばれていない。
つまり、戦争中の相手の宴に現れたのだ……なかなかの胆力である。
騎士ゲはかなりの長身で、背の高さは俺にも劣らないほどだ……しかし、その体型は細く、妙に丸い顔が乗っている。
……マッチ棒みたいだな……
これが俺の第一印象だった。
まだ年若く、20才になるやならざるやと言ったところか。
「リオンクール卿と対立した不明を恥じております。付きましては今後は卿を主として……」
驚いたことに、彼は挨拶もそこそこに俺の前に跪き、全面降伏を申し入れてきた。
しかも、リオンクール王国の構成員として傘下に加わりたいと言うサプライズ付きだ。
さすがに宴席の場でする会話ではないが、悪くない手である。
ここでは多くの目があり、ここで俺が無茶な要求を突きつければ俺の評判が下がるだろう。
つまり、俺は寛容さを見せるしかないのだ。
……なるほどね、上手い手だ。やられたな……
俺は苦笑いを隠し、鷹揚に頷いた。
「勿論ですとも、戦で敵味方に別れるのは武門の倣いではありませんか、そこに恨みを残すなどありえません」
「は、有り難き幸せ。以後はリオンクール卿の元で……」
騎士ゲは完全に臣下の礼を取り、俺の言葉に頭を垂れる。
「ゲ卿、北東部の諸公にも紹介したい。また後で声を掛けます」
「ははっ、お待ちしております」
騎士ゲは再度深々と頭を垂れ、俺の前から辞去した。
その顔には「してやったり」と言った喜びがある。
……顔に出すだけ可愛いげが有るってもんか……
時に若者の無謀な大胆さは窮地で突破口を見出だすことがある。
正に今回がそれだろう。
裏目に出れば彼は拘束され、捕虜となったのだ……危険な賭けではあった。
しかも、行動を共にしていたコクトー男爵は姿を現していないところを見るに、彼のスタンドプレーだったのだろう。
好のあるコクトー男爵を出し抜いたのは褒められた行いではない。
バカと紙一重だ。
ちなみに、この若さゆえの無謀とは真逆の存在である妖怪ジジイのベニュロ男爵は体調を崩したらしく、嫡孫のアルベールくんが名代として参加している。
ひょっとすればベニュロ男爵は俺との関係を重視し、一代飛ばしでアルベールくんに家督を譲るつもりなのかも知れない。
アルベールくんは15才、俺の長女エマの婚約者だ。
彼はスミナにも丁寧な挨拶をし、大変喜ばれていた。
この時代、この手の気遣いのできる紳士は稀である……スミナは大いにアルベールくんを気に入った様子だ。
キリアン、騎士ゲ、アルベールくん……いつの間にか若者が活躍し始めた。
俺も、もう31才。
決して若くはない。
………………
諸公が集まる親睦会と言えど、そこはアモロスの宴席である。
皆が肉を手掴みで食べ、酒を飲んで騒ぐ原始人スタイルだ。
泥酔し、そこら辺で小便するやつまでいる始末である。
……貴族様が人ん家の中でよく立ちションができるもんだ……
その行いには呆れを通り越して、変な感心をしてしまうほどだ。
諸公会談は朝から始まる宴会であり、人の出入りは意外とある。
また、新たな客人が来たようだ。
モーリスが声を張り上げた。
「フーリエ侯爵名代、ユーグ・ド・ブラール卿!」
俺は思わぬ名前に耳を疑った。
……ユーグだと!? まさか……
俺は驚きのあまり目を大きく開く……そこには、紛れもない兄がいた。
「なんてこった! ユーグ!! ユーグじゃないか!!」
「やあバリアン。立派になったな」
俺たちは大きく手を開いてガシッと抱き合い、互いの背をバシバシと叩き合う。
「ユーグ! 大分と苦労したみたいだな!」
俺が指で彼の歯を示す。
ユーグは上唇の辺りに大きな傷があり、前歯が何本も欠けていた。
「はは、そっちもな! 赤とは派手な眼帯だ!」
ユーグは俺の右目を示して嬉しそうに笑う。
若いころは知性的で大人しい印象だった兄だが、他領でのし上がっていくのは大変な苦労があったに違いない。
見れば左耳の上部も欠けている……随分と戦働きを重ねたことが察せられた。
「それにしてもフーリエ侯の名代か! 成り上がったなあ。そうだ、カティアの旦那さんを紹介するよ」
カティアとはユーグと同腹の妹だ。リオンクール配下のプニエ騎士家に嫁いでいる。
俺が「おーい、ピエールくん!」と大声で呼ぶと俺たちの義弟は慌てて走り寄ってきた。
このやり取りはかなり目立っており、周囲も注目しているようだ。
無理もない、俺の庶兄であるユーグは早くから家を出ており、俺の家来でも知らない者は多いだろう。
「ユーグ、こちらがピエール・ド・プニエ卿だ。リオンクールでは彼に並ぶ者がいようとも、勝る者はいない逸材だぞ。俺がカティアの夫に相応しいと見込んだんだ!」
俺が紹介するとピエールくんは「恐縮です」と頭を下げた。
ちなみに、こうやって部下を褒めるときに「並ぶ者なし」とか言うと不満を持つヤツが必ず出てくる。
だからこうして「同じくらいのヤツはいるよ」と言及するために変な言い回しになるのである。
騎士や戦士はプライドが高く、扱いが難しい……全員が「俺が1番」と信じきっているめんどくさいヤツらなのだ。
「お初、お目にかかります。カティアの兄ユーグ・ド・ブラールと申します」
「はい、ピエール・ド・プニエです。義兄上のことは常々……」
2人は固めの挨拶を交わし、頭を下げた。
知的な印象のユーグと大人しいピエールくんは相性が良いらしく、2言3言と会話をする内に打ち解けたらしい。
「ユーグ、暫くは滞在するんだろ? 後でゆっくりと話そう。積もる話もあるんだよ」
「そうだな。俺も話したいことは山ほどあるよ……カティアの子供とも会いたいしな」
腹違いとはいえ、兄弟が再会したのだ。
親睦会の席では時間が足りないし、騒がしすぎる。
その後、ユーグは色々な所で引っ張りだこになり、無難に対応していたようだ。
俺との関係を強化したい者からすれば、突然現れたユーグと好を結ぼうとするのは自然の成り行きである。
彼は俺の兄であり、フーリエ侯爵の名代なのだ。仲良くして損をする相手では無い。
俺も俺で忙しく客の相手をしており、入れ替わり立ち代わりで訪れる客の応対をしていた……が、どうにも様子がおかしい。
……って言うか、明らかに招待客じゃないのがいるぞ! モーリスはなにやってんだ……
俺が受付を確認すると、そこには誰もいなかった。
気まずそうに目を逸らす護衛たち……こいつらも大分と酔っぱらっている。
……こいつら、全く仕事してねえな、偉いさんに何かあったら首が飛ぶぞ……
俺はイラつきながら会場の安全を確認するように指示を出し、会場に戻る。
すると、そこに広がる光景は諸公会談とは名ばかりで、ただの乱痴気騒ぎであった。
……馬鹿な、目を離したのなんて数十分だろ……?
広間から溢れかえるほどの人の群れ、大半はそこら辺の庶民である。
どこからか勝手に入ってきて騒いでいるらしい。
旨いものがあって、酒がある。
考えてみれば、連日の大宴会で理性のタガが緩んだ原始人が群がるのにこれ以上の理由は無いのかも知れない。
俺は「これは不味いぞ」と考えたが最早どうすることも出来ない。
……ここに至れば仕方ないな、追い出したら暴動騒ぎになりそうだ……
俺は色々と諦め、食べ物と酒をじゃんじゃん運ばせた。
「門を開け放て! 皆を招き入れろ!! 食い物も酒も足りんぞ! 急げ! 皆で美しき今日を祝おうじゃないか!!」
俺が高らかに声をかけると会場からは大歓声が巻き起こった。
こうなれば客をグデングデンに酔わせて終わらせよう。
収集がつかないなら『凄いお祭り騒ぎだった』で誤魔化すしかない。
何事も突き抜ければ『さすがにリオンクールは違うな』とか言われたりするものだ。中途半端は良くない。
安全? 知るかそんなもん。
そこからは凄まじい騒ぎになった。
酔い潰れたり喧嘩騒ぎは当たり前。
人前でおっぱじめる男女や、室内で火を焚くバカもいる。
何故か広間でウンコも踏んだ……人糞じゃねえだろうな?
リオンクール人、アモロス人、エルワーニェ……中にはユーグのお供のアニエス人も混ざっているようだ。
様々な人種が飲み、食い、騒ぎ、歌い、喧嘩し、貴賤の別なく交わり今ある生を謳歌する。
「飲め! 食え! 騒げ!! 今ある生を悦べっ!!」
こうなりゃ俺もヤケクソである。
そこら中の奴らを捕まえては滅茶苦茶に飲ませて共に騒ぐ。
ここには混沌たるエネルギーが渦巻き、新たな時代の予感に皆が酔いしれた。
何とこの騒ぎは夜通し続き、翌日の夕方まで騒いでいたらしい。俺も酔い潰れたから良く分からん。
諸公会談はなあなあで終わったが……まあ、リオンクールらしくて良いんじゃなかろうか。
ちなみにモーリスは酒飲んでまな板ショー紛いのことをやってやがった。
普段は四角堅兵衛の彼は酒に飲まれるタイプらしい。
まともに見える彼もリオンクールの執事だからな。
仕方ないと言えば仕方ないさ。
次に俺が目を覚ましたのは、即位式当日のことであった。
おかしい……話が進まないぞ……?