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第三十四話:守るべき者③

 翌日の朝、わたしは自分のベッドで目を覚ました。いつもの朝だ。

 だが、そう思ったのもつかの間、いつもとは違った朝だった。

「ヴィラ……」

 わたしのベッドの中に、ヴィラが入っていた。しかも、わたしと同じ枕に頭を乗っけている。枕はそれほど大きくはないから、わたしと彼女の顔はほとんど離れていない。

 きめ細かい肌が視界いっぱいに見える。彼女の髪の毛はほどかれていて、私の顔の前でぐちゃぐちゃに広がっていた。寝顔は、起きている時と比べると若干幼く感じる。

 彼女の肩を揺らすと、

「んー」

 寝ぼけた声だ。そして、ふわぁとあくびをする。目を開け、肌の露出した細い両腕を、しっかり被った毛布の中から、まるで空中に向かってパンチするように突き出した。

 まるで人間みたいだ。わたしは少し戸惑う。

「……おはよう。今は……六時? まだ早いよ……」

 電池の切れそうなおもちゃのような声でそう言ったヴィラは、突き出した腕を毛布の中に戻し、目を閉じた。

「起きてください。どうしてわたしのベッドで寝ているのですか」

 わたしは体を起こし、ついでに彼女の体も支えて起こした。ロボットにしては軽い体だ。

「……え、だって、あたしたちは仲間だよ……? 仲間は一緒に寝るべきじゃない……?」

 彼女は、キョトンとした顔をする。

「あなたにもベッドは与えられているはずです。そちらで寝た方がいいです」

「むー、分かんないかなぁ。あたしは、ユキちゃんと仲良くなりたいって思ってるの。それなら、寝起きを一緒にするのは、基本でしょ?」

「パートナーとして協力関係を築くのは大切ですが、ここまでする必要はないと思います」

 すると、ヴィラは突然「あー!」と天井に向かって声を荒らげた。

「分かった、はっきり言うよ! あたしは、ユキちゃんのことが好きなの! 初めて後輩ができて舞いあがってるの! 理解した?」

 彼女は、自分の顔をわたしの顔に十センチほどの距離まで近付けて言った。

「好き……。その言葉は、恋愛表現であるのか、それとも友人、あるいは家族、どれに該当するのでしょうか」

 わたしの質問に、彼女は答えなかった。その代わり、ハァとため息をついた。

「……後でゆっくり話すから、とりあえず起きよ?」

 ヴィラは苦笑いをする。

「わたしはすでに目を覚ましています」

 その後、彼女は先にベッドから出てそのまま部屋を出ていった。


 支度したくを済ませて宿舎の入口で待っていると、工場の裏手からレッカーが時速二十キロくらいの速さでこちらに向かってきた。運転席にはヴィラが乗っている。彼女はわたしへ笑顔で手を振っていた。

 わたしの前で停まると、レッカーは助手席のドアを開けた。

 彼の視線を感じたが、表情はなく言葉も発していないから、どのような感情があるのか読み取れない。

「失礼します」と言ってから、わたしは乗りこんだ。車内は冷房が効いていて快適だ。

「よーし。行くか―」

 気の抜けた声でそう言ったヴィラは、アクセルを踏んで発進させた。

 工場を出てすぐに、ヴィラは口を開いた。

「君たちは堅苦しいなぁ。もうちょっと打ち解けたらどーなの?」

 彼女は謎の物体を見るような顔をハンドルに向ける。

〈どうしろと?〉

 レッカーが小さい声でつぶやいた。

「あたしたちは仲間なんだよ。他人同士じゃないの。『元気ー?』とか『やっほー』とかぐらい言わないと」

〈俺はお前みたいな軽い性格していない〉

「あっ、軽いってどういう意味? ちょー気になるんだけど」

〈そのままの意味だ〉

 レッカーを説得するのはムダだと分かったのか、今度はわたしを見た。

「ねえ、レッカーと一瞬で仲良くなれる方法、教えてあげようか?」

 ヴィラは急にニヤニヤと何かを企んでいそうな顔に変わる。

「……何でしょう」

 あまり聞きたくはない。

「服を脱いで裸になるといいよ」

 彼女がそれを言ったとたん、一瞬だけレッカーの走るスピードが上昇し、ハンドル操作が乱れた。

「……どういうことですか」

「レッカーってさ、さっきも言ったけど堅苦しい性格してるの。だけどね、こう見えて人間の女の子の裸にすごく興味あるらしくて。一週間前、たまたま工場の従業員にエロ雑誌を見せてもらっているところに遭遇しちゃった」

「そのことと、わたしが裸になることは、どう関係あるのですか」

「決まってるじゃん。そうすれば、レッカーは一気にユキちゃんに惹かれるよ」

「そのように得た関係は、あまり良いものとは言えないと思いますが」

「そうかな? あたしは、レッカーに裸を見せたことあるよ。だからこんなに仲がいいの」

〈それは、野宿した時、体が汚れたと言っていきなり服を脱いでタオルで拭き始めたんだろうが。俺は見たくて見たわけじゃないぞ〉

 彼の声が若干震えている気がする。そういえば、車内の温度がなぜか上がっている。なぜだろう。

「だからさ、ユキちゃんも脱ごうよ。ほらほらっ」

 そう言って、ヴィラはわたしの作業服のチャックを勢いよく開けた。

「わたしは裸になるつもりはありません」

 作業服の下に着ている黒いシャツの裾をつかむ彼女の手をふり払う。

「えーっ、つまんないのー」

 ヴィラは口を尖らせた。

 ハーッ、とレッカーのため息が聞こえた。


 工場を出てから十五分ほど経ったころ、ヴィラは辺りをキョロキョロと見回すと、ブレーキをゆっくりと踏んだ。目的の場所に着いたようだ。

 昨日ヴィラから渡された資料に、ここはかつての戦争で使われた戦闘用ロボットが廃棄された場所だと記載されていた。

 ここは、工場の周りとは打って変わった光景だ。まず、山のように積もっているはずのがれきがどこにもない。視界を遮るほどの山が、ここには存在しない。

 だがその代わり、ここには人型の戦闘用ロボットが地平線の向こうまで数え切れないほど放置されている。地面は完全に覆い尽くされていて見えない。

 ヴィラがドアを開けて外に出たから、わたしもそれに従う。地面にジャンプして降りると、ガシャンと機械を踏む音がした。

 まるで地獄だ。ロボットは乱雑に転がっていて、手足のないもの、中には頭のないものもある。一つ残った腕を空へ突き出しているロボットがいて、その顔にはまだ人工皮膚があった。恐怖に怯えた表情が生々しくて、わたしは思わず目をそらした。地の底から死者が這い出してきているような光景が広がっている。

 ヴィラはそんな景色に目もくれないようで、レッカーの荷台に登って何かをごそごそと漁っていた。

 仕事の先輩が準備しているのだ。わたしも何かしないといけないだろう。わたしは彼女へ声をかけた。

「わたしは何をしたらいいでしょう」

 するとヴィラは、

「あー、それじゃ、今から下に降ろすものあるから、受け取って」

 彼女は、縦一メートル、横三十センチ、奥行き三十センチほどの黒いボックスを、重そうに持ちあげた。それをわたしに差しだす。

 わたしはそれを受け取った。確かに重量はあるが、わたしなら難なく持ちあげられる。どうやらヴィラは、あまり肉体労働には向いていないようだ。

「今からその使い方説明するよー。とりあえず、それを背負ってみて」

 ヴィラは荷台からジャンプして降りた。

 よく見ると、このボックスの裏に肩ベルトが二つ取りつけられている。それにはスティックがそれぞれに付いていた。

「はい、分かりました」

 言われたように、ボックスを背負う。重量があるせいで、肩に若干食いこむ。人間だったら痛みでとても背負い続けられないだろう。

「右腕の方の肩ベルトに付いてるスティックを一段階引っ張ると、ボックスの中から右側のアームが出てくるよ」

 操作すると、確かに金属製のアームが出てきた。あちこち塗装がはげている。

「さらにスティックを引っ張ると、アームの先端部分が開くのさ。引っこませれば閉じる」

 ギイギイと少し耳に響く音を立てながら、アームの先が開いたり閉じたりした。油が切れているのかもしれない。

「あとは、スティックを倒せば、その方向にアームが動く仕組み。ねっ、簡単でしょ?」

 ヴィラは右手の人差し指を立ててウインクして見せた。

「ええ、もう覚えました。これで金属を拾うのですね」

 そうそう、と答えながら、ヴィラは無線機と似たような機械を持って操作していた。

 それは何ですか、と尋ねると、

「ああ、これは、爆弾とか信管の残ってる弾薬とかが近くにないか調べる機械だよ。もしうっかりそれらを踏んだら、あたしたちでも片方の足はかんたんに吹っ飛んじゃうからね」

 彼女は、ニヤッとわたしを見ながら言った。

 十秒ほど経って、

「ああ、ここから百メートル圏内は安全だよ。じゃあ、この圏内で使えそうな金属を探してみようか」

 そう言うとヴィラは、その場にしゃがみこんでロボットの腕をつかむと、中の部品を覗きこみ始めた。

「ユキちゃん、昨日渡した資料は覚えた? あれに、今日探す金属が載ってたから、参考にして」

「はい、分かりました」

 そして、わたしたちは二手に分かれて資材探しを始めた。


 夕方まで金属探しを続けた結果、三十キロくらいの重さの資材が集まった。

「うーん、まあこんなものかな。これで、冷却水が五百ミリリットル買えそう」

 ヴィラは満足げにうなづいた。

 潤滑油五百ミリリットルは、大人サイズの人型ロボットが一か月で使用する量だ。

「ヴィラ。一つ気になったことがあります」

 何、と彼女は機嫌よさそうな顔を向ける。

「ロボットたちの武装がありません」

 わたしはその辺のロボットをいくつも指さした。

「そうだね、少しくらい残っていても良さそうなのに、どのロボットにも付いていない。たぶん、廃棄する時に取り外したんじゃないかなぁ」

 ヴィラは、自分自身を納得させるかのように首を縦に振った。

 それよりさ、と彼女は話題を変えた。

「さっさと帰ろう。今日はもうこんなほこりっぽい所は嫌だよ」

 苦いものを食べたかのような顔をわたしに向ける。

「分かりました。そろそろ暗くなりそうなので、急ぎましょう」

 わたしはレッカーに向かって歩く。

「あと、ユキちゃんと一緒にお風呂に入りたいし」

 ヴィラがわたしの隣を歩きながらつぶやいた。

「……一緒に、ですか?」

 わたしは少しの間口を開けていた。これまで、誰かと一緒にお風呂に入ったことはない。

「うん、一緒に。裸の付き合いは、仲を深くするっていうよ」

 彼女は、夢見る冒険者のように笑顔になる。

「そう、ですか」

 是も非も伝えず、わたしはヴィラと一緒に現場をあとにした。

4へ続きます。次で終わりです。

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