第三十四話:守るべき者②
わたしたちが外に出ると、レッカーはエンジンをかけた。やはり人工知能が搭載されていて、しかもこちらを見ることができるらしい。
「レッカー。お待たせ」
ヴィラが元気よく声をかけた。すると、
〈ああ〉
レッカーが返事した。その声は十代後半の青年のもので、少し低めの声だ。
「さみしくて泣いてなかった? やっぱりあたしがいないとダメだね」
ヴィラはニヤけた顔をする。
〈何を言ってる。俺はさみしがり屋じゃない〉
あまり感情のこもっていない声で彼は答える。
「うそつかなくていいよ。安心して、あとでいっぱいキスしてあげるから」
〈キスなんていらない。燃料は欲しい〉
「あ、分かった。あとでお店に寄るね」
いつもの習慣であるかのように、ヴィラとレッカーは話をしている。
〈今日はもう仕事はお開きか?〉
「うん、そうだよ。でもね、このあとちょっとドライブしようかと思ってる」
〈ドライブ?〉
「お、そうそう。紹介するの忘れてた」
すると彼女の後ろに立っていたわたしを、彼の前まで引っ張った。
「ほら、昨日話してたユキちゃん。ようやく回復したんだって」
〈……そうか〉
じろっとレッカーに見られた気がした。どこに目があるのか分からないけれど。
自己紹介して、とヴィラに背中を軽く叩かれた。わたしは言う通りに従う。
「わたしはユキといいます。工場長のご厚意でこちらに住まわせてもらっています。これからよろしくお願いします」
わたしが小さく頭を下げると、
〈よろしく〉
ヴィラと話していた時よりも低い声で、レッカーは言った。
「……」
〈……〉
ええと、この先はいったいどうしたらいいだろう。何しろ、これから一緒に仕事をしていく仲間なのだ。対話を通じてお互いを知らなくてはいけない。わたしも大概だが、レッカーはあまり会話をするのは得意ではないようだ。
そんなわたしの気持ちを察してくれたのか、ヴィラがわたしとレッカーの間に入ってきてくれた。
「ははは……。まあ、まだ会ったばかりだしね。そうかんたんに打ち解けないか」
ヴィラは苦笑いをした。
それはそれとして、とヴィラが自分の胸の前で手を一回叩いた。
「さっきも言ったけど、ドライブするよ。この地区を案内してあげる。これからここがユキちゃんの仕事場になるんだから」
彼女は、ニッと口の端を曲げて笑うと、レッカーの助手席のドアを開けた。
「乗って。ステップがちょっと高い所にあるけど、登れる?」
わたしは、特に困ることなくステップを登って助手席に乗った。
「お、上手いね。さすが若いだけある」
ヴィラは小さく拍手をした。
そして彼女はレッカーの前方を通って運転席によじ登って乗った。シートベルトをすると、クラッチを踏んでギアを動かす。
「ようこそ! あたしはユキちゃんを歓迎するよ」
わたしたちを乗せたレッカーは、ゆっくりと走り出した。
がれきの山の間を縫うようにして、レッカーは時速四十キロくらいで走る。
助手席で揺られながら、わたしはヴィラからこの街のことについて色々話を聞いた。
この街は、ほとんどががれきの山で覆われているらしい。なぜこれほどたくさん山ができているのか、彼女にも分からないという。いつの間にかそうなっていたのだ。
この街には、工場は一つしかない。法律で、工場は一定の距離離れていないといけないことになっている。
だから、この街で採れる資材はすべて一つの工場のもの、という暗黙の了解があるようで、この近辺で採掘されたものは、すべてわたしたちの工場へ運ばれる。その代わり、工場側は資材を運んできてくれた者たちに、正当な報酬を支払う義務が生じる。これも法律で決まっている。
「でもやっぱり、無法者はいるんだよね」
ヴィラは、ハンドルを握りながらため息をつく。
「レアな金属ばかりを狙って採掘し、勝手に街の外へ運び出してる。特に検問があるわけじゃないから、どんどん持っていかれちゃうんだ」
それじゃ工場は指をくわえて見ているだけなのか。そう思っていると、彼女は懐から何かを取り出した。
「あたしはただ街をブラブラと歩いて金属を探しているわけじゃない。無法者がいないかパトロールもしているのさ」
ヴィラは拳銃をわたしに見せた。
「それで戦うんですか」
非力そうなヴィラが、無法者と戦う能力でもあるのだろうか。
「いやいや、あたしは無線で工場の警備隊に通報するだけ。これは、ただの護身用」
ヴィラは苦笑いする。
「ちなみに、銃の腕前は?」
一応聞いてみる。
「あたし? うーん、一メートル手前だったら百発百中だよ」
彼女はケラケラ笑った。
どうやら、あまり頼りにならなさそうだ。
「あ、そうそう、これをユキちゃんに渡しておかなくちゃ」
そう言って、ヴィラは懐からレーザー銃を出した。
「これはユキちゃんのね。何かあった時に使って」
ありがとうございます、と言って受け取った。意外と軽いが、かなり使いこまれている。汚れが目立って塗装もあちこちはげている。
「今度、銃の訓練しよっか。あたしが一から教えてあげる」
ニコニコとヴィラは笑顔を見せる。
「銃の扱いが上手な方をご存じないですか?」
わたしは彼女に尋ねる。
「うっ、ユキちゃんって物事を包み隠さず言うタイプなんだね……」
ヴィラは両手で胸を押さえてガクッと肩を落とす。
二十分ほど経った時、レッカーが勝手に停車した。
道の右側に、大きなビルが建っていた。窓ガラスは全てなくなっていて、外壁には数え切れないほどの亀裂が走っている。十階建てのようだ。
「どうしたの、レッカー?」
ヴィラが首をかしげる。彼女にも、なぜレッカーがここに停車したか分からないようだ。
「何か資材を見つけたのではないでしょうか」
わたしはそう言ってみる。
「そうなのかな。まあ、レッカーはかなり目がいいらしいからね」
そう言って、彼女はハンドルを右手で軽く叩く。
「ねえ、何かあった?」
のんきな声で彼女は尋ねる。
〈……聞こえなかったか? このビルから聞きなれない声がした〉
レッカーはそう指摘する。
「本当に? どの階からか分かる?」
ヴィラは、とたんに緊張感ある声色に変わる。
〈二階だ〉
断言するように、彼は答えた。
「分かった。ユキちゃん、ついてきて。もしかしたら無法者かもしれない。あなたにも奴らの顔を覚えてほしい」
彼女は、真剣な面持ちでわたしを見た。
「はい、分かりました」
わたしは、懐に仕舞ったレーザー銃をすぐ取り出せるかどうか確かめる。
ビルの中は、壁に穴がいくつも開いているせいで明るかった。天井が一部崩落していて、床にはがれきが散乱している。
レッカーの言う通り、すぐ上の階から人の声が聞こえる。男が二人いるようだ。
気づかれないよう慎重に進むべきだろう。そう思ってなるべく物音立てずに進んでいると、
「こらー! 誰だ勝手に資材を持っていこうとしているのは!」
ヴィラはいきなり声を張り上げた。
すると、話し声が止み、足音がして階段を誰かが降りてきた。
「うわっ、工場の奴か。なんて運の悪い……」
濃い緑色の作業服を着た男二人が姿を見せた。そのうちの、屈強な体つきの男が、ばつの悪そうな顔をする。
「やっぱり見慣れない顔だ。うちの工場に持ってきてくれるなら、許してあげる」
ヴィラは自信たっぷりの表情で男たちの前に立つ。
「誰があんなぼったくりの所に行くかよ。俺たちは、街の外で高く買ってくれる商人を知ってるんだ。そっちに持って行くぜ」
体が細い男が、吐き捨てるように言った。
「そう、それならすぐに警備隊を呼ぶけど、いい?」
ヴィラは、腰のホルスターから無線機を取り出す。
「……行くぞ」
体の細い方が、先導してビルを出ていった。
がれきの陰になって彼らが見えなくなるまで見送ると、ヴィラはわたしに振り返って言った。
「怖かったー。おしっこちびりそうだったよ」
彼女は、わたしの両肩をつかんだ。
「ロボットなら、尿ではなくて潤滑油か冷却用の水が出ると思いますが」
彼女がなぜわたしの肩にすがりつくようにしているのかを考えながら言う。
「いやー、物の例えだよ。それぐらい怖かったの。ユキちゃんは、あまり動じてないみたいだね」
彼女は感心するようにうなづいた。
「……慣れてますから」
わたしは、博士と暮らしていた頃のことを思い出しながらつぶやいた。
3へ続きます。




