第三十四話:守るべき者①
おはよう、という男性の声でわたしは目を覚ました。
わたしは二段ベッドの下の方で寝ていた。クッキーのようにペラペラな布団が敷いてあるだけのかんたんなものだ。
目の前に誰かがしゃがんでいる。逆光でよく分からない。
「おはよう、ユキ。どうだね、体調は良くなったかね」
工場長だった。作業服を着ている。彼はロボットだが、人間と変わらない姿をしている。見た目の年齢は四十後半で、穏やかな声だ。
「おはようございます。ええ、だいぶ良くなりました」
わたしは体を起こした。
「自己修復機能がついているとはね……。君の体を直していてそのことを知った時、正直驚いたよ。よっぽど優れた技術を持った研究者につくられたんだろうなぁ」
感心するように、工場長はうんうんとうなづく。
「おかげさまで、もう歩くことも出来そうです。走るのはまだ無理かもしれません。荷物も、それほど重くないものなら運べそうです」
わたしは、内心必死に仕事できますというアピールをする。
「ああ、そうか。でも、焦ることはないよ。ユキのことは、私が好きで修理したりベッドで寝かせたりしているんだ。今すぐ仕事ができなくてもいい」
ニコッと彼は優しく微笑む。
工場長は、コンクリートの壁をぐるっと見回す。壁は長い年月使用されているからか、あちこち塗装が剥げていて、床もヒビが入っている。窓は北側にしかなく、日の光はあまり入ってこない。
「すまないなぁ、こんな監獄のような部屋しかなくて。何しろ、ここの工場はほとんどが男連中と作業ロボットだから、こんな感じの部屋でも用が足りるんだ」
彼は申し訳なさそうに額にしわを寄せる。
「気にしないでください。部屋を与えていただいただけでも満足です」
これがわたしの正直な感想だ。
「とは言っても、一応女の子だから……。そうだ、服はこれ一着しか持っていないのかい?」
彼は壁にかけてある紺色の作業服を指さす。
「ええ、着の身着のままで来ましたから」
「そりゃそうか。分かった、同じ色の作業服を用意するよ」
ありがとうございます、とわたしは頭を下げた。
「君がどんどん回復していくのを見れて嬉しいよ。私のことは父親だと思ってくれていいからね。足りないものがあったら遠慮なく言ってくれ」
そう言って、彼は立ち上がって背を向け、出口へ向かう。
部屋を出ていく前に、工場長はこちらをふり返った。
「もし歩けるのなら、建物の外を散歩してみるのはどうかな。気分転換になると思う」
パタンと静かにドアが閉まり、部屋は再び静寂に包まれた。
わたしは作業服を着て外に出てみることにした。久しぶりに服を着るが、やはりまだ直りきっていない体で服を着るのはなかなか難しい。健康な時の倍はかかった。
部屋の外へ出ると、廊下は静まり返っていた。窓が天井近くに少ししかないため薄暗い。一応明かりはぶら下がっているが、所々壊れていてあまり役に立っていない。自分の靴音が反響する。
ドアを開けて外に出る。空は晴れていた。時刻はまだ朝方らしく、太陽が東の空で光っている。
朝だが、すでに気温は二十五度ある。データベースに登録されている情報によると、近年は夏に四十五度近くまで上昇することが多くなっているという。これは人間だけでなく、機械にもオーバーヒートという悪影響を及ぼす。
わたしの住む宿舎は、工場とは別につくられている。広大な敷地の中に工場と宿舎が建っている。
工場からは、機械の動く音が聞こえる。ここから見えるのは工場へのトラック専用搬入口で、十台ほどが一度に停められるようになっている。今は一台の荷台付きクレーン車しか停まっていない。
外に出たら誰かいると思ったが、人影一つ見当たらない。ただ、敷地に入る門の前には、警備ロボットがヒマそうに立っている。試しに声をかけてみることにした。
「すみません」
すると警備ロボットはこちらをふり返った。
「はい、なんでしょう」
「少し外出したいんですけど、門を開けてもらってもいいですか?」
警備ロボットはわたしをうさんくさそうに見たが、何も答えずに門を開ける。
「ありがとうございます」
わたしはお礼を言い、門を通り抜ける。
キチンと整地された工場の敷地内とは違い、外はがれきの山でいっぱいだった。それを縫うように車の通る道が走っている。ここも戦地だったのだ。きっとこの山の下には、数多くのロボットの残骸と人間の遺体が埋まっているのだろう。
そのあと工場の周りを一周してみたが、特に景色は変わり映えしなかった。この工場は焼け野原の真ん中にポツンと建っていて、地平線の向こうまでまともな建物は他には見えない。
どこもこんな景色が広がっているのかもしれない。みんな死に絶えてしまったように見える。
わたしは工場へ戻ることにした。どんな設備なのか気になる。
工場の中に入ると、中ではコンベアが動いていた。どうやら、トラックで運ばれた資材を奥の方にまで運んでいるらしい。
奥まで運ばれた金属は、全て一か所の大きな穴の中に放りこまれている。あの穴の先にあるとしたら、おそらく溶鉱炉だ。そこでいったん溶かすのだろう。
溶かされた金属がその後どうなるのか気になったが、残念ながらその先は他の機械に隠れていてうかがうことはできなかった。
これからどうしようか。そう思っていた時、搬入口の辺りから声をかけられた。
「ユキ、ちょっと来てくれ」
工場長が手招きしている。わたしは早歩きで向かった。
彼は、自分の隣に立っている女性を紹介した。
「紹介しよう。この子はヴィラ。いつもこの工場へ金属を売りに来てくれるんだ。これから君と一緒に仕事をすることになる」
その女性は、わたしより十センチほど背が低い。黄土色のボロボロな作業着を着ていて、腕まくりをしている。茶色の髪はポニーテールにまとめられていた。年は二十歳くらいだろうか。
「よろしく~。あたしはヴィラ。話はボスから聞いてるよ。これから仲良くしよーね」
へへ、とヴィラと名乗った女性は気の抜けたようなあいさつをすると、わたしに手を差し出した。握手をしたいらしい。
「わたしはユキです。よろしくお願いします」
彼女の手を握った。血が通っていなく冷たい。皮膚は人工で、手の中にある骨は金属だと分かった。
「あなたは、ロボットなのですか」
わたしは少し驚いた。
「そーだよ。そんなに珍しい?」
ヴィラは頭をポリポリとかきながら答える。
「ええ、自分以外の女性ロボットを見るのは初めてなので」
わたしが言うと、ヴィラも驚いた顔をする。
「えー、そうなんだ。ていうか、ユキちゃんどんだけ田舎から来たの? 今時女形なんて珍しくないよ」
すると、工場長が「まあまあ」とたしなめた。
「ユキは訳あってこの国のことはよく知らないんだ。仕事だけじゃなくて、そのことも少しずつ教えてあげてくれ」
ヴィラは、「はーい」とだるそうに返事する。
用があるから、と工場長は二人から離れていった。
彼の姿が見えなくなると、ヴィラはわたしを舐めまわすようにじろじろと見る。
「ユキちゃんかぁ。何か男っぽい顔立ちで背も高いから、女の子に人気でそうだよねー」
ヴィラはニヤニヤとわたしの顔を見つめる。
「そうですか。わたしはあまり自分の顔を見たことがないので、それが合っているかどうかは分かりません」
「見たことない? 鏡見たことないの? もしかしておしゃれもやったことない?」
「ええ、特に興味ないですから」
「マジかー。……分かった、その辺もあたしが教えてやらないとね。まあ、それより――」
突然、ヴィラが搬入口の外に停めてあるクレーン車を指さした。
「あれ、あたしの相棒のレッカーっていうの。今から紹介してあげる。あいつとも一緒に仕事するからさ。顔を覚えてもらうといいよ」
クレーン車に名前をつけているのか。この国じゃ当たり前のことなのだろうか。わたしは珍しいと思ったが。
「ああ、そうそう。あいつ、かなりの人見知りで無口だから、慣れるまでは時間かかるかもね」
ヴィラはわたしにウインクして見せた。
車が言葉を話すらしい。ということは、人工知能が搭載されているのかもしれない。気になる。
わたしは、外へ出ていくヴィラの後ろをついていった。
2へ続きます。




