最終話
その2を読んでくれた方ありがとうござます。この話で完結です。七夕までちょっと早いですが書いてみたかったので書きました。最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。
菜月は僕が泣いているなんて言うから目じりを指で触れてみると、雫がついていた。そうか、涙はもう出ないって思ってたけど、やっぱり出るもんなんだなと思ってしまった。
「僕もっていうか、菜月も泣いてるぞ。そんなに泣いて、顔ぐちゃぐちゃじゃないか」
思わず手で菜月の頬に触れる。あれ?あったかい…でも少し透けてるし。
「なんか、お前の顔触れてるんだけどさ。なんで?」
「…教えない。幽霊だって願事ぐらいするんですっ」
ぷいっと頬を膨らませて横を向いたときに、紙切れが落ちた。でもやっぱり少し透けてる。
「おーい。なんか落ちたぞ」
拾ってみると、短冊。裏を見ると、
『壮介に触れたい』
身体中の液体が煮えたぎったぐらいに熱い。僕に言わせると、これも十分に恥ずかしい。見なかった事にして渡そうと思ったけど、ダメだった。菜月がめっちゃ睨んでる。
「……見たでしょ。サイテーよ。人の、女の子の願い事見るなんて。やっぱり、出てこなきゃよかった」
「本当に悪かったって。ごめん、ごめんなさい。だから許して」
謝りつつも彼女の顔を見ると、ほっぺたを赤く染めている。それがちょっと可愛い。
「…許す。その代わり…手、繋いで」
そんな姿を不意に見せられドキッとしたが、また怒らせたくはないから繋ぐ。しっとりとした柔らかい女の子の手。生きているように感じてしまう手。
「あったかい。あんたの手って意外と大きいのね」
「菜月の手より小さかったら少しへこむかな」
「ちょっとそれ、どういう意味よ」
「なんでまた怒るんだよ。だって僕の手の方が小さかったらしっかり握れないじゃないか」
「えっ。そうね、そうよね」
ちょっと黙ってしまう菜月を見て僕は調子に乗ってみる、でも。凛とした真顔で。
「なあ、菜月」
「な、何よ。急に真面目な顔して」
菜月はまだ頬が赤い。やっぱり可愛いなんて思うが顔は真顔のまま。
「お前とキス、したいんだ。ダメかな」
「へっ?!や、なに言ってるのよ。流石にキスは出来ないでしょ。手は繋げても」
「また答えになってない。ダメ…じゃないんだな」
「う゛ー。ダメじゃないけど…きっと出来ないよ?」
「ダメじゃないんだな。するからな」
菜月の手をやさしく引き身体を僕に近づける。菜月は戸惑っているみたいで、瞼をぎゅっと閉じている。それが見た事ない菜月の姿で、僕まで緊張してきた。
大丈夫。手が繋げたんだから口と口が触れるのだって変わらない。
僕も目をつむりゆっくりと近づける。柔らかいものが僕の唇に当たっている。できたのか確認したかったので片目をそっと開けると。
菜月も同じように目を開けていた。思わず身体から離れる。
「はぁはぁはぁ。なんで目開けてるんだよ。びっくりしたじゃないか」
「それはぁ、こっちのせりふよ、はぁはぁ」
「でもキス出来たね。もしかして、短冊に書いてたんじゃないの?」
「はぁー?そんな事書くわけないじゃない。出来たんだから良いじゃないそれで」
「まーそういう事にしておくよ」
「…サイテー」
僕は彼女を見つめると、向こうも見つめ返してくる。この時間はきっともうすぐ終わるんだろうなと考えるだけで胸が苦しい。でもそれは菜月も同じ。
「もうすぐ、わたし、行かないと。本当に天国に行けなくなる」
「そっか。天国ってどこにあるの?」
「んーわかんない。でもきっと行きたいところにあるんだよ」
行きたいところね。出来ればいなくならないで欲しいけどそれは無理は話。
「とっても遠いから行きたくないけど、わたし、行くところ決めたんだ」
「遠いのか。でどこに行くんだ」
「天の川。わたしが織姫星で、あんたが……夏彦星」
「ずいぶんとロマンがあるな。短冊に願い事書いたらまた逢えたりするのか」
「んーどうだろうね。でもあんたも、わたしも逢いたいって思うなら、また逢えるんじゃないか。わたしはもう変わらないけど、あんたはまだ生きてるからわからないじゃない」
「…ばーか。忘れないよ、菜月の事。例え彼女が出来たとしても、一年に一回ぐらい、お前に会いに来るさ。っていうか、逢えるなら菜月に逢うだけで、それだけで十分だよ」
「本当によくそんな恥ずかしい事言えるわね。なんだかわたしが馬鹿みたいじゃない」
「僕は言いたい事言っただけだよ」
「じゃあわたしだって言いたい事…」
「なに?」
「もう一回キスして」
「菜月も十分恥ずかしい事言ってるけどな」
「もう、いいから、して」
「わかったよ」
僕は菜月の手を強く握って抱き寄せ、今度は唇が離れるまで目を閉じていた。
「これで、満足?」
「…うん。もうここに来たらダメだよ、壮介」
「はっ?なんだよそれ」
菜月がそう言った瞬間、菜月から光が溢れ、僕も包み込む。
「おい、行くな。行かないでくれ菜月――」
「バイバイ、壮介」
そう聞こえた途端、目の前が暗転。
気づくと竹藪の外で寝ていた。ずいぶんと寝てしまった気もする。僕はこんなところで何をしていたんだろうか。ケータイで時間を見る。22時半を示している。何かが変な気もするが、こんな事をしていても仕方がないので、自転車に乗って帰ろうと立ち上がると、薄い布のようなものが僕の上に掛かっていた。
「何だ、これ」
とりあえず、ズボンに着いている葉っぱをほろう。何だか、ポケットに違和感がある。
手を入れてみる。
白い短冊に書いてある言葉を見て涙が出てくる。
「好きだったよ。夏彦星」
竹藪の中に思わず走って行きそうになったが、やめた。
だって、夏彦星は織姫星に逢うために必死に頑張ったらしいじゃないか。だったら僕もいなくなった彼女を追いかけるのではなくて、彼女の分も必死に生きていかないと、今日の夜の出来事が嘘になってしまう。そうならないために、僕は頑張る。
「僕も好きだったよ、織姫星」
伝えられなかった言葉、キミが天の川を越えるまえに伝えよう。




