3-5
「ボンソワール、トゥ・ル・モンド!」太い声がし、三人とも、かがんだまま振り返った。
何やらフランス語で言った男が、軽い足取りで公園の入り口から歩み寄ってくる。小太りのその男は、中世貴族風のふさ飾りとローヴマントに、アディダスのスウェット上下、クロックスを合わせている。
「父さん!」男の子は叫びながら、我々のすき間を颯爽と駆け抜けていった。そのときの我々三人は、男の子にとって、名もない路傍の石と大差なかった。
「息子よ、ここにいたのか!」
父親らしき男は少年を抱えると、そのまま高々と持ち上げ、その場で何度も回り続けた。それは日常的な遊戯らしく、手も足も広げながら宙で回る男の子は、きゃっきゃ、といかにも楽しそうな声を上げている。
彼らの回転速度が上がっていくと、やがて両者とも地面から離れ、やがて、手の届かない高さまで浮き上がった。二人とも手を取りながら、二、三度上空を旋回したのち、垂れこめる灰色の雲めがけて飛び去っていった。
飛ぶ親子が見えなくなる直前、「今日はどこいくの?」「そうだなあ、デニーズまで競争だ!」という会話が、あたりでかすかに反響した。
トゥクトゥクの周囲で、コータローと男との争いが再開されるのに、それほど長い時間はかからなかった。いまだ両者は、車に乗る、乗らない、で揉めていて、少なくとも、今の親子の家を見に行こうとする話は始まりそうになかった。
世界に対するコータローの不信感は根強く、ドライバーが楽観的に座席を指さすたび、友人は「乗らない」意思を、ジェスチャーではっきりと伝えた。
「何だ、お前らは!」
不意の声かけにはすでに慣れているつもりだったが、このときはかなりの声量であったため、私の肩は反射的に、びくっ、と震えた。
今度の不審者は全裸の男で、股間のみiPadで隠していた。iPadに装着したストラップを腰に巻き付けているのだろうが、正面からだと、その具体的な固定方法はよくわからなかった。
「俺は『股間をiPadで隠す男』だ!」男は同じ声量で、そのように言った。
iPadの画面では、かつて放送されていた情報番組、「目撃!ドキュン」の動画が流れていた。
私とコータローは再び、口にする言葉を見つけられず、しばらく、男を見ながらその場に立つことしかできなかった。iPadの男は五十絡みで、我々の完全なるドン引き状態に臆することなく、腕を組み、じっと険しい顔をし続けている。
「何だ、お前らは!」再び似たような声がし、そちらに目をやった。iPadの奴と全く同じ格好をした、二人目の変態が、一人目の変態の隣に立った。
「俺は<『股間をiPadで隠す男』が出てきたときに出てくる男>だ!」二人目もやはり、股間にiPadを取り付けていて、そこには何やら討論番組が映されていた。
「このようにですね」番組では、二人の識者らしい男性が長机につき、片方が長方形のパネルをカメラに向けて示している。
「これは、局部にモザイクをかけた画像なのですが、」よくみると、識者二人の前には、コンビニで買って来たらしいおでんが置いてあり、ふんだんに湯気をたてている。パネルを持った識者がさらに続ける。
「全裸でiPadのみを身に着け、そこに局部のモザイク画像を映しても、公然わいせつ罪は成立しないのではないでしょうか」
ここまで聞くと、もう一人が遮るように言った。「それは違うでしょうね。そもそも通常の服装とは言い難く、股間をiPadで隠し、さらに局部画像にモザイクをかけていたとしても、そこに執拗な変態性を見出さざるを得ないでしょう」
「しかし、おでんは温まりますなあ」パネルの男は、パネルを脇に置くと、割り箸をぱきんと割り、目の前のおでんをつつき始めた。それにより、もう一人もおでん食いながら、「いや、まったくおでんは温まりますなあ」と満足そうに答えた。
「何だ、お前らは!」三人目のバカも現れた。
「俺は【<『股間をiPadで隠す男』が出てきたときに出てくる男>が出てきたときに出てくる男】だ!」
三人目のiPadでは、北海道のローカル番組「どさんこワイド」が流れていて、その料理コーナーにおいて、「いもおやき」という謎の料理が紹介されていた。




