第1話 世界で二番目に不幸な少年
今更かもしれないが、人であった過去が邪魔になった。ただ、本当に消すべきは感情だと言うことも八代湊には分かりきっていた。感情が無ければ、過去に対して何も思うことは無いし、自分の置かれた状況に対して少なくとも悲観する必要は無かったのだから。
「探せ!!人造神はまだ近くに居る筈だ!!人類に仇なすバケモノを退治しろぉぉぉ!!!!」
「「「「うぉぉぉぉ!!!」」」」
士気を上げ、退魔師達は先程まで潜伏していた廃ビルに突っ込んできた。
星と見間違うほどの魔力を彼らは全身から垂れ流している。無論、普段はそんな事をする奴らでは無いことは分かっている。たぶん、彼らの強大な魔力を人払いの結界代わりに使っているのだろう。今回はゲリラ戦に持ち込むつもりだろうか。これでは、興味本位で近づいてくる奴が居てもおかしくは無い。社会的に俺を殺すとすれば効果的だろう。
だが、その前にわざわざ名乗りを上げて突っ込んでくる相手に対して、湊は思わず吹き出しそうになった。戦いでは不意打ちは当然。金的なども平然と使ってくる。そんな日常茶飯事の戦いとは無縁そうな雰囲気を纏ったヤツらが突っ込んできたのだから。それは、普段の殺伐とした空気を変えるには十分すぎるほどに。
また、これが罠という可能性も湊には理解していた。そもそも、ヤツらは俺の居場所を感知できる才能を持っている。人ならざる物を見る力(いわゆる第六感や霊感といわれる物、陰陽道でなら見鬼の才と言えば良いだろうか)が常人よりもずば抜けて高いのだ。例え後天的であろうとも、その力が湊に取って脅威である事は変わらなかった。見ることが出来れば、自然と対抗する力を持つ者が出てきてもおかしくないからだ。そういった彼らは退魔師達と呼ばれた。
術を使えばその痕跡が見えてしまうし、そもそも存在を知覚されている時点で自分の実力不足を認めざるを得なかった。
それでも、こうして逃げ回ることが出来て居ると言うのは運もあるかもしれないが、実力も少しづつ付いてきたと言ってもよいだろう。
「隠形を極めないとな」
もう一度気を引き締め直す。湊としても、死人は出したくなかった。それは単に殺すと言う覚悟が無いというのもあるが、罪の意識にとらわれすぎてあの時のようになるのは御免だったからだ。
この体になって失った物は大きすぎた。それでも、確かに得た物が有ったことに対して目を背ける理由は無かった。失った物をいつか拾い集めることが出来ることを信じて、少年は夜の闇へと繰り出した。
「八代湊は逃走しました。はい。…はい。分かりました。本日の追跡は中止と致します。それでは失礼いたします」
湊と同い年くらいの少女だろうか。別働隊として動いていた彼女は学校帰りと言うには似つかわない物々しい雰囲気を纏った制服を着て、ふくれっ面で人混みを歩いていた。だが、それが余計に彼女の美しさを引き立てていた。チラチラと視線が注がれては居るが、いつもとは違い彼女がそれに気付く様子は無かった。今日に限って言えば宮坂睦はポンコツな少女であった。
退魔師の一人として八代湊を看過することは出来ない。だが、一般市民に対して被害を出すことは有ってはならないことだ。少なくとも彼女はそう思っていた。
どんな力を持っていても、それは愛された結果だと彼女は考えている。不幸に愛されようが、悪魔に愛されようがそれは同じ事だと彼女はそう自分に言い聞かせた。なぜならば、そう思わなければやっていけなかったからだ。なんで自分が?私が世界で一番不幸なんだ!!そう思ったことは数え切れないほどだった。
家族や幼なじみを除き、迫害されるばかり毎日を送っていた彼女にとって、退魔師達との出会いは心と体の名実ともにオアシスであった。ある視点から見れば異端であっても、また違う視点から見ればそれは正常であったということだ。睦はその事実に対し、子供ながらに納得した。
それならば、あの人のオアシスは何処なんだろう?ふと、そう思わざるを得なかった。
あの人は世界にとって必要の無い存在だ。それは、我々が信仰し、敬ってきた神々を侮辱し、人間の業として看過出来ない存在だからだ。彼自身は悪くない。それは彼女もよく分かっていた。カオスルミナスとかいうテロ組織が理性を持っていれば、初めからこんな悲劇は起こらなかった筈なのだ。それでも、彼はこの世界で居場所を得てはいけなかった。
そのように、世界が決めた────。
それでも貴方は覆すというの?人造神として。
彼女はただ、そう思うことしか出来なかった。




