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1.雨上がりの地下駐車場(ワシントンD.C.)

第3章


FBI退職からサイバーサイジング社の創立

――去ることと、逃げることが

まったく違う意味を持つと知った日々。

国家の外に、守るための器を作る決断。


家族ができ、日常が形を持ち始めたその裏で、二人の中には、言葉にされない違和感が静かに積もっていった。


守ってきたものは、確かにあった。

だが同時に、守れないものの輪郭も、少しずつ見え始めていた。


それは危機ではなかった。

衝突でも、決裂でもない。


ただ、気づいてしまったのだ。


この場所では、守れるものに限界がある、ということに。


FBIという組織は、国家を守るために存在する。

だが国家を守るということは、

必ずしも「目の前の人」を守ることと一致しない。


判断は正しくても、選択が残酷になる瞬間がある。

手続きを守ることで、誰かが置き去りになることもある。


二人は、それを理解していた。

理解していたからこそ、目を逸らさなかった。


そして同時に、こうも思い始めていた。


――もし、ここでは守れないのなら。

――守れる場所を、自分たちで作るしかないのではないか。


それは逃避ではなかった。

拒絶でも、反抗でもない。


むしろ、極めて彼ららしい判断だった。


去ることと、逃げることは違う。

責任を放棄することと、引き受け直すことは違う。


そして彼らは、後者を選んだ。


国家の内側ではなく、国家の外側に、それでもなお「守るための器」をつくるという選択。


それが、後に世界を変えることになるとは、

この時点では、まだ誰も知らない。


雨上がりのワシントンD.C.。

FBI本部の地下駐車場は、深夜特有の静けさに包まれていた。蛍光灯の白い光が床の水たまりを淡く照らし、遠くでエレベーターの作動音が一度だけ響いて消える。誰かの足音も、雑談もない。ここにはいつも、判断だけが残る。


アレックス・アダソンは鍵を回し、エンジンをかけた。車は特別なものではない。防弾仕様でもなければ、運転手付きでもない。ダークカラーの、ごく普通のセダンだった


この頃、夫妻の通勤車はまだセダンだった。

目立たない色。癖のない形。運転手もつかない。


結婚式の日にだけ、特別なリムジンが用意された。

だがそれは“儀礼”であって、日常ではない。


日常は、鍵を回し、エンジンをかけ、

同じ駐車場に戻ること。


この違いは、のちに大きな意味を持つ。

だがこの時点では、誰もまだ、気づいていない。


家族は増え、生活は続き、仕事もまだ続いている。

だが、考え始めてしまった。


ここまで守った。

ここまで続けた。

ここまで積み重ねた


彼らはその頃、“重要な仕事”をしてはいたが、“目立つ存在”ではなかった。

調書、分析、内部監査――表に出る捜査の花形ではなく、判断の裏側で組織を支える仕事。判断が早すぎず、遅すぎない。感情に流されず、政治的にも動かない。上司からは「安心して任せられる」と言われ、同僚たちからも「失敗しない人材」として頼られていた。


「非常に優秀。信頼できる。判断を誤らない」

その評価は、いつも確かだった。

ただし、そのあとに必ず続く言葉も、二人は知っていた。


「だが、前に出るタイプではない」


二人はそれを否定しなかった。肯定もしなかった。

むしろ、中心に行くことを望まなかった。肩書きや名声、権限の上昇に、強い関心がなかった。特にアラクネアは、評価されることより、正しく扱われることを重視した。それは巨大組織の中では、少し異質な温度だった。


そして二人は、曖昧な“グレー”を許容しなかった。国家の安全と政治判断と国際関係が絡む現場には、表に出せない妥協もある。「今回は見送る」という沈黙もある。けれど二人は、守るべきものが不明確になる判断を嫌った。記録を残さない判断、無関係な人に影響が及ぶ処理、情報が曖昧に動く瞬間――そこに極端なほど慎重だった。


対立はしない。批判もしない。内部告発もしない。

ただ、静かに距離を置く。希望すれば行けた部署に行かない。派手な案件を避ける。評価を上げる発言をしない。

「中心に行かない」という選択を、日々の積み重ねでしていた。


だからこそ、この夜も、二人だけで車に乗っていた。


挿絵(By みてみん)

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