2.I-95――目を合わせない会話
高速道路――I-95に入る。フィラデルフィア郊外の自宅、アダソン宮殿まで、約二百二十キロ。夜間なら二時間半から三時間。ラジオはつけなかった。ワイパーが一定のリズムでフロントガラスを叩き、濡れた路面を刻むタイヤの音が、低い唸りになって車内に満ちる。街の灯りが少しずつ遠ざかり、視界は黒と白の線だけになっていく。
しばらくして、アレックスが口を開いた。
「……今日の判断、正しかったと思うか?」
アラクネアはすぐには答えなかった。フロントガラスの向こう、暗い道路を見つめたまま、静かに言う。
「“正しい”わ。でも、“守られた”とは言えない」
沈黙が落ちる。ワイパーの音だけが、会話の隙間を埋めていく。
「私たちは国家を守っている。でも、その国家の都合で、真実が削られる瞬間を、今日も見た」
ハンドルを握るアレックスの手に、わずかに力が入る。
「正しい判断をしても、組織の論理でねじ曲げられることがある」
しばらく走ってから、彼は低く続けた。
「……それでも、ここにいる限りは従うしかない。だが――」
アラクネアが言葉を継ぐ。
「この子たちが生きる世界は、その“ねじ曲げ”の上に作られていくのよね?」
空気が変わった。仕事の話のはずが、急に家の方へ引き寄せられる。フィラデルフィアにいる、眠っている二人の子どもの顔が、まだ見えないのに浮かぶ。
アラクネアは、言い切る前に一度息を吸ってから言った。
「国家を離れても、倫理を失わない道はないの?」
長い沈黙のあと、アレックスは答えた。
「……ある。ただし、自分たちで背負う覚悟が必要だ」
「肩書きも、守られた立場も?」
「全部だ」
それ以上、言葉は要らなかった。誰が先に決めたわけでもない。会議室で結論を採るように合意したわけでもない。けれど、この時点で、二人の中ではほとんど決断が固まっていた。
それはFBIを否定するためではなかった。
むしろ“卒業”に近かった。
FBIが悪いのではない。自分たちが、組織の枠の中で最後まで思想を通せないと悟った。国家を守るという言葉が、二人の中で、もはや国家の枠だけでは足りないものになっていた。




