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10.ブーケトス
披露宴の前。教会の外の光が眩しかった。石段に並ぶ人々の間を、二人がゆっくり歩く。白いドレスが光を受けるたび、過去の花嫁たちの時間が重なる。
アラクネアは赤い薔薇のブーケを持って立った。背後に姉たち、友人たち、同僚たち。ブーケトスは、賑やかな儀式だ。本来なら彼女が苦手なはずの“見られる時間”。
だが、今日は違った。彼女は一人ではない。隣に、彼が立っている。
司会役の使用人が、場を整える。騒ぎ過ぎない。けれど固くもしない。アダソン家の“品のある温度”が保たれる。
アラクネアは振り返って言った。
「……私、投げ方が分かりません」
誰かが笑いそうになって、笑わずに済ませた。その遠慮が、彼女を守った。
アレックスが小声で言う。
「狙わなくていい。受け取る人が決める」
彼らしい答えだった。努力で奪うのではなく、受け取る側の意思を尊重する。
アラクネアは息を吸い、ブーケを放った。赤い薔薇が空に浮き、光を受けて回転する。
受け取ったのは——FBIの女性同僚だった。普段は硬い顔で会議を回す人。その人が、驚いたように笑った。
「……私?」
アラクネアは小さく頷いた。
「はい。あなたなら、きっと」
その一言で、同僚の目が少し潤んだ。仕事の場では交わされない種類の言葉だったから。




