24、海月と金目鯛②
連合帝国の貴族であっても、オシアン公爵が猫型妖精だということを知らない者は意外と多い。だが、オシアン公爵の一族が「死を司る一門」だということを知らない貴族は一人もいない。
その理由は二つ。一つは、貴族の葬儀にはオシアン公爵か或いは彼の名代として一族の者が必ず参列するから。もう一つは、事件や事故に巻き込まれて人知れず命を落とした貴族がいた場合、彼或いは彼女の死を遺族に告げに現れるのがオシアン公爵の一族だからだ。
夜会の招待客は皆、気味が悪そうな顔でメロウ子爵とアルフォンシーノ男爵夫妻から物理的に距離を取った。
彼らはようやく理解したのだろう。
「エアリアル伯爵の後継者の縁者と名乗る婦人は、恐るべきまやかし者。しかも、もしかすると人ですらない者かもしれない」と。
「破魔の魔法で傷を負うなんて、悪しき魔物か何かですの?」
震える声でそう問う、若い女性の声が聞こえた。
「ええ、間違いありません。正体は分かりませんが、危険なモノですよ。しかし、問題ありません。我々が排除しますからね」
マグナスが良く通る声でそう答えると、招待客たちの口から安堵の声が漏れた。
オシアンはアルフォンシーノ男爵夫人と名乗っていた老女を見据えた。
「その方からは腐った海の臭気が漂い、不快極まりない。疾く正体を現すがいい」
その言葉に合わせ、マグナスが無言でアデレード嬢を護る半円の魔法障壁から細い魔力の糸を無数に伸ばした。数え切れない細い魔力の糸が老女の細い身体を絡め取る――。
(そうそう、こういう海月のような魔法障壁をイメージしていたのよ)
エズメは自分の意図がマグナスに正しく伝わっていたことに満足を覚えた。
しかしやがて、オシアンが眉根を寄せた。
マグナスの魔力の糸に囚われたものの正体が、粗末な呪術人形に過ぎなかったからだ。
エズメも内心面白くなかった。
(私たちは、まんまと敵に出し抜かれてしまったというわけね……)
更に、失策がもう一つ。
ピットヴァイパー男爵が、急に倒れたのだ。
マグナスが駆け寄った時、鳶色の髪の男爵は、既に事切れていた。
しかも、その霊は何処かへと去った後だった。
* *
「済まない、我が相手を侮っていたせいだ」
翌朝。四人だけの朝食の席で、オシアンがヒルダとエズメ、そしてマグナスに詫びた。
「猫型妖精にとって、海の怪異は極めて相性が悪いと聞き及んでおります。それにオシアン公ばかりのせいではありませんわ」
あの時、エズメもマグナスも、メロウ子爵と「アルフォンシーノ男爵夫人」に気を取られていたのだから。
「私も、動ければ良かったんだけどな」
不甲斐なさそうなヒルダの言葉に、エズメは首を振った。
「貴女がアデレード嬢から離れなかったのは正解よ」
招待客の中には、あの老女の本体や、ピットヴァイパー男爵の意を汲む者が潜んでいる可能性もあった。
悪しき者たちには逃げられてしまったが、彼女さえ無事なら敗北ではないのだ。
彼らが作戦を練り直そうとしていた時、若いメイドが駆け込んで来た。
「皆様、お助けくださいませ。お嬢様が、鏡をご覧になるなり、酷く怯えておしまいになって、私どもにはどうすることも出来ないのです」
「すぐにアデレード嬢のところまで案内してくれ」
ヒルダが立ち上がり、メイドの手を引いて駆け出した。マグナスの破魔の力を込めた腕輪をアデレード嬢の手に昨夜から嵌めさせてはいたが、それは最悪の事態を防ぐだけだからだ。
「義兄弟、それから可愛いエズメ嬢。逃げた男が戻って来たよ」
エズメの背後で、聞き覚えのある、どこか緊張感に欠けた声がした。




