18.技量の限界
(ぐ、ぁ───?)
蒼い光の中、ノアの意識が覚醒する。
(ここは───?)
ノアが目覚めたのは何も存在しない空間……
だが、ノア自身はその空間に見覚えがあった。
(ここは確か、俺自身の無意識領域……?だったらアルファルドはどうなって……)
そこでノアは気づく。
この空間は何もなく、何も感じないと同時に全てを感じることができる。
故に解った。
(俺じゃ……ない……?)
この無意識領域の外……そこで、ノアの身体がアルファルドと戦っていたのだ。
「……」
「貴様は、ノアなのかッ!?」
『開闢穿滅せし痕跡の銃砲』が放たれてからそれ程時間は経っていないのか、ノアもアルファルドも互いに無傷───
(俺の身体が、無傷だって……?)
考えられない現象にノアは理解が追いつかない。
前世ならばともかく、今のノアには『開闢穿滅せし痕跡の銃砲』を凌げない。その方法がない。
無傷など、絶対に有り得ないはずだ。
そして何より、白雪を持たない左手……そこには、紛れもなく静滅銀刀が握られていた。
(これが、俺の完全なる無意識……)
ノアは無意識を意識的に制御することは可能だが、それにも条件がある。
意識を完全に失ってしまった場合。
これは人間が寝ている間に意識せずとも寝返りを打つのと同じように、ノアの意識外で攻撃を捌く。
そして、防衛本能から意識が強制的に閉じてしまった場合───
ノアは『開闢穿滅せし痕跡の銃砲』を防げないと確信していた。
それが原因なのか、ノアの防衛本能がノアという存在の意識を強制的にシャットダウンさせ、無意識で全てを終わらせようとしたのだ。
この状態は整合神ガルヴェイムの最後の攻撃時に起きて以来はなっていない。
「チッ!」
白雪の能力だろう。斬られていないのにもかかわらず、アルファルドの右手の指が二本、唐突に切断される。
ノアは能力を使う兆しすらも見せていなかった。
そのレベルまで白雪を掌握しているのか、あるいは隠蔽能力が高すぎるのか……
何にせよ、無意識のノアはアルファルドを圧倒していた。
(これでも、前世程の力はない……)
確かに無意識のノアは圧倒的だ。
だが、今使えている力はこの世界内で使える力の上限までしかない。
だからこそ、自力では世界の外に出ることができないアルファルドを圧倒しつつも、瞬殺できるレベルには至っていないのだ。
つまり、アルファルドもこの世界の上限に近いのである。
(くっ……!戻れない……!)
現象のノアならば、もう少し時間をかければアルファルドを滅ぼしきることも不可能ではないだろう。
そういう意味ではこのまま無意識の反射に任せていればいいのかもしれない。
だが、この状態のノアは周囲のことを考慮しない。
つまり……
(アルファルドを滅ぼす為に、いずれはこの世界諸共消し去ってしまう……!)
間違いなく無意識のノアはすでにアルファルドを『敵』と認識している。
だからこそ、手を抜くことはない。
このノアは敵を滅ぼす為ならば周囲すらも巻き込み、確実にアルファルドを亡き者にしようとする。
ノアにとってアルファルドはそれだけ強い存在だ。
アルファルドが弱かったのなら、きっと周囲に影響が及ぶ程の力も出すことなくどうにかなったのだろうが、実際はそうではない。
無意識のノアがアルファルドを『この世界を巻き込んででも滅ぼさなければならない存在』と認識した瞬間……ノアは間違いなく『矛盾界域』を最大威力で使用するだろう。
あの魔法ならアルファルドを滅ぼせるが、威力の細かな調節を怠ればこの世界も軽く消し飛ぶ。
(そうなってしまう前に……!)
アルファルドを滅ぼす覚悟はした。
だが、この世界まで滅ぼすわけにはいかないのだ。
「……ッ!『転写・黒死銃』!」
穿界軍大将、ラフィナが使っていた複製魔法───
それにより、アルファルドは黒死銃そのものをノアを囲むように数百もの数を複製する。
そして、その全てに黒死銃の魔力増幅量すらも超えかねない程の壊滅が宿った。
「『界域滅せし理法の光』ッ!」
ノアの周囲の全ての黒死銃から放たれる光線。
赤黒い色をしたその光は空間の全てを滅し、ノアへと迫る。
速度は光速……ノアからすれば遅い。
とはいえ、全方位からの攻撃だ。いくら遅くとも逃げ場はなかった。
「───『───』!」
……だが、今アルファルドが相手をしているのは無意識のノアだ。
無意識のノアからすれば、この程度の光など多少眩しい程度でしかなかった。
「ッ!相殺かッ!」
ノアが放ったのは四つの灰色の球体。
たったそれだけで、数百もの壊滅の光線を相殺してしまった。
(あれが、『矛盾界域』か……!?)
ノアとガロンの戦いを遠方から監視していたアルファルドは知識としてはその魔法のことを知っていた。
だが、実際にその目で見て……
(何という理外の力……!奴が本気になれば、軽くはなっても一撃で数億単位の世界が滅びる……!)
ノアはそんなことはしない。
だがこの魔法を使った場合の可能不可能の話をするならば……原理的には可能だった。
(く、そ……ッ!)
一方、ノアは己の本能を押さえ込む為、必死に身体の主導権を取り戻そうとしているが、状況は芳しくなかった。
そもそも、ノアの防衛本能は普通ではない。
普通の存在であれば、防衛本能というのは死にかねない状況に対して危機感を感じ、無意識に反応するというだけでしかない。
『この攻撃を受けてしまったら死ぬ』、『どうにか防がなければ』……それが思考を介さず、反射で身体が動く。たったこれだけ。
だが、ノアの場合はそれが大きく異なる。
ただの防衛本能という無意識が独立して存在し、ノアの意識を押しのけて顕現してしまうのだ。
人類……否、生物である限り、そんな状況になることはない。
これの対処法はたった一つ……ノアの意識の力が、無意識を上回ること。
すなわち、主導権の綱引きだ。
無意識を意識的に制御できるノアだからこそ、防衛本能をはじめとする深層意識が別の存在として分離されている。
そして、意識の範疇にないからこそ、条件を満たしていなくとも静滅銀刀を顕現させることができる───
しかし、前世の力には全く届かないからだろうか、やはり静滅銀刀は不完全であり、刀身が半ばから消失してしまっていた。
それでも、アルファルドにとっては脅威だ。
「『壊滅の源弾』……!」
数百の黒死銃が荒れ狂うように高速回転しながら『壊滅の源弾』を連射する。
一瞬にして放たれた弾丸の数は数百万……ただ、今のノアであればこの程度は無意味と化す。
「───」
直接ノアに飛来する弾丸を静滅銀刀で弾いてその場で消滅させ、弾丸同士の衝突によって起こる跳弾や融合も全て読んで斬り滅ぼす。
結果的に全ての弾丸を無傷で消し去り、ノアの瞳はゆっくりとアルファルドへ向いた。
「もう一度だ……!」
再度同じ状況で放たれる『壊滅の源弾』。
今度はその数が爆発的に跳ね上がり、先程の百倍以上……すなわち、数億の弾丸が変則的な軌道を描きながらノアへと迫る。
「───」
しかし繰り返されるのは先程と同じ光景……いくら弾丸の数や密度が跳ね上がろうとも、ノアからすれば何の意味も持たない変化でしかない。
だが、アルファルドの考えは違った。
何度も同じことを繰り返し、やがてアルファルドの考えが証明される───
「やはり、そうかッ!」
いくらノアとて『壊滅の源弾』は無視できない攻撃だ。
魂に直接突き刺されば場合によっては危険な状態になる程度には。
だからこそ、圧倒的密度の弾丸を弾くという行動を取らなければならず、アルファルドに近づけずにいたのだが……
アルファルドの狙いは、ノアが弾丸を弾くということにあった。
「静滅銀刀は確かに強力だ……少なくとも、戦況を一変させる程度には」
当然だろう。
根源神装というのは存在そのものが勝利の代名詞と言っても過言ではないもの。
それを持ったノアが、持たないアルファルド相手に勝てない道理はない……はずなのだ。
「───だが、それでも貴様のそれは不完全だったようだなッ!」
瞬間、静滅銀刀に僅かな……本当に僅かな亀裂が走る。
幾度となく繰り返し、ノアは静滅銀刀にて数百億の『壊滅の源弾』を斬り滅ぼした。
だが、ノアは防衛本能のノアは気づいていなかった。
その数百億の弾丸が、静滅銀刀の全く同じ箇所に、寸分違わず当たっていたことに。
「今の貴様は防ぐことができるだけで、考える脳を持たない。ならば動きを読むことも、また容易い」
結局は全てアルファルドの手の上だったのだ。
どう攻撃すればどう反応する……それを完全に読み切り、アルファルドはどの方向から、どのタイミングで弾丸を当てるかを計算していた。
全てはノアの動きを読み、静滅銀刀の一点に全ての攻撃を当てる為に。
「───!?」
流石にこれは想定外だったのだろう。無意識のノアすらも、静滅銀刀に亀裂が入ったことに驚愕を示す。
そして……それが唯一にして最大の付け入る隙だった。
「ぅ……あぁッ!」
ノアの意識が無意識から身体を取り戻す。
同時に、無意識のノアが顕現させていた静滅銀刀が役目を終えたと言わんばかりに消えていった。
「はぁ、はぁ……」
「……戻ったか」
アルファルドからしてもノアには戻ってもらった方が都合が良かった。
無意識のノアを相手に勝ち切れる程の強さはアルファルドにはないからだ。
とはいえ……
(しかし、迂闊に手は出せなくなった……滅ぼすほどの一撃は、きっとまた無意識に無力化される)
アルファルドもまた、不利になっていた。
単純な出力で上回ることが現実的ではないノアに、迂闊に滅ぼす攻撃をすれば無意識を顕在化させてしまう為、手を出せないアルファルド……
これは有利不利ではなく、どちらも不利という物珍しい状態だ。
しかしそれでも、まだ可能性が残されている。
打開策を持つのは───
「無广、神域───」
「なッ!?」
───戦いの最中、常に成長を続けるノアの方であった。
「───『虚空』」
瞬間、世界が灰色と化す。
空の青や草すら生えない死の大地の茶色、遥か遠方に見えるグラエムの色すら消失し、世界から色という色が消えた。
その状態で、ノアとアルファルドの二人はノアの作り出した概念空間へと飛ばされる。
「神域……!貴様、何故これを……!?」
どうにか神域から脱しようとアルファルドは壊滅の権能を放出させて虚無を中和しようとするが、神域相手にただの魔力の放出はいくら属性が強かろうと無意味だ。
「く……ッ!『総滅壊覇』!」
無慈悲なまでに全方位から襲いかかる虚無。
アルファルドは壊滅の権能の放出そのものを魔法として成立させ、それらを片っ端から滅ぼしているが、それも短なる時間稼ぎにしかならない。
そして、その上で───
「深層、羅神───」
本来ならば神ですらも不可能であるはずの、神域と深層羅神の同時展開───
この土壇場で、魂を賭けた決戦の最中に、ノアは為し遂げる。
「────『灰零無尽』」
生成されたのは肉眼では観測不可能な程に小さな球体。
だが、その存在感は神域内という点を加味しても別格だった。
(目に見えない……見えないが……何か、ある!)
アルファルドの背筋すらも凍るその球体は、かつて使った時と比べても出力が異次元な程に跳ね上がっている。
神域との相乗効果も加味するならば……アルファルドとて、無事ではすまないだろう。
(く、そ……!)
アルファルドは神でもなく、神に連なる存在でもない。
ノアへの対抗策も、強力な魔法程度しか持ち得ていなかった。
確かに、神域や深層羅神を抜きにしたノア相手ならば十分以上に正気を見込めたかもしれない。
だからこそ、見誤った。
───ノアという存在の、果てしない可能性を。
「これで終わりだ、アルファルド……お前の世界のことは、俺が決着をつける」
アルファルドの視界が灰色で染まる。
そして……その魂ごと、肉体は虚無へと還るのだった。
虚無に呑まれたアルファルドは───
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