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エピローグ

 ◆終話



 ── 辺境の村で身を隠していたセレンだったが、ボロキレのようになりながらも、シルバーは彼女を探し出した ──






 数日後。


 皇帝と皇妃は、老夫婦や他にも世話になった村人皆にお礼を言ったり、挨拶をしたりすると、帝都へと戻ることになった。


 即出発できなかったのは、セレンを見つけた安心感からか、シルバーが微熱を出して倒れたり、回復後に村人たちに盛大な送別会のようなものを開いて貰ったり、村の野菜や果物を手土産に持たせようとして最小限に断るまで大変な思いをしたせいだ。


 そんな風に、特に老夫婦との別れはリンとして辛かったが、城に戻る道のりは、かつてないほど温かいものとなった。


 実はシルバーを遠くから護衛しながら旅人姿の影たちがいたが、その内の1人がいち早く帝都に報せをするために出立すると、シルバーとセレンは用心しながらも……おそらく、残った影たちが遠巻きに2人を見守るのをシルバーが目配せし、表面上は2人とシルバーの馬を入れた3頭で帰途することになった。


 シルバーはセレンにゆっくりと時間をかけて慣れるようにとセレンを自分の馬に乗せ、背後からしっかりと支えると、馬での旅を楽しんだ。時々気分転換にビスマスにも乗り換えるが、いつでもシルバーが背後からしっかりと支えて安心させてくれるのだ。


 もちろんマーキュリーは、お腹の子の安全のためにと防御魔法や強化魔法をかけてくれて、悠然と先導してくれる。


 ビスマスに乗らない時は、シルバーの愛馬の後を追うようについてきたり、時たまはしゃいで追い抜いてみたりするが、最後には結局ゆっくりと彼らの後を追うように並走してくれた。


 その帰るまでの道中でも、シルバーは説明してくれた。


「── テルルにはむしろ、あなたを逃がした私に『さっさと真実を話さないからだ大馬鹿者め!』と罵倒されたよ」


 シルバーは自嘲的に笑った。


「宰相からは『国政をしなくてもいい! 辛気臭い顔を見せるなら何処かへ行って、さっさと皇妃を連れ戻せ』と邪見にされるし。


 騎士たちからは『やっと悪女と呼ばれていた皇妃殿下の真実がわかり、黒いベールの聖女だと、人気も回復したのに、逃げられた無能な皇帝の護衛はしたくない』と陰口をたたかれる。


 女官たちからは口も聞いてくれなくなり、お茶も出さないし無視される。


 孤児院の子どもたちや国民たちからも抗議の手紙や嘆願書が届く始末だ」


 セレンの目に涙が浮かんだ。彼女が逃げたことで、それほど多くの人々を傷つけていたとは。


「それと以前。王国の第一王女の悪行のおかげで、王国との約定を見直して、帝国側に都合の良い条件を飲ませた。


 その中でも私が知らなかった。セレンが産んだ子には王国にも帝国にも王位継承権を永久放棄させるという誓約の基、婚姻がなされた約定について。さらに離縁した場合、2度と故国の地を踏めないと、既に王国から完全に王籍を抜かれていたことをもな。


 それに気づいたのは、愚かにも其方の離縁申請書のおかげだった。何しろ、ダームスタチュムの家名が名前に入っていなかったのだから。王国法に限らず、帝国法でも、父方の家名を名乗れることは、継承権があることを意味しているのだから。


 もちろん王国への籍と継承はないが、帝国では其方の子に継承できる様に条件を変えさせた。


 それと同時に、そなたのために用意されていたはずの支度金などについて、戦争準備や他の王族たちの贅沢のために使用されたことを、今更だが調べて判明した。


 数年も前に結んだ友好同盟であったが、こちらに牙をむくために爪を研ぐ準備期間にされていたのかと判明すると、腸が煮えくり返る。


 支度金と同盟の条件の不履行により、商人の出入り、物資の輸出入、技術や職人などの人材、敵対国との小競り合い時の軍の貸し出しなど全て厳しい条件下で引き締めさせてもらった。


 それ等の行為が、故国でも虐げられ、ひどい扱いをされてきた其方の留飲を下げるには足らぬだろうが、私との婚姻を改めて継続するためだと考えてもらえないだろうか。


 だから、いつでも安心して子を産んで欲しい。何よりも、愛する其方にしか私の子を産んでほしくない」


 と馬上でシルバーの前に乗るセレンのお腹に優しく手を添えるのだ。


「何よりも、みんなが君を待ち続けているのだからな」


 そのように、シルバーはあの手この手でセレンを口説き落とすために、政略ではない。セレン自信を愛しているのだ。と繰り返し伝えてくれた。






 城門が見えて2人が馬車から降りた時、セレンは驚きで息をのんだ。


 城門前には、大勢の人々が集まったおかげで黒山の人だかりができていた。孤児院の子どもたちは花束を持ち、アイアン商会のニッケルとクロム、彼らの父親のアイアン、かつてセレンが助けた疫病の患者や家族たち、街の商人、職業訓練校の教師となったニオブやクリプトンたち、騎士団の面々は整列し、侍女や女官たちは涙をぬぐっている。


 そして先頭には、宰相リード、騎士団長モリブデン、副団長キセノン、アーサニク、教師だったジョーとジンク、そしてテルルが立っていた。


 2人が立ち止まると、ニッケルが1歩前に出た。


「セレンお姉さん!  帰ってきてくれて……ありがとう!」


 ニッケルが先頭に立って叫んだ。


 それを合図に、一斉に歓声が上がった。


「皇妃様、お帰りなさい!」


 子どもたちは一斉に同じ言葉を繰り返し、花束を渡してきた。


「皇妃殿下!  お帰りなさい!」


「セレン様!  戻ってきてくれた!」


「陛下、よく連れ戻しました!」


「これからもよろしくお願いします!」


「赤ちゃん、元気に生まれてきてね!」


 歓声と拍手が2人を迎えた。花束に埋もれながら、セレンの目から涙が溢れた。彼女はシルバーの手を強く握りしめた。


「見ろ、セレン。これがあなたの居場所だ。私たちの居場所だ」


「皆さん……私を迎えに来てくれて……ありがとう」


 セレンの目に再び涙が浮かんだ。しかし今度は、悲しみではなく、喜びの涙だ。


「そして、ごめんなさい」


 彼女は声を詰まらせながら言った。


「逃げ出してしまって……」


「もういい」


 シルバーは微笑んだ。


「これからだ」


 シルバーがそっと彼女の肩を抱きしめながら、声を張り上げた。


「私の愛する皇妃が、無事に帰って参った!  これより、私と皇妃は、嘘偽りなく、今度こそ本当の夫婦として。王と皇妃として、この帝国と国民の幸せのために尽くすことを誓う!」


 さらに大きな歓声が街に響き渡った。


 アーサニクが騎士服のまま駆け寄ると、セレンに抱きついた。


「バカ妹!   2度と勝手に消えるんじゃないよ! 心配しすぎて髪が白くなりそうだったわ!」


 宰相リードは眼鏡を押し上げながら、しかし目尻を少しだけ緩めて言った。


「陛下。これでようやくまともに国政に集中できますね。まずは離宮の改装から始めるとしましょうか。次期皇太子や皇女のために」


 テルルは胸の上で腕を組んで立っていたが、その口元には微笑みが浮かんでいた。そしてからかうように言った。


「ようやく陛下もまともになりましたわね。皇妃殿下、これからはあの鈍感な方をどうぞよろしく。ただし次に逃げたら、私が連れ戻しますからね」


 近衞騎士団を始め、セレン付きの新たな護衛騎士たち含むスズもブローミンも……皆が、笑顔で出迎えてくれた。


 シルバーとセレンは顔を見合わせると、自然と笑みが零れてきた。


 皇帝と皇妃は、手をつないで城門をくぐった。


 人々の歓声が、2人を包み込む。


 国民の歓声に包まれながら、セレンはそっとお腹に手を当てた。


「パパとママは、もう2度と離れないって約束するよ」


 彼女は囁いた。


 シルバーがその言葉を聞き、彼女の手をより強く握り返した。






 *****






 離宮ではなく、シルバーの住まう本城に、セレンのために新たに設えられた部屋があった。


 ベールも、粗末なドレスも必要ない。窓からは、彼女が改革した孤児院の新しい校舎が見えた。


 城の中庭に降り立った時、夕日が2人を優しく包んだ。


「ああ、しまったな。逆上せてうっかり忘れていたが、20歳の誕生日の祝いにと作らせた、皇妃の証のティアラを今度こそ受け取ってほしい」


 そういうとシルバーは、皇妃の新しい部屋を通る時に宰相から渡された小さな箱を取り出して蓋をぱかりと開けると、銀細工の台座に紅と碧い宝石の嵌まった小振りのティアラをセレンの髪に飾ってくれた。


「私達2人の色が入っているのね。うふふ。そういえば私、ここを出る時にお義母様の形見の指輪を置いてきてしまっていたわ」


「ああ、だからそれもここに」


 そう言うと、もう1つの小箱から取り出した指輪を、セレンの左手の薬指にすっと嵌めた。


「これで、もう2度と私の前から逃げ出そうとは思わないでもらいたいな」


「もちろんです。それに、ティアラを娘に、指輪を息子に渡せる日が来るまで頑張ると誓いますわ」


「セレン……そういってくれるのか……」


 シルバーはセレンの手を取ると、ゆっくりと跪いた。


「セレン。何度でも言おう、改めて私の皇妃となってくれるか?  白い結婚などではなく、真実の愛に満ちた、永遠の伴侶として」


 セレンの赤い瞳が、幸せの涙で煌いた。彼女もゆっくりと跪き、シルバーの両手を自分の手で包んだ。


「はい。シルバー様」


 セレンはそっと皇帝の手を握り返した。


「……気に入らんな」


 しかしシルバーは顰め面を返した。


「え?」


 それから徐に、シルバーはセレンの耳元に口を近づけると、囁くように語りかけて来た。


「様などと、もう敬称はいらぬ、不必要だと言っている」


 おかげでセレンは半年前の夜を思い起こされて途端に恥ずかしくなった。


「あ……う……わ……わかりました。シルバー……わた……私の方こそ、これからは……本当の皇妃として、あなたの傍にいたい。どうか私の皇帝としても、夫としても、そしてこれから生まれる子の父としても……永遠に、そばにいてほしいのです」


 あわあわと恥ずかしくて慌ただしくなり、たどたどしい態度のセレンだったが、正解だと言わんばかりにシルバーは、やっと納得すると満面の笑顔を向けた。 


「もちろんだ」


 それからそのまま、シルバーはセレンの額に優しくキスをした。


「そして、もうすぐ……私たちは家族になるんだね」


 お腹の中の子どもが、ぽこりっと動いた。セレンはその命の鼓動を感じ、深い幸せに包まれた。


 空色の髪と黒髪が春風になびき、再び交わり合う。


 2人の唇がそっと重なった。


 それを遠くから見守っていた者達から祝福の拍手と歓声が湧き上がり、マーキュリーが満足そうに咆哮を上げた。






 悪女の噂に始まり、誤解と悲しみを乗り越え、逃亡と捜索を経て、ようやくたどり着いた真実の愛。


 白い結婚は決して成立せず、代わりに結ばれたのは、2人の確かな絆。


 2人……いや、3人のそばで、マーキュリーは満足そうに日向ぼっこをするためにごろりと寝そべった。


 そして遠くで、ビスマスが嬉しそうに嘶くのが聞こえた。


 新しい命を育み、新しい愛を育む ── かつてのお飾りだった冷遇皇妃も、誰も信用できず冷酷で孤独な皇帝も、もうどこにもいない。


 ここにいるのは、互いを理解し、支え合う、ただの夫婦なのだから。


 そしてその夫婦こそが、この帝国を、そして自分たち自身を、幸せにしていくのだと、2人は固く信じていた。


 遠くの空に最初の星が輝き始めた。


 長い夜を経て、ようやく訪れた新しい朝のように ―― 2人の物語は、これから本当の始まりを迎えるのだ ──






 END


orz 捨て駒側妃~が力不足だったのと未消化な感じだったので、別バージョンのつもりだったのが、思ったよりボリュームがすごいことになってしまった…おかげで、途中でまとまりがなくなって消したエピソード、軌道修正、大公と異母姉のエピソードを泣く泣く構成上逆順にしたり、アーサニクが最初は男性騎士だったのが、2人で小屋で過ごす場合不貞を疑われるだろと急遽女性に変えたり、暴走と迷走しながらの執筆でした。

後、トレンドに乗るのがホント遅いのですが

「お前を愛するつもりはない」と、「3年間の白い結婚」を一度使って見たくて、

(´▽`*A`` テヘッ


m(_ _)m 拙い架空話を最期までお読みいただき本当にありがとうございました。


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