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正法眼蔵  作者: Eliphas1810
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正法眼蔵 大修行

洪州、百丈山、大智禅師(嗣、馬祖、諱、懐海)、凡参、次、有、一老人、常、随、衆、聴、法。

大衆、若、退、老人、亦、退。

忽、一日、不退。


師、遂、問、

面前、立、者、復、是、何人?


老人、対、曰、

某甲、是、非人、也。

於、過去、迦葉仏時、曾、住、此山。

因、学人、問、

大修行底人、還、落、因果、也? 無?

某甲、答、佗、云、

不落因果。

後、五百生、堕、野狐身。

今、請、和尚、代、一転語、貴、脱、野狐身。

遂、問、曰、

大修行底人、還、落、因果、也? 無?


師、云、

不昧因果。


老人、於、言下、大悟。

作、礼、曰、

某甲、已、脱、野狐身、住、此山、後。

敢、告、和尚、

乞、依、亡僧、事例。


師、

令、維那、白椎、

告、衆、曰、

食後、送、亡僧。


大衆、言議、

一衆、皆、安。

涅槃堂、又、無、病人。

何故、如是?


食後、只、見、師、領、衆。

至、山、後。

岩下、以、杖、指出、一死野狐。

乃、依、法、火葬。


師、至、晩、上、堂、挙、前因縁。


黄檗、便、問、

古人、錯対、一転語、堕、五百生、野狐身。

転転、不錯、合、作、箇什麼?


師、云、

近、前来。

与、爾、道。


檗、遂、近、前、与、師、一掌。


師、拍手、笑、云、

将、為、胡鬚、赤、更、有、赤鬚、胡。


而今、現成の公案、これ、大修行なり。

老人、道のごときは、

過去、迦葉仏のとき、洪州、百丈山あり。

現在、釈迦牟尼仏のとき、洪州、百丈山あり。

これ、現成の一転語なり。

かくのごとくなりといえども、

過去、迦葉仏時の百丈山と、現在、釈迦牟尼仏時の百丈山と、一にあらず、異にあらず、前三三にあらず、後三三にあらず。

過去の百丈山きたりて、而今の百丈山となれるにあらず。

いまの百丈山、さきだちて、迦葉仏時の百丈山にあらざれども、

曾、住、此山の公案あり。

為、学人、道、それ、今、百丈の為、老人、道のごとし。

因、学人、問、それ、今、老人、問のごとし。

挙、一、不得、挙、二。

放過、一著、落在、第二。なり。

過去、学人、問、

過去、百丈山の大修行底人、還、落、因果、也? 無?

この問、まことに、卒爾に容易、会すべからず。

そのゆえは、後漢、永平のなかに、仏法、東漸より、のち、梁代、普通のなか、祖師西来の、のち、はじめて老野狐の道より過去の学人、問をきく。

これよりさきは、いまだ、あらざるところなり。

しかあれば、まれに、きく、というべし。

大修行を模得するに、これ、大因果なり。

この因果、かならず、円因満果なるがゆえに、いまだかつて落、不落の論あらず、昧、不昧の道あらず。

不落因果もし、あやまりならば、不昧因果も、あやまりなるべし。

将錯就錯すといえども、堕、野狐身あり、脱、野狐身あり。

不落因果たとえ迦葉仏時には、あやまりなりとも、釈迦仏時は、あやまりにあらざる道理もあり。

不昧因果たとえ現在、釈迦仏のときは脱、野狐身すとも、迦葉仏時、しかあらざる道理も現成すべきなり。

老人、道の後、五百生、堕、野狐身は、作麼生、是、堕、野狐身?

さきより野狐ありて、先、百丈をまねき、おとさしむるにあらず。

先、百丈、もとより野狐なるべからず。

先、百丈の精魂いでて野狐、皮袋に撞入す、というは、外道なり。

野狐きたりて先、百丈を呑却すべからず。

もし先、百丈、さらに野狐となる、と、いわば、まず、脱、先、百丈身あるべし。のちに、堕、野狐身すべきなり。

以、百丈山、換、野狐身なるべからん。

因果の、いかでか、しかあらん?

因果の本有にあらず、始起にあらず。

因果の、いたずらなる、ありて、人をまつこと、なし。

たとえ不落因果の祗対、たとえ、あやまれりとも、かならず、野狐身に堕すべからず。

学人の問著を錯対する業因によりて、野狐身に堕すること必然ならば、近来ある臨済、徳山、および、かの門人、等、いく千、万枚の野狐にか堕在せん?

そのほか、二、三百年来の杜撰、長老、等、そこばくの野狐ならん?

しかあれども、堕、野狐せり、ときこえず。

おおからば、見聞にも、あまるべきなり。

あやまらず、あるらん、というつべしといえども、不落因果よりも、はなはだしき胡乱答話のみ、おおし。

仏法の辺に、おくべからざるも、おおきなり。

参学眼ありて、しるべきなり。

未具、眼は、わきまうべからず。

しかあれば、しりぬ。

あしく祗対するによりて野狐身となり、よく祗対するによりて野狐身とならず、というべからず。

この因縁のなかに、脱、野狐身ののち、いかなり、と、いわず。

さだめて皮袋につつめる真珠あるべきなり。

しかあるに、すべて、いまだ仏法を見聞せざるともがら、いわく、

野狐を脱しおわりぬれば、本覚の性海に帰するなり。

迷妄によりて、しばらく、野狐に堕生すといえども、大悟すれば、野狐身は、すてて、本性に帰するなり。


これは、外道の本我にかえるという義なり。

さらに、仏法にあらず。

もし、野狐は、本性にあらず。野狐に本覚なし。と、いわば、仏法にあらず。

大悟すれば、野狐身は、はなれぬ。すてつる。と、いわば、野狐の大悟にあらず、閑、野狐なるべし。

しか、いうべからざるなり。

今、百丈の一転語によりて、先、百丈、五百生の野狐、たちまちに脱、野狐す、という。

この道理、あきらむべし。

もし傍観の一転語すれば、傍観、脱、野狐身す、と、いわば、従来のあいだ、山河大地、いく一転語となく、おおくの一転語、しきりなるべし。

しかあれども、従来、いまだ脱、野狐身せず。

今、百丈の一転語に脱、野狐身す。

これ、疑殺、古先なり。

山河大地、いまだ一転語せず、と、いわば、今、百丈、ついに、開口のところ、なからん。

また、往往の古徳、おおく、不落、不昧の道、おなじく、道、是なる、というを競頭、道とせり。

しかあれども、いまだ不落、不昧の語脈に体達せず。

かるがゆえに、堕、野狐身の皮肉骨髄を参ぜず、脱、野狐身の皮肉骨髄を参ぜず。

頭正あらざれば、尾正、いまだし。

老人、道の後、五百生、堕、野狐身、なにが、これ、能堕? なにが、これ所堕なる?

正当、堕、野狐身のとき、従来の尽界、いま、いかなる形段か、ある?

不落因果の語脈、なにとしてか五百枚なる?

いま、山、後、岩下の一条皮、那裏、得来なりとかせん?

不落因果の道は、堕、野狐身なり。

不昧因果の聞は、脱、野狐身なり。

堕、脱、ありといえども、なお、これ、野狐の因果なり。

しかあるに、古来、いわく、

不落因果は、撥無、因果に相似の道なるがゆえに、墜堕す。

という。

この道、その宗旨なし。

くらきひとの、いうところなり。

たとえ先、百丈、ちなみ、ありて、不落因果と道取すとも、大修行の瞞、他、不得なるあり、撥無、因果なるべからず。

また、いわく、

不昧因果は、因果にくらからず、というは、大修行は、超、脱の因果なるがゆえに、脱、野狐身す。

という。

まことに、これ、八、九成の参学眼なり。

しかありといえども、

迦葉仏時、曾、住、此山。

釈迦仏時、今、住、此山。

曾身、今身、日面、月面。

遮、野狐精、現、野狐精するなり。

野狐、いかにしてか五百生の生をしらん?

もし野狐の知をもちいて五百生をしる、と、いわば、野狐の知、いまだ一生の事を尽知せず。一生、いまだ野狐、皮に撞入するにあらず。

野狐は、かならず、五百生の堕を知取する公案、現成するなり。

一生の生を尽知せず。しることあり、しらざることあり。

もし身、知、ともに、生滅せずば、五百生を算数すべからず。

算数すること、あたわずば、五百生の言、それ、虚設なるべし。

もし野狐の知にあらざる知をもちいて、しる、と、いわば、野狐の、しるにあらず。

だれ、ひとが、野狐のために、これを代、知せん?

知、不知の通路、すべて、なくば、堕、野狐身、というべからず。

堕、野狐身せずば、脱、野狐身、あるべからず。

堕、脱、ともに、なくば、先、百丈あるべからず。

先、百丈、なくば、今、百丈あるべからず。

みだりに、ゆるすべからず。

かくのごとく参詳すべきなり。

この宗旨を挙拈して、梁、陳、隋、唐、宋のあいだに、ままに、きこゆる謬説、ともに、勘破すべきなり。

老、非人、また、今、百丈に告して、いわく、乞、依、亡僧、事例。

この道、しかあるべからず。

百丈より、このかた、そこばくの善知識、この道を疑著せず、おどろかず。

その宗趣は、死野狐、いかにしてか亡僧ならん?

得戒なし、夏臘なし、威儀なし、僧宗なし。

かくのごとくなる物類、みだりに亡僧の事例に依、行せば、未出家の何人死、ともに、亡僧の例に準ずべきならん?

死優婆塞、優婆夷、もし請することあらば、死野狐のごとく亡僧の事例に依、準すべし。

依、例をもとむるに、あらず、きかず。

仏道に、その事例を正伝せず。

おこなわん、とおもうとも、かなうべからず。

いま、百丈の、依、法、火葬す、という。

これ、あきらかならず。

おそらくは、あやまりなり。

しるべし。

亡僧の事例は、入、涅槃堂の功夫より、到、菩提園の弁道におよぶまで、みな、事例ありて、みだりならず。

岩下の死野狐、たとえ先、百丈の自称すとも、いかでか大僧の行李あらん? 仏祖の骨髄あらん?

だれが、先、百丈なることを証拠する?

いたずらに野狐精の変怪をまことなりとして、仏祖の法儀を軽慢すべからず。

仏祖の児孫としては、仏祖の法儀をおもくすべきなり。

百丈のごとく、請するにまかすることなかれ。

一事、一法も、あいがたきなり。

世俗にひかれ、人情にひかれざるべし。

この日本国のごときは、仏儀祖儀、あいがたく、ききがたかりしなり。

而今、まれにも、きくことあり、みることあらば、ふかく、髻珠よりも、おもく崇重すべきなり。

無福のともがら、尊崇の信心、あつからず。

あわれむべし。

それ、事の軽重をかつて、いまだ、しらざるによりてなり。

五百歳の智なし、一千年の智なきによりてなり。

しかありというとも、自己をはげますべし、他己をすすむべし。

一礼拝なりとも、一端坐なりとも、仏祖より正伝することあらば、ふかく、あいがたきに、あう、大慶快をなすべし、大福徳を歓喜すべし。

このこころ、なからん、ともがら、千仏の出世にあうとも、一功徳あるべからず、一得益あるべからず。

いたずらに付仏法の外道なるべし。

くちに仏法をまなぶに相似なりとも、くちに仏法をとくに証実あるべからず。

しかあれば、すなわち、たとえ国王、大臣なりとも、たとえ梵天、釈天なりとも、未作僧のともがら、きたりて、亡僧の事例を請せんに、さらに聴許することなかれ。

出家、受戒し、大僧となりて、きたるべし、と答すべし。

三界の業報を愛惜して、三宝の尊位を願求せざらんともがら、たとえ千枚の死皮袋を拈来して亡僧の事例をけがし、やぶるとも、さらに、これ、おかしの、はなはだしきなり。功徳となるべからず。

もし仏法の功徳を結、良縁せんとおもわば、すみやかに仏法によりて出家、受戒し、大僧となるべし。

今、百丈、至、晩、上、堂、挙、前因縁。

この挙底の道理、もっとも未審なり。

作麼生、挙ならん?

老人、すでに五百生来のおわり、脱、従来身、というがごとし。

いま、いう、五百生、そのかず、人間のごとく算取すべきか? 野狐道のごとく算取すべきか? 仏道のごとく算数するか?

いわんや、老野狐の眼睛、いかでか百丈を覰見することあらん?

野狐に覰見せらるるは、野狐精なるべし。

百丈に覰見せらるるは、仏祖なり。

このゆえに、

枯木禅師、法成和尚、頌、曰、

百丈、親曾見、野狐。

為、渠、参請、太心麤。

而今、敢、問、諸参学、

吐得、狐涎、尽、也? 無?


しかあれば、野狐は、百丈、親曾、眼睛なり。

吐得、狐涎、たとえ半分なりとも、出、広長舌、代、一転語なり。

正当恁麼時、脱、野狐身、脱、百丈身、脱、老非人身、脱、尽界身なり。

黄檗、便、問、

古人、錯対、一転語、堕、五百生、野狐身。

転転、不錯、合、作、箇什麼?


いま、この問、これ、仏祖道、現成なり。

南嶽下の尊宿のなかに、黄檗のごとくなるは、さきにも、いまだあらず、のちにも、なし。

しかあれども、老人も、いまだ、いわず、錯対、学人、と。

百丈も、いまだ、いわず、錯対せりける、と。

なにとしてか、いま、黄檗、みだりに、いう、古人、錯対、一転語、と。

もし錯によれりというならんといわば、黄檗、いまだ百丈の大意をえたるにあらず。

仏祖道の錯対、不錯対は、黄檗、いまだ参究せざるがごとし。

この一段の因縁に、先、百丈も、錯対、と、いわず、今、百丈も、錯対、と、いわず、と参学すべきなり。

しかありといえども、野狐皮、五百枚、あつさ三寸なるをもって、曾、住、此山し、為、学人、道するなり。

野狐皮に脱落の尖毛あるによりて、今、百丈、一枚の臭皮袋あるなり。

度量するに、半野狐皮の脱来なり。

転転、不錯の堕、脱あり。

転転、代、語の因果あり。

歴然の大修行なり。

いま、黄檗きたりて、転転、不錯、合、作、箇什麼? と問著せんに、いうべし、

也、堕、作、野狐身。

と。


黄檗、もし、なにとしてか恁麼なる? と、いわば、さらに、いうべし、

這野狐精。


かくのごとくなりとも、錯、不錯にあらず。

黄檗の問を問得、是なり、とゆるすことなかれ。

また、黄檗、合、作、箇什麼? と問著せんに、

摸索、得、面皮、也? 未?

というべし。

また、

爾、脱、野狐身、也? 未?

というべし。

また、

爾、答、他学人、不落因果、也? 未?

というべし。

しかあれども、百丈、道の近、前来、与、爾、道、すでに、合、作、箇這箇の道所あり。

黄檗、近、前す。

亡前失後なり。

与、百丈、一掌する。

そこばくの野狐変なり。

百丈、拍手、笑、云、

将、為、胡鬚、赤、更、有、赤鬚、胡。

この道取、いまだ十成の志気にあらず、わずかに八、九成なり。

たとえ八、九成をゆるすとも、いまだ八、九成あらず。

十成をゆるすとも、八、九成なきものなり。

しかあれども、いうべし、

百丈、道所、通方。

雖然、未出、野狐窟。

黄檗、脚跟、点、地。

雖然、猶、滞、蟷螂、径。

与、掌、拍手、一有、二無。

赤鬚、胡。

胡鬚、赤。


正法眼蔵 大修行

爾時、寛元二年甲辰、三月九日、在、越宇、吉峰古精舎、示、衆。

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