40答えと計画
なぜか嬉しそうにしている柳瀬さんの気持ちが分からず、困惑していると。
彼女はふっと優しげな笑みを浮かべ、語りかけてきた。
「ねぇ、若松くん。私のこと好きなんだよね?」
「あ、ああ。好きだよ」
「もう一人の好きな子は……同じくらい好きなの?」
「好きの度合いは……正直、わからない。ただ、好きだって気持ちは確かなだけで」
「そっか……」
再びこぼれた呟きは、さっきとは違って少しだけ悲しげだった。
その様子に、胸をかきむしりたくなる。
我ながら優柔不断で情けないと思う。二人を好きだなんて、不誠実かもしれない。
それでも、自分に嘘はつけなかった。
柳瀬さんは無言のまま歩き出し、俺の横を通りすぎる。
これで嫌われるなら、それはそれで仕方がない。
そう思った、そのときだった。
「もし、その好きな人が私が思ってる女の子だったら。
私とその子、両方と付き合うのもアリだったけどな〜」
「えっ!?」
とんでもない爆弾発言に思わず振り返ると、柳瀬さんはこっちに、ちょっと意地悪な笑顔を向けていた。
「冗談だよ。答え保留にされちゃったんだし、これくらいの意地悪は許してね。
それと、はやく答えだしてね。あんまり長くは待てないよ」
そう言うと柳瀬さんは俺の返事を待たず、背を向けて歩き出した。
その背中は中庭のライトに照らされて、儚く悲しげにも、どこか晴れやかにも見える。不思議な背中だった。
「お兄ちゃん……」
柳瀬さんの背中が見えなくなったタイミングで、後ろから声をかけられた。
なんとなく予期していたし、聞き慣れた声だったから、驚きはない。ゆっくり振り返る。
そこには、困惑した表情の美羽が立っていた。
俺は、今気づいたみたいな顔をして言う。
「美羽……もしかして聞いてた?」
「うん……怜奈以外にも好きな人がいるって、ホント?」
「ああ……本当だよ。最低だよな。柳瀬さんみたいな美少女が好きなのに、別の相手も好きになるなんて」
罵られる覚悟で、自虐気味に答えた。
けれど美羽は首を振り、真剣な目でこっちを見る。
「そんなことないよ。人を好きになるのは素敵なことだし……
ちゃんと怜奈のことも、その子のことも想って答えを出したお兄ちゃんに、そんなふうに思わない」
「そっか……ありがとう、美羽」
「うん……あのね。それで、その“もう一人の好きな人”って誰?」
不安と期待が混ざった視線。
俺は気づいてしまった。美羽が好きだ。その想いは、強く、確かなものだと。
一度、大きく息を吐く。
そして、真剣に向き合ってくれている彼女に、俺も真剣に考えた言葉を返した。
「それは……内緒だ!」
力強く言い切った瞬間、美羽はぽかんと口を開けた。文字通り、鳩が豆鉄砲を食らった顔。
やがて我に返ると、わなわな震えながら両手を上げ、ぶんぶん振り回し始める。
「もー、なんでなんで! ふざけないでよ! いいじゃん、答えてくれても!」
「そう簡単には教えられませーん」
別に、ふざけているわけじゃない。
美羽のことは確かに好きだ。あの真剣な問いかけは、胸に深く刺さった。
だからこそ、内緒なのだ。言葉で明確に示してしまうのは、まだダメだ。
美羽は魅力的な女の子であると同時に、大切な家族で、義妹。
この俺に芽生えた義妹への恋心に真剣に向き合いながらも、家族としての関係をまだ壊したくない。
ヘタレとも、ずるいとも言われるだろう。
それでもこれが、俺が出した真剣な答えだった。
いつか決着をつけるとしても、今はこれが精一杯だ。
「こんなにかわいい義妹をいじめるのは……!」
不満が収まらない美羽は、わーわー叫ぶ。そして最後は、いつもの決まり文句だった。
「ダメでーす!」
◆◆◆エピローグ◆◆◆
小野寺郷太と若松美香の二人は、仕事終わりにディナーを楽しんでいた。
智也と美羽は今日は歓迎祭で遅くなるようで、二人には「好きに夕飯をとっておいで」と伝えてある。
料理を待つ間、郷太は最近気になっていたことを口にした。
「美香さん。最近、二人の様子がおかしいと思わないか?」
「あら、そうですか?」
「ああ。ゴールデンウィーク明けてから、なんだかよそよそしくないか?」
「まあ、確かに前みたいにべったりではなくなりましたね」
「仲が悪いわけじゃないんだが、なんというか……距離を感じるんだ」
「普通に仲のいい兄妹、くらいの関わり方ですね」
「そうだろう? せっかく私たちが籍を入れていない“事実婚”にしているのに、このままではよくないな」
「そうですね……家族みんな仲良く計画の修正が必要かも――」
美香が言いかけたとき、スマホにメッセージが届いた。
内容を見て、美香は頬を緩める。
「ふふ、郷太さん。どうやら大丈夫みたいですよ」
差し出されたスマホの画面を見て、郷太は豪快に笑った。
「ははっ。さすが我が娘だ。一歩前進しているのかな?」
スマホには、
『お兄ちゃん、怜奈だけじゃなくてもう一人好きな人いるんだって!
内緒って言ったけど、間違いなく私だよ!』
というメッセージ。
そして、ライトアップされた中庭を背景に、慌てた表情の智也に腕を絡ませ、満面の笑みでカメラに収まる美羽のツーショットが添えられていた。
「ライバルの怜奈ちゃんは手強いですけど、ここまで追い上げましたからね」
「うむ。娘と息子、そして孫までも一緒に仲良く住む。私たちの計画のためにも、美羽には頑張ってもらわねばな」
ちょうど料理が運ばれ、グラスにワインが注がれる。
「「私たち三人の、計画の成功を祈って――乾杯」」




