19パンケーキより甘い義妹の笑顔
「……これは、さすがになんというか、凄いな」
声がうわずる。
思わず視線をそらしたくなるほど、店内の明るい照明が、赤くなった俺の顔を照らしていることだろう。
カップルセットを頼んだから当たり前なのだけど、兄妹でこれを前にするというのは、とてつもなく恥ずかしい。
「ふふっ、いいね? 私とお兄ちゃんの愛は永遠って意味だよ」
こらこら、家族愛が抜けてるぞ、と内心ツッコミを入れる。
けれど、周りがカップルだらけの中でそれをあえて言うのは憚られた。
美羽は満面の笑みでフォークを手に取る。
まるで当然のように、俺と半分こする気満々の顔だ。
この後の展開は大体予想できる。
美羽は自分でホットケーキを取ったかと思うと、それを俺に差し出してきた。
「はい、お兄ちゃん、あーん」
ですよねー。ラブコメ作品ではよくある展開。
この間、家で「あーん」を要求してきたことから、こう言い出すのは分かってた。
「……いいよ。自分で食べる」
「ダメでーす。大丈夫、目を閉じてたらすぐに終わるから、怖がらなくてもいいよ~」
いや、それ女の子が言う台詞じゃないよね!
どっちにしても、いつもながらこれが出た時点で諦めるしかない。
俺はただ、目をつぶり、心の中で円周率を数えることにした。
そして、口の中へとケーキが入れられた瞬間――
甘い生地とチョコソースの味が口いっぱいに広がる。
予想以上に甘かったのは、このシチュエーションのせいか……なんて思ったりした。
ゆっくり目を開けると、どこか幸せそうにうっとりとした表情の美羽が、俺の方を見ていた。
「どう? おいしい?」
「ああ……おいしいよ」
「えへへ、照れてるお兄ちゃん、可愛い~」
美羽は心の底から幸せそうにそうつぶやき、俺の顔を覗き込んでくる。
にじり寄ってくる美羽の笑顔が近い。
まるで恋人の距離感で、俺の腕にそっと触れてくる。
くっ、これは恥ずかしすぎる。
家だと人目がなかったから良かったものの、こんな公共の場では勝手が違う。
だけど周りを伺うと、皆それぞれの相手と幸せな時間を過ごしているのか、俺たちのことを気にしている人は一人もいなかった。
その様子にほっとしつつ、それなら必要以上に恥ずかしがることもないかと思い、今度は俺がホットケーキをすくって美羽の方へ向ける。
「え?」
それなのに口を開けず、目を丸くして見つめてくる美羽を催促する。
「ほら、今度は美羽の番だろ? 早くしろよ」
俺がそう言ったにも関わらず、美羽は手を足の間に挟んで、ゴニョゴニョと小声で遠慮してきた。
「わ、私はいいよ……」
そのままの姿勢のまま、上目づかいでこちらを見て呟く。
「だって、周りに人がいると恥ずかしいもん……」
自分があーんさせるのと大きな違いはないと思うけど、美羽の基準では、人前で“あーんされる”のは恥ずかしいらしい。
顔を赤くして照れている様子に、俺はいたずら心が芽生える。
「ふーん。俺には恥ずかしい思いをさせておいて、自分は嫌だって言うのは、ずいぶん都合がいいんだな」
さっきの仕返しとして、ニヤニヤしながらめいっぱい意地悪な感じで言う。
「うう……お兄ちゃんの意地悪……」
頬をぷくっと膨らませて拗ねた表情を見せる。
そんな顔をされると、ますますいじめたくなってしまうけど、さすがに可哀想だからとフォークを引っ込めようとした――その時。
「あ、あーん……」
観念したのか、美羽がプルプルとしながらも口を開けた。
てっきり最後まで渋ると思っていたものだから、不意を突かれて内心戸惑う。
だけど、ここまで煽っておいて引くのは、いくら陰キャオタクの俺でも男としてできない!
「じゃ、じゃあ……あーん」
美羽の身体以上にプルプルする手で、口にホットケーキを入れる。
「ど、どうだ?」
「う、うん……おいしい……」
異様なほどに恥ずかしくなり、お互いうつむく。
すると、美羽が何かに気づいたように、両手で顔を覆った。
急にどうしたんだと思って顔を上げ、周りを見ると――
さっきまで全く俺たちのことを気にしていなかったはずなのに、今は店の中にいるほとんどの人たちの視線を一斉に浴びていた。
「付き合いたてかな?」
「初々しいね……」
「私たちもあーんする?」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
周りの視線が痛い。あの店員さんまで「いいね、ピュアだね」と穏やかな笑みを浮かべてくる始末だ。
俺も美羽と同じように、思わず顔を両手で覆った。
「……恥ずかしすぎるんだが」
「お兄ちゃんのせいだけど……」
最初にやったのは美羽だったはずでは? と内心ツッコミながらも、この状況を作ったのは俺だから何も言えない。
「妹を人前で辱めるのは、ダメでーす……」
いつもの言葉は、弱く小さな声だったけど、どこか幸せそうに聞こえたのは、気のせいではないと感じた。
カフェでの盛大な羞恥プレイのあと、俺たちは並んで家へ向かって歩いていた。
美羽は、店を出た直後こそよく喋っていたが、家が近づくにつれて徐々に口数が減っていった。
時折、俺の手をじっと見つめては、伸ばしかけた手を引っ込める。そんな動作を何度も繰り返している。
「どうしたんだ?」
気になって声をかけると、美羽は胸の前で指をもじもじと弄びながら、小さな声で呟いた。
「あ、あのね……家に帰るまで、手を繋いで帰りたいなって」
言ったあと、彼女は恥ずかしそうに俯き、耳まで真っ赤に染まっている。
さっきのパンケーキ事件に比べたら、外で手を繋ぐくらいどうってことない。
そう思った俺は、美羽に向かって手を差し出した。
「ほら、手を出せよ」
「う、うん……」
美羽はゆっくりと、恐る恐る手を伸ばしてくる。
俺の手に触れたのを確認すると、そっと指を絡めて握ってきた。
「えへへ……なんだか恥ずかしいな」
「家では普通に抱きついたり、膝枕してるだろ?」
そう言うと、美羽は真っ赤な頬をぷくっと膨らませる。
「家でくっつくのと、外じゃ違うの!」
人前で甘えるのが恥ずかしいという気持ちは分かる。
でもそこまで照れるものかと、不思議にも思う。
カフェでもそうだったが、どうやら美羽にとって“家の中”と“外”では感じ方がまるで違うらしい。
乙女心――いや、“義妹心”というやつは本当に謎だ。
日頃から家での美羽のバグった距離感のせいで、俺の女の子への感覚もすっかりバグりはじめているのかもしれない。
「行こうぜ。お腹は空いてないけど、なんか疲れたから早く帰りたい」
「あー、なんか私も」
二人で顔を見合わせ、笑い合う。
相変わらず美羽との距離は近すぎる。
そのせいで今日はとんでもなく疲れたけれど――不思議と、その疲れも悪くないと思えた。
手を繋いで隣を歩く美羽は、幸せそうに笑っている。
家族と手を繋いで歩くのはいつぶりだろうか? こんなにも穏やかで心地よい気持ちになれるものだったかな?
思い出そうとしても分からなかった。ただその笑顔を、これからもずっと見ていきたいという自分の気持ちだけはよく分かった。
そう、心から思った。




