20話
森に潜んだまま、音を立てないよう慎重に追跡を続けます。
頭の中には、もはや暗記できるほど読み込んだ「無能」の説明文があります。
『特殊スキル:無能 Lv3』
『特徴:自分自身から30m以内の指定した生き物一体を無能状態にする。無能状態になると全ステータスが90%ダウンし、著しく不運になる。下位能力による付与阻害や能力低下の影響を受けることはない』
目測ですが、今の自分とバレルの距離は三十メートル以内だろうと、圭太は考えていました。周囲に他の人間はいません。これ以上ない絶好の好機です。
(闇の中を追跡し、獲物を狩る……まるで狩人になった気分だ)
興奮により心臓の鼓動が激しく鳴り響き、全身に大量の血液が送り込まれているのが、はっきりと分かります。
漫画、ゲーム、本――これまでの人生であらゆる娯楽を経験してきましたが、今この瞬間ほど興奮していることはないと断言できるほどでした。
無能扱いされ、追放された怒り。無力感。死への恐怖。そして魔法を使えた歓喜。ここ数日で味わったジェットコースターのような感情の起伏がすべて混ざり合い、どろりとした純粋な興奮へと昇華されていました。
(無能にしてやる……!)
もし日本にいた頃の知り合いが今の彼を見ても、それが「黒部圭太」だと判別することは困難かもしれません。極限の興奮は、人間の様相すら変えてしまうのです。その瞳は人間でありながら、獲物を狙う肉食獣のようでした。
(……崖?)
バレルの向かう先に見当がつき始めました。しかし、どうしてこんな夜中にわざわざ危険な崖へと一人で向かっているのか、その意図までは分かりません。
「……、……、……」
戸惑う圭太の耳に、微かな音が届きました。
(これは……歌だ)
どうやらバレルは相当に上機嫌なようで、鼻歌を歌いながら歩いていたのです。
(異世界の歌なんて、初めて聞いたな……)
そんな場違いな感想を抱いているうちに、ついにバレルが足を止めました。そして下腹部の辺りをごそごそし始めました。
(立ちションか……なるほどな)
圭太はゆっくりと息を吸い込みました。
そして――
「特殊スキル『無能』発動」
小さな声は、深い森にかき消されました。
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