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花と散るならこの場所で〜王都に散った花は、再び咲く〜  作者: ヒトガタナリ
第三章 五歳・逃走編
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第二十話 言い訳のカタチ

俺たちの足音が路地に響く。


石を踏む音。

服の擦れる音。

誰かの息遣い。


「助けなくてもいいのか?」


「そうに決まってる」


「たす…け…て」


頭の中で、音が重なる。


何も聞きたくもない。

何も話したくもない。


もう……なにも

――考えなければ、いい。



「……仕方なかった」

ぽつりと、口から漏れる。


誰に向けたわけでもない。

ただ、自分に言い聞かせるみたいに。

「……あの状況で、動ける方がおかしい」


そうだ。

普通は、ああなる。

命がかかってたんだ。

見知らぬ誰かのために、無理に踏み込む必要なんてない。


「……デズモンドが、おかしいだけだ」

あいつが異常なんだ。

迷いもなく踏み込める方が、どうかしてる。


俺は、間違っていない。

――本当に?


一瞬、頭の奥で何かが引っかかる。


「……違う」

即座に、潰す。


考えるな。

意味がない。


あの子供は助かった。

結果は出ている。


だったら――問題ない。


「……そうだ」

小さく、頷く。


俺がやらなくても、誰かがやる。

実際、そうなった。


だったら、

最初から俺がやる必要なんてなかった。



胸の奥が、少しだけ軽くなる。


理由はある。

理屈も通ってる。



だから――


「……大丈夫だ」

自分に言い聞かせる。


これでいい。

間違っていない。


――なのに。


さっきの声が、消えない。


『たす…け…て』


「……っ」


喉が詰まる。


違う。

もう終わったことだ。


助かった。

助かったんだ。


「……だから」


絞り出す。


「……考えなくていい」


それでいい。


見なければいい。

関わらなければいい。

そうすれば


「……俺は」

小さく、息を吐く。


「選ばなくて済む」


――そう思った。



―――



路地の端に、人影があった。


壁にもたれかかるように、

力なく崩れている。



視線が、勝手に吸い寄せられる。


汚れた服。

浅い呼吸。

微かに上下する肩。


――ああ。

まずいな、これ。



分かっている。

放っておいていい状態じゃない。

そんなことは、見れば分かる。


けど。


その人は、何も言わない。


助けて、とも。

苦しい、とも。


ただ、そこにいるだけだ。


「……」


なら。

――違うだろ。


頭の中で、声がする。

これは、“違う”。


「……何がだよ」

小さく、吐き捨てる。


助けを求めていない相手に、

勝手に手を出すのは――ただの自己満足だ。


そうだろ。


だから。

これは、正しい。


関わらない方がいい。

下手に声をかけて、

面倒ごとに巻き込まれる可能性だってある。


それに――

「……俺じゃなくてもいい」


誰かがやる。


ここはスラムだ。

こういうのに慣れてる奴の方が、

よっぽど上手くやるだろう。


そう考えると、

少しだけ、気が楽になる。


理由はある。

ちゃんと、筋も通ってる。


だから――

一歩、踏み出す。

視線を、外す。



呼び止められない。

当然だ。

――何も、求められていないんだから。



胸の奥が、

じわじわと、重く沈んでいく。


けど。


「……仕方ないだろ」

小さく、呟く。


聞こえないくらいの声で。


「……俺がやることじゃない」


そうだ。

これは――正しい。



デズモンドの足が、止まる。


「……見てたぞ」

短い一言。


「……」

何も言えない。


「助けなかったな」

責めるでもなく、

ただ確認するみたいに言う。


「まぁいい」

興味を失ったみたいに、吐き捨てる。


「別に、お前がどう動こうが勝手だ」

一歩、また歩き出す。


「最初から、期待なんかしてねぇしな」



リリアが立ち止まり、俺を抱き上げる。


「……フィーマ様」

小さく、慈愛に満ちた声だった。


「……なんですか」

自分でも思うが、無愛想な声だった。

リリアに抱かれるだけで幸せな気持ちだった昔。

リリアに抱かれ、惨めな気持ちな今。

もう無理だ。


……なぜなんだ。

どうして俺はこんな気持ちになっている。

どうしてなんだ。



リリアの腕の中。

温かいはずなのに、落ち着かない。


「大丈夫です」

リリアが、優しく言う。


「フィーマ様は、間違っていません」


――その言葉が。

胸に、刺さる。


「……っ」


違う。

違うんだ。


「……やめてくれ」

かすれた声が、漏れる。


リリアが、わずかに目を見開く。


「フィーマ様……?」


「……やめてください」

もう一度。


今度は、はっきりと。


「そんなこと、言わないでください」


リリアの腕の中で、

力が抜ける。


「……私は」

言葉が、崩れる。


「間違ってないわけ、ない……です」

声が震える。


止めようとしても、

止まらない。


「見てたんです」

「分かってたんです」

「それでも――行かなかった」


息が詰まる。


「……それで、正しいわけないです」


リリアは、何も言わない。


ただ、強く抱きしめる。


それが――

余計に苦しい。


「……離してくれ」

小さく、言う。


「一人に、してください」


リリアは迷う。

だが、ゆっくりと俺を降ろした。


「……少しだけですよ」

それだけ言って、

離れる。


足音が、遠ざかる。


デズモンドも、振り返らない。


誰も――何も言わない。

完全に、一人になる。


……なのに。

頭の中だけが、やけにうるさい。




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