表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花と散るならこの場所で〜王都に散った花は、再び咲く〜  作者: ヒトガタナリ
第三章 五歳・逃走編
19/29

第十八話 選ばれなかった命

「分かっていません……」

喉が少しだけ引っかかる。

それでも、目は逸らさなかった。


自分で決めた。何者かになると。

なら、やらなければならない。


――だが。


俺は断言できなかった。

言い切るだけの何かが、足りていない。

それが覚悟なのか、

ただの臆病なのかすら――まだ分からない。


「まぁ、そうだろうな。」

デズモンドは間髪入れず言い放った。


「分かってりゃ捕まるわけねえもんな」


「分かってりゃな」


一拍置く。


「そもそも、姫さんは助けられる側にいねぇよ」


――デズモンドの言葉は、逃げ場もなく胸に刺さった。


正しい。

全部、正しい。


「それでも……」


俺は言葉を繋ぐ。


「助けられるなら、私は助けます」


目を逸らさず、言い切る。


「……そうかよ」

デズモンドは小さく息を吐いた。


「嫌いじゃねぇな、そういうの」


だがすぐに目が鋭くなる。


「ただな」

「ここじゃ、それで死ぬ」


―――


「おい、姫さん。行くぞ」

乱暴に肩を揺らされ、意識が浮かび上がる。


薄く開いた視界に、くすんだ天井が映る。

体は重い。昨日の疲れが、まだ残っていた。


「……ああ」

声が掠れる。


起き上がりながら、ふと――

昨日の言葉が、頭に浮かんだ。


『助ける』


簡単に、口にした言葉だ。

――できると思っていた。


いや、違う。

できると思いたかった。


だが実際は、あの場で否定するのが、怖かっただけだ。


それと、助けた後のことをほんの一瞬だけ想像した。

誰かに褒められる自分。

なにか英雄にでもなった自分。

……そんなものまで、頭をよぎった。



「……」

小さく息を吐く。


体は軽くない。

この身体は小さい。


守られる側だと、誰かに言われれば――きっと否定できない。


それでも。

あの時、俺は走った。


――本当に?

一瞬だけ、記憶が引っかかる。


躊躇はなかったか。

恐怖はなかったか。


……いや。

あった。


確かにあった。

それでも、走った。


だから。


「……やるしかないだろ」

誰に聞かせるでもなく、呟く。

覚悟なんて、大層なものじゃない。


ただ――

逃げなかった自分を、裏切らないために



―――



俺たちはねぐらを出て、路地を抜ける。


湿った空気。

鼻を刺す臭い。

足元に転がる瓦礫。


スラムの朝は、静かだった。

――静かすぎた。


「急ぐぞ」

デズモンドが短く言う。


その言葉に頷きながら、俺は歩く。

昨日、言ったばかりだ。

――助ける、と。

なら、やるしかない。


そう思っていた。


――その時だった。


「……ぁ」

かすかな声。

気のせいかと思った。

だが、違う。


確かに、聞こえた。


足が止まる。


「どうなさいましたか?」

リリアの声。


「……今、声が」

言い終わる前に、体が勝手に動いていた。


瓦礫の隙間。

崩れた壁の影。

そこに――いた。

子供だった。


痩せ細った身体。

泥にまみれた手。

呼吸は浅く、今にも消えそうで。

目だけが、こちらを見ている。


「……ぁ……」

助けを求める声。


距離は、数歩。

手を伸ばせば――届く。


手が、わずかに伸びる。

指先が、空を掴む。

それでも――届かない。


助けられる。

そう思った。


「行くな」

低い声が落ちる。


「……っ」


足が止まる。


「今、動けば憲兵に見つかる」

デズモンドの声は、感情を削ぎ落としていた。


「ここはそういう場所だ」


分かっている。

音を立てれば、終わる。

見つかれば、終わる。

俺だけじゃない。


リリアも。

デズモンドも。

――全部、終わる。


「……でも」

言葉が、漏れる。


子供の目が、こちらを見ている。

助けを求めている。

分かっている。

分かっているのに。


――足が、動かない。


行け。

行けよ。

さっき言っただろ。

助けるって。


――できると思っていた。


違う。

できると思いたかっただけだ。


「……行くぞ」

肩を掴まれる。


引かれる。


体が、勝手に後ろに下がる。


「……っ」

視線だけが、残る。

子供の目。

何かを言っている。

聞こえない。

でも…分かる。

助けて、と。


俺は――

目を逸らした。



―――



足音が遠ざかる。

路地を抜ける。


何もなかったかのように。

何も――なかったかのように。


「……」

胸の奥が、妙に静かだった。

苦しくもない。

痛くもない。


ただ――

何も、感じない。


「……仕方なかった」

小さく、呟く。

聞かせる相手もいない言い訳。


「無理だった」


そうだ。

無理だった。

あの状況で助けるなんて――

できるわけがない。

そのはずなのに。

頭の奥で、さっきの声が残っている。


――ああ、俺は助けなかったんじゃない。

助けないと“決めた”んだ。


「……ぁ」

かすかな声。


振り払うように、歩く速度を上げた。

――振り払えないまま。



「……慣れろ」

前を歩くデズモンドが、振り返りもせずに言った。


「ここじゃ、それが普通だ」


「……」

言い返せない。


「全部拾ってたら、何も守れねぇ」

足が止まりかける。


「――選べ」

その言葉だけが、やけに長く、耳に残った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ