語源の迷宮と壊れた契約
詩の扉を抜けた先にあったのは、言葉の起源が眠る空間――その名も語源の迷宮。
「ようこそ、最初の意味が息づく場所へ」
声がした。そこにいたのは、人かどうかも怪しい、辞書の化身のような存在だった。
長いコートの襟に国語辞典と古語集を詰め込み、頭には語源図鑑の王冠。
名は――エティモン。語源(etymon)を司る存在だ。
「彼がこの迷宮の主よ。…ただし、三日に一度は記憶が語尾から消えていくという持病持ちだけど」
フェリルが呆れ顔で言う。
「語尾からってどういうことだよ!」
僕は思わずツッコむ。
「昨日の自己紹介、確か『エティモンです。語源の主であり、語…語……ご、ごわん?』とか言って終わった」
「ごわんて何だよ!!」
それでもエティモンは語った。
「この迷宮の最奥には、最初の契約が封じられている。君たちが探す真なる名前の鍵もそこにあるだろう」
「最初の契約……?」
ルナが眉をひそめた。
「それって、もしかして翻訳スキルの原型……?」
エティモンはうなずく。
「そう。翻訳という行為そのものが、この世界ではかつて神々との契約だったのだ。
だがそれは、何者かによって……破られた」
「破られた……? それって、誰に?」
エティモンは答えなかった。代わりに、手を広げると、壁一面に広がる語源のルート図が浮かび上がる。
無数の言葉が線でつながり、意味の川が流れていく。そこに、ぽっかりと黒く塗り潰された穴があった。
「ここが、失われた契約の場所。君たちはそこへ向かわねばならない。そして――意味のない言葉に触れることになる」
「意味のない言葉……?」
「それは、最も恐るべき存在。意味を持たないのに、人の心を動かすもの。人はそれを、詩と呼んだ」
迷宮は僕たちを迎え入れる。言葉の根が絡み合い、文字が壁から生え、間違った意味に変異した偽りの語が、僕たちに牙をむいた。
「ワンチャンが突然、神犬の魔物になって出てきたぞ!」
「だから言ったろ、俗語ルートは危険だって!」
「なんで、とりまで魔法陣発動すんだよ!!」
ユーモアと危機が交錯する、言葉の迷宮。
その最奥で僕はついに――翻訳スキルの限界に出会うことになる。