文字の砂漠と語れぬ詩人
水のような書庫を抜け、僕たちは文字の砂漠にたどり着いた。
文字通り、砂の一粒一粒がアルファベットや古代文字でできている。足元がザラつくたびに、妙に『サ行』の音がする。
「シャリ…シャッ…シャッ……って全部『し』の音なんだけど」
ルナが眉をひそめる。
「まさか、発音系統で砂の質感変わってるとか……」
フェリルがしゃがみ込み、ひとつまみすくった砂を観察した。
「これはラテン語系。あ、こっちはトルコ語の『ğ』。通りで滑りが悪いと思った……」
「どんな地層やねん!」
そんな中、視界の向こうにぽつんと立つ人影が現れた。
ひときわ大きな羽ペンを背負い、口元を布で覆った人物――語れぬ詩人と呼ばれる男ゼフィルだった。
ゼフィルは何も話さなかった。いや、話せなかった。
だが、その足元にはびっしりと書かれた言葉がある。
【声を失くした詩人は、沈黙の詩を詠む】
「なんかかっこいいな。黙ってるだけなのに」
ルナが感心する。
ゼフィルはゆっくりと指を動かすと、空中に詩のような文字列を浮かべてみせた。
【言葉とは刃。けれども、笑いは盾】
僕は思わず吹き出した。
「めちゃくちゃ良いこと言ってるのに……ギャグ回で言うなよ!」
するとゼフィルは、くいっと指を立て――続きを書いた。
【だからこそ、語りは冗談から始めよ】
「詩人が真顔でボケてくるとは……油断できないなこの世界」
ゼフィルは、僕たちにある謎の詩を見せた。
【その扉は ユリウス式に開け 午前0時の影にて 赤い名を唱えよ】
フェリルが目を光らせる。
「これは概念的暗号文ね。普通の暗号よりめんどくさい」
「要するに、理屈じゃなくて詩的に考えろってこと?」
「透、それはあんたの得意分野でしょ。感覚派ギャグ翻訳者」
僕は深くうなずいた。
「じゃあ、行くぞ――詩的ロジック発動!
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詩に出てくる「ユリウス式」は古代暦、「赤い名」はルビによる二重読みを意味していた。
【ユリウス式 → 日付の暗号】
【午前0時の影 → 反対概念=始まりと終わり】
【赤い名 → 本来の意味の裏にある別の名】
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数式のようにして、僕は一気に文字の砂漠に魔法陣を描いた。
すると、砂がひとりでに動きだし詩の扉が現れる。
「やった……! 開いた!」
ゼフィルは静かにうなずくと、羽ペンでひとつの詩を僕に渡してきた。
【笑いと涙は、同じインクで綴られている】
それを読んだ僕は、なぜか――少し泣きそうになった。




