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「欲深い王と愚かな王子、恐ろしい力を持つ侍女… ダヒルは何が本当のことだと思ってる?

歴史や信仰を、統治者の都合の良いように書き換えるなんてよくあることだ。伝える事を、知る事を禁じられれば、人は与えられたものを信じるしかなくなる。そして疑うことを忘れていく。今あるものを本物だと信じていく。隠した方も、隠された方も」


ネオの言葉はいやに説得力があった。不信と嫌悪感が滲む言葉は、ズシリと重くダヒルの頭に入ってきた。


「よくあることって、お前…そんな」


見てきたみたいに。


そう言おうとしてダヒルは言葉を飲み込んだ。さっきの「色々あった」と言った時のネオの顔を思い出したからだ。説得力の裏にあるのは経験… 実際にネオは国の歪みに触れたのではないか。気軽に聞いてはいけない。少なくても聞くのは今じゃない、そう思った。


「そういうこともあり得るって事だよ。歴史の歪みに触れるのは、この国の法に触れる可能性がある。

黄金都市が、そうだったらどうするんだ?

手に入れても、知っても、自分の胸に秘めなきゃいけないこともある。…それを背負う覚悟がある?

黙しても、隠しきれない時、罪人として追われることにもなるかもしれない。そうなっても、折れない覚悟があるのか」


オーキー国は唯一神・モーベロン様を崇め奉る宗教『木教』の信徒であることを義務とする宗教国家だ。他宗教や他の神、文化を許さない。百余年前、他国を侵略し、統一のために生れた施策であった。信仰、文化は法で定められ、厳しく取り締まられる。他民族の文字を使ったり、話したりした者は罪人として処罰される。最悪の場合、死罪だ。


「そんなことでいちいち折れてたら、宝なんて追っかけらんねーよ」


ダヒルの言葉は相変わらず軽かったが、目は真剣だった。ふざけている様には見えなかった。


ネオは昔を思い出した。


皆の集まる教会に、たまにしか行かなくても、ダヒルはいつもと変わらず声を掛けてくれた。

祖母でさえ、初めは「針仕事は女のするものだ」と教えてくれなかった裁縫。男が裁縫をする事が変ではないかと言った時も、ダヒルは笑わずに真面目に答えてくれた。

初めてボンジュ以外に刺繍を見せたのもダヒルだ。その時も、「こんだけ上手けりゃ上都するしかねーか」と言った。やりたい事を見付けた自分は、はやる心を、進もうとする体を止める事はできなかった。厳しい風当たりや、立ち塞がる壁が沢山あった中で、折れずに店を出すまでに至ったのは、ダヒルの存在が少なからずあった。突き動かす何かを見付けた友人の背を、今度は自分が押す番かもしれない。


「…付いて来て。会わせたい人がいる」


ネオは外套を羽織ると店を閉め、王都の入り口に向かって歩き始めた。


「ダヒル、よく僕の店の場所、分かったな」

「ああ、偶然入った店の爺さんに教えて貰ったんだよ。変な店でよ、真っ暗なんだぜ。いや、店だったのかな?看板の字が読めねえの。俺、教会学校はサボってなかったのに」


オーキー国の識字率は高い。国は辺境の村々まで教会を建て、神父を赴任させていた。木教と共通言語の普及のためである。

毎月の十の休息の日、人々は教会に集まり、神父の話を聞き、共に祈りを捧げる。スタトット村では奇数の日、昼刻まで教会が学び舎となった。通称『教会学校』。神父が子供達に読み書きや簡単な計算術、国の歴史などを教えるのだ。

王都では子供が文字を学ぶことが強制されている。小さな村では子供は家や畑の働き手であるため、絶対的な強制では無かったが、将来の働き口のことを考え、大抵の家庭は子供達をなるべく教会学校へ通わせていた。


「そのお爺さんって、灰色のもじゃもじゃの髭の人?」

「そうそう」

「目がフクロウみたいに大きい」

「そうそう」

「杖をついてて、本の山の中から出てくる」

「そうそう」

「路地裏に入り口がある」

「そうそう」

「ここだね」

「そうそ…あっ?」


ダヒルが先刻ネオの店の場所を尋ねた場所だった。ネオは扉を開けるとダヒルを中へ入れ、素早く閉めた。


「ザキハさん、ネオ・ヤオートです」


扉を閉めたせいで本当に真っ暗だ。ネオは暗闇に向かって話しかけ、そして暗闇からしわがれ声が返って来る。


「…来ると思っとったわ。今日はあの猫親父はおらんのか」

「ゴロナンさんは三日くらい前から出掛けてて、居ないんです。この赤髪の男はダヒル・ダルタニア。僕の同郷の友人です。店の場所、ザキハさんが教えてくれたんですね」


ネオは慣れた手付きで壁にある何かを掴み、力強く何度も回す。歯車が噛み合うような音がして、小さな明りが点った。火を使うランプとは違う、白っぽい仄かな光だ。部屋の中がぼんやりと形を現し、本の山の中に老人が見えた。


挿絵(By みてみん)


先程ネオが回していたのは、壁に付けられた取っ手だった。これを回せば天井に付けられたランタンに光が点る仕組みのようだ。少々音が煩いが、王都には随分便利なものがあるものだとダヒルは思った。

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