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少年たちのクリミナル  作者: 神馬
The missing criminal
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騙すに手無し完膚なし

花咲黎華は今学期最後の教室の中で無表情にピンク色の下着を見つめている。傍から見たら不機嫌そうな表情に見える彼女だが、誰も彼女の様子を気にかけるものはいなく、ただただ直近に迫った下校時間及び夏休みの光景を夢見ているだけである。

 ワイシャツだけで夏を過ごすのは一端の淑女として、やはり若干の恥じらいを覚えてしまう。であらば女子中学生の嗜みとして、シャツの上からセーターやベストを着るのが良いのだろうが、それだと今度は暑さから汗が止まらなくなってしまい、それはそれで恥じらいを覚える。背中に大きな黒い丸でも作ろうものなら自殺ものだ。

 周りの視線がある中で堂々とワイシャツで過ごす一部女子のクラスメイトの精神はどこで鍛えられたものなのだろう。ボタンも第二ボタンまで外して、だらしないように見えて丁寧に折られた袖から肌を露出し、しまいには汗でピンクの下着が透けている。思春期の男子ですらそこまで行くとむしろ直視できないでいるようで、別に俺そんなん興味ねーしといった表情で友人同士、談笑しているが、しかしチラチラと視線を向けているのが分かる。

 その実に中学生男子らしいチラチラ視線はしっかりとベストを着た私ですら感じているのだから、彼女等も例外なくそれに気が付いているようで、わざと大胆に足を開いたりなんかしてむしろその様子を楽しんでいるようにも見える。やれやれ、あれで彼女等は大人ぶったフェティシズム的快感を覚えているのだろう。まったく、中学生というのは変にませているから嫌になる。

 大人の女子中学生指南その一、夏場で下着が透けそうな時はベージュのものを着用すべし。また、透けブラ防止のキャミソールは忘れるべからず。これは基本中の基本だ。それをわきまえられない女子はいつまで経っても大人になれない、それが私とロリビッチとの差だ。


「――であるからして、夏休みだからと言って浮かれ過ぎず、日々勉学を怠らず、夏休み明けには必ず宿題を提出すること。であるからして――」


 喧騒の中で弱々しい声が時々聞こえてくるが、担任の話は夏休み前日の終業式を終えた生徒の耳には一切届かない。教室を支配する話題は夏休み中の過ごし方で持ちきりである。

 やれオールでゲームだとか、やれ誰々の家で宅呑みだとか、やれ消費税はもう少し上げるべきだとか実にならず身にならず、生産性のない話ばかりが耳に入ってくると、1人無言で携帯をいじっている私がここにいる誰よりも、学校に来なくて済む夏休みが待ち遠しく思っているのだろうと思う。


「――であるからして、羽目を外さない程度に楽しむこと。じゃあ委員長、号令~」


 きりーつ、実は眼鏡が彼の本体なのではないだろうかと密かにささやかれている級長の号令を合図に生徒はガラガラと椅子を引き、その音と共に中学生のボルテージは最大値まで上がっていく。きょーつけー、れーい。


 号令が終わるより早く男子たちは教室から出ていく。陸上大会だと2度目の不正を待たずに失格になるほどだ。こういう時の行動力をどうして学級行事に活かせないのだろうか不思議で仕方がないが、きっと彼等には彼等なりの行動原理が定まってのことなのだろうか。いや、夏休みの効力と磁力が何にも代えがたいほどに協力で魅力なのだろう。であればビッチちゃんの魅力も夏休みを迎えた彼等には通じないのも頷ける。


「あー、花咲」

 机の横に掛けたカバンを机の上に乗せ、やれやれやっと解放されたと思った矢先に情けない表情が真顔の中年男性でありながら、先ほどから「であるからして」を繰り返していた我らが担任、山田和彦38歳(独身)、通称デアール山田が名字で私を呼び止めた。


「何でしょうか先生、私、これから用事が――」

「あー、すまん、いや、お前に関して少し聞いた話があったのであるからして……」


 花咲と呼ばれるのはベタベタと指紋を付けまくった眼鏡のレンズくらい嫌だし、お前と呼ばれるのは商品が全て売り切れたコンビニくらい嫌だ。方向性は違えど、大きさ的には同じくらい嫌。だったら担任は私のことをどう呼べばいいのだという話だが、そこは教師として自分で考えて配慮していただきたい。


「最近、すすきのでよく花咲を見るって話が職員会議で上がってな」


 舌打ちしそうになる口内の器官を慌てて自制する。まさか学校の回し者がすすきのを巡回しているとは思わなかった。が、当然のことだろうとすぐに考えを改めた。確かにあそこは教員としても生徒としても最も警戒するべき場所だ。


 私は机の上のカバンを肩に掛け、よれた白のシャツを正すついでにネクタイも調整して、その場を立ち去ろうとまだ多少熱のこもる教室の出口へ足を運ぶ。

「あそこは危険な街であるからして、中学生の少女が行くにはまだ早いんじゃ――」


「人違いじゃないですか?」


 言い切らせる間もなく背中越しに答えてから振り返る。


「怖くてあんなところ、近寄れないですよ」


 デアール山田はやはり情けない表情で心配そうにこちらを見ている。心配なのは私じゃなくてすすきのでほっつき歩いている生徒を持っている担任の自分自身なのだ。


 情けなく黙りこくったデアール山田に「話っていうのはそれだけですか?」と聞いてみてこれ以上私に何かを言ってくれるか試してみたかったが、それよりも面倒くささと理由のない苛立ちが上回り「それじゃあ、これで」と言って教室を後にした。


 未だにあちらこちらに人が残った廊下を誰にも構わず、話しかけず、気にもかけず昇降口へと一心に向かう。早く校門へ向かわなければまた面倒くさいことになることは自明である。先ほどデアール山田に追及しなかったのはデアールとの話が長くなることももちろんだが、長くなったが故に起きる弊害のことを考えていたのだ。

 階段を下り、保健室の前を通って玄関に着く。学校というのは外から見たら広く大きく見えるが、中からだと狭く小さく息苦しい。

 靴箱を開けて、中に何もないことを確認し、慎重に靴を取り出して靴の中も確認する。

 何も異常がないことにほっと胸を撫でおろすとともに、そんなの当たり前のことかと少し苦い表情を浮かべる。

 無論この一連の行動に意味はないのだが、先日特別な教科道徳で視聴したビデオが嫌に生々しくて印象に残っており、それ以来靴箱やトイレでは少しだけドキドキしながら用事を済ませる習慣が身についてしまっている。


 色々と大きくなった時のために少しだけ大きいサイズで買ったものの未だぶかぶかの靴をすっぽりと履いて、一時的に役目を終えた収容所から両腕を振る心持ちで抜け出し、玄関から校門までの無駄に長い道を歩いて行くと面倒くさいことになると心配していた悩みの種が、花を咲かせて待っていた。


「――はぁ」


 心の両腕が慣性抜きにピタリと止まる。


 一度視線を外し、大きなため息を吐いてから再び見ると、やはり見慣れた青い車が校門を出てすぐのところに止まっており、私と同じように晴れ晴れとした表情で校門を出ていく生徒たちもチラチラとそれを気に掛けながら帰路を進んでいる。


「よっ、黎華、お疲れさん」


 運転席に座ったまま助手席に左手を付き窓まで身を乗り出して、しわの付いたシャツにジャケットといった格好でタバコを咥えた中年男性が右手を軽く上げ、私の下の名前を馴れ馴れしく呼ぶ。


「――学校までは来ないでって、前に言いましたよね?」


 周りの目を気にしながらも車に近づくと中年男性はだらしなく剃り残した髭が残る口元をニヤッと緩ませて笑い、口の端々から煙が漏れる。


「んな堅ぇこと言うなよ、それに俺が迎えに来ねえとお前、待ち合わせ来てくれねえじゃねえか」


 お前と言われるのは嫌いだが人と場合による。


「貴方、まだあのことを根に持っているの? あの日は、ホラ、用事があって――」


 あの日のことと言うのはあの日のことだ。誰にでも平等に訪れる平凡な日。しかしそれがこの中年男性、和泉史紀との初めての待ち合わせの日だったというだけで。


「なーにが用事だよ、お前あの日、カエルの卵みてえなもん飲みながら街中をウロウロしてただろーが。ったく、たまたますすきの巡回してたからよかったものの……」

 短髪の頭をガシガシと掻きながら目を細め、咥えタバコで器用に嫌味を言う。丁度あの日に見つかった時と同じような表情のままで煙を名残惜しそうにフーッと吐き出した。


「そうやって用事とか言ってまたバックレられたらたまったもんじゃねえからな」

 そう言って史紀は運転席まで体を戻し「ま、乗れよ」と言って吸い殻の溜まった灰皿に根元まで吸ったタバコをねじ込む。


「冗談じゃないわよ、学校の前で半ば強制的に女児を車に連れ込むだなんて、貴方自分の立場分かってるんですか? 私は目立ちたくないの!」

 勢いのままに喚いてもこの男は「おお、若いっていいねぇ」というだけでニヤニヤとした表情を一向に引き締めない。どうせなら「そんなに大声出してるお前のほうが目立ってるぞ」とでも言ってくれたほうが私の自尊心は守られる。


「……とにかく、私は1人で行くわ。待ち合わせの時間までまだありますし」

 ため息混じりに言うと、身長的にちょうど見える和泉の顔がやっと真剣な面持ちになったことに私は気が付いた。しかし和泉の眼差しは私ではなく、私の奥、校門をくぐった向こう、校舎のほうの一点に向いている。


「あー……」視線を外に向けたまま和泉は顎を振って私に後ろを向くように促す。「そうは言ってられなさそうだぜ」


 別に何があろうとこの場で彼の車に再び乗り込むことはないだろうと思っていたが、大した期待も不安も抱かずに振り向いて校舎のほうを見ると、それはもう情けない表情の中年男性が夏だというのに全力でこちらへ走ってきている。


「――ッ! デアール山田!」


 山田和彦38歳(独身)がうら若き少女に向かって何かを叫びながらバタバタと走り進撃してくるその姿に私は戦慄し、それと同時に3つの選択肢が頭に浮かんだ。


 その1、走ってこの場から逃げ出す。これは望み薄いだろう。いくら頭の薄い中年であるからといっても相手は大人だし自慢じゃないが私は体力に自信がない。直ぐにデアールに捕まってしまうだろう。それに全力で走って逃げる醜態を和泉やデアールに見せたくない。

 その2、であればデアール山田にこの身を差し出す。なんで私が追われているか全く見当は付きませんが私の全てを差し出します。さぁどうぞ受け取ってください――。これは最悪の悪手だと言える。捕まったら絶対に長くなるだろうし青い車の人物について尋ねられた時、返答に困る。。それにこれ以上あの人の「であるからして」を聞きたくない、もう夏休みなんだし。

 であればその3、私はタバコの臭いがまだ残る和泉の車の助手席のドアを勢いよく開けて中に乗り込む。


「早く出して、早く!」


「当タクシーはお客様の安全を第一に考え、愛と平和をモットーにお客様を目的地にお届けします。右よぉし! 左よぉぅし!」


「ちょっと貴方わざとやってません? わざとやってるわよね! 自分の立場をわきまえなさい!」

 高々とした声で意味の分からないことを言いながら指さし確認をしている和泉の肩をバシバシと叩く。叩き散らす。


「へへ……んじゃ行きますよっと」


 シートベルトを付ける間もなく青い普通自動車は勢いよく加速し黎華は柔らかな背もたれに思いきり叩きつけられる。

「この歳になって教師から逃げるだなんて、学生時代を思い出すなあ」轟音と共に排気ガスを撒き散らしながら車は学校から遠ざかる。

 助手席から後ろを向くとデアール山田が校門の前で呆然と立ち尽くしているのが見える。

窓から流れる景色の中で同級生の顔がチラチラと見える。クラスメイトと目が合ってしまった。消えてしまいたい。


「ハァ――」


 落ち着いた後にやっと私はシートベルトを付ける。隣を見ると和泉はいつの間にかしっかりとシートベルトをして、有言通りに安全運転ですすきのへと車を走らせている。


「さっきのオッサン、黎華の担任か?」

 和泉は前を向きながらニヤニヤと尋ねる。あまり真剣みを感じない聞き方から、ただの個人的興味といった様子で、ラジオを適当にカチカチと点ける。

「――まぁ、そうですけど」

 ツインテールの左側を少しだけ触りながら答えると、男は「へぇ、へへ」と笑って納得してみせ、右折のウィンカーを出す。


「アイツ、独身だろ?」


「――は?」


 そんなの私の知ったことじゃない。いや確かに独身だった気がするけれど。

 3色信号が黄色に変わったのを確認した和泉は数回に分けてゆっくりとブレーキを踏み、白線の前で停車させる。

「――ありゃモテねえな」

 携帯電話を手短に確認しながらつぶやく。


「アイツはお前を追ってたな、あれじゃ駄目だ、追う男はモテない。モテる男ってのは追うんじゃなくて待つんだよ、俺みたいにな」


 本当に格好の悪い大人だと思う。が黎華はそれを口に出さない。口に出したところでこの男には響かないし、内心でどう思ってようとハイハイと聞いておいたほうが良いと以前にアドバイスをもらったことがあることを思い出したからである。

 赤信号が青に変わったのを確認してアクセルを踏み、再び車は走り出す。


「……だからって、学校の前で待つのは今日限りにしてくれる? 待っててもらわなくても私はちゃんと行くし、それにもしあそこでデアール山田に捕まったら……何回も言ったけど、自分の立場を――」


「わーってるって」


 男は片手で自分の胸元を面倒くさそうにまさぐり、内ポケットから黒い手帳を取り出して、縦に開いて私に向ける。


「北海道警察の警部で『すすきのの掃除屋』、確かに女子中学生をたぶらかしてるってのが世間に広まったらまずいわな」


 手帳ついでに取り出した黒いペンのようなものを口に咥えて和泉は息を吸い込み、これで満足だろとでも言いたげに笑いながら煙を吐き出す。


「そう、分かってるならゆめゆめ忘れないでくださいね」

 私の発言に和泉はハハハと笑って「はいはい」と生返事する。

「メシ、何食いたい? まだ食ってないんだろ?」

「んーそうね……いや、喫茶店のほうが貴方的にはいいでしょ?」

「お、そりゃあいいね、気の使える女はモテるぜ」

 和泉はまた笑う。笑いながら車を運転する。


「ってか、お前の担任、デアール山田って言うのか?」

 ハハハと笑う。丁度ラジオのパーソナリティが冗談を言った瞬間だった。

拝読いただきありがとうございます。次話もお願いします。

作品についてやお仕事の依頼はこちらまで→@anti_criminal_


更新遅れて申し訳ございません。

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