今回の終わり The fate of criminal
運命の下たどり着いた通過点に立っていた遥は、酷く下卑た笑みを顔に張り付けていた。
廃工場を走り開いたままのドアを抜ける。
「遥!」
遥は先ほどと変わらず廃工場の2階に居て、2メートルくらいの大きな化け物を軽々と片手で掴み、その化け物を足場の手すりの外、1階から吹き抜けになっているところに宙吊りにしながら固めを赤黒く見開いてニタニタと笑っている。
「やめろ! 遥にッ、人を殺させるなッ!!」
2階に気を取られていて気が付かなかったが、声のほうを向くと冬馬は階段の下で両足から血を流しながら必死に匍匐前進で階段を昇っていた。
「冬馬くん!」
周子が叫んで冬馬の下に駆け寄る。遠目から傷口を見ると、両膝を的確に拳銃で撃ちぬかれたようで、階段のいたるところに血痕があることから、冬馬は2階から転がり落ちたようだった。
「キシ!」
叫ぶより先にキシは動き出していて、化け物が吊るされてる真下から飛翔し、階段を使わずに2階に降り立つ。
「遥……」
ビキビキと音を立ててキシは瞬く間に黒の甲冑を身に着け、木刀で遥の腕を強く叩く。
その反動で空中に放り出された化け物は、傷口が塞がるように体を小さくして、儚げな女子中学生の姿で床に向かって加速する。
「――ッ」
勢いよく地面を蹴りだして黎華が地面に叩きつけられる前にその体をキャッチする。当然2階から落ちてきたのだから、発達途中の少女とはいえ両腕に伝わる衝撃は想像以上のものだった。
「クッ――おい黎華、黎華!」
「……遊大ごときに抱かれちゃうなんて……お嫁に行けないわ……」
黎華は苦悶の表情を浮かべながら荒い呼吸で毒を吐く。それだけ言えたら大丈夫だ、なんてお決まりの台詞が言えないほどに少女は瀕死に陥っていて、胸に締め付けられるような痛みが生じる。
「真白、お前は飽きもせず未だにそんな得物を使っているのだな」
上ではキシと遥が対峙している。何を言っているのかはイマイチ聞き取れなかったが、遥の声で男が笑っているのだけは分かった。
「遥が評価してくれた僕の力は……不殺の力だ……」
キシは腰元に木刀を構えなおして、遥を凝視する。心優しい面影はどこにもない、おぞましい殺人鬼の姿を。
「ククク……その沙月遥を、お前は殴れるのか?」
キシは何も言わずに木刀を抜き、遥を斬りつける。自らの不殺の力、傷害罪で収まる力を信じて、哀しくも美しい運命に踊らされるまま、様々な剣筋を繰り広げ、遥に応える。
「冬馬くん! なんで勝手に行っちゃったのよ! 動かないで安静にしなさい!」
周子は瞳に涙を溜めて冬馬の動きを抑制し、バックパックから包帯を取り出そうとチャックを開けて乱
雑に中を漁る。
「――周子さん」
冬馬は浅い呼吸で名前を呼び、彼女の顔を見る。
「いいから黙って! 今治療を――」
「さっきの……悪かったよ、酷いこと言った」
冬馬は自らの、いやアンチクリミナルの運命を悟った様子で周子に語り掛ける。自分がもう助からないものだと仮定して、言い残したことを周子に伝える。
「――ッ、そんなの! いいわよ! もう! 黙って、みんなで一緒にお家に帰るの! 帰るのよ冬馬くん!」
「あぁ後……遊大にも謝っといてくれる? 周子さんの言う通り、言い過ぎたからさ」
周子はやっとバックパックの中から包帯を探り当て、適当な長さを取り出して冬馬の足をクルクル巻きにする。
「俺さ――あの日、周子さんに会えて、良かったよ」
血だらけになった手で学生服の内ポケットから最後の1つになったチューインガムを取り出して、口に咥える。
――パン。
血と灰の臭いで充満した廃工場の中に乾いた音が鳴り響く。それきり冬馬の体は動かなくなった。
「七海!」
女性の高い声が鳴り響く施設で、必死に彼女の名前を呼び、黎華を抱えながら近づく。
「遊大!」
「黎華と周子を連れて逃げろ!」
「いや! 私も戦う!」
2階の足場からキシが落ちて、ドスンと鈍い音を立てながら地面に叩きつけられる。
「クク、椎名遊大、仲間が1人死んだだけで戦意喪失か?」
拳銃をひらひらと揺らし、口から滴る血を舐めながら遥は下卑た表情で俺を見下ろす。
「てめぇ、約束が違うじゃねぇか! よくも冬馬を……!」
俺の一言を引き金に男は狂ったように笑い出す。その笑い声は施設全体から聞こえてくるようで四方八方からこだまして聞こえてくる。
「約束? 確かに沙月遥を殺さないことは約束したが、その後でお前らを殺さないとは言ってないだろう」
七海は「――酷い」と一言漏らし、放心状態の周子の肩を抱く。
黒甲冑の騎士その場ではむくりと立ち上がり、傷口を塞ぎ、変化を解いてから再び遥をめがけて飛翔し、遥の前で構える。
「それに先に約束を破棄したのは椎名遊大、お前だ」
キシは再び遥に猛攻撃を仕掛ける。屋上で見せた衝撃波を打ち、華麗な四連撃を放ち、木刀を投げつけ目にも留まらぬスピードで拳を放ち、しまいには理性を失った獣のように咆哮を挙げながら襲い掛かるが、まるで一つも当たらない。
「――夜が明ける前に全員をこの廃工場に集めた! それでお前の出した条件はクリアしてるだろう!」
一切当たらない攻撃にキシ自身が驚いている。恐らく傷害罪の能力で黒い甲冑で身を包んでいる時は攻撃が当たっていたのだろう。彼が甲冑を脱いだということは、冬馬が殺された今、残った俺たちを守るために傷害罪の能力を抑え、本気でないとはいえ、真剣に殺す気で遥に向かっているのだ。そうでもしなければ遥は止められないから。
だがキシの攻撃がまるで見切られているのは傷害罪の攻撃補正が無くなったからではない。
――殺意があるからこそ、遥には当たらないのだ。
男はキシの攻撃の合間を縫って拳銃をキシの喉元に激しく突き刺し、彼が激しく咳き込み、動きが止まったところで引き金を引いた。
「――1人、足りないではないか」
キシは咄嗟に頭を両腕で守り、その拳から大量の血が溢れる。
男は下卑た笑みを顔に張り付けながらキシのお腹を何度も撃つ。何度も、何度も。
「強欲の罪に溺れた者が、いない」
キシは苦痛に無表情を歪めながら撃たれる度に傷を治癒しようとするが、その暇を与えずに男が撃ち続け、たまらず下げた両腕を見逃さなかった。
「遥……」
最後の銃弾は的確にキシの頭を破壊した。
「――キシ」
キシはそのまま再び1階に落ちてくる。そしてそのまま二度と動かなくなった。
「今回は、平凡でつまらない結末だったな」
落とされた空のマガジンが鉄で出来た足場に落ち、カンと小さな音を立てた次に、新たなマガジンが拳銃に装弾される音がする。
銃口がこちらを向く。いや、こちらではない。正しくは――。
「七海ッ!」
――パン。
「遊大……?」
胸に穴が開いて、そこに空気が流れ込んできた。涼しいのに、焼けるように熱い。
咄嗟に黎華を床に置いて七海の前に割り込んだ冷静な判断を我ながら評価したい。道徳の授業だったら模範解答として表彰台に乗れるかもしれない。
「いやだよ、遊大、ねぇ、遊大!」
七海の声が聞こえてくる。名前を呼んでいる。しかしその声は俺の意識と比例して徐々に遠くなっていき、何もわからなくなっていく。
視界が闇に染まった時、理由のない答えが見えてきたような気がして、必死に意識をそちらに向けようとするが、脳みそが頭の枠内を超えて空中分解しているように思考が定まらない。
男の正体はクライムスペルについてとして分からないあああアイツままだ。罪の呪いは一体ナニなんだ。それにあああについても何も分からないまま、答えは闇の中に在り、しかし闇の中では視界が悪く何かを感じ取ることすらできない。
しかし断片的な思考のピースの中で一つだけ、ハッキリと分かったことがある。
強欲の罪に溺れた者、アンチクリミナル以外にも、どこかに能力者がいたのかもしれない。むしろ遥たち以外に能力者がいないといつから錯覚してしまっていたのだろう。
そんなことを考えても、今更どうにもならない。
薄れゆく意識の中、声もハッキリと聞こえないまま、3回の銃声が聞こえた。そして少し遅れて1回、銃声が聞こえた。
あぁ、今回も駄目だったな。畜生。
痛みが遅れて来た、だがしかしその痛みで俺の意識が覚醒するわけでもなかった。
――チェックメイトだ。一度しか聞いたことのないはずの遥の決め台詞が微かに鼓膜を振動させた。
そして言い表せない謎だけを残して、椎名遊大は絶命した。
拝読いただきありがとうございます。これにて「少年たちのクリミナル」第一章は終わりです。
この作品と向き合ったのは今年の春になってからでしたが、案外作品に考えさせられたことが多くて、私が作品を書いているより、作品に書かされているんだという感覚に陥ることもありました。
主人公遊大は自らの正義哲学を持っていながら、数々の困難に対して妥協したり、逃げ出したり、無茶苦茶に立ち向かったり、スマートではない解決をします。
それは彼が不器用で、自分に自信が持てないからだと私は考えています。今後彼はどう成長していくのでしょうか、私にも想像つきません。
関係ない話ですね、締めます。
第一章が終わったのであれば第二章が始まります。アンチクリミナルが全滅したところで、どのような事件が起きるのでしょうか、お楽しみに。
@anti_criminal_




