ビスクドールと詐欺な道化師
『とにかく、明日は七海のマンションに行ってみよう。部屋ごとのレイアウトは全ての部屋がほとんど同じなんだね?』
「うん」
稀子がちょっと笑った。影のある、あんまり笑っているように見えない笑み。作り物めいた笑顔のせいで、ますますビスクドールっぽさが増して見える。
『ありがとう。では、解散しようか』
金本さんが大きく伸びをする。
「うん、おやすみ。稀子、櫻井さん、美玖さん、金本さん」
心の中で、ありがとうと付け加える。
「俺も一緒に出るか」
金本さんも一緒に腰を上げた。確かに、閉店後の店に居座るのは申し訳ない。
稀子は動かなかった。どうするつもりなんだろう。
そもそも僕は、稀子がどんな暮らしをしているのか、いつからここに通っているのか、本当は何歳なのか日本人なのかどうしてこんな頭脳を持っているのか――何一つ、知らない。
「またおいで」
櫻井さんの声が、僕らを追ってドアを滑り出た。
二人で歩く間、金本さんは何度も何か言いたげに僕を見たけれど、結局口を開かなかった。僕も何も言わなかった。
ずっと心に夏奈の面影が漂っていて、閊えたように重苦しかった。きっと金本さんや稀子も同じだろう。夏奈のお母さんである佐々木春佳さんも『道化師』だったから、よく夏奈に内緒で店を訪れていたのだ。
自分たちの生活のために働かなくてはならなかった春佳さんは、悲しみを押し込めて暮らしていた。悲しんでいる暇などなかったと言っていたが、夏奈にそんな自分の姿を見せないためでもあったのだろう。 雅喜さんの分まで夏奈を幸せに――そのために、彼女は自分の心を押し殺した。世間を、夏奈を、自分を欺く『道化師』となったのだ。
――僕の、せいで。
金本さんと別れ、未だぼんやりとした熱の残るマンションに帰る。三階の自分の部屋に入ると、つんと鼻の奥が熱くなった。
「夏奈・・・・・・」
夏奈は、無事だろうか。目を覚ますだろうか。
何をしていても夏奈のことが頭に浮かび、その夜はほとんど眠れなかった。