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*新作 完結* 本棚の向こう側  作者: Terra
◆ いったりきたりな素直 ◆
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 会社勤めの紫穂は読書が好きだ。そして、自ら物語を書くことも。


 作品はウェブサイトに公開しており、それをSNSでも宣伝している。すると同じ執筆仲間や読者との交流も増え、ただの趣味も充実した楽しいひと時になった。そして次第に、タイムラインには執筆におけるあらゆる情報も舞い込むようになった。それが日常になり、いつしか、自分の本を世に打ち出したいと願う人達の呟きが目に入るようになった。

 今日もまた、物語を書く上で何にこだわっているかを語り合う人達を、スクロールしながら追っていく。そこへまた、“あの話”が流れてきた。




「本棚の向こう側に異世界があるっていう話、知ってる?」


「それ気になってた。どこの小説? 作者さんは?」


「小説じゃない。確かハロウィン? の時期に、棚の本を抜いた向こうに行ける」


「だから異世界系の小説でしょ?」




 そんな話の繰り返しをスライドしかけて、ピタと止まった。

 紫穂は、沸いたばかりのお湯をマグカップに注いでいく。ふんわりと立つ紅茶の湯気に、顔がほころんでしまう。

 肩にかけているだけのカーディガンを引き寄せると、ひざ掛けが待つデスクへ戻った。もう三十分ほど、ノートパソコンのカーソルがチカチカしたままいる。

 これは趣味なのだ。どこかへ売りに出すわけでもなく、ただ自分にとっての癒しを堪能している、それだけだ。でも、ただ自由に書きたいのではない。考えなしに書くことなんてできなかった。

 だから、“あの話”を偶然目にした時から引っかかっている。聞き流して忘れてもおかしくないというのに。




「本棚から本を抜く→そこをのぞく→異世界に辿り着いた! みたいな」


「行ってきたわけ?」


「知り合いがそう言ってた。で、創作の悩みが晴れたって!」




 噂によると、そこへ行けば心や頭がスッキリするようだ。筆が止まっていた人は再び筆を進められるようになり、アイディアが浮かばなかった人は何かしら浮かぶようになる――と。




「知り合いって笑 さすがストーリーテラー。現実にまで異世界のテーマを持ち出すとキケンだよ」


「嫌な言い方! 実際見てないけど、ブックマーカーをくれたんだって。パワーストーン付きの」


「いや怖! 占い師が石を押しつけるみたい!」


「あんたもクセモノテラーじゃん笑」




 紫穂はSNSを落とすと、ノートパソコンで滞ったままの物語に溜め息をついた。金曜ナイトは趣味に没頭できる最高のひと時の始まり。なのに最悪のスタートときている。


「煮詰まっちゃったな……」


 昨日は熱い想いを滾らせながら書いた。なのに今夜は、書きたいという気持ちだけが先走り、肝心の物語はそれについて行こうとせず冷え切っている。

 別にこんなことは初めてではないと、椅子にもたれ、その弾みでまたこぼれた息を追うように視線をゆるゆると泳がせる。


「結末はもう書いてるのになぁー……」


 物語があちこちへ逸れてしまわないよう、先に終わりを書いておく。そうして備えていても、完結へのプロセスは時として思わぬ方へ転んでしまう。

 こういう時は無理して文章を絞り出すのではなく、潔く止め、頭を休める方がいいだろうと、ノートパソコンの画面を掴んだ。

 ところが、半端に閉じたところで手が止まった。もうしばらく画面を見ているべきか。数段落前から読み返せば閃くだろうか。そんな、いつもふいに引き留めてダラダラ時間を浪費させようとする感情に乗っかって訪れた、別のもの――紫穂はその違和感に、画面を戻した。

 いつもならばとっくに冷めているミルクティーに、息を吹きかける。思った以上の熱さが喉から腹に流れていくのを感じた時、足先がまだ冷たいことに気づいた。

 足先をくいくいと動かし、血流を促していく。そのまま動きを止めた物語に熱が流れ、勢いで言葉を打ち出せればいいのに、やはりできない。


「また書けなくなるのヤだな……」


 以前に手が止まってもすぐに動き出せた。なのに短期間でまた同じことが起きている。

 両足が小刻みに床を叩いていたところをタンッと立ち上がると、背後の本棚に向かった。


 小さい頃から使っているそれは、腰の高さくらいになった。大人になるにつれ、そこに納める本のジャンルは変わっていった。紫穂は、子どもの頃の自分の頭を撫でるように棚に触れる。と、また手が止まった。何を思ってここに来たのかと、視線が揺れる。


 ただ、ここに本棚がある。でも、それを見て思い出すのは


「本を抜いたら……」


 本棚の、その向こう側があるかもしれないという話。そこへ行った人のことを話す人を、誰かは嘘だとからかっていた。けれども噂は、尽きるどころか拡まっている。

 紫穂は屈むと、一冊に指をかけた。それは偶然にも、自分にとって大事に感じている“書くこと”が詰まった物語――人物の心模様や、心の声がきめ細やかに描かれた恋愛ドラマだった。

 何度も読み返した本だが、しばらく開いていなかった。柔らかいタッチの表紙が、内容をより膨らませてくる。その空間の一部になるように配置されたタイトルからは、中身の重要性もしっかりと感じる。


 思い返すのも束の間、はっと、棚の隙間を見た。


 ただの隙間だ。とはいえ、ここは一人暮らしの特権が光る。どんなにおかしなことをしようと、誰にも笑われやしない。何も無ければ何も無いということが証明されるだけのこと。紫穂はどこか胸をときめかせながら、そろそろと隙間に顔を近づけていった。






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