第2章
#### 第1話 技術開発班
技術開発班の宿舎は、これまでいた物資庫とはまるで違う世界だった。
壁一面に貼られた設計図、油とはんだの匂い、絶え間なく響く工具の音。棚には見たこともない計器や部品が所狭しと並び、隅の作業台では数人の技術者たちが夜通し何かを組み立てている。
「今日から加わる常盤ユウトだ。よろしく頼む」
轟の紹介に、作業員たちは一斉にユウトへ視線を向けた。歓迎ムードとは程遠い、値踏みするような目つきばかりだった。
その中でも、ひときわ露骨に舌打ちをした男がいた。
「爆風に耐えた盾一枚で、技術開発班入りか。ずいぶん出世が早いな」
がっしりとした体格の若い隊員だった。腕を組み、明らかに不満そうな顔をしている。
「剣持ガイだ。俺は前線の実技試験で選ばれてここに来た。お前とは違う」
自己紹介というより、牽制のような口調だった。ユウトは何と返せばいいか分からず、ただ小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします……」
ガイはそれ以上何も言わず、背を向けて作業に戻った。轟は横で小さく苦笑していた。
「気にするな。あいつは腕はいいが、認めた相手にしか心を開かん質でな」
ユウトは頷きながら、改めて壁に貼られた一枚の図面に目をやった。対怪獣戦車――「マーサー」と呼ばれる、その巨大な設計図に。
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#### 第2話 図面だけでは足りない
翌日から、ユウトは「マーサー」の設計図を読み込む日々を始めた。
装甲構造、砲身の口径、駆動系の配置――図面上の情報は膨大だったが、数日経っても、あのナイフや盾のときのような「像を結ぶ感覚」はやってこなかった。
「……分からない」
ユウトは図面を前に、思わず呟いた。刃や木材のときは、実物に触れながら観察していた。だが図面だけでは、対象の質感も、重さも、経年による癖も伝わってこない。
「頭でっかちになってるな」
声をかけてきたのは轟だった。
「図面ってのは、あくまで設計者の意図の記録だ。本当の理解ってのは、実物に触れて、動かして、壊れる寸前まで使い倒して、初めて手に入るもんだ」
「実物、ですか……」
「幸い、廃棄予定の旧型マーサーが一台、格納庫の隅で埃をかぶっとる。あれを好きにいじっていい」
その言葉に、ユウトの目に初めて力が戻った。
「やらせてください」
轟は口の端をわずかに緩めた。
「好きにやれ。ただし、暴走だけはさせるなよ。理解が浅いまま強化を急ぐと、対象は制御を失う。盾一枚ならまだしも、戦車でそれをやったら、ここら一帯が消し飛ぶ」
その警告は、決して大げさなものではなかった。
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#### 第3話 旧型マーサー
格納庫の隅に置かれていた旧型マーサーは、想像していたよりもずっと大きかった。
錆びついた装甲、埃をかぶった砲塔、あちこちに残る戦闘の傷跡。かつて前線で使われ、退役した機体だという。
ユウトは毎日、その車体に張り付くようにして過ごした。装甲板を叩いて響きを確かめ、駆動部を分解しては組み直し、砲身の内側まで手を伸ばして構造を確かめる。
三日目、格納庫に一人の女性隊員が現れた。整った顔立ちに、鋭い目つき。動きやすそうな飛行服を纏い、腰には拳銃を下げている。
「あんたが噂の新人?」
「あ、はい。常盤ユウトです」
「鳳ミサキ。試験飛行と機体テストを担当してる」
ミサキはユウトの傍らにあるマーサーを一瞥すると、鼻を鳴らした。
「その旧型、テストで何度も乗ったけど、正直もう寿命よ。装甲は薄いし、旋回性能も悪い。今さらいじって何になるの」
「理解すれば、変わると思うので……」
「へえ。じゃあ見せてもらおうかしら、その『理解』とやらを」
挑発めいた口調だったが、その目には、わずかな興味の色も浮かんでいた。
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#### 第4話 過臨界
その日の夜、ユウトは一人、格納庫に残って作業を続けていた。
装甲の分子構造、駆動系の負荷分布、砲身内部の摩耗パターン――理解が深まるたびに、車体はうっすらと光を帯び始める。ナイフや盾のときと同じ、あの感覚だった。
「よし……いける」
手応えを感じたユウトは、勢いのままに装甲全体への強化を一気に進めようとした。だが、その瞬間だった。
車体の表面に走っていた光が、急に不規則に明滅し始めた。装甲の継ぎ目から、耳障りな高周波音が漏れ出す。
「な……」
理解が追いついていない部分――駆動系の奥に隠れた冷却機構の設計思想を、ユウトはまだ把握しきれていなかった。中途半端な強化が、そこに歪みを生んでいた。
「離れろ!」
轟の怒声が響いた。作業に気づいた老技術者が、駆けつけながら叫んでいた。
ユウトは咄嗟に飛び退いた。直後、車体の一部から白い蒸気が勢いよく噴き出し、金属の軋む音が格納庫に響き渡った。
数秒後、暴走は自然と収まった。だが、装甲の一部は歪み、二度と元には戻らない損傷を負っていた。
「言ったはずだぞ。理解が浅いまま急ぐな、と」
轟の声は静かだったが、その分だけ重かった。ユウトは、自分の手のひらを見つめたまま、何も言い返せなかった。
理解の深さが、そのまま力の大きさになる。だが同時に、理解の「浅さ」もまた、そのまま危険の大きさになるのだと――ユウトは、身をもって思い知らされた。
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#### 第5話 装甲×百万
失敗の翌日から、ユウトは方針を改めた。
一気に全体を強化するのではなく、一つ一つの機構を、順番に、徹底的に理解していく。冷却系、駆動系、装甲の継ぎ目――時間はかかったが、その分だけ理解には抜けがなくなっていった。
轟も、時折様子を見に来ては助言をくれた。
「焦るな。お前さんの強みは、力任せじゃない。理解の深さそのものだ」
二週間後、ユウトは再び、旧型マーサー――いや、もはや旧型とは呼べない何かの前に立っていた。
装甲の分子構造は隅々まで把握し、駆動系の負荷分布も、砲身の癖も、すべて頭の中で像を結んでいる。
「……いきます」
静かに、そう口にした瞬間、車体全体が穏やかな光に包まれた。今度は、暴走の兆候は一切なかった。
光が収まると、そこにあったのは、外見こそ変わらないものの、まるで別物のような重厚さを纏った戦車だった。
試験場での実射テストで、その差は誰の目にも明らかになった。かつては貫通されていたはずの対戦車砲の直撃を受けても、装甲にはかすり傷一つつかない。主砲を試しに発射すると、標的にされた遠方の岩山が、轟音と共に消し飛んだ。
「装甲強度、計測不能……主砲の出力も規格外です……!」
計測班の悲鳴じみた報告が、試験場に響き渡った。
その様子を離れた場所から見ていたミサキは、腕を組んだまま、小さく口の端を上げていた。
「……なるほどね。あんたの『理解』、本物だったわけだ」
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#### 第6話 疾風II型
マーサーの一件は、基地内でのユウトの立場を大きく変えた。
だが、その評価をまだ素直に受け止められずにいたユウトのもとに、轟が次の課題を持ち込んできた。
「次は、これだ」
差し出されたのは、迎撃戦闘機「疾風II型」の設計図だった。プロペラからジェットへの過渡期にある機体で、既存の性能ではもはや大型怪獣の飛行速度に追いつけていない、という。
「戦車は地上戦向けだ。だが空の脅威には、空の足がいる」
図面を受け取ったユウトは、ふと不安を口にした。
「あの……戦車のときは、実物に触れる時間がありました。でも戦闘機は、操縦できる人がいないと、実際の挙動が分からない気がします」
「いい着眼点だ」
轟はそう言うと、格納庫の入り口に視線を向けた。そこには、飛行服姿のミサキが腕を組んで立っていた。
「試験飛行担当は、鳳ミサキ。お前と組ませる」
「私が、コイツと?」
ミサキは片眉を上げたが、拒否はしなかった。
「まあ、いいわ。マーサーの一件は認めてる。ただし――」
彼女はユウトに向き直り、まっすぐに指を突きつけた。
「機体の癖は、全部私が教える。その代わり、絶対に中途半端な強化はしないで。空の上での暴走は、地上とは比べ物にならないくらい危険なんだから」
「……はい」
こうして、ユウトとミサキの、疾風II型を巡る共同作業が始まった。
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#### 第7話 空の理屈
ミサキとの作業は、これまでとはまったく違う種類の理解を、ユウトに要求した。
「機体を頭で分かっても意味ないの。空の上じゃ、気流の変化も、Gのかかり方も、乗ってみないと分からないことばかりだから」
彼女はそう言って、ユウトを実際の試験飛行に同乗させた。狭いコックピットの中、機体が上昇するたびに、身体が座席に押し付けられる感覚。旋回のたびに視界が傾き、胃の中身がせり上がるような浮遊感。
「うっ……」
「軟弱ね。これくらいで音を上げてどうするの」
軽口を叩きながらも、ミサキは丁寧に、機体の反応の一つ一つを言葉にして説明してくれた。旧式のエンジンがどこで息切れするか、翼のどの部分が失速しやすいか――それは図面には決して載っていない、生きた知識だった。
地上に戻ったユウトの中で、それらの情報が、次第に一つの像を結び始めていた。
「翼の失速特性と、エンジンの応答遅れ……ここを、こう補えば」
作業場に戻ったユウトは、来る日も来る日も、疾風II型の機体に向き合い続けた。傍らでその様子を見ていた剣持ガイは、複雑な表情を浮かべながらも、あえて何も言わず、ただ黙って作業を手伝うようになっていた。
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#### 第8話 マッハ百
強化を終えた疾風II型の試験飛行当日、滑走路には基地中の視線が集まっていた。
「本当に、私が乗るのよ。おかしなことになったら承知しないから」
そう言いながらも、ミサキの目には、隠しきれない期待の色が浮かんでいた。コックピットに乗り込み、エンジンを始動させる。
轟音と共に機体が滑走路を駆け抜け、やがて宙へと舞い上がった。
無線越しに、ミサキの声が響く。
「上昇、問題なし……高度、ぐんぐん上がってる……速度、まだ余裕がある……!」
計測班のモニターに映る数値が、次々と更新されていく。音速を超え、さらにその何十倍もの数値へと駆け上がっていく様子に、地上の誰もが息を呑んでいた。
「マッハ、百……!?」
計測官の声が裏返った。かつての疾風II型では考えられない領域だった。
そのとき、無線に緊張した声が割り込んできた。
「試験空域に、未確認の飛行型怪獣接近中!」
ミサキの声が一瞬引き締まる。
「上等じゃない。ちょうどいい、実戦テストといきましょうか」
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#### 第9話 ZERO
飛行型怪獣との遭遇は、あっけないほど短く終わった。
疾風II型の圧倒的な速度と旋回性能の前では、怪獣の攻撃はことごとく空を切った。ミサキは冷静に距離を取りながら弱点を見極め、一撃で怪獣を撃退してみせた。
「……これなら、いける」
管制室に戻ってきたミサキの声は、これまでになく弾んでいた。基地内には、ちょっとした歓声が上がった。
その一部始終を、少し離れた場所で見ていたユウトのもとに、轟が歩み寄ってきた。手には、埃をかぶった小型のドローンが抱えられている。
「次はこいつだ。旧型の偵察ドローン、ZEROという型式だが、制御AIが半分壊れとる。まともに飛ばんし、まともに考えもせん」
ユウトはドローンを受け取り、その内部構造にそっと触れた。配線、演算装置、破損した記憶素子――理解すべきものは、これまでとはまた違う種類のものだった。
「機体だけじゃなくて、中身も……理解できるのかな」
呟きながら、ユウトは静かにドローンに向き合った。
その傍らには、いつの間にか、ミサキとガイの姿もあった。誰からともなく、作業を手伝う流れになっていた。
窓の外には、次の任務を知らせる無線の音が響き始めている。だが、この物資庫にも、格納庫にも似た小さな作業場には、確かな手応えと、少しずつ芽生え始めた仲間意識があった。
*(第2章・完)*
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ことを教えてくれた。
上体を起こし、辺りを見渡す。荒野――としか言いようのない場所だった。ひび割れた道路の跡、朽ちた鉄骨、そして遥か遠くの山際に、見慣れない編隊のプロペラ機と、ジェット機らしき機影が飛び交っている。
数分前まで、自分は自室の机に向かっていたはずだった。締め切り間近のレポートと、開きっぱなしのノートパソコン。それが最後の記憶だった。
「……ここ、どこだ」
声に出してみても、答えてくれる者はいなかった。
そのとき、大地がずんと震えた。一度、また一度。振動は次第に近づいてくる。ユウトは反射的に音のする方角――遠い稜線に目をやった。
そこに、山がゆっくりと「立ち上がった」。
いや、山ではない。鱗に覆われた巨躯が、稜線の向こうから身を起こしたのだ。体長は目算で百メートルを超えている。喉の奥から低い唸り声のような音が響き、それだけで空気そのものが震えた気がした。
ユウトは声も出せず、ただその場に座り込んでいた。
恐怖よりも先に、奇妙な感覚が胸の奥に湧き上がってくる。目の前の巨大な影を見つめながら、頭の片隅で、誰かに囁かれたような直感が生まれていた。
――理解すれば、応えてくれる。
何を、が抜け落ちたまま、その言葉だけがやけにはっきりと響いた。ユウトにはまだ、それが何を意味するのか分からなかった。
遠くで、迎撃部隊と思しき編隊が巨躯へと向かっていく。爆発音、閃光、そして轟音。ユウトはその光景を、ただ呆然と見つめ続けることしかできなかった。
やがて、土煙の向こうから複数の人影が近づいてくるのが見えた。迷彩服に身を包み、銃を構えたその人々は、倒れているユウトを見つけると、鋭く声を上げた。
「生存者だ! こっちに一人!」
意識が遠のいていく中で、ユウトは思った。
――昭和四十一年。怪獣大戦争時代。
まだ名前も知らないその時代の中に、自分は今、放り込まれたのだと。




