新たな地平へ
冒険者ギルド 会議室にて
「報告に参りました。どうやら、資金や古代遺物が奪われたようです。」
「そうか、でも職員は誰も死んでいない。それが唯一の良い報告だ。」
「商会長、今回は『始まりの戦線』というパーティーのおかげかもしれません。資金だって根こそぎ奪われた訳ではありませんし、被害は本来の想定よりは少ない方です。」
「始まりの戦線か…もし、会う機会があれば会ってみたいものだな。さて…私は総本店へ戻る。報告ご苦労様。」
クレー商会長は帰還の杖でクレー商会本部へと戻っていく。
ロン達視点
クレー商会オーランド支部。大規模な戦闘の熱狂は収まり、夜明け前の静けさが戻っていた。しかし、そこにあるのは平和な朝の気配ではなく、破壊と混乱の痕跡だ。倒れた家具、割れた窓、そして地面に転がる無力化されたアウトローの下っ端構成員たち、そして厳重に拘束された装甲鉄騎バウンス。冒険者ギルドの高ランク冒険者たちや衛兵隊が、現場の確保と事後処理に追われている。
ロンたち「始まりの戦線」の四人は、現場の片隅で、疲労困憊の中、この光景を見ていた。体には小さな傷がいくつもあり、鎧は汚れ、服は破れている。心臓はまだ、先ほどの死闘と疾走の緊張を引きずって、速く脈打っている。
ギルド長のブラインズンズが、彼らに近づいてきた。彼自身も、戦闘の痕跡を身にまとっている。
「ロン、『始まりの戦線』。よくやってくれた。君たちの早期の警告がなければ、被害はさらに甚大だっただろう。そして、バウンスの捕獲に大きく貢献してくれたことも、感謝する。」
労いの言葉だ。ロンは疲れながらも頷く。ラインズやソフィア、クローディアも、ブラインズンズに一礼する。捕らえられたバウンスが、重厚な鎧ごとギルドの職員に運び出されていくのが見える。彼はまだ意識があるようだが、身動き一つできな。
「すぐに救護室へ向かえ。詳しい報告は、落ち着いてからでいい。」
ブラインズンズの指示を受け、彼らは足を引きずりながら、クレー商会本部を後にした。街はまだ夜明け前だが、騒ぎを聞きつけた人々の声が遠くから聞こえてくる。
ギルドの救護室で簡単な手当てを受けた後、彼らは宿に戻った。部屋に着くと、張り詰めていた緊張の糸が切れ、四人ともその場にへたり込んだ。鎧や装備を外し、ベッドや床に転がる。
「…はぁ…死ぬかと思った…」
ラインズが天井を見上げながら、安堵の息を漏らす。
「うん…本当に怖かった…でも、皆無事でよかった…」
ソフィアが震える声で言う。
ロンは、傍らに座るクローディアを見た。クローディアも疲れているが、どこか落ち着いている。彼女の顔にも安堵の色が浮かんでいる。
「ありがとう、皆…ロン君、ラインズさん、ソフィアさん…あなたたちのおかげで、私は生き延び、そして…組織に一矢報いることができた。」
クローディアが静かに、しかし心からの感謝を口にする。
「クローディアさんもな。クローディアさんがいなかったら、そもそも組織の動きも分からなかったし、バウンス相手に時間稼ぎもできなかった。」
ラインズが返す。
彼らは互いの無事を喜び合い、今回の経験の恐ろしさと、生き延びられたことへの安堵を分かち合った。圧倒的な幹部の力。そして、バウンスが見せた覚悟と「絆」。自分たちが立っている世界の危険性を、改めて肌で感じた夜だった。
「…そういえば、昇級、どうなるんだろう…」
ソフィアがふと呟く。
「あ…そうか!バウンスを捕まえる貢献をしたんだ!」
ラインズが少し元気を取り戻す。
「ギルド長も、功績だって言ってくれたし…」
ロンも期待を口にする。
数時間後、少し休息を取った彼らは、改めてギルドを訪れた。回復室での手当てと休息のおかげで、疲労は残るものの、体はいくらか楽になっている。正式な報告を行うためだ。
ギルドの報告カウンターではなく、再び奥の部屋に通された彼らを待っていたのは、ギルド長のブラインズンズだった。
「体はもう大丈夫か? 詳しい報告、聞かせてもらおうか。」
ロンたちは、クレー商会での出来事を詳細に報告した。アウトローの下っ端構成員の数、バウンスの圧倒的な強さ、時間稼ぎに徹したこと、そしてバウンスの最後の抵抗と捕獲について。クローディアも、エルフの感覚で感じたことや、組織の目的の一部について、自身の推測を交えながら語る。
ブラインズンズは、真剣な表情で彼らの報告を聞いた後、深く頷いた。
「…よくやってくれた。『始まりの戦線』。君たちの報告は、既に捕らえたバウンスの供述と照合し、確認が取れた。情報にほぼ相違はない。バウンスは口が堅かったが、尋問官によりいくつか重要な情報を引き出すことができた。」
緊張が走る。
「重要な情報…!?」
「一つ。奴らの名は『闇ギルド【アウトロー】』。オーランドを一時的な活動拠点としていた、比較的新しい、だが非常に危険な組織だ。幹部たちは、それぞれ専門的な異名を持つ、腕利きの犯罪者集団。」
実態の分からない組織の名が判明する。
「二つ。クレー商会から奪われたものの中に、換金目的の金品とは別に、特定の『古代遺物』が含まれていた可能性がある。バウンスはその目的について知らされていない幹部だったが、他の幹部たちがその遺物を重要視していたと供述している。」
「三つ。アウトローは、今回の件でギルドに目をつけられたことを察知し、クレー商会襲撃を最後に、オーランドから完全に撤退し、別の場所へ移動する手筈だった。バウンスは、撤退先のごく一部の地名を口にしたが…まだ信憑性は低い。」
ブラインズンズは、得られた情報を全て話し終えた後、改めてロンたちを見た。
「君たちの功績は計り知れない。襲撃を事前に察知し、警告をもたらしたこと。被害を最小限に抑えるべく現場に突入し、危険を顧みず幹部相手に時間を稼いだこと。そして何より、闇ギルド【アウトロー】の幹部、バウンスを捕らえるという、ギルド単独でも容易ではない成果を上げたことだ。」
ブラインズンズは立ち上がり、ロンたちの前に立つ。
「よって、本日をもって、君たち『始まりの戦線』の冒険者ランクをFからDへ、二階級特進とする!それと報酬として50万コインズを与える!」
予想はしていたものの、ギルド長から正式に告げられると、ロンたちの顔には驚きと、そして誇らしげな色が浮かんだ。FからDへの飛び級!異例中の異例の評価だ。ソフィアは感動で少し涙ぐんでいる。ラインズは喜びを噛み締めている。クローディアも、僅かに目を見開いている。
「おめでとう、『始まりの戦線』、そしてDランク冒険者たち。」
報酬と、新しいDランクのプレートを受け取り、ギルドを出た彼らは、昇級の喜びと、闇ギルド【アウトロー】という具体的な敵、そして新たな情報という現実を胸に、宿へと戻った。
宿の部屋で、彼らは改めて今回の事件と、これからについて話し合った。新しいDランクのプレートが、彼らの手に光る。
「Dランクかぁ…凄すぎるな、俺たち…」
ラインズが信じられないといった顔でプレートを眺める。
「うん…でも、それだけ今回のことが大きかったってことだよね…」
ソフィアが呟く。
ロンは、クローディアと顔を見合わせた。捕らえられたバウンスから得られた情報。闇ギルド【アウトロー】という組織。そして、彼らがオーランドから撤退し、特定の場所へ移動する手筈だったという事実。
「ギルド長の話だと、アウトローはオーランドを出るつもりだったらしい。」
ロンが口火を切る。
「そして、クローディアさんを狙った理由の一つに、古代遺物への関与…それが今回のクレー商会から盗まれたものと関係している可能性もある。」
クローディアが頷く。「はい。組織の目的は、私の魔力だけでなく…あるいは…」
と意味ありげに最後まで言わない。
ラインズが真剣な顔になる。
「つまり…奴らはもうオーランドにはいない可能性が高い。そして、その盗んだ遺物か、組織の次の目的が、オーランドの外にあるってことか?」
ロンは、窓の外、夜が明けていくオーランドの街を見た。これまで、彼らはこの街を拠点に、この街の周辺で冒険をしてきた。しかし、今回の事件は、彼らを一気に街の外、より広い世界へと引きずり出した。
「ギルドは、これからアウトローを追うんだろう。でも、情報が少なすぎる。特に、逃げた幹部の行方が分からない。」ロンが言う。「バウンスが口にした地名も、信憑性が低いって言ってた。でも…そこが、組織の新しいアジトかもしれない。」
クローディアがロンを見る。
「…追いますか?」
「危険だぜ、ロン! 今の俺たちDランクになったばっかだぞ! 幹部には全然歯が立たなかったのに!」
ラインズが心配そうに言う。
「追わないが…この街は出ようと思う。」
ロンは、今回の事件で感じた、自分たちの無力さ、そしてそれ以上に強くなりたいという渇望を思い出した。そして、クローディアが組織に狙われているという現実。アウトローは彼らを「バウンスを奪った敵」と認識している。このままオーランドにいても、いつ組織の報復が来るか分からない。
ロンは決意を込めた目で仲間たちを見た。ラインズ、ソフィア、クローディア。彼らは、この事件を共に乗り越えた、かけがえのない仲間だ。
「オーランドを出よう。」
ロンがはっきりと言った。ラインズが僅かに目を見開くが、すぐに納得したように頷く。ソフィアは少し不安そうだが、ロンたちの目を見て、決意を固める。クローディアは、ロンの言葉を静かに聞き、覚悟を決めたように、しかし僅かに希望を宿した瞳で頷き返す。
「もっと強くなるために、この広い世界で経験を積もう!」
「うん…皆と一緒なら…頑張れる…!」
「…私の目的にも、近づけるかもしれない…」
それぞれが、新しい旅への思いを胸にする。オーランドは、彼らが冒険者として最初の一歩を踏み出し、仲間と出会い、最初の試練を乗り越えた場所だ。感謝の気持ちを胸に、彼らはこの街を後にする。
その日の午後、ロンたち「始まりの戦線」の四人は、オーランドの東門に立っていた。来た時よりも、少しだけ頼もしくなった彼らの姿。門番に軽く会釈し、街の外へと続く街道へ、一歩を踏み出した。
新たなDランク冒険者として、闇ギルド「アウトロー」を追うか、あるいは彼らの目的を探る旅か。まだ見ぬ世界が、彼らを待っている。
オーランドの街並みが、徐々に遠ざかっていく。
「始まりの戦線」の、本当の旅が、今、始まる。
自由都市オーランド編 終わり
???視点
「『始まりの戦線』…すごいですね、聞いたことのないパーティーが活躍している!!気になる!!」
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