第31話 王族の運命
虜囚になる前のソフラナを思い浮かべていたのは、エセディリ艦長も同じだったようだ。
「こうなることへの準備も、ある程度できていたのかもしれないな。気持ちの上でも、実践的な部分でもな。分王国どうしでの戦いに敗れれば、こういう立場になるというのは、予測できていても不思議ではない。」
あの時「セロラルゴ」での虜囚を脱した自分たちを、温かく迎えてくれたソフラナが、王女としての威厳を漂わせ毅然としていて、且つ艶やかで愛らしくも振舞っていたソフラナが、心の片隅では、いつ捕虜や奴隷の身に澪落することになるかもしれないとの覚悟も秘めていたのかと思うと、ゴドバンは苦しい気分になった。
「家族と会うことなんてのは、やっぱり、できないんでしょうね、王女には。」
「むろん、そうだな。」
問う側も問われた側も、少なからず声を沈ませた。「王や王子、つまり彼女の父や兄にあたる者たちは、ことごとく戦いの中で命を落としている。王は王城と共に灰になったし、王子たちは、それぞれの戦闘艦と共に虚空へと消し飛んで行った。」
「ええ、そのようですね。」
そのことは知らされていたゴドバンが、深く頷いた。
「王族の女性陣はたいてい存命だが、互いに会うことは許されていない。ソフラナ王女は三姉妹の真ん中の娘だったのだが、姉や妹や母などとは、第3分王国の消滅以来一度も会っていないはずだ。」
「母や姉妹とすら、会わせてもらえないのか・・」
「いろいろと、警戒しなければならないからな、身柄を預かっている側も。」
「もし第3分王国の残党がいて、分王国の再興を図ろうとした場合には、彼女たちがその勢力の核として祭り上げられてしまうかもしれないから、ということですか?」
「察しが良いな。そういうことだ。たとえ本人たちには全くその気がなかったとしても、反乱勢力が強引に、中心として据えてしまう可能性はある。彼女たち相互の接触は反乱を企てる勢力に、どんな刺激を与えるか分からない。」
「だから、親子や姉妹での面会も、認めるわけにはいかないのか。そういう血筋に生まれてしまった人って、大変だな。人より贅沢な暮らしを送れる場合もあるけど、ひとたびこんなことになってしまうと、誰よりも苦しい思いをしなくちゃいけなくなるんだな。」
「同感だ。生まれながらに、巨大すぎる責任や運命を背負わされているのだからな。私も御免こうむるよ、そんな血筋は。」
ソフラナを助け出し、母や姉妹に会わせてあげる。その可能性に、いつの間にか思いを馳せている。この後しばらくゴドバンは、戦いの合間にしょっちゅうそんな状態になった。
彼の小隊にも、第3分王国出身の者は何人もいる。前から兵士だった「トラウィ」族においても、ゴドバン同様にかつては一般王国民だった者においても、第3の出身者は少なくない。
そういった者たちに尋ねて回れば、反乱や王族救出を画策している勢力との接触も、可能かもしれない。小隊の中で確立されつつある彼の信頼や、広がりつつある彼の名声も上手く利用すれば、もしかしたら、実現の可能性が見えてくるかもしれない。
そんな構想はしかし、すぐに本気のものではないとの自覚にぶつかる。エセディリやブムニジェルを裏切ってまで、一度しか会ったことのない王女を助けるなんて選択肢は、現実的にはとれるはずがない。
第一に王女自身が、救出されることも母や姉妹に会うことも、それほど熱烈に望んでいるとは思えなかった。捕虜や奴隷になる覚悟もできていて、使用人としての労働にも準備ができていたらしい彼女が、母や姉妹に会いたいという気持ちに整理をつけられていないとは、考えられなかった。
彼女たちの接触が新たな火種になり得ることも、当然、ソフラナ王女は熟知しているだろう。自分たちが争いの火種になることなんて、絶対に彼女は望んだりしないだろう。
そう思う一方で、父や兄の仇を討ち、分王国を再興したいという野望が、王女の心に全く存在しないということも、ないのではないか、との想像も可能だ。大きな戦闘にならずに、すんなりと成し遂げられる道があるのなら、それを目指してみる意気込みは持っているかもしれない。
第3分王国で、貧しくともそれなりの暮らしを送ってきたゴドバンには、「セロラルゴ」への旅に護衛を付けてもらった彼には、王女に「セロラルゴ」にまで迎えに来てもらった彼には、そういう行動を起こすべき恩義が第3分王国の王族に対してあるのではないのか。そんな考えに至る時もあった。
就寝前や長時間一人でいる問などには、王女救出のための計画を頭の中で、かなり詳細かつ具体的に練り上げてしまっていたりしたゴドバンだったが、実際的な行動は、何一つ起こすことはなかった。やはり、それは頭の中だけのもので、実際にはあり得ないことだった。
「ソフラナ王女にも、奴隷になることへの覚悟はあっただろうが、第3分王国の王だったゴアフマにも、殺されることへの覚悟は十分にあったはずだぜ。」
ソフラナの近況について話し合っていた時に、ホスニーからそんな言葉も聞かされた。
「言われてみれば、それも当然のことだな。」
ゴドバンは、素直にうなずいていた。「国を分割して、その勝者を真の国王とする。そんなやり方を選んだ時点で、王族に死ぬことや奴隷になることへの覚悟があるのは、当たり前なんだよな。」
ソフラナが奴隷にされたと聞いた時の、自分の感じた怒りが、今となってはあまりに稚拙なものに思えてくる。とっくに覚悟を固めていた彼らなのに、なんて見当はずれな怒りを燃やしていたのだろう。
「ゴアフマに限らず、第1分王国のガラケル王にしろ、第2のブアジン王にしろ、死ぬことへの覚悟は生半可ではないはずだぜ、ゴドバン。王に関しては、敗北してなお生き残ることなんて、決して許されない。統一された後の王国に遺恨を残さないために、敗北した王は、必ず死ななければならない。それは『トラウィ』族には、暗黙の裡の了解事項だ。一族の誰もが、敗北した王には死を期待している。王自身も、それは痛いほど承知しているんだ。」
「王国をより強くすることが、最終目的なんだものな、この内紛というか、お家騒動は。統一がなされた後に敗北した王が生き残っていることは、不安要素を残すことになってしまう。それでは、肝心の最終目的が、果たされないのだな。」
国を割った3人の王は、もとは血を分けた兄弟だ。それが、負ければ必ず死ななければならない、勝てば必ず相手を殺さなければならない。そんな条件の闘争に打って出てまで、強い国を後に残そうとしている。その悲壮的な運命、王国に対する涙ぐましいまでの責任意識、それらを前にゴドバンの抱えていた怒りや恨みなど、どれほどの重みがあったのだろうか。
かつて自身が抱えていた怒りや恨みの感情に対しては、稚拙なものだったのだとの理解を強めているゴドバンだったが、それでも、ソフラナのために何かをしなくて良いのか、と考えると、居ても立ってもいられない。怒りや恨みが動機ではなくなったが、ソフラナの気持ちの有り様によっては、自分にも第1分王国を敵に回した蜂起に参加すべき義理が、あるように思える。
現実的な行動になどなりようもない、心の片隅の小さな思いでしかないのだが、しかし、確かにそれは、ゴドバンの胸の内に息づいていた。
「方位29-162、距離581光秒に、不審な飛翔体を補足。」
心の片隅にどんな思いを抱えていようと、作戦行動中のゴドバンは、第1分王国軍兵士として最大限に力を尽くしていた。ソフラナの“ ソ ”の字も、一瞬たりとも頭には浮かばない。
「全艦、第2級戦闘配備。」
「主砲プロトンレーザー、準臨戦態勢でのスタンバイ、完了。」
艦長の指示にも、てきぱきと応答する。各部署から返る応えの一つで目立ちもしないが、決められた手筈を忠実にこなしていく。
「飛翔体の識別かんりょ・・こ・・これは」
「どうした、索敵担当?」
「どうしたんだ、ホスニー?」
別室からの艦長の声と同時に、ゴドバンも問いかけていた。
「補足した飛翔体は、『北ホッサム』族のものと判明。新鋭としての情報を最近入手した艦種。詳しい性能は、不明。」
「何だと?『北ホッサム』が我が『トラウィ』王国領に、侵入して来ているというのか?」
「噂されているところでは、『北ホッサム』族と言えば」
艦長の驚嘆を聞きつつ、ゴドバンも考えを巡らせる。「しっかりとした戦力の蓄積を図った上で、十分な勝算が得られてから『モスタルダス』星団への侵略に取り掛かろうと、ここ数十年は鳴りを潜めているそうじゃないか。」
最初にそれを聞いたのは「セロラルゴ」で捕らわれていた時だが、兵として戦い始めてからでも、何回もその話をゴドバンは聞かされていた。いつか来るであろう「北ホッサム」族の大攻勢に対する脅威を、「モスタルダス」星団に住む誰もが、ひしひしと感じているのだ。
「その『北ホッサム』の戦闘艦が、しかも最新鋭のやつが、俺たちの王国内に現れたのか。ということは・・・」
「この『トラウィ』王国を第1のターゲットに据えて、『北ホッサム』族が『モスタルダス』星団への、大規模侵攻を開始する兆候だってことか?」
そうなれば王国は、壊滅的な被害を受けるかもしれない。かつても航宙民族による徹底的な破壊と略奪にさらされ、ほとんどの住民が住む場所を、そして命までをも奪われたのだ。百年近い歳月をかけてようやく、全盛期の何分の1かの生産力にまで回復してきたところだというのに、またしても大侵攻の頃みたいな絶望的荒廃に、叩き落とされることになるのだろうか。
「悪い方にばかり、考えるものではないぞ。」
励ますような、艦長の声。「ここに『北ホッサム』が現れたからって、ここを最初の標的と決めたという証拠にはならない。」
「そうだな、あちこちに艦を送り込んで、一番付け込み易そうな場所を、物色しているのかもしれないしな。」
ホスニーは声を高めた。
「そうだな。こいつをきっちり撃破してやったら、『トラウィ』王国は防御が固いから、最初の標的にはしない方が良いって、連中に判断させることができるかもな。」
ゴドバンも、自身の中の闘争心を掻き立てようと努めた。
「そうだ。それに、『北ホッサム』族がどれだけ力を蓄えているにせよ、今の『トラウィ』王国は、王国ができる前だったこの宙域とは、防御力が格段に違う。同じ結果になど、なるはずはない。」
ゴドバンだけでなく、兵士全員の胸に去来したであろう不安を払拭しようと、艦長が語気を強めた。
「俺たち『トラウィ』王国軍の防御力を、奴らにたっぷりと教えてやろうぜ。」
気合を入れ直したゴドバンを含む小隊が、性能不明の戦闘艦をめがけて突き進んで行った。
「サイズは中型艦だが、プロトンレーザー砲は2門積んでやがるな、この敵は。俺たちの艦だけでやりあうのは、厳しいか・・」
ゴドバンに語りかけながらコンソールのキーボードをぱちぱちやるのは、ホスニーのいつものスタイルだ。敵が1艦だけなのは、間違いないのか。どこかに、伏兵が潜んでいそうな場所はないか。そんな艦長からの問い合わせに、彼の指は応えている。
「どの星系にも含まれない宙域だけど、遊離惑星が近くを漂っているな。百個余りもの衛星が周囲を巡っている惑星だから、その気になればいくらでも隠れ潜んでいられるぜ。大丈夫か、ホスニー?」
敵は間違いなく1艦だけだと、彼が艦長に告げた答えは、ゴドバンも自分の目の前のモニターで確認できる。思わず口を挟んだわけだ。
「あの遊離惑星の周辺には、民間のものだが、我が王国の無人探査機が、何百と飛び回っているんだ。隠れ潜む隙なんて、1つもないさ。」
「そうだったのか。なら、間違いないな。」
ゴドバンも安心して、今見えている1艦だけに意識を集中することができそうだ。
「敵のプロトンレーザーの射程は、分からない。少し遠目から、ランダムスライドを実施するぞ。」
上下左右に軌道を振りながら敵に接近することで、直撃の確率を下げようとする対策だ。相手のレーダーや砲撃管制の性能次第では、それでも直撃するかもしれない。
だが、それを恐れていては戦えない。一か八かで、突っ込んでみるしかない。
「熱源、砲塔直下に集中。周辺磁場にもわずかな歪みあり。いつでも本艦に、砲撃が加えられる可能性がある。注意すべきと考えられる。」
「この距離で、か?こちらが磁場シールドを展開しているのには、敵は気づいているだろう?」
口頭で艦長に意見したホスニーに、ゴドバンが聞き返した。衝撃に備えるようにとモニターに示された艦長命令は、ホスニーの意見がもっともだとされたことを意味していた。
ゴドバンの乗る中型艦にとっては、まだまだプロトンレーザーの射程外だ。この距離から有効打を撃たれるとなると、深刻なほど不利な戦いだ。不気味な鼓動が響くのを、ゴドバンは感じた。
その直後、モニターに示された熱源反応が、敵からの砲撃を教えた。
「直撃コースだっ!命中するぞっ!」
「総員、衝撃に備えよっ!」
ホスニーの絶叫交じりの報告が、続いて艦長の突き刺すような命令が、艦内に轟いた。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/5/1 です。
遊離惑星や遊離星系という言葉がちょくちょく出て来て、分かりづらいと思われている読者様もおられるでしょうか?遊離星系は「星団」からはぐれた星系、遊離惑星は「星系」からはぐれた惑星という意味で、本物語では使っています。今回出て来た遊離惑星は星系からははぐれたけど「モスタルダス」星団の中には含まれているという、ややこしい状態なわけです。
惑星の公転軌道からはぐれた「遊離衛星」というのもあり得る存在で、ゴドバンたちが見つけた天体が遊離惑星なのか遊離衛星なのかは、天体のみを観測しただけでは実は分からないのです。サイズから判断したというこじつけもできるかもしれませんが、木星には地球と変わらない大きさの衛星もあるし、月くらいのサイズしかない冥王星が一時は惑星と呼ばれていた(今は準惑星に格下げになりました)こともあるので、サイズでも遊離惑星と遊離衛星は区別できません。ゴドバンたちが見つけた天体には百個余りの別の天体が巡っていたので、木星でも79個しか衛星を持たないことからすると、衛星ではありえないサイズとは言えるかもしれません。
また、その天体の現在の軌道から過去の軌道を計算すれば、元々はどこかの星系に属していた惑星だったと結論づけられるかもしれませんが、ゴドバンたちが実際にどうやってそれを遊離惑星と判断したのかについては、ここではうやむやにしておこうと思います。
従来のSFではこういった、星系には属さない天体があまり出て来ていない気がしていて(例によって作者の知識不足かもしれません)、星系と星系の間には何もないかのように感じられていました。ですが実際には、星系に属さない天体も宇宙には沢山あるはずだと作者は考えているので、その思いを作中で表現するべく、遊離○○はこれからも登場するでしょう。
宇宙のリアルな姿を最新の天文学的知見から想像し、そこを歴史の舞台にする、というのが「銀河戦國史」の最重要テーマなので(このセリフも聞き飽きたかもしれませんが)、こんな記述も面倒臭がらずに読んで頂きたい、そしてできれば、楽しんで頂きたいです。




