第29話 ゴドバンの戦術
ゴドバンの乗る中型艦は上下左右に、艦をランダムにスライドさせながら前進している。本来は、プロトンレーザーの射程に入ってから見せる動きだ。直撃を免れるための措置だ。それを射程圏外で発動させていることも敵には、こちらの稚拙を感じさせているかもしれない。
順番のおかしいミサイルの発射と早すぎるランダムなスライドの発動で、敵の油断を誘うのも作戦の内だが、もちろんもっと重要な意味がある。ゴドバンの艦から見える敵2艦の位置関係が、最も手ごろになるように調節しているのだ。
ミサイルと敵艦の距離、敵2艦のゴドバンたちから見える位置関係、彼我の距離、それらのデーターを、ゴドバンはモニター上に見比べている。最も効果的な砲撃のタイミングを、そこから見出そうとしている。
沈黙が支配する。さっきまで饒舌だったホスニーも、今は固唾をのんでゴドバンを見守っている。通信機の向こうでも、今は誰もゴドバンに話しかけようとはしていない。集中の必要な瞬間であることを、全員が分かっている。
ブムニジェルたち戦闘艇パイロットの命を、さらには中型戦闘艦の乗員全員の命運を、一身に負った一撃だ。いまだ射程圏外であるにも関わらず、これから放つ一撃に、全てが託されているのだ。
「ここだっ!」
小さく叫んだゴドバンが、発射スイッチを押した。
音もないし、振動も伝わらない。プロトンレーザーの発射に、これといった手ごたえはない。映像も提供されない。モニター上に模式的に示されるレーダーと熱源の反応だけが、発射された事実を伝える。
同じモニターに、戦闘艇3隻の射出も示されている。ほんの一瞬タイミングを遅らせて、プロトンレーザーの光条と重なる軌道を飛んで行く。プロトン粒子が切り裂いたばかりの空間を、戦闘艇も切り裂いて、敵に突進しているわけだ。
プロトンレーザーは、敵艦に到達する直前で急速に拡散させられた。磁場シールドによって運動方向を捻じ曲げられ、敵艦には向かわないあらゆる方向に弾き飛ばされ、攻撃能力を奪い取られる。
射程圏外から放たれたプロトンレーザーは、こうして敵の磁場シールドに阻まれて、敵艦に損傷を与えられない。磁場シールドを通過してもなお敵艦の装甲を打ち破れる距離を、有効射程と呼んでいるのだから。
だが、敵艦に向かうプロトン粒子が、皆無となったわけではない。半分くらいのプロトン粒子は、敵艦には到達しているのだ。重装甲を打ち破れない強度にまで、減衰させられてしまっているのだが。
打ち破れないどころか、傷一つ負わす威力もないプロトン粒子の奔流が、みじめったらしく敵艦の重装甲を叩いていた。虚しいばかりの無駄な攻撃をする奴だと、敵の失笑を買っているかもしれない。戦力に劣るゴドバン側が、破れかぶれでやらかした悪あがきだとでも、思っているかもしれない。
だがこの攻撃で、敵艦のレーダー等による索敵網に一瞬の、しかもごく小さい点のような隙が生じる。敵艦に打ち付けたプロトン粒子は、重装甲は傷つけられずとも、照射されているレーダー波を掻き乱すくらいの威力は、依然として保っているから。
破壊力を失ってしまったプロトン粒子だったが、敵の索敵をほんのわずかに妨害する効果だけは発揮したわけだ。レーダーも熱源や重力源の探知も、全くできなくするわけではないが、激しいノイズを生じさせ、一定の空間を一定時間、見えにくくさせる効果があるのだ。
あまりに短い一瞬だし、ほんの狭い領域だけだから、敵は気にも留めていないだろう。いまだにゴドバンたちの艦は、プロトンレーザーの射程にも入らない遠くにいるのだから、こんな一瞬の、ほんの一部分だけの索敵障害など、気にする必要などないはずだ。
だが、この一瞬の、ほんの一部分の隙こそが、ゴドバンたちの狙いだった。これを作り出すために、ゴドバンは慎重にタイミングを見計らっていたのだ。
一度のプロトンレーザー照射で、敵2艦の両方の索敵に隙を作るには、ゴドバンたちから見ての敵艦の位置関係が、絶妙なものである必要があった。電磁シールドで拡散され尽くさなかったプロトン粒子が、小型艦を擦過した上に、大型艦にも到達する。そうなるような位置関係が望ましかった。
狙いは的中し、大型と小型の両方の索敵に影響が出るはずの位置に、プロトンレーザーは突き入れられていた。敵には何の問題もないと思われているであろう、短時間でほんの一部分だけの索敵障害が。
その障害が解消した瞬間、敵は、ギョっとしたに違いない。突如至近距離に、ミサイルが出現していたから。もはや何の対処もできないくらい目と鼻の先に、突進して来るミサイルを目撃させられたのだから。
ブムニジェルたちの戦闘艇が放ったミサイルだ。プロトンレーザーの切り裂いた直後の空間を飛ぶ彼らの軌道は、敵に生じた一瞬の、ほんの一部分だけの索敵障害が生じているエリアに、ドンピシャで重なっていた。
亜光速で飛ぶプロトンレーザーの着弾は、ブムニジェルたちの発射とほぼタイミングを同じにしていた。だから、戦闘艇の射出から接近までのすべての行程が、プロトンレーザーによる索敵障害によって遮蔽されていた。厳密には、ほんの一瞬、ブムニジェルたちの発射の方が早かったのだが、短すぎる一瞬の情報は敵をして、戦闘艇の射出に気付かせなかった。そういうタイミングになるように、計算して仕組んだ発射だったのだ。
ゴドバンの操作するプロトンレーザーの発射に、戦闘艇の射出を同期させていた理由がそれだ。射程圏外からのプロトンレーザーによる“ 目つぶし”効果を利用して、敵に気付かれずに戦闘艇を接近させる。それが、ゴドバンの考案した戦術だったわけだ。
内容が分かってしまえば、単純すぎる作戦のようだが、手品と同じで、仕掛けが分からない者には思いもよらない出来事の到来なのだ。その証拠に、敵はブムニジェルたちの放ったミサイルに、なす術もなく叩きのめされた。
散開弾だった。射出直後に展開し、大量の金属片をばらまいた。それが、敵艦の表面構造物を傷つけていく。重装甲を突き破り、内部に重大な損傷を与える威力はないが、索敵システムには障害が出る。射程圏外からのプロトンレーザーがもたらすものより、はるかに長時間で広範囲の障害だ。
大型艦と小型艦の、両方で生じたこの障害が、敵には致命的になった。最初にゴドバンの艦が放ったミサイルが、敵艦に迫っている。さっきまでは、簡単に迎撃できるはずだったミサイルだ。レーザー銃の射程に入り次第、すぐにでも破壊するつもりだったミサイルだ。なのにレーザー銃照射の直前で、いきなり探知不能になったのだから、敵には致命的なのだ。
散開弾による索敵障害は、そうすぐには解消しない。自動修復システムなどは敵艦にもあり、人が艦外に出て修理する必要まではないが、数分間は使い物にならない。ミサイルの着弾には、当然間に合わない。
拙速な攻撃だと敵が鼻で笑っていたかもしれないミサイルが、敵艦に突き刺さった。徹甲弾の弾頭は、硬さと重さを生かして重装甲を突き破り、敵艦の奥深くにまで到達する。そこでの炸裂で生み出された高温ガスの激流は、内側からの衝撃では砕けやすくなっている弾頭由来の金属の塊を巻き込みながら、敵艦の中を吹き荒れ、駆け巡った。
敵艦内の様々な装置と数多の人体が、熱に焼かれ、金属塊に打ち砕かれ、ガス流に吹き飛ばされてた。ばらばらにさせられ、焼け焦げにさせられ、装置は機能を、人体は生命を、無残に奪い去られていった。
小型艦は、ミサイル攻撃だけで四分五裂となった。ミサイルによる打撃だけでなく、艦内での誘爆が引き起こした衝撃が、艦を複数の塊に引き裂き、原形を失わせた。
大型戦闘艦は、原形は維持できていた。航宙の継続は無理だろうが、多少の攻撃能力なら、残しているかもしれない。高確率で敵に命中させるための機能は望めそうにないが、完全に沈黙したわけではなさそうだ。
そうとなるとゴドバンたちとしても、とどめを刺さないわけにはいかない。自分たちが殺される確率は、少しでも下げなければならない。情けなど、かけていられる場面ではない。
敵が惨劇に見舞われている間に、プロトンレーザーの射程内に踏み込んでいたゴドバンの艦が、今度は威力たっぷりのプロトンレーザーを敵大型艦に叩きつけた。磁場シールドももはや喪失してしまっているから、破壊力は絶大だった。
重装甲に鎧われた巨大な艦体を、軽々とビームが貫通した。反物質動力炉の暴走が巨大光球を作り出し、敵艦を構成していたすべての物質と命を無に帰するのに、一分とはかからなかった。
「また成功したな、ゴドバン。これで2回目だ。プロトンレーザーを目つぶしに使うなんて戦術は、誰にも予測できないものなのだな。」
「そうさ、ホスニー。同じことを思いついた奴が、いないくはないだろうけど、それは無理な戦術だって結論付けたはずさ。これは、この前俺が『セロラルゴ』管区で手に入れた、最新のデバイスを必要とするものだからな。」
それは戦闘艇に、瞬間的に小さな磁場シールドを発生させる装置だった。
敵艦の磁場シールドにはじき飛ばされたプロトン粒子は、ごく一部ではあっても、ブムニジェルたちの戦闘艇にも打ち付けて来ていた。攻撃のために敵艦に接近しているわけだから、敵艦に跳ね返されたプロトン粒子から、影響を受けないではいられない。
ふつうの戦闘艇なら、爆散にまでは至らずとも、ミサイルの射撃管制に致命的な障害が生じていたはずだ。だから、プロトンレーザーで目つぶししている間に戦闘艇を接近させるという戦術は、誰かが思いついたとしても、実現不可能と結論付けざるを得なかったはずなのだ。
ゴドバンが「セロラルゴ」管区で手に入れていたデバイスは、「トラウィ」王国では知る者の少ない代物だった。「セロラルゴ」管区においても、強烈な恒星風に晒される環境で宇宙艇での作業ができるようにと開発されたデバイスで、戦闘への応用は考慮されていなかった。
だから「トラウィ」の兵士が、こんなデバイスをこんな風に使っての戦術を、予測などできるはずがなかったのだ。ゴドバンだからこそ考案でき、実現できた戦術だった。
だが、危険の大きい戦術でもあった。ゴドバンの砲撃が少しでも狙いを外していたら、ブムニジェルたちは確実に撃破されていた。無防備に敵に接近していた彼らの艦も、ただでは済まなかった。ゴドバンのアイディアと砲撃の技量に、全てを賭けた戦術だったと言える。
戦術を承諾し、敵艦への突進を敢行したブムニジェルの勇気とゴドバンへの信頼は、並々ならないものだった。ゴドバン自身にも信じがたいほど、ブムニジェルはゴドバンに信用を置いてくれていたのだ。
最終的に戦術の採用を決めた艦長エセディリも、同じくらいにゴドバンを信頼していたことになる。
信頼されたことと、それに応えて作戦を成功させたこと、更には仲間に犠牲を出さずに敵2艦を撃破できたこと、それらに、ゴドバンは心底からの安心と喜びを感じた。会心の充実感があった。
「ヒャッホーッ!やったぜ、ゴドバン、大成功だ!」
艦に帰還したブムニジェルと、ハイタッチで喜びを分かち合う。
「苦しかっただろ?ブムニジェルにも、ものすごい加速重力に耐えてもらわなきゃ、実現できない作戦だったから。プロトンレーザーでの目つぶしが効いている一瞬の間に、ミサイル発射の適正位置にまで接近してもらうには、頑丈な『トラウィ』族の兵士にとっても命が削られるくらいの加速が必要だったからな。俺だったら、確実に即死してる加速だ。」
「そんなもん、戦闘艇パイロットには当然の試練だ。そう言うお前も、とんでもないプレッシャーだっただろ。仲間の命と艦の運命を背負った一撃を、新参者のお前が撃たなきゃいけなかったんだからな。」
互いを労い合い、称え合うひと時があった。互いの心のより深い部分が、より太い絆で結ばれたと感じられた。
「よくやってくれた、ブムニジェル軍曹、ゴドバン二等兵。中型戦闘艦1個で、大型と小型の2艦を撃破するという大金星は、君たちがいなければ決して成し遂げられなかった。最大級の賛辞を贈らせてもらうぞ。」
そんな言葉をかけてくれた艦長エセディリにも、ゴドバンは深い親愛を覚えずにはいられなかった。戦いを通じて戦友から親友に、更にはファミリーにまで、彼らの距離は近づいた。そんな風に感じたといっても、過言ではないだろう。
「残る小型の1艦は、大型の撃破を知るや否や、降参を申し入れて来たぜ。たった1艦で3艦を始末した計算だ。これほどの戦果は、第1分王国軍では初めてと言って良い。すごいことだぜ、ゴドバン。」
「ありがとう、ホスニー。そして、その俺の教育担当を務めたのはホスニーなのだから、この手柄の半分は、お前のものでもあるんだぜ。」
「やめろよ、ゴドバン。そんな言い草をされたら、背中がかゆくなっちまうじゃねえか、はははは。」
「しょうがねえだろ。誰かをかゆがらせてやらなきゃ、気が済まねえ心境なんだから、あははは・・」
大金星という結果を受けて、艦内ではちょっとした宴会が催された。軍という組織においては珍しい。特に生真面目な「トラウィ」の軍においては艦内での飲酒は、普段は基本的に禁止なのだ。
艦長の特別な計らいで配られた美酒に、ゴドバンたちは良い気分で酔っていた。すでにいくつもの戦いを共に乗り越え、十数件の航宙民族による侵略を片付け、十回近くも侵入してきた第2分王国軍を追い返し、そして今回1艦で2艦を撃破し、1艦を降伏させるという快挙まで成した。
こんな闘いを共に戦い抜いてきた戦友たちだから、絆の浅かろうはずもない。酒の席には笑顔が溢れ、宴会は短時間で小規模ながらも、大いに盛り上がった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2021/4/17 です。
ゴドバンの提案が実を結び大きな成果に繋がりましたが、現実世界の職場では、なかなかそう上手くはいかないものではないかと思います。そもそも、改善提案を呼び掛けているのに、全然提案が上がってこない、という職場が多いのではないでしょうか。朝礼などで、「何か改善提案のある人いませんか?」なんて上司がよびかけ、「・・(シーン)・・・」みたいな現場を、作者も何度も見てきました。
しかし、改善提案が無いなんてことは、まあまず無いのではないでしょうか?作者は、作業者の数×10個の改善提案は、全ての職場にあると思っています。「ここやりにくいな」「これしんどいんだよな」なんていうのは無数にあるはずで、それを一ひねりすれば改善提案になるのですから。
それでも改善提案が上がってこないのは、まず第一に、「こいつに言っても理解してもらえない」と上司が部下に思われているからでしょう。一つ一つの作業の内容を深く詳細に理解していなければ、改善提案の意味や効果は分からないものです。それを説明するのに時間がかかるし、時間をかけても分かってもらえない可能性があるのなら、誰も提案してみようとは思わないのです。
第二に、「言ったところで何も動いてもらえない」と、やはり上司が部下に思われているからでしょう。部下が持つ知識や権限や情報力だけでは実現できないから、上司に「提案」するわけです。部下だけで実行できる改善なら「提案」する必要はなく、勝手に実行すればいいわけですが、それでできることには限りがあります。目に見える効果の上がる改善の多くは、上司が動かなければ実行不可能なものなのに、その上司に動いてくれそうな気配が感じられなければ、改善のアイディアがあっても誰も提案しようとは思わないのです。
部下の数×10で、実際に上がって来た改善の数を割って百を掛けた数字が、上司としての点数ではないかと思います。つまり、5人の職場で3つしか提案が来なかったら、3÷50×100で、6点(もちろん百点満点中)です。毎日仕事をしていたら、これくらいのアイディアは出てくるはずなのに、部下からの評価が低いためにそれらを吸い上げられていないということです。
そんな現実を顧みず、現場の作業を理解できていないし動いてくれそうな期待も抱かせていない上司が「改善提案出してくださーい」とかって朝礼なんかで訴えている姿は、愚かしい限りです。
その点エセディリ艦長は、前話の記述にもある通り、個々の作業を深く詳細に理解しているし、理解できていることを作業者に十分にアピールしているし、改善に前のめりでいかにも動いてくれそうな気配を常日頃からプンプン醸し出している上に、アイディアを考案するための活動への支援を積極的に実施し「動いてくれた」という実績も自ら作り出しているのです。
こういう上司には、上司の方から呼びかけなくても、改善提案がジャンジャン出て来るのだと思います。ゴドバンの提案が大きな戦果に繋がったのも、半分以上は艦長の力量だということです。現実世界での不満をぶつけた場面だから、現実にはあり得ないような成果が上がるのは当たり前なのですが、エセディリ艦長を少しでも見習う上司がいてくれると、現実世界の方も居心地がよくなるのにな、という作者の気持ちは、わがままなのでしょうか?




