第28話 エセディリの管理
「はあ、十日ほどであれをマスターしてくれると嬉しいって、艦長が前に言ってましたんでね。どうにかそれに間に合わせようと、悪戦苦闘ですよ。」
役割分担や任務の期限が明確であるのも、ゴドバンにはやり易さを感じることができた。すべての作業の責任範囲や達成までの期間を細部にわたってエセディリは、はっきりと伝達しているのだ。
砲撃手にとって必須の設備である砲撃管制用のレーダーのメンテナンスを、砲撃手がやるべきなのか、メンテナンス要員がやるべきなのか、微妙なところだ。役割分担が、曖昧になりがちでもある。
実際に使っている人間こそが、一番設備の状態を把握できているはずだが、砲撃手が全てのメンテナンス作業を担うのは荷が重すぎる。せっかくメンテナンス専門の要員がいるのだから、その連中に全て任せてしまうべきだという考えにも、一理ある。そこには、正解はない。
そんな状況の中でも、艦長エセディリは、明確な役割分担を指定していた。
砲撃担当の座席から手の届く範囲のメンテナンスは、全て砲撃手がやり、あとはメンテナンス要員がやる、と決めていた。それに絶対的な根拠などはないが、とにかく艦長が艦長の責任において、明確にそう決めたのだ。
絶対的な根拠がないからこそ、責任ある立場の者が明確に決める必要がある。曖昧な部分のメンテナンスが不履行であってはならないし、重複して作業して無駄を出してしまうのも避けるべきだ。だが、境界線を定めるための決定的な根拠がない以上、誰かが全責任を背負ってどこかに線引きをしなくてはならない。それをできるのは、戦闘艦にあっては、艦長を置いて他にはいない。
判断を現場担当に丸投げなどしたら、作業者相互の人間関係や力関係で、役割の範囲がコロコロ変わるかもしれない。一部の者に、負担が偏る可能性も出て来る。各担当が、異なった認識を持ったままで作業してしまうかもしれない。それはミスやトラブルの原因を、自分からばらまいてしまう愚行だと言って良いだろう。
ゴドバンがかつて強制的に放り込まれた「セロラルゴ」管区自衛軍が、まさにそうだった。責任ある立場の者が、判断の責任を背負おうとは全くしていなかった。それどころか、メンテナンス作業について全く理解できておらず、曖昧な部分が存在することすら認識していなかった。完全に、現場に丸投げの状態だったから。
役割分担の曖昧な部分が存在していると認識するのには、それなりの知識や経験が必要だ。曖昧さが、どんな問題や支障の原因になるかも、知識や経験が十分でないと分からない。責任意識に加えて、知識と経験を豊富に備えた者が然るべき立場に就いていてこそ、役割の明確化というのは実現できる。
エセディリという知識と経験が豊富で、責任意識の高い人物が艦長であることを、ゴドバンは嬉しく思っていた。
艦外デバイスの交換は、基本的にはメンテナンス要員の担当だ。通常は、ゴドバンに実施の機会はない。だからと言って、できなくて良いということにはならない。戦場では何が起こるか分からないし、戦場でなくとも、人は病気や怪我をするものだ。メンテナンス要員に任せきりではいけない。
役割を明確にしつつ、役割以外のことも、一応はできるようにはしておく。それを、期限を明確に区切って順番に、計画的に身に付けさせて行く。いつまでに、どれをできるようになって欲しいと、言葉ではっきりと伝える。ゴドバンも納得の、エセディリ艦長のやり方だった。
担当と定められた役割以外で、できた方が良い作業は、無限にある。各作業者には、どれを優先的に習得するべきかなど、判断できるはずはない。判断できるのは艦長だけだ。
自分の責任と判断で優先順位をはっきりとさせ、明確に期限を区切り、エセディリは兵士たちに役割以外の作業の習得を促していく。覚えろと言ったまま放ったらかしにするようなことも決してせず、期限が来る前に進捗の確認もする。
ダイニングエリアなどでの気さくな声掛けも、ただ楽しくおしゃべりをするためのものではない。必要な確認を効率よく実施するための、彼なりのやり取りだ。ただしゃべっただけでコミュニケーションをとった気になるという愚かな発想は、彼にはない。必要な情報をちゃんと交換できていてこそ、コミュニケーションが取れているということになるのだから。
役割が明確だと、作業者は安心して作業に臨める。「セロラルゴ」管区自衛軍のような状況だったら、(俺は、これもできなくちゃいけないのかな?やり方はわからないけど、放っておいたらまずい気もする)とか(これは、いったい誰が担当しているんだろう?もしかして、俺だったりして)といった疑問が沸いて来る作業が、あっちにもこっちにも沢山目に付いてしまう。日々の作業をこなすのに、不安が尽きない。
目に付いた作業を全てできるようになるなんて、物理的に無理だ。1人1人が習得できる作業量には当然限界があるのだから、気づいた者がやれ、なんていう考えなどは通用するわけはない。明確に担当者を決めておかないと、誰もやらない作業が出てくるのは当たり前だ。
エセディリはそんな不安を、彼の部下に決して与えない艦長だった。
砲撃手と戦闘艇パイロットが連携して繰り出す戦術の研究、というのも、ゴドバンの役割ではなかった。彼が自主的に首を突っ込んだことだ。
だがエセディリは、密なコミュニケーションの成果でゴドバンたちの活動を素早くかぎつけ、大いに後押しをしてくれた。役割を超えた、部下の自主的で前向きな取り組みに対しては、素早く察知して絶大な賞賛を与える。その上で、できる限りの支援をする。が、余計な口出しはしないし、過度なプレッシャーを与えたりもしない。それも、彼の指導者としての力量を示すものだった。
参加者が集合し易いように、仕事の手順や段取りを組み替えるなどの配慮も見せてくれた。集合場所も、艦長の権限で彼が抑えてくれた。必要な情報も、彼の事前の根回しや口利きのおかげでスムーズに収集できた。
「昨日の研究会では、どんなことが話し合われたんだ?」
メンテナンスの件を話し終えると、間髪を入れず、うれしそうな前のめりでエセディリは尋ねた。ゴドバンは得意な気分にさせられ、期せずして饒舌になってしまう。
「戦闘艇のイオンスラスターが、戦闘艦における熱源探知にどんな影響を与えるかを、実戦でのデーターをもとに検証してみたんですが、やり方を工夫すれば、プロトンレーザーへのチャージに敵が気付くのを遅らせられるかもしれない、と結論づけられました。具体的な方法にまでは、至りませんでしたが。」
「なるほど。敵艦の砲撃は、熱源分布の変化でその前兆をとらえるものだからな。戦闘艇程度の小さな熱源でごまかせるなどとは、考えたこともなかったが、敵との距離は戦闘艇の方がはるかに近い場合があるわけだから、言われてみれば可能なのかもしれんな。私などには、思いもかけない発想だな。」
「ええ。1秒でも、敵が砲撃の兆候を捕らえるのを遅らせられれば、こちらの攻撃の成功確率はずっと高まります。逆に、敵戦闘艇がこちらの探知の邪魔にならないように、前もって対策を打てるかもしれません。」
「うむ。その研究は、戦闘を有利に導く可能性が大いにあるな。いや、実に頼もしい。これからも、意欲的に取り組んでほしいな。」
ダイニングエリアを出るころには、ゴドバンはウキウキの気分だった。艦長に調子に乗せられ、手のひらの上で踊らされているという自覚はあるが、そこは目論見通りに乗せられ踊らさせておけば良い、という気分にもなる。有能な指導者は、部下を調子に乗せるのが上手いものだ。
ブムニジェルやエセディリのおかげで、ゴドバンの軍隊生活は充実したものになっていた。自分でも気付いていなかった潜在能力が、ドバドバと引き出されていく印象だった。
「敵艦、急速回頭。離脱を図る模様。」
ある日のパトロール実施中における、ホスニーの報告だ。
「無理に追う必要はない場面だが、少しの危険は覚悟の上で、追撃してみよう、だってさ、ホスニー。艦長はいつになく強気だな。」
「こうなるのも、無理もないだろ、ゴドバン。最近は第1分王国の方が、かなり押し気味だからな。一般王国民からも兵を募集している効果が、ずいぶん出て来たわけだ。『トラウィ』族だけで戦う矜持を貫いてる第2分王国の姿勢に、敬意を表しはするが、それでは勝てないし王国を守れないんだ。その現実を、第1が突きつけているのが現状だな。」
「第1分王国の調子の良さに、艦長が乗せられてるだけってことか、ホスニー?」
「だけってことはないさ。前の戦闘では、俺たちの艦1個だけで、待ち伏せを仕掛けてきた航宙民族の戦闘艦3個を相手に、圧勝だったんだからな。一般王国民を兵に加えても、個々の戦力に劣化は見せていないってことだ。こりゃ、艦長が強気になるのも、当然だぜ。」
「3艦って言ってもさ、全然連携が取れていなかったから、1対1を3回やったようなものだったぜ。それも、メンテ不良の老朽艦ばかりだったんだ。圧勝するのは当たり前だ。考案した戦術も、使うまでもなかったしな。でも今の敵は、航宙民族じゃなくて第2分王国の軍だ。前のように行くはずないぜ、ホスニー。」
「冷静な判断をしてるじゃないか、ゴドバン。でも、これだけ頻繁にこちらの領域に侵入されるとなると、追い返すだけでなく、どこかで撃破や拿捕って成果を上げておかないとな。敵に舐められてしまったら、今後の力関係にも影響しかねない。俺たちの腕を信用して、少し冒険をしてみようって気になったんだろうぜ、艦長は。」
小隊からは、離れていた。中型戦闘艦1個での、単独追撃という局面だ。
「相手は、大型1個と小型1個だ。まともにやりあえば、こちらに分が悪い。」
ホスニーの解説に、ゴドバンが言い返した。
「だけど、あの逃げっぷりから見ると、補給なしには戦えない状態なのじゃないか?もしくは、メンテ不足で、やりあう自信がないとか。こちらの分国領に深入りしすぎたのが原因で、そんな状態に陥ってしまっているんじゃないかな。」
「そうだと良いが、そう思わせて追いかけさせて、あっちに有利な場所に連れ出したところで反転して、2艦で向かって来る可能性もある。」
「そうだな。2艦どころか、向こうの仲間がどこかで待ち伏せしていて、もっと多くを相手にしなくちゃいけなくなるかもな。」
「そういう深追いのリスクなんてものは、艦長だって分かってるさ。分かっててなお、追撃の判断をしたんだから、俺たちは全力で戦うまでだぜ。」
「もちろんさ、ホスニー。決めるのは艦長だ。艦長が背負うって決めたリスクなら、俺たちは背負い切って見せるだけだ。」
数分後、気合をみなぎらせた彼らに、予想通りの展開が待ち受けていた。
「敵艦反転、メイスンスラスターでブレーキをかけて、急激に速度を落としている。」
後ろ向きに、敵艦が進んでいるということだ。ゴドバンたちの艦は加速しながら追いかけているから、敵との距離はどんどん縮まる。
「やっぱり、いったん食いつかせておいて、反撃に出て来たな。新手も出てくるんじゃないか、ホスニー?」
「ご名答だぜ、ゴドバン。さっき通り過ぎた小惑星の陰から、戦闘艦が出てきやがった。やっぱり、伏兵がいやがったんだ。前後から挟まれるぜ。」
3艦対1艦で、なおかつ敵には大型戦闘艦がいる。中型艦には一門しかないプロトンレーザー砲を、三門も積んでいるのが大型艦だ。戦力は圧倒的に、敵が上だ。それに、前後に敵を抱えているという不利もある。
「構わず突っ込め、だって、艦長。大型相手に中型で突撃だなんて、強気にもほどがあるんじゃないか?」
話し合う彼らの顔には、不安も恐怖も現れてはいなかった。艦長だけでなく、彼らにも勝算はあるのだった。
「その艦長から、お前の考案した例の戦術を使うって、言ってきたぜ。」
「あれ、好きだなあ、艦長。前に一度上手く行ったから、使いたくって仕方ないのかな。」
戦闘艇で熱源をごまかす戦術ではなかった。そっちは目下のところ、検討段階だ。
「戦闘艇、電磁誘導式カタパルトでの発射準備、よし!」
ブムニジェルの声が、ゴドバンたちに届く。艦長に対する報告だが、彼らにも聞こえた。と同時に、ミサイル発射の報告も、ゴドバンが目にしているモニター上に踊ってる。
「プロトンレーザー砲もチャージを完了して、いつでも撃てる状態だ。」
ゴドバンも報告する。口頭で告げなくても、艦長はじめ全員がモニター上で確認できる情報だが、肝心なことは口に出すことにしているのだ。それも、艦長が決めたルールだ。
手筈通りに戦術を進めていくように、艦長がゴドバンに伝えて来た。これは、モニター上だけで確認した。
「頼むぜ、ゴドバン。上手くやれよ。」
「上手くやるのは、戦闘艇のパイロットたちだぜ。俺の仕事は、大したことじゃない。」
「そんなことはないだろう。まずはお前が上手くやらなくちゃ、ブムニジェルたちだって、どうしようもないんだ。」
「戦闘艇の射出を、プロトンレーザー砲に同期したぜ、ゴドバン。タイミングを間違えるなよ!」
ブムニジェルの声だ。今度のは艦長ではなく、ゴドバンを指定しての連絡だ。艦長にも、聞こえてはいるだろうが。
砲撃管制用のモニターを、ゴドバンは睨み付けていた。
ミサイルは、射出された後は一旦放射線状に広がり、敵2艦を上下左右から包み込むように飛翔している。一旦敵を通り過ぎ、背後に回り込んで反転するのもあるし、一直線に近い軌道で敵を目指しているのもある。敵はミサイルに、立体的に囲まれた形になる。どのミサイルが、2艦のどちらを狙っているかなどは、敵には判断できる状態ではない。
弾種は、敵には知れていると見て良い。この時代の戦闘艦が保有する一般的な熱源や重力源の探知能力は、それらを見誤るようなものではない。徹甲弾であることをすでに察知し、レーザーによる迎撃準備を整えているはずだ。
正常に機能しているレーザー銃迎撃システムにとっては、徹甲弾を弾頭としたミサイルなど簡単に始末できるものだから、敵は余裕をもって待ち構えているはずだ。こんなタイミングで徹甲弾を発射したゴドバンたちの拙攻を、鼻で笑っているかもしれない。
ふつうは、散開弾などである程度敵艦にダメージを与え、迎撃能力を低下させてから繰り出すはずの攻撃なのだ。
プロトンレーザーの射程にはまだ入っていないから、しっかりと磁場シールドを展開しておけば、そちらも心配する必要はない。さらに敵は、小型戦闘艦を前に出して大型艦への盾とし、小型に多少の被害は出ても大型には、無傷のままでプロトンレーザーの射程に飛び込ませる作戦とみられる。
ゴドバンたちの艦を2門も上回る砲撃能力を最大限に活かした、一気呵成な決着を狙っている。そう考えて良い陣立てで、敵は接近している。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/4/10 です。
またしても、個人的な不満や主張を垂れ流しにしたお話しでした。
役割分担を曖昧にしたり、「気付いた者がやれ」的な状態にしたり、そんな職場って居心地悪いんですよね。口が達者だったり声が大きかったりの人が「ごね得」的に楽な役回りになって、そうでない人が貧乏くじを引かされるのが常態化してしまいがちだと思います。
気付いたことを全部やってたらいつまで経っても帰れないし、同じことに気付いてる人は何人もいる中で誰がやるべきなのか分からない。だけど、気が付いてることが誰にも手を付けられずに放置されているのを見ていると、不安な気持ちになってくる。で結局自分がやってしまって、一人だけ遅くまで残業なんていう貧乏くじを引かされてしまう。
どんな些細な作業でも役割分担を明確にしてくれる職場で、そんな管理ができている管理者のもとで仕事がしたいものですが、無いものねだりでしょうか?仕方ないから架空の世界で、ゴドバンに理想の職場と管理者を与えてみたのでした。




