第21話 家族の実態
救世主とも呼ぶべき、ゴドバンの祖父が見つけた施設がもつ資源採取能力は、かれらの乗っていたシャトルとは比べものにならないくらいに強力で、内部循環機構などを使わなくても星系ガスから採取した資源だけで、人に必要な物質を提供してくれる。最低限命を繋ぐだけならば、その施設で得られるものだけで何とかなる。
とりあえず命を繋ぐことには成功したゴドバンの祖父たちだったが、それでもその生活はみすぼらしいし、シャトルにいた数人の男女以外とは出会う可能性もない、寂し過ぎる環境だった。
少ない面子での近親交配を続けていくことも、命の存続には危機的なことだろうし、あまりに単調すぎる食糧供給も、末永い生活を考えれば、精神や肉体を蝕んでいくものだろう。
だからゴドバンの祖父たちは、資源採取施設にあった通信機器を使って、誰かとの交信を試みた。より多様で豊富な物資を得るためにも、子孫を残すためのパートナーを見つけるためにも、誰かとの交流は必須だった。広い宇宙でたった数人の男女では、やはり、いつまでもは存続できないのだ。
祖父の時代には誰とも出会えなかったが、父の時代に、ムニ一族との交信が実現した。虚数の質量を持つタキオン粒子を用いた超光速通信で、何光年もの彼方にいたムニ一族が、彼らからのメッセージを受信してくれたのだった。
ムニ一族は、労働力を欲していた。かつては15個の星系を内包する「ヨウング」領域全体を領有していた名門一族だったのが彼らだ。だが、航宙民族の襲来で一時は追い出され、数年の宇宙放浪を経たのちに戻って来た時には、3つの星系を経営するのが精いっぱいなくらいに、人手も装備も不足していた。
人手を早急に補充しなければ、3つの星系ですら保持し切れなくなるかもしれない。そんな状況にあった時に、ゴドバンの父からの通信を受け取ったのだった。
そして当時十歳にもなっていなかったゴドバンが、ムニ一族のもとに労働力として送り込まれ、労務の報酬としてムニ一族の生産した物資を分けてもらう、という相互依存関係が生まれたのだった。
壮絶な運命と思えるゴドバン一家やムニ一族だが、それでも彼らは、とてつもなく恵まれていた方だったとも言える。航宙民族の襲来は、「モスタルダス」星団の当時の人口の、半分以上を死に至らしめるほどの惨劇だったのだから。
略奪でしか生活の糧を得る術を知らないのが、たいていの航宙民族だ。しかもこの時期の彼らは、蓄えなども底をついていて、今すぐに略奪を成功させないと一族もろとも飢え死による全滅しかない、というくらいに追い込まれていた。手加減も情け容赦も、あろうはずがなかった。
遮二無二に、出鱈目に、襲って、殺して、壊して、奪ってを繰り広げた。標的となった星団住民の、心に植え付けられた恐怖の根深さは、生半可なものではない。
そんなわけで、とりあえずの平穏やある程度の豊かさを回復していたゴドバンの周囲の人々は、心中に航宙民族の侵略に対する強烈な警戒心を抱えていた。
十日間の労働を終えたゴドバンが、長らく留守にした我が家に帰り着いた。家族においしくて栄養のある食べ物を沢山与えるために、我が家の修繕をより安全確実に実施するために、様々な物資を宇宙艇に満載しての帰宅だった。ムニ一族に報酬としてもらったものや、「セロラルゴ」管区で買い込んだものなどだ。
「ただいま、父さん、母さん。2か月ぶりだね。そんなに長かったわけでもないけど、ものすごく久しぶりに帰ってきた気がするよ。」
「おお、ゴドバン、よく帰ってきてくれた。2か月が、長くないなどということがあるか。これまではずっと、半月ごとには帰って来ていたんだ。それが、『セロラルゴ』管区などという遥か遠くのよく分からん場所にまで出かけて行って、いつもの4倍もの間帰ってこなかったのだ、わしらがこれを、どれほど長く感じていたか。」
「そうよ、ゴドバン。帰って来られるのかどうかも疑わしいような遠くに、出かけていたのよ、あなたは。それに、実際に帰って来られなくなるかもしれない事件にも、巻き込まれたのでしょう。そのあなたを待つ時間は、母さんたちには、永遠に等しいものがあったのよ。」
「うむ。ジャジリについては残念だったが、お前が無事に帰って来てくれて、本当に安心したぞ。」
両親の代わる代わるの言葉を聞くと、生きて帰って来られたことの喜びが、改めて、更に何倍にもなって、ゴドバンの胸に沸き上がって来た。
「危険な思いも、辛い思いも、沢山経験した旅だったけれど、得られたものも多かったんだよ、父さん、母さん。ムニ一族にも報酬を増やしてもらえたし、『セロラルゴ』管区で入手した微生物や遺伝子を持って帰って来たから、ここで作れる食料とかも、さらに豊富になるよ。それはすべて、死んだジャジリのおかげでもあるんだ。みんなで、ジャジリのために祈ってやってよ。」
「そうか。わしらに豊かな暮らしをさせるために、お前は命を懸けてくれたわけだな。だが、どんな豊かな暮らしより、お前を無事に返してくれたことに対して、わしらはジャジリに心からの感謝の祈りを捧げないとな。」
「本当ねえ。ジャジリがあなたを『セロラルゴ』管区への商旅行に誘った時には、正直少し、恨む気持ちもあったのだけど、こうして命と引き換えにあなたを返してくれたのだから、今となっては、感謝しかないわね。私もジャジリのために、ここからの祈りを捧げるわ。」
しばし、両親との抱擁の時を過ごしたゴドバンは、声の調子を変えて尋ねる。
「兄ちゃんや姉ちゃんは、まだ帰ってないの?」
「ああ、2人とも勤め先で、お前の帰宅を喜んでいるだろう。わしらのために頑張ってくれていて、ここでともに祝うことができないのが残念だが、本当に頼もしい子供たちを持ったものだわい。」
彼の兄と姉も、ムニ一族に紹介された別の領主のもとで、それぞれに働いている。近隣の複数の領主のもとに労働力を送り込むことで、元来は資源採取のためだけだった施設に住むゴドバン一家も、ここ数年で飛躍的に生活水準を向上させたのだ。
この施設における、資源採取や物資生産の能力も向上した。ゴドバンたち兄弟があちこちから、機器や資材を持ち帰ってきて、修繕や増築をくり返したからだ。住み心地の良さも向上している。彼らは今、日々豊かになっていっている。
「それもこれも『トラウィ』族が、航宙民族の侵入を防いでくれているおかげだ。そのうえで、王国内の各領主の利害調整や論争の裁定なども献身的にやってくれて、無法者の取り締まりなどにも抜かりなく目を光らせてくれているのだから、有難いものだ。」
防衛に加えて行政や警察などをも、「トラウィ」族は「アルティガス」区域の住民たちから委託されているのだ。それを十分に実施できるように、国王という地位も与えられている。
統治という使命を果たすことが、宇宙を当てもなく漂流していた「トラウィ」族が、ここでの定住を許された条件でもある。航宙民族どうしでの争いにおける敗北者である彼らにとっても、有難い取引だった。
住民への感謝の念を忘れず、「トラウィ」族は良き統治者として、「アルティガス」区域の住民に奉仕している。命懸けの防衛や、親身な行政サービスの提供に努めている。
住民も彼らを信頼し、安心して統治を任せている。王としての敬意も持ち、彼らの作る法律や彼らの下す命令を、誰もが尊重している。
雇われの統治者に、住民が素直に従う。そんな形での国家の繁栄が、ここ「トラウィ」王国においては実を結んでいるということだ。
「ゴドバンたちの商旅行にも、護衛の兵を付けてくれた。自衛軍による裏切りなどという想定外の事件があって、ジャジリを失うという悲劇に見舞われても、こうして大切な息子を生きて返してくれた。『トラウィ』族には王家の方々にも兵士の方々にも、本当に、いくら感謝しても仕切れないのう。税の負担が厳しいと感じることもあるが、これだけのことをしてくれている『トラウィ』族が必要としているのだから、決められた税はきっちりと収めていかないとな。」
ゴドバンの父の言葉は、この王国のほとんどの民に共通する思いだった。
航宙民族の大規模侵略による恐怖と荒廃と苦難の時代を経て来たからこそ、力強さと信頼を感じられる統治者の存在意義を、良く認識しているのだ。王は、統治者は、彼らには絶対に必要なのだ。重い税負担にも、不平不満は決して漏らさない。それが、王国民全体の確固とした信念になっていた。
馴染んだ日常に戻ると、月日の過ぎる速度は加速する。その後の数か月は、「セロラルゴ」管区に向かって行ってから帰って来るまで過ごした時間より遥かに長いなどと、信じられないほどあっという間に過ぎて行った。
――お疲れさん。今日も元気にやっているか?――
通信モニターに、父からのメッセージが綴られている。自宅に帰るのは月に2回ほどでも、通信での連絡は数日置きには取り合っていた。タキオン粒子が超光速で仕事場と自宅の間を飛び交い、親子の対話を成立させている。
2光年の距離は、光の千倍で飛ぶタキオン粒子を使っても、メッセージを届けるのに1日近くかかってしまう。リアルタイムでの会話は無理だ。しかし、どんなに手間がかかっても面倒であっても、親子は互いの状況を知りたかった。
――問題なく、元気にしている。慣れた作業ばかりで、何もつらいことはない。安心していて大丈夫。――
短い言葉の応酬だが、たっぷりの思いを乗せて、超光速の通信として宇宙を飛び交う。
ゴドバンの仕事といえば、一つ間違えば宇宙に放り出されて命を失うものだ。危険を毎日冒している。動きづらい宇宙服を着て重量物を運搬するような、肉体に過酷な負荷をかける作業も多い。強烈な宇宙線に身を晒したせいで、全身に様々な痛みや違和感や不調を覚えることだって、しょっちゅうだ。
そういった作業の数々を日々こなしているわけだが、心配をかけたくないゴドバンは、平気を装った答えを返す。
――わしらを養うために、苦労を掛けてすまない。――
ゴドバンが言葉にしない苦労を、全て見抜いている父のメッセージが、超光速で宇宙を駆けた。
苦労を見抜かれていると気づいてはいるゴドバンだが、話題を変えることで、ごまかすことをを試みる。
――苦労と言えば、最近入って来た新人は、俺なんかよりもっと大変。帰る家も無く、ここに住み込み、報酬は高いが危険度も高い作業を、誰よりも沢山こなさなくては、家族を養えない。彼と比べれば自分は、相当に恵まれている。父さんやおじいさんのおかげで。――
ゴドバン一家は、先代がかつての資源採取用の人工彗星を見つけてくれたおかげで、粗末なものながらも住む場所を手に入れられた。貧弱でも、食べるものを生産する能力もあるから、それとゴドバンたちの稼ぎを合わせれば、ある程度ゆとりのある暮らしができている。
だが、そんな幸運には恵まれなかった人々だって、多くいる。航宙民族による大侵攻が起こる前には十分な生産力のあった集落が、それ以降には、3分の1くらいにまで減った人口さえも養えなくなったケースもある。
廃退した集落を見限ってゆとりのある領主を頼り、そちらに移り住む道を選ぶ者も多い。ゴドバンの言う新入りも、その1人だ。家族で集落を飛び出して来たからには、ここで働く以外の選択肢は、もう無い。ここ以外の場所には、行く当ても行く術もない。彼も、彼の子孫も、ここで過酷且つ危険な仕事を続ける以外に、生きて行く方法を見つけられそうにない。そんな状況だ。
隷属民とも言い得るような立場に身を落とす運命を、航宙民族による大侵攻は、彼らにもたらしたのだった。
資材製造設備などといった殺風景な機械に囲まれた一角に、彼の家族は無理矢理に居場所を与えてもらったらしい。不特定の作業者が活動する場所と、薄っぺらいパーテーション一枚で仕切られただけの空間で日々の生活を送るわけだから、プライバシーも何もなく、“ 家 ”などとは到底呼べない場所だ。
新入りも彼なりに生活を切り詰め、受け取った報酬から余剰をひねり出し、その一部を売りさばいて金に換え、財産の形成を図ってはいるようだ。
しかしそれでも、明るい未来は見えてこない。ゴドバンからも、彼が「セロラルゴ」管区などで得た知識や情報を吸収し、どうにか生活を立て直す術を探そうとあがいてはいるのだが、可能性が見えて来ないのだ。
シャトルか何かでも手に入れられれば、家族だけで過ごせるプライバシーの保たれた居場所にはできる。そんな当たり前みたいな環境を手に入れるのですら、命がけの仕事を何年とこなした後に、実現できるかどうか、といったところだ。
ゴドバンたちのように、資源採取や食料生産の能力を持った施設を手に入れるのは、このままでは永久に不可能だろう。ひとたび隷属民に身を落とした者が、そこから抜け出し自由民の立場を回復する手段は、とりあえずは皆無なわけだ。
それよりは恵まれていると告げることでしか、父を安心させる方法を思いつけないゴドバンも、恵まれているなんて言えない立場かもしれなかった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、2021/2/20 です。
昔には技術的にも文化的にも進んだ暮らしをしていたのに、盗賊による略奪や破壊によって困窮した暮らしを余儀なくされている、というのがゴドバンたちの置かれている環境でした。根も葉もない設定ではなく、ある時代のある地域の状況を、作者なりにイメージしたものです。
ですが、世界中のあちこちにも、似たような状況はあっただろうと思います。日本でも、律令時代にはそれなりに安定し、発展していた地域が、武士の台頭で戦乱が絶えない時代になると、大幅に後退し原始化した暮らしに引き戻された、なんてことも、あったのだと作者は認識しています。
鎌倉時代というのは、日本人の平均寿命が最も短かった時期だとの記事を、何かで見た記憶があります(記憶が正しいかは不明)。律令時代より庶民の暮らしが退化してしまったことを、示しているかもしれません。それも武士たちによる軍団がぶつかり合う戦闘よりは、名も無き庶民が名も無き盗賊に襲われたことによる荒廃の方が、実ははるかに大きな規模で起こっていたかもしれないと、思っています。
倶利伽羅峠の戦いとか、壇ノ浦の合戦とかの、歴史に名を残す戦いでの犠牲者をはるかに、何十倍も百倍以上も上回る規模で、略奪や破壊の被害にあった人々がいたのではないでしょうか?その被害から生き延び、散り散りに逃げ回っていた人々が、多少戦乱の治まった頃に律令時代の繁栄の残りカスみたいな農地や施設などを使って、細々と生活を再建した、なんてこともあったかもしれません。歴史に名を残す戦いと、記録にも残らないこんな庶民の被害や努力の、どちらが日本の歴史に、より大きな影響を与えたのでしょうか?
ゴドバンの物語は、そんな日本の状況ではなく、別の時代の別の地域がモチーフですが、世界中の歴史の中に普遍的に見られる事案だと思っています。歴史は繰り返す、という言葉もありますから、宇宙に飛び出した人類が、地球上の歴史に普遍的にあるかもしれないこんな出来事を経験するのも、荒唐無稽な物語ではない、と主張しているわけです。
今後この物語では、トラベルシンという歴史に名を残す英雄の、歴史に名を残す活躍も描かれ、そこではエンターテイメント性の高い(ハズの)戦闘シーンなども登場しますが、それに先立って、リアリティーを追及したゴドバンとその周囲の暮らしぶりも、地味を承知で描いてみたわけです。できますれば、読者様に置かれましては、その両方に注目してやって頂きたいと願っているわけです。
何卒宜しくお願い致します。。




