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銀河戦國史 (漂泊の星団と創国の覇者)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第20話 ゴドバンの日常

 人工のチーズやヨーグルト以外にも、多くのケミカルプロセスフードやバイオプロセスフードが、ゴドバンたちには主要かつ不可欠な食糧としてこの所領で製造されている。とりあえずはムニ一族に全ての完成品の所有権があるのだが、作業に従事した報酬として、ゴドバンはそれの一部を受け取れることになっている。

 ゴドバンの家族は、彼が作業の報酬として持ち帰った食糧のおかげで、豊かとは言えないまでも、苦しくもない程度の暮らしができている。自分たちでも食材は作り出していて、それだけでも飢え死にすることはないのだが、あまりにみじめでみすぼらしい食卓となってしまうのを避けるためには、ゴドバンが獲得してきた食材が欠かせない。

 家族を養うためにゴドバンは、十歳にも満たない頃から、ここでこうして労働に従事して来たのだ。

「接続、完了したぞ、プサイデオ。人工ミルクを送り込んでくれ。」

 簡単にやってのけたゴドバンだが、危険を伴った作業だった。

 ムニ一族の住まうリング形宙空建造物の外壁に、外側からへばりついて行わなければいけない作業だ。回転による遠心力でリング部分に人工重力を生じさせているのが、この建造物なのだが、遠心力は外壁の外側にも当然及んでいる。

 今ゴドバンが作業している場所では、外壁から外側の宇宙へと、彼の体を投げ飛ばそうとする力がかかっている。ほんのわずかなミスが、命取りだ。

 地球時代においては、建物の天井にぶら下がっての作業に、感覚的には近いだろう。ただし、床も大地も存在しない。落ちて行く先が、無限の深淵となっている宙吊りだ。ヘマをすれば、死ぬまでずっと落下し続けるハメになる。それはすなわち、宇宙での終わりなき漂流でもあるわけだ。

 もちろん、命綱を外壁とジョイントして業務をこなしているのだが、移動の際にはジョイントを外して、つなぎなおす作業が生じる。その間は、腕だけで体重を支えなければならない。その瞬間に手が滑ったりしたら、または接続作業が不完全だったりしたら、ゴドバンは遠心力で宇宙の彼方に投げ飛ばされてしまうわけだ。

 高速で回転しているものから放り出された物体は、飛んでいく方向が分かりづらく、発見は容易ではない。彼の着用している宇宙服が彼の生命活動を維持していられる間に、見つけてもらえる保障などない。

 チーズやヨーグルトを合成するだけなら、そんな危険な作業をしなくてもできそうに思えるかもしれないが、彼らが遺伝情報から合成した酵素を正常かつ効率よく作用させるのに、なぜだか重力が必須なのだった。それも、疑似重力が生じている方向に逆らう動きで人工ミルクを供給しなくてはいけなかった。だから、リング状中空建造物の外壁の外側から、供給ラインを接続しなくてはいけないのだ。

「人工ミルクの正常な供給を、確認したぞ、ゴドバン。お疲れさん。じゃあ、次の作業、バイオオリジンフード製造施設の植物育成ラインに、酸素と水素の貯蔵施設からの供給ラインを接続して、合成物が散布されるようにしてくれ。」

 地球時代における「畑に水をまけ」というのと同様の指示を出され、ゴドバンは行動に移りながら返事をする。

「はいよ、分かったぜプサイデ・・ああっっ!」

「おいっ!どうした、ゴドバン。何があった。」

「いたたたた。配管で、頭を打っちまったぜ。」

「脅かすな。宇宙に放り出されたかと、思ったじゃねえか。」

「馬鹿言うな。いくら久しぶりでも、そんなヘマするか。といっても、こんなとこで頭を打ってるようじゃ、でかいことは言えないな。早いこと、作業のカンを取り戻さないとな。」

 慣れていても危険な作業に、一定の緊張感を保とうと努力しながら、ゴドバンの労務は続いたのだった。

 作業に専念している間は、以前までと何らの変化もないと感じていたゴドバンだったが、ふと手すきの時間ができると、自身の驚くべき変貌に、気づかされずにはいられなかった。頭の中にいつの間にか、ソフラナ王女の姿が浮かんで来てしまうのだ。

 以前までは、こんなことはなかった。「セロラルゴ」管区を訪れるまでは、彼女とは出会っていなかったから当然だが、作業の合間に女性の姿を思い浮かべるなど、一度もなかったのだ。

 迎えの宇宙船のダイニングエリアで、デレデレ顔の男たちに囲まれていた彼女の、自然で慈愛に満ちた笑顔。それが頭に浮かんでくるのを、どうすることもできない。下品な欲望や妄想の的になっているかもしれないのを、ひしひしと感じさせる視線を浴びているのに、そんなものを軽く受け流し、またはむしろ楽しんで、その場を明るく演出していた。

 彼女の笑顔が自然であればあるほど、美しく愛らしいと思えば思うほど、それを取り囲んだ男どものデレデレ顔が、見苦しく目障りに思える。

 あんな風にはなりたくない。あんな下品な顔を王女に見られてしまうくらいなら、自分の存在など、一生気づかれなくたって一向に構わない。ゴドバンは何度も繰り返して、そう思った。

 最初に自然に浮かんでくるのは、ダイニングエリアで見た彼女の姿だが、それを思い出すと、初めて彼女が目に飛び込んで来た場面の想起を、ゴドバンは渇望してしまう。改めて脳裏に、あのシーンを鮮明に描き直さずにはいられない。

 特に、逆三角形を描いてウエストから肩へと膨らんだドレス、その襟元から露になっていた二つの半球、それが放っていた純白の輝きと谷間の深い陰、そして、それを目の当たりにした瞬間に受けた彼自身の衝撃。それらを、何度も何度も噛みしめた。

 繰り返す度に、ゴドバンは気づかされた。自分も、ダイニングエリアで王女を取り囲んでいた男たちと、同じような表情になってしまっていることに。彼女の妖艶な肢体を思い浮かべてしまうと、ニタニタやデレデレが止められなくなってしまうことを。自分の意思では、決してそれは、避けられないのだということを。

(やっぱり、話なんかしなくて正解だったんだ。もし話してたら、俺もきっとあんなみっともない顔を、王女の前に晒してしまっていたに違いないんだ。)

 話せなかったことを残念に思う気持ちよりも、彼女の前に下品な顔を晒さなかったことに安堵する気持ちの方が、ゴドバンには強かった。

 だが、彼女と一言も言葉を交わせずに終わったことを悔やむ思いが、無くなるわけではない。やはり、話をしたかった思いは募る。

(いかん、いかん!こんなことばっかり考えていたら・・・)

 頭を振ってそれを追い払ってみると、そこに代わって、ジャジリを殺された悔しさや悲しさが滑り込んできた。

 エドリーへの憎しみも、再燃する。「北ホッサム」族の一支族に処刑されたとはいえ、それで許せるはずはない。他の「セロラルゴ」管区自衛軍の兵士にも、生き残りはいるのだと考えると、やはり仇を討ちたい衝動は抑えがたい。

(エドリーはこの手で仕留めたかったし、他の自衛軍兵士も、ジャジリを殺したにも関わらずのうのうと生きているなんて、納得できない!)

 こんなことを思い詰めているうちに、気づけばまた、ソフラナへの回想に舞い戻っていたりする。

「何をぼんやりしてるんだ、ゴドバン。お前『セロラルゴ』から戻って以来、なんか少し変だぞ。ジャジリの死を、未だに引きずっているのかもしれないけど、そろそろ次の作業に取り掛かるから気を引き締めろよ。次の作業だって、油断してたら命を落とすかもしれねえんだからな。」

「分かってるよ、プサイデオ。ぼんやりなんかしてねえから、心配するな。」

 ぼんやりではなくデレデレしていたのだとは、打ち明けられるはずもないゴドバンだった。

 ぼんやりだと思われているうちに、王女のことを思い出してしまう癖をどうにかしなければ、などという焦りも感じている。デレデレしているだなんてプサイデオに気づかれたら、安心して仕事を任せてもらえなくなるかもしれない。気合を入れ直して、作業に臨んだゴドバンだった。

 十日ほどムニ一族の所領内での作業に従事し、ゴドバンは家族の待つ我が家に帰った。これまでも、約十日間をムニ一族の所領での仕事に費やし、3日ほど我が家に帰って休み、またムニ一族の所領に働きに来る、という生活を続けてきた。わが家への行き返りにそれぞれ丸1日を費やすので、15日くらいで1つのサイクルを経る形になる。

 自宅に帰るのにも、タキオントンネルは必需品だ。ムニ一族の所領である「ヨウング」領域に、「ピニェラ」という名の星系が含まれているわけだが、それを周回している第3惑星によって形成されているL-3ラグランジュ点が、ゴドバンの主な勤務場所だ。そこから彼の我が家まで、今は約2光年の距離なのだ。

 今は、という表現は、彼の自宅や勤務先が移動していることによって、必要となっている。「ピララハ」と呼ばれる星系の小惑星帯の中を、彼の自宅である人工天体は、マッハを数倍する猛スピードで飛翔しているのだ。数年後には小惑星帯を出て行くし、十数年ほどをかけて星系を一周し、またこの小惑星帯に戻って来る。

 職場の方も、主星の周りを周回して移動している。宇宙では、たいていの天体が移動し続けているから、距離の記述にはしばしば “ 今は ”という表現が必要となるのだ。

 ともかく今は、彼の勤め先から自宅までは、約2光年の距離なのだ。光でも2年かかるわけだから、通常航行では何年もかかってしまう。超光速移動がなければ、生活が成り立たない。

 ムニ一族が保有しているタキオントンネルのターミナル施設を使わせてもらって、ゴドバンは我が家と勤務場所を行ったり来たりしていた。貧しい彼の一家には手に入れることのできない交通インフラが、生活する上において欠かせないものになっているのだ。

 ゴドバンを運んできた宇宙艇が、彼の我が家にランデブーした。宇宙艇もムニ一族からの借り物で、タキオントンネル内の航行が可能な仕様となっている。

 最大長が20m程度の、巨大とも言えないサイズの卵形宇宙建造物がゴドバンの我が家で、その最後部あたりに、宇宙艇は係留された。

 前述の通りにこの建造物は、「ピララハ」星系の中心近くから外縁までの間を、十数年かけて一周する長楕円彗星軌道に乗っている。元来は、星系ガスから資源を採取するために作られたもので、人が住むための施設ではない。

 百年以上も昔の大富豪が、富をさらに増やすために作り、「ピララハ」星系の彗星軌道に投入したものだった。その金持ちは、相次ぐ航宙民族の襲来によって姿を消してしまった。滅亡したのか逃亡したのかは分からないが、施設は持ち主を失った後も「ピララハ」星系を周回し続けた。

 それを、ゴドバンの祖父が偶然に発見した。

 祖父もまた、航宙民族の襲来で宇宙での漂流を余儀なくされた誰かの末裔だ。その誰かが、どこで何をしていた、どんな身分の者なのかは分からない。祖父が誰にも語らなかったものだから。

 航宙民族が大挙して「モスタルダス」星団に侵入して、略奪と破壊をほしいままにしていた時代には、富める者も貧しい者も区別なく、殺されたり住んでいた場所を追い出されたりしたのだとは、語っていたそうだ。

 かつての富豪が資源採取用に作った施設ではあっても、宇宙を漂流していて明日をも知れぬ立場だったゴドバンの祖父にとっては、奇跡的な救いとなるお宝の発見だった。

 資源を集めるだけでなく、いくつかのケミカルプロセスフードを製造する機能もあった。施設をメンテナンスしに来た者たちに、数日間分の食糧を提供するのが本来の目的だったのだろうが、それの発見が、ゴドバンの祖父に恒久的な生存を可能としたのだ。

 施設を見つけるまでは、宇宙を漂流するシャトルに積み込まれていた内部循環機構によって、かろうじて命を繋いでいたらしい。乗っている人間から、呼吸や排せつなどで出てきたものを再び人に必要な大気や食料へと化学的に変換することで、外部からの物資の補給なしで、一定期間の人の生存を可能とする設備だ。

 別の時代の人間には吐き気を催してしまう環境かもしれないが、ついさっきまで自分の排泄物だったものをでも食べるなどしないと、生き残る術が無かったのだ。

 それでも、内部循環機構が完璧であるなら、理論上はいつまででも生き続けられるはずだ。シャトル内には、男性も女性も数人ずついたらしいから、その限られた者たちで子孫を残していけば、理屈の上からは半永久的に命を継承していける。

 だが、内部循環機構は、完璧ではなかった。少しずつではあるが、物質はシャトルから漏洩して行くものなのだ。循環自体も完全ではなく、再利用できないままにとどまる物質も、いくつか出て来てしまう。その分、人が必要とする物質の供給は、徐々に減っていく。大気も水も食料も、その中に含まれているべき栄養成分も、だんだんと供給量が減っていく。

 彼らのシャトルで、資源採取ができないわけではなかった。十分な資源を採取できる場所さえ分かれば、そこへ行って、恒久的な生存を可能にできた。

 だが、広い宇宙でそんな場所を見つけるのは容易ではないし、探そうとすればその活動自体にエネルギーが、そしてエネルギーを作り出すための物質が必要になる。

 水素と酸素という、宇宙にはどこにでも分布している物質を得られれば良いのではあるが、それらがとんでもなく希薄にしか分布していないのが、宇宙空間というものだ。シャトルにある設備では、採取できる水素や酸素から得られるエネルギーが、物資を探したりそこにまで移動したりするのに必要なエネルギーより、圧倒的に少なくなってしまう。現実的には探すこともそこへ移動することも、できなかった。

 偶然に、多少は資源が分布している宙域を、通りかかることもあった。だが、物資を採取するための行動を起こせば、物資の漏洩は大きくなる。宇宙服を着こんでの船外活動なども、やらなければならなくなるのだが、それは当然、シャトル内だけに閉じこもっている場合より、はるかに多くの物質が漏れ出す原因となってしまう。

 人間の体も、激しい活動をすれば、消費する物質が増える。採取に使う機器や設備の消耗もある。得られる資源がそれを上回る量でなければ、採取活動など、やっても意味がないのだ。だから、ある程度以上の濃度で必要な資源が分布している宙域でなければ、シャトル内で恒久的に生存することは、できないというわけだ。

 そして、ゴドバンの祖父たちが乗っていたシャトルは、十分な濃度で物資が存在している宙域は、通過しなかった。つまり、周囲に必要な資源があるにはあるのだが、採取すれば失われる物資の方が多くなってしまうくらいに希薄な濃度だから、採取しても仕方がなかったのだ。

 そんな事情もあって、かつての富裕者が残した資源採取施設を見つけていなければ、彼らの命はなかった。

 ゴドバンの祖父が、後に彼らの我が家となる施設を見つけた時には、あと数か月でシャトルに乗っている者たちの命運が尽きる、という状況だったらしい。かつての資源採取施設が、大袈裟でなく救世主となったのだ。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2021/2/13  です。

 派手な戦闘シーンなどをたっぷり楽しんで頂く、という宣伝文句で始めた作品なのに、またしても地味な日常生活を描いてしまいました。さすがに小説の全編が派手な戦闘シーンとは、なかなかいかないもので・・が、それにしても地味な日常で、呆れられた読者様もおられたでしょうか。

 日常の生活の内容については、どんな印象をお持ちでしょうか?突飛で現実離れした、との印象でしょうか?電子化された遺伝情報からチーズやヨーグルトを人工合成する、なんてのは現在の科学では不可能な、未来的な技術なのに、それが貧しい庶民の暮らしの糧になっている。一方で、現在の我々には当たり前の天然物のミルクや乳製品は、一部の恵まれた者にしか口にできない。そんなこと、あり得るのか?との感想もあるかもしれません。が、カップラーメンなんてのは江戸時代の人からすれば未知の技術でできた未来的な食品でしょうが、現在では貧しい庶民の味方的存在で、昔からあるような葉物野菜ひと玉より安かったりします。

 ゴドバンの祖父たちの宇宙漂流生活において、周りに資源はあるのに採取しても仕方がなかった、という件も、突飛な発想に思われた読者様がおられたかもしれませんが、海で漂流して水不足に苦しむのと、同じような状況ともいえます。周りに水はあるけど、海水ばかりだから飲料にはできないのと、周りに資源があるのに、希薄すぎるから採取したら漏洩する物質の方が多くなってしまう、というのが相似形を成していると思っている作者なのです。

 こんな作者の身勝手なこだわりに満ちたシーンは、退屈に思われる読者様も多いかもしれませんが、もう少し待って頂ければ、またエキサイティングな展開も出てきます(のハズ)ので、今しばらくご海容下さい。ゴドバンとソフラナにも、一応“動き”はあります・・一応・・。

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