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『人という生き物のスケッチ』
人は愛によって命を宿し
また命は、愛に生きて命を産む
このような循環のなかで
暮らしを支えられている存在である
喩えば
大気圏によって
この瞬間も守られており
それはちょうど母のへその緒で
繋がっている胎児のようでもある
謂わば
愛というへその緒で
育まれ、支えられている存在
また
人は遊戯的な生き物である
愛や命の循環や回転のなかで
子供のように絶えず遊戯をしていき
遊戯はやがて
創造と変化をしていき
創造はやがて独創となっていく
創造という命の働きかけが
彫刻のように掘りすすめていくと
創造のディテールや輪郭のなかから
独創が掘り起こされる
この独創こそ
自他における最高の接点であり
これが生きて機能し
躍動し、自ずと全体を内包するパワーが生じてくると
それこそ
世界を楽園にしていく
協同創造の一翼を担う
和音や燃料、人材となり
ここに
人としての完成があるように
わたしは思う
それを人は聖人と呼んだり
一流と言ったり
師匠と慕ったりしているように
わたしは思う
この世界に真の楽園(わたしで言えばアミューガーデン)が
完成されるまではこのような
営みが続いていくだろう
○スケッチ
・存在(愛・命)→学習→遊戯→創造→独創の存在(愛・叡智・命)
・独創の存在=楽園の協同創造者
※人は潜在的に、人としての完成の種がはじめから宿っている。宿っているからこそ、世界は、まがいなりにも生きて機能している。ここでいうならば、「独創の存在」になるまでは様々な心のヒエラルキーを通過するであろう。




